江東区文化センターホールにて本日開幕。第一部、第二部、第三部を通しで観ましたが、部によってがらっと色合いが異なり、文楽の多彩な魅力が味わえて。休憩中にはロビーで深川めし弁当の販売もあり、地元の味も楽しめて。今年すばらしい文楽の舞台をたくさん観たのに全然書けておりませんが(気力と体力が要る)、年末までには必ず書きます!
 大ヒット韓国ドラマ『愛の不時着』を原作としたミュージカルの宝塚版(執筆:パク・ジウン、潤色・演出:中村一徳)で、雪組新トップスター朝美絢のプレお披露目公演。7月に来日公演を観たとき、新トップコンビ朝美絢&夢白あやにぴったりの宝塚向きの演目だなと感じたが、期待をさらに超える舞台となった。宝塚版は、朝美演じるリ・ジョンヒョクと夢白演じるユン・セリ、国境を超えて恋に落ちる二人の姿によりスポットライトが当てられている印象。朝美は、心にさまざまなものを抱え、不器用ながらも、迷い込んできたヒロインに優しさと愛を懸命に注ぐ主人公を好演、黒髪に軍服という姿で佇んでいるだけで絵になる。ドラマの何がそんなに人々の心を引き付けたのか、そのときめきポイントを丁寧に細かく分析し、やはり人々の心をときめかせることが重要である宝塚の男役の技法をもって自らの身体に落とし込み表現していく、そんな役作りの掘り下げが全編に渡って光る。夢白も、高飛車なお嬢様が恋、そして北朝鮮の人々との出逢いを通じて素敵な女性へと成長していく姿を、高い身体能力も発揮して体現――非武装地帯を駆け抜けていくときのカモシカのような跳躍、コメディ演技で生きる四肢を大きく使っての表現、北朝鮮の人々と踊るシーンでのセンターでの軽やかなダンスなどが印象的。セリの見合い相手で詐欺を働いたク・スンジュン役の瀬央ゆりあ(専科)は久々の宝塚の芝居作品出演となったが、外部出演を経て男役にさらに一本芯が通ったようで、男のやせ我慢を演じる姿が魅力的。その恋の相手ソ・ダン役の華純沙那は、素直になれない女性の心情を歌声に乗せて表現。人民班長ナ・ウォルスク役の杏野このみ、社宅村のリーダー的存在であるマ・ヨンエ役の愛すみれが中心となっての社宅村の人々も大いに笑いを誘う。なかでも杏野の演技からは、二つに引き裂かれた国の人々に寄せる心情が感じられた。全体的に、この大ヒットドラマの世界をきちんと再現したいという演者たちの情熱がよく伝わってくる舞台。フィナーレの、韓国の民族衣装にインスピレーションを受けたコスチューム(衣装:加藤真美)でのダンスでは、娘役たちが華麗に裾をさばいて舞う姿も。そこから舞台衣装に戻ってのパレードでは、韓国と北朝鮮にあってもう二度と会えないはずの人々が再会するシーンもあったりして、ホロっと来てしまった。12月28日にはライブ配信あり。

(12月3日13時の部、東京建物Brillia HALL)
 大ヒット韓国ドラマのミュージカル版の来日公演。ドラマは未見でほとんど予備知識がない状態で観劇したが、スリリングな展開、主人公カップルの恋の行方にドキドキハラハラ、多くの人々がこの物語に魅せられた理由がよくわかるな……と。韓国の財閥令嬢が北朝鮮に不時着し、北朝鮮軍軍人と出会って恋に落ちる。二つに引き裂かれた国がどうにかならないと二人の恋もまたどうにかならないわけで、国が引き裂かれている状態にあるとはいかなることなのか、改めて考えるきっかけとなった。北朝鮮から韓国にやってきた人々の眼差しを通じて消費社会批判がなされるところも興味深い。歌唱力の高い若手中心のキャストがエネルギーを発揮する舞台で、客席にはドラマのファンが多い印象。カーテンコールも盛り上がり、韓国キャストと日本の観客とでこの物語を分かち合う機会があったことをうれしく思った。

(7月9日13時の部、新国立劇場中劇場)
 ますますパワーアップした舞台をENJOYしました〜。いっぱい笑って最後はホロッ。
 2019年に公開された映画『記憶にございません!』(脚本・監督:三谷幸喜)を原作に、石田昌也が潤色・上演台本・演出を担当した『記憶にございません!−トップ・シークレット−』。三谷幸喜はニール・サイモン作品をたびたび演出しているが、石田昌也も『おかしな二人』『第二章』を手がけた経験がある。三谷自身はこの映画について「決して政治風刺がテーマではありません」と公演プログラムで述べているが、この5年間の社会情勢の変化も受けてか、宝塚版、政治風刺マシマシ気味である。第一場、街路に集った群衆が政府への愚痴を口々に歌い(「♪小さな夢は 小さな夢は ポイント貯めるだけ〜」に爆笑。貯めてます)、声を重ねて「♪こんな国に 誰がした」とリフレイン、登場した主人公の総理大臣黒田啓介(礼真琴)を「アンタだ!」と一斉に指差すと、「え、俺?」と啓介。そこに、組閣時の記念写真の撮影場所風に赤絨毯が敷かれた大階段を政治家とその取り巻きたちが降りてきて、啓介と共にキラーチューン「献金マンボ」を華麗に披露。「♪猿は木から落ちても猿だけど 政治家は 選挙に落ちたら ただのひと」と歌う啓介の目つきがめっちゃ悪い。そして、総理秘書官なのになぜか一緒に赤絨毯の大階段を降りてきて無表情メガネ姿でキレッキレにコミカルな踊りを見せる井坂(暁千星)。この前の公演『ベルサイユのばら−フェルゼン編−』ではマリー・アントワネットが昇っていく処刑台に見立てられていた大階段、さまざまなものに見立てられるものである。そして、啓介が妻聡子(舞空瞳)と不倫していた井坂を許す場面は、その『ベルサイユのばら』においてルイ16世が妻マリー・アントワネットと不倫していたフェルゼンを許している様を思わせる。全編を通して、演出家の現状認識の鋭さと、それでも明るい未来を見据えようとする姿勢を感じた。
 映画版では三谷作品におなじみのオールスター・キャストのコメディ演技が見ものだったが、宝塚版でも星組の個性の強い面々が大暴れ。啓介とその妻聡子と共に、オリジナルの回想場面で学生服、そして髪フサフサの姿を披露した“小野田っち”こと小野田治(ひろ香祐)。官房長官鶴丸大悟役の輝月ゆうま(専科)は、映画版とは異なるエンディングのキーとなる役どころを、キュートな愛嬌と共に怪演。啓介に石を投げた大工の南条実役の輝咲玲央が自身の職人気質を時代遅れだと自嘲するとき、物作りに賭けてきた人間の矜持がにじむ。啓介と野党困民党党首の山西あかね(小桜ほのか)、聡子と井坂、二つの不倫カップルの恋模様が舞台を区切って同時展開されるシーンのナンバーはその名も「W不倫」、「♪アナタとワタシが 連立 合併〜」の歌詞が妙に残るが、小桜も、映画版からさらに味付けされた役どころでいい女ぶりをアピールした。極美慎も、金で動くフリー・ライター古郡祐役を憎めない甘い魅力で造形。

 アルゼンチンのグアレグアイチュで開かれるカルナバルがテーマとなった『Tiara Azul−Destino−』は、竹田悠一郎の大劇場演出家デビュー作。宝塚のラテン・レビューの系譜も踏まえた作りで、イギリスのニック・ウィンストンが振付を担当した場面も作品を華やかに盛り上げる。『記憶にございません!』がかなり攻めていただけに、さわやかな後味◎。暁千星が、恋に破れた心情を表現する場面で、今この一瞬に至るまでの生を燃焼しつくすような踊り――最終的に表れるのは生の歓びとしか言いようのないものなのだが――を見せた(振付:西川卓)。極美慎の銀橋ソロ歌唱ににじむ決意。

 普段、トップスターやトップ娘役が退団を発表すると、その会見をすぐさまチェックするのだけれども、舞空瞳については、……できなかった。ガビーンと来てしまって。何も彼女が宝塚でやり残したことがあると思っているわけでもないし、退団後の活躍を観るのも楽しみだし、いったいどうしてなんだろう……と思っていたのだけれども、今回の舞台を観て腑に落ちた。それくらい、礼真琴、舞空瞳、暁千星の星組トリデンテ(全員、首席入団)は観ていて爽快だったのである。今回の二本立てにおいては、礼&舞空のトップコンビのパートナーシップがよりクローズアップされ、二人が演出家たちの思いに応える舞台を見せた。『記憶にございません!』の終盤、宝塚オリジナルの場面で、啓介が記憶を失っていたことを初めて知った聡子は、「なにもかも忘れちゃったの?」とジェスチャーと共に矢継ぎ早に質問を繰り出す。ここで出てくる問いはすべて、二人がトップコンビとして共に創り上げてきた数々の舞台についてのものなのである。とぼけていた啓介が最後に「記憶に…ございます!」と言い、涙目になっていた聡子が笑顔を浮かべるとき、二人が創り上げてきた舞台を見守ってきた観客の記憶もまた幸せなものとして肯定される。
 そして、『Tiara Azul−Destino−』での二度のデュエットダンス。礼と舞空は、まずは裸足で、舞台上を自由に伸び伸びと舞う(振付:西川卓)。二人がトップコンビとして至った境地である。大階段でのデュエットダンス(振付:若央りさ)の最後では、銀橋上、礼が舞空の頭にティアラを載せる。舞空瞳は、クイーンだってできる人なのである。でも、宝塚のトップ娘役としては、プリンセスだと思うんだよね! なる美学を全うするかのように、プリンセスとして戴冠して退団していく――それも礼の手によって――というところが、何だかとても、らしい。今回の公演でも味わえたけれども、ファンキーな魅力は今後ますます発揮され得るものだと思う。ファンキー・プリンセス舞空瞳、どこまでも高く羽ばたいてゆけ。
 紅咲梨乃は、5月の舞空瞳ミュージック・サロン『Dream in a Dream〜永遠の夢の中に〜』での『THE SCARLET PIMPERNEL』「あなたを見つめると」の歌唱が印象に残っている。『記憶にございません!』では熊本のご当地アイドル「田原坂46」のメンバーとして人々に投票を促す歌唱を披露。水乃ゆりはニュースキャスター近藤ボニータ役で黒田内閣批判コメントの数々をスパイシーに繰り出した。
 千秋楽ライブ配信、観ます。