今日の東京は大雨でした。
 ということで、夏の大雨の日の思い出。

 七月上旬、関西へ観劇に出かけた。大阪松竹座で四代目市川猿之助出演の「七月大歌舞伎」を観て、宝塚で夫と落ち合い、宝塚大劇場の雪組公演と宝塚バウホールの月組公演を観るという計画である。台風が来るのはわかっていた。そして、とても厄介な仕事のおまけつき。
 松竹座夜の部最後の演目は『女殺油地獄』。大阪の地で見る近松門左衛門作品にはまた格別の味わいがある――豊嶋屋七左衛門を演じた中村鴈治郎のセリフ回しに惚れ惚れとする。そして、河内屋与兵衛(松本幸四郎)と七左衛門女房お吉(市川猿之助)、二人の、それぞれにまったく別の想いから来る「…生きたい!」との強い願いが火花のように激しく交錯する様に、自分自身もまた貫かれるような思いがした。
 一夜明けて。雨が激しい。厄介な仕事の電話を長々としていたら、ホテルを出るのが昼過ぎになってしまった。阪急梅田駅に行ってみると、宝塚線はじめ全線すでに止まった後。いいや、じゃあ予定通り、中之島近代建築散歩しちゃえ! と、止まっていない地下鉄に乗り込むあひる。大阪市中央公会堂をのぞき、隣の中之島図書館の中にある北欧オープンサンド専門店で昼食を取り、正面玄関入ったところの巨大なドーム型中央ホール、ソクラテスやシェイクスピアといった知の巨人たちの名前が飾られた空間にしばしたたずみ。
 よし、近代建築堪能! と、梅田に帰って荷物を引き取り、さて、どうやって宝塚まで行ったものかと思案顔。あひるが考えついたのは、リムジンバスで伊丹空港まで行き、そこから路線バスで宝塚まで行くというプランだった。早速、新阪急ホテル下のバス乗り場に行くと、すでに長蛇の列。大阪マルビルの乗り場の方がバスの本数が多いと聞き、雨の中、キャリーケースを引きずって行く。比較的すぐ、二本目のバスに乗れて、渡る今川、水量は岸辺に迫らんとする勢い。けれども、道路は順調に流れていて、思っていたより早く空港到着。
 そこからが長かった。宝塚行きバスはすでに運休した後だったので、池田行きバスの列に並ぶことにする。このとき、隣の伊丹行きとどちらに並ぶか非常に迷ったのだけれども、いまいち土地勘がない(そちらの方が本数が出ていて、結果的に、電車も早く復旧していた)。とりあえず、並ぶ。どうして一つのバス停に二つ列があるんだろう、行き先別に並んでいるんだろうか…といぶかしく思いながら。
 自分が来る前にすでに一悶着あったのを知ったのは、並び始めてだいぶ経ち、近くの人たちといろいろと会話を交わすようになってからだった。こちらの列の方が正しい場所に早くできていたのを、長い行列の後ろに並ぶのはいやとばかり、新たに列を作った不届き者がいたと。「こちらの方が前から並んでいた正しい列ですよ」と親切に教えに行った人も、無視。そして、後から来て事情がよくわからず、列があまりに長くなっているからとりあえず人が少ない方に並ぼうかなと思う人もいて、二つの列とも人がじりじり増えていく。そして、時間通りにバスは来ない。…いや増す緊張感。そして、一時間ほど経って、やっとバスが到着。しかし。案の定、どっちの列が正しいかで揉め出す。乗客を降ろした後、そそくさとドアを閉める運転手。揉め事が決着するまで、客を乗せないつもりらしい。
 そこへ怒号。
「お前には良心がないんかい!!!」
 あひるの少し前に並んでいたおじさん――舞台人にたとえるならば、岩松了に似ていた――が、不届き者に向け、お腹にまで響き渡るバスバリトンの声で発したものだった。その迫力。自分に向けられたものでなくても震え上がってしまうような。今でも鼓膜にあざやかに残る。その怒号一発で、向こうの列の後ろの方の人たちが、…この列、違うんだ…と悟り、こちらの列にバラバラと並び直す。自分たちに分がなくなってきたことを知り、向こうの列に並んでいた高齢男性が腹立ちまぎれに閉まっているドアに拳一発。と、そこで警察出動。
 …いつの間にか、自分が何かの劇に出演しているように思えてきた。はたしてこのバスに乗れるのかどうか、というか、そもそも今日中に宝塚にたどり着けるのか、そもそもたどり着けたところで明日公演は行なわれるのか、押し寄せてくる不安と緊迫感とで胸が締め付けられるようになりながら、これがもし舞台だとしたら、どんな作品だろう…とつい考えてしまう職業上の性。…オペラだ。ヴェリズモ・オペラ。マスカーニの『カヴァレリア・ルスティカーナ』みたいな。…と、あひるの考えがまとまっても、まだ揉め事は続いている。不届き者は、二つの列で交互に乗車することを提案。そこでまた岩松了似氏他、こちらの列の猛者が関西弁で怒鳴る。ついに向こうの列は不届き者一人に。そして! ようやくこちらの列の乗車が始まったと思ったら、不届き者もさっさとバスに乗り込んでしまったのである。乗るんだ! これだけ怒鳴られても。その姿は、映画『タイタニック』で、「I have a child!」と嘘をついて救命ボートに乗り込む、ヒロインの婚約者を思い出させた。
 しかし。さらに驚いたのはその後だった。岩松了似氏他数名は、バスに乗り込んだ不届き者を、「降りんか!」「降りろ!」と怒声のみで追い詰め、いたたまれなくなった不届き者は遂に下車。降りるんだ! あそこまでして乗ったのに。至近距離で見た彼の目は定まらず、うつろに揺れ動いていた。嘘をつく人間、自分に分がないことを知る人間の目は、このように泳ぐのだ…と、しみじみ思った。
「何回も関西に来ているけれども、今、とても関西らしいものを観た気がしました」
 近くに立っていた岩松了似氏に思わずつぶやく。
「それは、ええもん見たね」
と、ちょっと照れて破顔一笑。実にチャーミングな笑顔で、さっきド迫力の怒声を発した人とは思えない。ごくごく普通のサラリーマンである。その姿を見ていて、思った。関西弁で音楽劇を作ったら、音楽的にも実におもしろいものができそうだなと。
 さて、満員のバスは池田に向かって進む。しかし、土地勘がないので、停留所の名前を聞いても、並んでいてあれこれおしゃべりするようになった、これから夜勤に向かうという看護師の女性が「えらく遠回りやね」とこぼすのを聞いても、いったいどこを走っているのかわからない。それが、途中ではっとした。…阪急創始者、小林一三翁が眠る大広寺の近くを走っているのだと。心の中で、手を合わせ、今の宝塚歌劇団について語りかけ、自分の仕事をどのように全うしていけばよいか尋ねた。彼の魂は、私が久しぶりに――3年ぶりに――宝塚を訪れることを、喜んでくれていた。別に私だけではない。彼の魂は、宝塚大劇場にやって来るすべての観客を歓迎している。そのことを雄弁に伝えているのが、大劇場前にある朝倉文夫の手による名作「小林一三先生像」である。そして、語りかけているうちに、明日の公演は上演されるだろうという確信が生まれた。
 バスは池田駅に着いた。阪急宝塚線はまだ、雲雀丘花屋敷止まり。タクシー乗り場に並ぶも、なかなかやって来ない。一時間ほどして宝塚線再開。電車がやって来るのを見ただけで、涙が出そうになるほど感動するとは。当たり前は決して当たり前ではないと身に沁みる一日。梅田から宝塚、普段なら阪急電車で30分ほどで着くところを、4時間半かかって到着。ようやっとたどり着いた宝塚ホテルのフロントで尋ねる。
「…あの、今日の歌劇は?」
「普段通りやっておりますよ」
 流石なり。
 さて、チェックインして、またまた厄介な仕事の電話を一時間ほどして、22時半ごろ、夫から来たメールに驚愕。
「今、岐阜羽島のあたりだよ」
 …最初は思った。この状況で何をふざけているのかと。18時半過ぎに東京駅を出たっていうのに、いくら何でもおかしくない? しかし。決して冗談ではなかった。雨の中、次々と東京駅を出て行った新幹線が、新大阪から名古屋にかけてぎゅう詰め。最終的に新大阪に到着することはできたものの、そこで2時間ほどタクシーに並んだ夫が宝塚ホテルにたどり着いたのは、午前3時過ぎだったそうな(翌日の観劇に備え、先に寝てしまっていたあひる)。
 翌朝。宝塚バウホールに行く。当然ながら、満員。そりゃそうだ。月組トップ娘役愛希れいかが、娘役としては17年ぶりに異例の主演を務める『愛聖女(サントダムール)−Sainte♡d’Amour−』の、今日は最終日なのだから。でも。宝塚ホテルから歩いてきた私たちはともかく、阪急もJRも朝から止まっている中で、みんないったいどうやって劇場に来ているの? というか、観客もさることながら、キャストとスタッフは? …いまだかつて見たことのない水量の濁流となって流れる武庫川を窓越しに眺めながら、不思議に思った。あなたたちこそどうやって東京からたどり着いたんですか?! と不思議に思われていたのを知ったのは、その後の話。そうして観たバウホール公演も、雪組大劇場公演も、しみじみ心に残るものだった。演じる人がいて、観る人がいて、毎日当たり前のように舞台は上演されていて、けれども、それは決して当たり前ではないこと。そして、思ったのだった。宝塚歌劇は関西発祥の舞台芸術である。宝塚の地で生まれ、育ち、創られ、全国に公演に行く。決して忘れてはいけない。そのことを改めて深く心に刻むために、今回のこの大雨紀行はあったのだと。
2018-11-06 22:53 この記事だけ表示