鬼も、魔物も、幻想も、人の心の中にあるものです。自分の中から一度、それを引きずり出して闘わないことには、それ以上、絶対先には進めない。でも、思い切って闘えば、新しい自分に出逢える。生まれ変われる。今日のように。あひるも含め、みんないろいろありました! その闘いのとき、立ち向かう力を与えてくれるのが仲間の存在なのです。決して一人じゃないから! そして、演じる力は、演技のためだけにとっておけばいいのです。
 無理禁物!
2018-11-17 22:49 この記事だけ表示
 今夜はリアルタイムで観戦!
 …観ていて、自分の血がたぎりすぎて、血管が切れるんじゃないかと…。内なる太古の記憶、野性が呼び覚まされそうな。
 まだまだ、丁寧にできるところ、磨きをかけられるところがあります! それができたとき、貴方は憧れの人たちと立派に肩を並べていけます。表彰台本当におめでとう!
2018-11-17 22:42 この記事だけ表示
 松田悠良はこの日、長い手足を演技に活かせていた。『ME AND MY GIRL』は古いミュージカルなので、舞台で上演する際もそうなのだけれども、テンポに気をつけないと曲がもったり聴こえてしまうきらいがある。その点も今日の彼女は気を配って滑っていて、楽曲の楽しさ、かわいらしさが伝わってきた。曲の雰囲気を大切にする鈴木明子の振付のよさも見えてきた。
 山下真瑚は身体がどうにも重そうだったけれども、音を楽しむ彼女の魅力がフリーではもっと観られたらいいな。
 白岩優奈。この日の演技からは楽しさが伝わってきた。ダイナミックさも。少し流れがちなところに神経を行き届かせるようにしたら◎。
 みんな無理せず頑張れ〜。
2018-11-17 22:15 この記事だけ表示
 ある出来事が自分の人生においてどのような意味をもつか、それを理解できるのは、究極的には、当の本人だけである。
 だから私は、フィギュアスケーター羽生結弦との出逢いが、自分自身の人生においてもつ意味を、――ごく最近気づいたその意味を、ここに記そうと思う。

 羽生結弦が氷上で体現する美を、愛している。――どのくらいかって? 「フィンランド大会2018」のフリースケーティングの演技を観て、…この人はなぜ、憤怒をまき散らしたりして、自分の天賦の才能をあたら浪費しているのだろう…と、情けなくて、悔しくて、その怒りで、幾度となく眠れぬ夜を過ごし、激しく涙したくらいに。――私は、誰かを愛したら、その人が存在するその世界丸ごと愛したい。その人だけではなく、その世界すべてが光り輝いていなくては、嫌なのである。
 そうして激しく怒っていたら、――ああ、自分だって、かつて、まったく同じだったじゃないか…と、6年前のことを思い出した。演出家・蜷川幸雄に、『トロイアの女たち』を通じて盛大に叱られたときのことを――観劇後、一週間、夜な夜な、蜷川幸雄の悪夢しか観なかった。自分は舞台評論家失格だ、もうやめようとさえ思った。
 そして、何故、あのとき、――氷上のその人が、届かぬ誰かに向かって手を伸ばすかのようにして、荒野をたった一人、歩いているような思いでいるのを、自分が理解できたのか、よくよくわかった。自分自身がかつてそうして歩いていたからだ。それで叱られたのだった。それは違うと。よく周りを見なさい。共に生きている人たちを見なさい。仲間ばかりじゃないか、と。そして、その激しい怒りの中に、こうも伝わってきたのだった。「君を愛しているから!」と――。
 愛。さまざまな形の愛がある。男女の愛もあれば、美、芸術を通じて心つながる愛もある。友情ともつながる愛もある。
 結局のところ、舞台評論家として、物書きとして、私はまだまだなのだろうと思う。その、さまざまに異なる愛の形を、完璧に書き分けることが未だできてはいないから。
 ある出来事が自分の人生においてどのような意味をもつか、それを理解できるのは、究極的には、当の本人だけである。理解する苦しみ、喜びを、たとえ愛するその相手と言えども、他者から奪ってはいけないと、私は思う。
2018-11-17 01:29 この記事だけ表示
 空の下、愛が太陽から降り注ぐ中、――彼は滑っていた。どこか、せつなさ。ノスタルジックな、『ニュー・シネマ・パラダイス』のメロディ。
 神様の愛はいつでも、誰にでも、平等に降り注いでいるのだから、もっとリラックスして、心を委ねて大丈夫。
2018-11-17 01:13 この記事だけ表示