12月10日19時、東京オペラシティコンサートホール。
 第1部。オープニングの『オペラ座の怪人』の「マスカレード」に続き、「ザ・ファントム・オブ・ジ・オペラ」(デュエット相手はオペラ歌手の林正子)の前奏が流れ始める。そして登場した岡幸二郎の第一声で、…なぜだか、涙がすぐさまあふれ出すのだった。仮面をつけているわけではないのに、つけているようにしか見えない、そのたたずまい。知られたいのか知られたくないのか、怪人の、その内奥。…殺される!、 そう思った――歌声に…殺される! と思ったのは、「エリザベート TAKARAZUKA20周年 スペシャル・ガラ・コンサート」で、一路真輝のトートが歌った「最後のダンス」を聴いて以来かもしれない――。まるで金縛りに遭ったように、ぶるぶる震えながら、涙を流し続けていた。アンドリュー・ロイド=ウェバー版『オペラ座の怪人』にせよ、モーリー・イェストン作曲の『ファントム』にせよ、劇場に棲まう怪人の物語には、芸術における忘我、エクスタシーの瞬間が如実に捉えられ、表されている。続く「ミュージック・オブ・ザ・ナイト」。――そのとき、その場に、岡ファントムと自分と、二人しかいないような、そんな感覚に囚われた――。
 岡のトニー、島田歌穂のマリアで聴く『ウエスト・サイド物語』の「トゥナイト」。――コンサートだから、舞台装置はない。けれども、歌声を聴いていると、星がぱああっと夜空一面にきらめく、恋に心躍る瞬間があるのだった。『オペラ座の怪人』にしても、『ウエスト・サイド物語』にしても、…こういう曲だったのだ…と、改めての発見が多い。
 第2部。『ミス・サイゴン』から「命をあげよう」、そして「ブイ・ドイ」。岡は、「命をあげよう」で、母になる。そして、「ブイ・ドイ」では、父になる。母なる愛と、父なる愛とが、岡幸二郎という一人の人間の中に在る――その目まぐるしい変化に、聴いているこちらも心忙しく(笑)ついて行かなくてはならない。「命をあげよう」を聴きながら、私は、神に、自分の無力さについて祈っていた――力がまだまだ足りないために、自分が幸せを願うすべての人々に幸せをもたらすに至ってはいません…と。
 そこから『レ・ミゼラブル』の楽曲へと続いて行って、アンコールは「ワン・デイ・モア」。キャスト全員での力強い歌唱に、またもや、…自分でもすぐには理由のわからない涙がとめどなくあふれ出す。――それぞれの想いを抱える人々。その想いの交錯で、この世界は成り立っている。そんな世界の中で、人は生きる。一日、一日を生きる。今日も生きた。明日はわからない。でも、きっとまた生きる。死が訪れる、その日まで――。
 竹本泰蔵指揮の東京フィルハーモニー交響楽団のサウンドとあいまって、いい意味で、実に破壊力の高いコンサートである――ナンバー一つ一つが、宝石箱の中できらきらと輝く宝石のようである。そして、ゲストの楽曲を含め、構成が巧みに練られている。例えば、林正子によるオペラ『蝶々夫人』の「ある晴れた日に」に続き、『蝶々夫人』を基にした『ミス・サイゴン』の「命をあげよう」が流れ、「ブイ・ドイ」から『レ・ミゼラブル』の「ブリング・ヒム・ホーム」への流れは、父なる愛でスムーズにつながっていく。ピアノ・アレンジが美しい『キャッツ』の「メモリー」と、一世を風靡した『レ・ミゼラブル』の「オン・マイ・オウン」とで、まったく異なる表情を見せる島田歌穂。石井一孝が直球勝負で聴かせる「ブリング・ヒム・ホーム」。マイクをもってのミュージカル・ナンバーとオペラ・アリアの両方を歌った林正子は、「ワン・デイ・モア」ではなんとテナルディエ夫人パートに挑戦。そして、あんなにおもしろい人だったとは! 彼女だけではない、全員からおもしろさを引き出す岡のホストぶり。歌に泣き、トークではいっぱい笑って…。
 先月上旬に取材させていただいた際(https://spice.eplus.jp/articles/216950)、私は途中で岡さんに、「泣いていいですか」と聞いたのだった――心打たれる瞬間があったから。結局、泣きはしなかったけれども、でも、そのとき泣きたかった気持ちが、この夜の彼の歌声によって、昇華されて、天へと立ち昇ってゆくようで…。そして取材の際、岡さんと私は、…この年齢まで生きたら、もう絶対、これから先の時間を無駄にしたくないですよね…という話で盛り上がっていたのだった。歌の力。ミュージカルの力。ミュージカルだからこそ可能となる美。これから先、ぜひ一緒に闘わせてください!
2018-12-13 23:55 この記事だけ表示