皆様、十連休はいかがお過ごしですか。あひるは箱根で一泊してきました――昨夜は芦ノ湖畔よりお届けしておりました。昨日の夕方、箱根駅伝5区のコースをバスに揺られていたら、雨が途中から季節外れの雪に! ゴールデンウィーク初日にまさかの光景。そして本日、芦ノ湖畔から眺める富士山は雪化粧がひときわ美しく。帰りのバスの車窓から5区ゴール地点近くにある駅伝広場の「襷−TASUKI−」モニュメントを見て、帰京して『いだてん』を観たらば、金栗四三(中村勘九郎)が冒頭で富士山の美しさを愛でていて、偶然にびっくり。
 そして、今回から足袋職人の黒坂辛作役で三宅弘城登場〜。待ってました! ――三月中旬、あひるは、愛のレキシアター『ざ・びぎにんぐ・おぶ・らぶ』(原案・演出・上演台本=たいらのまさピコこと河原雅彦)を観て、思っていた。Only Love Hurts(面影ラッキーホール)の楽曲で構成された歌謡ファンク喜劇『いやおうなしに』(2015年、作=福原充則、演出=河原雅彦)なくして、『ざ・びぎにんぐ・おぶ・らぶ』は生まれ得なかっただろうなと。そして、思い出していた。『いやおうなしに』で三宅弘城が見せたダッチワイフの人形振り、すごかったな…と。そこへ、三宅弘城『いだてん』出演のニュース! 偶然にびっくり。その日から登場をずっと楽しみにしており。からっと明るくて、しみじみ人情深くて、いい! …いい役だな…としみじみ噛みしめて演じているのが伝わってきて、足袋職人の曾孫として、しみじみ。
 新婚早々妻スヤ(綾瀬はるか)と別居し、ベルリン・オリンピックへ向けてトレーニングの日々の四三。マラソンに賭けるあまり、上京してきたスヤに帰ってくれと言い放ち…。先週、四三さんがスヤさんに何だか冷たい感じだったので心配していましたが、むしろベタ惚れだった。安心した。だからこそせつない別居婚。妻を「スヤ」と呼ぶか「スヤさん」と呼ぶか逡巡する四三に泣き笑い。せっかく東京まで行った嫁を泊めないなんて、あんたんとこの弟はどうなっとる! と、金栗家に乗り込む池部幾江役の大竹しのぶ――祝! 菊田一夫演劇賞大賞受賞――のド迫力。何か言われる前から平身低頭の実次(中村獅童)。爆笑。四三からの手紙の文言の意味を解説してもらい、義母幾江を肩ポンするスヤ。おお、あひる憧れの“大竹しのぶ肩ポン”〜!
 一方、若き日の志ん生こと孝蔵(森山未來)は豪快な無銭飲食で牢屋行き。そこで師匠橘家円喬(松尾スズキ)の死を知る。師匠を思いながら、落語にはうるさいと自負する牢名主の前で熱演する孝蔵。孝蔵の思い出の中、噺を語る師匠――何かが降りてきているような、松尾スズキの噺。そして、志ん生を演じるビートたけしが、このところめちゃめちゃのってきているのを感じる! 数回前の、「そのころ、あたしはあたしであたしが心配だった」というたけしの語りがツボにはまって、よくよく思い出して噛みしめており。
 妻へのラヴを振り切ってまで走り続ける四三。しかし、戦局悪化によりベルリン・オリンピック中止のニュースが…。ストックホルム・オリンピックの競技の途中で走り続けられなくなったこと。そして、ベルリン・オリンピックの中止。…観ていて、「――あなただったら、こんな現実にある選手に、いったいどんな言葉をかけますか?――」と問われているかのように、胸を締め付けられるように感じるときがある――時空を超えて、そんな現実にある選手に言葉をかけるという難業に、脚本の宮藤官九郎は向き合い続けているわけである。
 ――私は、1972年生まれである。物心ついて最初にふれたオリンピック、それは、ソ連のアフガニスタン侵攻により、日本がボイコットした1980年のモスクワ・オリンピックだった。世界各国が参加するということになっているスポーツの大きな大会だけれども、紛争や政治的状況によっては必ずしもすべての国が参加するわけではない、それが、人生における、オリンピックに対する最初の認識なのである。そのことは、私のオリンピック観に大きな影響を与えているように思う。どこかで、――無事開催されてよかった――と、いつもまずは思う。昨年の平昌五輪もそう思っていた――1982年にウィンタースポーツの盛んなカナダに行ったので、1980年の次の1984年はロサンゼルスというよりはサラエボ、そしてカルガリーと、歴代冬季開催地の方をどうも先に思い出す(フィギュアスケートのブライアン・オーサー選手の全盛期!)。
 モスクワ・オリンピックの記憶が強くあるから、当たり前のようにきちんきちんと開催されている昨今を幸せに思うし、オリンピックを無事開催するために紛争はできるだけ避ける方向に世界全体がなっていって、そして、究極的には紛争もなくなっていったら…と思っていて。アホのように思われるかもしれないけれども、日々、「今、自分がどのように行動することで、世界から戦争をなくす方向に向かえるか」を考えて生きていたりするので。難しい。人はそもそもなぜ争うのかということから考えなくてはならない。けれども。
 今回の『いだてん』のサブタイトルは、『ベルリンの壁』。――1980年、モスクワ・オリンピック当時、世界はまだ西側諸国対東側諸国の冷戦下にあった。1982年にカナダに行って、アメリカのニュース番組も視るようになった影響で、冷戦構造をひときわ強く意識するようになった。そのころ、まさか冷戦が終わる日が来るなんて思ってもみなかった。けれども、1989年11月、ベルリンの壁は崩壊した――大学受験を控えた高校三年生だったので、「…これ、世界史で出題されたりする?!…」という非常に現実的なとまどいもあったけれども。
 だから、私は知っている。世界はときに大きく変わり得ることを。一人一人の思いが合わさって大きなうねりとなり得ることを、リアルタイムで知っている。だから、生きている時間の最中は、世界を少しでもよくする方向へ、微力ながらも努力していきたいし、ベルリンの壁を歴史的事実としてしか知らない若い世代にも、この世界は決してフィックスされているものではない、一人一人の力を合わせて変え得るものだということを伝えていきたい。後世の人々が、歴史書を紐解いて、「戦争なんて愚かなものが存在した時代があったんだね」と振り返ることができるようになったら――。
 つくづく、『いだてん』は、スポーツを通じて、大きなテーマと向き合っている作品だと思う。傷心の四三さんにスヤさんはどんな言葉をかけるのか、自分だったらどんな言葉をかけるのか考えながら、次週まで…。ちなみに、次の日曜日は家族行事もあり、更新は月曜か火曜となる見込みです。
2019-04-28 23:59 この記事だけ表示
 宮城県出身、生まれ育った故郷にちなんで「仙名彩世」――と、彼女の名前を記して、思う。2011年3月11日、東日本大震災――。震災後、東京宝塚劇場で最初に初日を迎えることとなったのが、彼女の属する花組だった。公演実施の是非について、いろいろ議論があったと聞く。そして初日の幕は開いた。毎公演終演後、花組生は劇場ロビーにて募金運動を行なうこととなった。私自身、さまざまな不安を抱える中で、花組生が舞台に、ロビーに立つ姿に、少しずつでも前に進む勇気をもらったことを思い出す。不思議な因縁で、仙名彩世が宝塚大劇場を卒業したのが2019年3月11日。卒業の挨拶で、「3月11日」という日に祝福されて送り出されることについての複雑な思いを述べる姿を、「タカラヅカニュース」で観た。――昨年秋の東京宝塚劇場花組公演、トップコンビによる初日前囲み会見で、その3日前、月組公演が、宝塚大劇場では阪神・淡路大震災以来約23年半ぶりに中止となったことについての質問が出て、彼女は、答えるうちに涙ぐんできたのだった――私も、彼女の答えを聞きながら一緒に涙ぐみつつあった。しかし。私は写真に撮られるわけではないから涙で化粧が多少崩れようがかまわないけれども、彼女はその直後に写真撮影がある。自分のことは棚に上げ、目をかっと見開いて、「泣くな〜!」と目力パワーを送ってみた(笑)。仙名彩世はそういう人なのである。細やかで、心優しい。彼女だってもちろん、撮影があることはわかっている。けれども、優しさが心あふれてしまうのである。私は、舞台でも観られたところの、彼女のそんな表情を美しいと思う。何だか少し困ったように、内から優しさをあふれさせるときのあの表情が。そして、昨年秋、涙ぐんだ姿に、彼女が2011年3月11日以来、どんな思いで舞台に立ってきたのか、少し知ることができたような気がする――。
 トップ娘役とは難しい立場である。たまさか、自分の持てる演技の力を、「トップスター〇〇さんの相手役」を演じることに使い切ってしまう――すなわち、トップ娘役としての代表作が、作品の役柄ではなく「〇〇さんの相手役」になってしまう――人も見受けられるような。もったいないことだと思う。トップ娘役も自らの持てる能力を舞台上で存分に発揮し、活躍して欲しいといつも願っている。その活躍が、娘役の地平をますます切り拓き、宝塚の舞台をさらに充実したものにしていく。
 仙名彩世は新人公演のヒロインを経験していない。経験しないままトップ娘役に就任したのは約32年ぶり、しかも、入団9年目での就任は宝塚では“遅咲き”とされる。人にはそれぞれ伸び時がある。若くして抜擢されて力を発揮する娘役も、こつこつ努力を積み重ねていってあるときぱっと花開く娘役も、両方いていい、両方いるからおもしろいと私は思う。新人公演のヒロイン経験がなかろうが、仙名彩世は確かな実力を培っていって、その力が、トップ娘役という立場に就いてひときわ大きく花開いて、そして今、痛快に去っていく――“痛快”だと私は思う。そして、娘役の花道に際して“痛快”と記せることを、痛快に思う。
 退団作『CASANOVA』で彼女が演じるのは、実在の人物、稀代のプレイボーイ、ジャコモ・カサノヴァ(明日海りお)に生き方を変えさせる運命の女性、ベアトリーチェ。ヴェネツィア総督の姪ながら、修道院でヴォルテールの著書に親しんだ彼女は、進歩的で、冒険にも心開かれた女性である。女たらしのカサノヴァなんか女性の敵だと思っている。あまつさえ、追跡して捕まえようとする。――カサノヴァとベアトリーチェ、そんな二人が恋に落ちてしまうから、人生はおもしろい。二人が結ばれるには、互いの信条を変えるしかない。それが、恋の醍醐味。
 自分の正体を隠しているカサノヴァと、仙名ベアトリーチェ、カサノヴァの旅の相棒バルビ(水美舞斗)、ベアトリーチェの侍女ダニエラ(桜咲彩花)が、一台の馬車に乗り合わせ、宝塚としては珍しいラップを歌う場面がある。そのときの仙名が、実にテンポよく生き生きとはっちゃけていて、とてもいい。おてんば娘ぶり全開。でも、その基本線はあくまで淑女性にある。出るところに出れば楚々としていて、でも、自分の信念は決して曲げることはなく、堂々と主張もする。かっこよくて聡明なのだけれども、楚々としているから嫌味がない。なるほど、カサノヴァのファム・ファタルたる所以。
 今回の公演の初日前囲み会見で、「最後の共同作業」と口にした花組トップスターはトップ娘役と目を合わせて――その瞬間、私は、宝塚で共に夢を育み舞台上に創出してきた二人の、舞台人としての深い絆を感じた。その“共同作業”の象徴である、最後のデュエットダンス。明日海りおと仙名彩世は、ウェッジウッドの磁器の柄を思わせる、揃いの衣装をまとっている。そして、トップ娘役・仙名彩世は、裾に至るまで繊細な装飾が施されたドレスの、その柄の美しさをひときわ際立たせるような、優美なスカートさばきで観客を魅了するのだった――。
 退団発表後の初めての舞台となった昨年の舞浜アンフィシアター公演『Delight Holiday』、ステージ上ではじけまくる仙名彩世の姿に、思った。…君は、おもしろジェンヌでも行ける人材だったのか! と。それで行ってもよかったのに…とも思った。力抜けて、輝いていたから。けれども、そこは彼女の娘役としての矜持なのだろうと思う。明日海りおの一作前に宝塚を去っていくことも。そのすべてに彼女の美学が貫かれていて、だから、痛快なのである。今回の公演でのソロ・ナンバー『愛を恐れずに』は、『Delight Holiday』でも優れた歌唱を聴かせた『Let It Go〜ありのままで〜』に通じる魅力のある楽曲だけれども、彼女の熱唱を聴いていると、…どこまでも羽ばたいてゆけ〜! と、彼女の旅立ちを祝福する思いで、こちらの心も空を飛んでゆくかの如く爽快に。心は、止められない。解き放たれた心は、もう誰にも。歌えて、踊れて、芝居ができて、おもしろジェンヌでも行ける笑いのセンスがあって。その上で、宝塚の娘役としての在り方をずっと模索し続けて、芸を積み重ねた結果、トップ娘役の重責を立派に務め上げて、――そして今、彼女には、進むべき道が見えている。
 まだ下級生のころ、全国ツアー公演で場面の芯に抜擢されて、「…私、務めさせていただきます!」とばかりに舞台に立っていて、…固い! と思った。その彼女が、こんなにも自分自身を開花させるまでになって、その雄姿を観られたことを、本当に幸せに思う。…と、今こうして記しながら、私は涙ぐみつつある。けれども、自分の道を見つけた彼女の痛快な門出に、涙は似合わないとも思う。だから、またもや、「泣くな〜!」とパワーを送ってみる(笑)。
 宮城県出身、仙名彩世、どこまでも飛んでゆけ! その飛翔の果てに出逢う貴女を、私は楽しみにしているのです。

 カサノヴァ伝説と数々のシェイクスピア作品(『真夏の夜の夢』『冬物語』『十二夜』『尺には尺を』等)を撚り合わせて構成された今回の作品。そのコメディとしての要素に一本筋を通すのが、富豪コンスタンティーノ役を演じた瀬戸かずやの好演である。総督の姪ベアトリーチェを狙っていたコンスタンティーノだが、惚れ薬の効果もあって美貌のゾルチ夫人にぞっこんに。ミケーレ伯爵実は…(夏美よう)のお裁き(ここが『尺には尺を』風)もあり、すべては丸く収まることとなる。そのゾルチ夫人を演じたのが、今回で退団となる花組副組長・花野じゅりあ。舞台の幕開きに登場し、野望の男コンデュルメル(柚香光)と、『THE SCARLET PIMPERNEL』のマルグリットとショーヴランの関係を彷彿とさせるシーンを展開する。2000年入団のベテランながら、花野の娘役としての永遠の可憐さ、あでやかさは、今回の舞台でもいかんなく発揮されていた。艶のあるかわいらしさをたたえた声。ときにあまりに無垢に投げ出されるがゆえに、観ていてはっと息を飲んでしまうような純真なセクシーさ。彼女が怪我による長期休演から戻って来たとき、色とりどりの華を競い合って切磋琢磨してきた花組娘役陣がさらに引き締まったことを思い出す。
 仙名彩世扮するベアトリーチェの侍女ダニエラを務めた桜咲彩花も今回が最後の公演である。冒険心あふれるベアトリーチェによって自らも心開かれてゆく一人の女性を、桜咲らしく、控えめな魅力で演じていた。長年、花組を支えてきた三人の娘役、華やかなフィナーレである。
2019-04-28 00:21 この記事だけ表示
 先週、九段下の「昭和館」の前を通りかかり、特別企画展「日本のオリンピック・パラリンピック〜大会を支えた人々〜」にふらっと立ち寄ってみたところ、これが、『いだてん』好きのためにあるような好企画! 金栗四三コーナーには子供用運動足袋。「前畑ガンバレ」の実況中継が録音されたレコード。幻の1940年東京大会へ沸く中で作られた、運動している子供の柄が施されたモダンな着物。そして、1964年東京大会関連展示。名グラフィック・デザイナー亀倉雄策の手によるポスターが、躍動感と迫力があってとてもかっこいい。展示を見ている間中、頭の中をずっと『いだてん』のテーマ曲が流れていました。子供のころカナダに住んだということもあり、オリンピックといえば冬季大会の思い出の方が断然多いあひるですが、2020年東京大会に向けてやっとちょっと気持ちが盛り上がってきました。企画展は5月6日まで〜。表に出ると、千鳥ヶ淵にはまだ桜の花が。今年の桜はあちこちでまだまだ長持ちしていて、そのたくましい生命力に元気をもらっており。
 さて、十五回目〜。金栗四三(中村勘九郎)に縁談持ち上がる。相手は庄屋の跡取り、池部重行に嫁入りしていた幼なじみのスヤ(綾瀬はるか)。息子重行に先立たれた池部幾江(大竹しのぶ)は、死にたいと思いつめたとき、生きようとするスヤの姿を見て、自分はこの嫁と一緒に生きていきたいと思ったと語る。大竹しのぶの演技の圧倒的な説得力。あひる、スヤと同じタイミングで落涙。それにしても。四三さんはスヤさんのこと、好きじゃないの? 恋とかに鈍いってこと? 何ともじれったい新婚の二人。そして、結婚してすぐさま別居。まあ、あひるも結婚して半年で別居し、結婚生活通算23年半のうち9年は別居している、別居婚のベテランですが。結婚の形はいろいろなり。
 4年後のオリンピックでの雪辱を誓い、炎天下に海岸で耐熱練習を行なう四三。――実は今日、オープニングのクレジットを見て、はっとしていた。彩の国シェイクスピア・シリーズなどでの女性役の名演技で知られる、蜷川幸雄組のベテラン、岡田正の名前が! いたいた〜。砂浜に倒れた四三を起き上がらせずに励まし続ける人々の中で、一人傘をかぶっていない人。
 一方、孝蔵(森山未來)は地方巡業中。浜松の地で、落語に妙に詳しそうな子供と出会い――。浜松湖での水泳に加わるその子、まーちゃん。ふんどし姿の子供たちが日本泳法を披露していましたが、成蹊小学校も、あひるが通っているころ、男の子たちは水泳というと、ふんどし。そして、学校で日本泳法の模範演技を見る機会もたびたびあったのですが、両手を縛られたまま泳ぐとか、子供のころは、それにいったい何の意味があるのかまったくよくわかっていなかった…。知識が増えて、いろいろな疑問が解決して、自分が大きな歴史の流れの中に生きていることがわかって。大人になって、よかった。
2019-04-21 22:53 この記事だけ表示
 先週はお休み、二週間ぶりにテーマ音楽が聞けてうきうき。
 ストックホルムから無事帰ってきた金栗四三(中村勘九郎)。その間に明治天皇が崩御し、元号は大正に変わっていた。オリムピックで棄権した彼を、周囲は温かく迎える…かと思いきや、「敗因は?」と鋭く立ちふさがった人が。二階堂トクヨ――「女史」と呼びたくなる、寺島しのぶの怪演。いきなりイギリスに留学してしまいましたが、今後の展開が気になる。
 海外視察を経て、四三より後に帰国した嘉納治五郎(役所広司)はといえば、…大日本体育協会の部屋で机が隅に追いやられており。会の新たなメンバーとして紹介され、にやっと笑う岸清一(岩松了)――代々木の「岸記念体育会館」にその名を残す人ですな。ちなみに私、岩松了が社長を演じている、名刺管理サービスのCMが好きでして。満員電車でも、車内モニターであのCMが流れていたりすると、なごむ。こちらの展開も、気になる。
 一方、若き日の志ん生こと孝蔵(森山未來)は、師匠橘家円喬(松尾スズキ)とは違う噺家について巡業に出ることに。師匠に捨てられたかのように思う孝蔵。そんな彼を見送るため、新橋ステイションまで走って追いかけてきた師匠。…泣けるねえ。師匠に言われた「フラがある」が、意味はよくわからないながらも孝蔵の心の支え。そして、足元をもつれさせながら去る師匠を見て、…師匠はフラフラ…と。『世界は一人』でも如何なく発揮されていた松尾スズキの不思議な身体性が活き。
 と、新橋ステイションがたびたび登場した今回でしたが。これからほどない大正三年には閉鎖されて貨物駅・汐留駅になり、西洋文明の窓口としての新橋が地盤沈下、「明治の新橋」から「大正の銀座」へと時代は移り変わっていく――という話をちょうど『銀座と資生堂』(戸矢理衣奈著)で読んだばかり。ラストでは四三の見合いも描かれ、『いだてん』の物語もますます新展開へ〜。
2019-04-14 23:39 この記事だけ表示
 放映順〜。

 三浦璃来&市橋翔哉。
 今日の方が二人の動きが合っていたと思う(昨日のショートでは、女性はせかせか、男性はゆったりとしているように見えた。同じ振りでも、身体の大きさが違うとそれだけで違った振りのように見えたりすることがある)。いいコンビだな…と感じる。

 ブレイディ・テネル。
 さまざまなバージョンの「ロミオとジュリエット」の音楽によく合った演技だった。運命を懸命に生きようとするジュリエットが見えた(前は、…これ、ティボルト? …と思うほど強さが強かった…)。

 エリザベータ・トゥクタミシェワ。
 今夜の彼女のような表現世界を展開した人は、男子選手にはいても、女子選手で観たのは世界初。
トリプルアクセルがエロティックな美と自然に結びついている様は、他ではあまり観たことがないかもしれず。スポーティで、セクシー。だから、彼女の体現する色気には、濃厚かつ清新という、複合的な魅力がある。トリプルアクセルというジャンプにさまざまな表現の可能性が広がっていることを、その姿に教えられる。
 それぞれの選手が望むだけ長く、その人の選手生活が続けばいいな、そのための環境が整うといいなと常々思っていて。だって、みんなそれだけフィギュアスケートを愛して、続けてきたのだろうと思うから。ビバ! エリザベータ・トゥクタミシェワ。来シーズンの演技もますます楽しみ!

 紀平梨花。
 身体が固い〜と心配になったけれども、心は固くなくて安心。しなやかに、志が高かった。決意の滑り。
もちろん、無理やりいろいろなものを背負ってしまう必要はないと思う。けれども、今の時点で気づきがいろいろあったことで、ますます大きな可能性を秘めていることを、自分自身で証明したわけだから。自分で考えて出した結論が一番。大丈夫! そんな貴女の一歩で、世界も確かに変わっていっています。
2019-04-13 23:46 この記事だけ表示
 放映順〜。

 三浦璃来&市橋翔哉。
 「Cry Me A River」の曲を表現しようという気持ちは伝わってきた。二人の音楽の感じ方をさらに合わせるようにしていくといいのでは?

 小松原美里&ティム・コレト。
 リズムダンスの曲より、今日の音楽の方が合っているように感じた(リズムダンスでは、女性の衣装も配色が少々気になった)。今日は、演技の冒頭からひきこまれるものがあり、優美さも感じられた。

 ガブリエラ・パパダキス&ギヨーム・シゼロン。
 演技が大きい! 自分の前を吹き抜けていく一陣の風――目には見えないはずの――を見るような陶然。

 マッテオ・リッツォ。
 クイーンの楽曲のメドレーと、心を一体化させていこうという演技。私にとっても心に響くところの多いクイーンの曲を分かち合えるのがうれしい。「Don’t Stop Me Now」でのステップでは魂が炸裂!

 田中刑事。曲はロッシーニの「ウィリアム・テル序曲」
 ダイナミックでほれぼれする大きなジャンプ!
 どんどんのってきて、――彼の身体が、ウィリアム・テルがきりりと絞る弓のように見えた。そこから放たれた矢はビューンと飛んでいって、観る者の心に突き刺さるのだった。
 ――そして私は、彼が滑りながら感じているのであろう風を、我が身にも確かに感じた…!

 宇野昌磨。曲はベートーヴェンの「月光」。
 世界をあまねく煌々と照らす月の光に、敢然と己が身をさらけ出して立つ人がいた――。
 …周りを思いやる、本当に優しい人だな…と、でも、その優しさがときに彼自身を苦しめることはないのかな…と、観ていてちょっとつらかったから、昨夜は書けなくて…。
 今宵の闘う宇野昌磨、私はとても好きです。

 ヴィンセント・ジョウ。
 軽々すぎて、4回転ルッツが4回転に見えない〜。あれだけ跳べるのはすごい。

 ネイサン・チェン。
 こちらも、観ていて楽しかった!
 …私自身、つい最近まで、誰かが訳してまで自分の文章を読みたいと思うようなことになるとは思ってもみなかったから、まあ、出会いが遅くなってもしかたない――日本語は、話し、読み書きする人が世界でも少ない言語だから。でも、そんな出会いがあちこちで起きてきたことで、私自身、「自分にとって母国語とは」というテーマに行き着くことができたので。
 私が、誰かの心に届くようなことを書けているのだとすれば、それは、私が評論家という形で携わっている、日本舞台芸術界がすばらしいところだからだと思います。
 アメリカ文化でいうと、個人的には最近、アーサー・ミラーの戯曲に感銘を受けることが多いです――アメリカという国から、世界的な普遍性を提示した知性であると、改めて感じます。
 貴方が多くの人々に支えられてきたように、後に続く人々を支えていってあげて!
2019-04-12 23:19 この記事だけ表示
 放映順〜。

 ガブリエラ・パパダキス&ギヨーム・シゼロン。
 ツイズルの際の動きのシンクロ率がすごい。そしてパパダキスが実にセクシー。タンゴにのって、愛を求めるひりひりとした激しい想いがかきたてられるような、情熱的なダンス。――男性が女性を遣う、文楽のようにも見えた。

 エリザベータ・トゥクタミシェワ。
 よけいな力みが抜けていて、トリプルアクセルも自然で軽やかな美しさ。
 …自分をあざ笑っていたかに見えた“運命”を乗り越えて、自らの手で新たな運命をつかみ取った、強い女性がそこにいた。あざ笑っていたものに、にこやかに微笑み返す、彼女のその表情は実に妖艶だった…!
 フィギュアスケートによって、大人の女性の美の可能性もどんどん拓かれていってほしいと私は思います。世界選手権、貴女がいなくてさみしかった。紀平梨花との美のトリプルアクセル合戦が、今後も楽しみ!

 ガブリエル・デールマン。前半は颯爽とした強さがあったのだけれども。

 マライア・ベル。
 互いに認め合った上で競い合い、高め合っていく、スポーツの闘いっていいなと感じた。相手を負かして倒す虚しい戦いとの、それが大きな違い。今日の演技、芯があってとてもよかった!

 紀平梨花。
 今日の演技は美美美美美!!!
 一つ大人になった貴女なら、これから新たな物語を切り拓いていける。一歩一歩、一緒に進んでいきましょう。

 ブレイディ・テネル。
 これまでだと、「強い!」というのがまず前面に来ている感じがあったのだけれども、今日の彼女の演技からは、しなやかな糸を何本も束ねて丹念に編み上げていったような、繊細さによって培われた強さを感じた。まだ行ける!

 田中刑事。
 自信みなぎる男はかくも美しい!
 もっともっと内なる美を開花させて、世界を大いに翻弄しちゃって!!!

 マッテオ・リッツォ。
 美しい自然、晴れ渡る青空――街の裏通り、影差す石畳の道。笑いの陰にある涙。決して明るいだけではない、イタリア人の心。その陰影の美しさ。

 ネイサン・チェン。
 今日は楽しかった! そして、彼の演技で初めて泣いたかも。
 平和じゃなければ、オリンピックだって無事開催されないわけだし、47年生きてきて、世界はこれでも少しずつましな方向に進んでいっていると思う――思いたい。これからも、自分も精いっぱい頑張る。そして、若い世代にはもっともっといい方向へと進めていって欲しい。期待しているから!
2019-04-11 23:11 この記事だけ表示
 …男子フリースケーティングの羽生結弦の演技の際の聴覚と視覚の記憶が、またしても、ない。「ロシア杯2018」男子ショートプログラムの「秋によせて」の演技のとき同様、吹っ飛ばされている。辛うじて残っているのは、意識がホワイトアウトしそうになった瞬間の画面の記憶のみ。
 文章も、…本当に自分が書いたものなのかな…と思ったりもする。それだけ、あの文面は、自分の内に在った時間が短かった。演技を観ているとき、心か頭の電光掲示板に浮かんだ文言を、まるで「イタコ」か何かのように自分の外に出していった。「使命創生」のタイトルがぱっと浮かんだ瞬間は、今でもはっきり覚えている。あの文章がこの世に存在するために、私という人間の肉体が必要とされていたような、不思議な気持ち。

 …それで、私は、…羽生結弦があんなにも美しい演技をするのだったら、自分は、もっともっと立派な評論家にならなければならない、美についてさらなる確固たる見解と言葉を持った評論家にならなければならない…と思って、男子フリーの翌日も午後から早速劇場に行き、会見に行き、取材に行き、原稿を書き…と、この二週間、休みもなく少々頑張りすぎて、昨日あたり疲れすぎておかしなことになっていた。人間、つくづく無理はいけません。
 ――蜷川幸雄に対して、思っていた。どうして年齢が父と子ほど違うのだろうと。どうして同じ世代に生まれなかったのだろうと。タイムマシンができたなら、まっさきに行きたいのは1960年代だった。その時代の蜷川幸雄の舞台を観たかった。――そして今、羽生結弦に対して、思っている。どうして年齢が母と子ほど違うのだろうと。どうして同じ世代に生まれなかったのだろうと。昨年の12月7日、彼が誕生日を迎えて24歳になって、思ったのは、…あ、これでやっと、倍以上の年齢じゃなくなった…ということだった。これから先は、私の年齢を彼の年齢で割っても、その数はただ1へと近づいていくだけ。
 否。「どうして」は、いい。Why? はいい――要らない。今生、そのように出逢った。その運命のもと、出逢った相手と進んでゆくだけ。その道の続く限り。

 たとえどんなに仕事が忙しかろうが、その合間には、桜の花見もしなくてはいけない。花は、桜は、待ってくれない。人間の気持ちや都合など、おかまいなしに咲いてしまう。
 私の花見は、基本的には一人で、桜の咲いているところをどんどん歩いていくスタイルである。そうして、そのとき浮かんだ想い――美しいものに向き合ったときの想い――を心にためておく。次に見られるのは一年先だから、できるだけいっぱいためておかなくては。
 今年の桜は、何だかとても幸せな桜だった。日本の春の、今だけのその美しさを愛でに、世界中、遠くからやって来た人の姿も多く見た――分かち合う幸せも知った。蒼空の下、桜吹雪に吹かれながら、満開の桜を見上げると、――私が心から愛する多くの人々の笑顔が、花の向こうに、きらきら光って揺れていた。多くの人々の心と共に在る美。それが私の今年の桜なのだった。

 「春よ、来い」にのって舞うエキシビション。
 ――美の彼岸に在る湖で、白鳥が舞う姿を観るとしたら、こんな気持ちになるのかもしれない――。

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 ↑最近着ているカーディガン。
2019-04-08 23:59 この記事だけ表示
 …このところめちゃめちゃ忙しくて、3月24日深夜地上波放映分だけですが、やっとゆっくり落ち着いて観られました。

 宇野昌磨。
 …じわーっと涙を浮かべて観ていた。
 確固たる芯が一本通っていて、でも、芯の周りはふわっとしていた印象だったのが、ここへ来て、その芯がどんどん太くなっていっているのを感じる。
 宇野昌磨がいたから、私は、多くの仲間と共に歩んでいく道を選べたのだと思う。出逢ってくれて本当にありがとう。

 紀平梨花。
 16歳にして、独自の世界観の作り方を確立していっている。
 …彼女なら、日本の女子選手とトリプルアクセルの因縁を変えてゆけるかもしれない…と思った。

 ネイサン・チェン。
 …男子フリーの翌朝、それはすさまじい怒りで目覚めた!
 どうして、自分の才能を使って、社会を、世界をよりよくしていこうという発想にならないの?
 美を多少は意識した分、エキシビションの演技はフリーよりは全然よかった。世界と、自分の中の美を信じるところからまずはスタート。
2019-04-08 23:58 この記事だけ表示