…観終わって、ずーんと来て、涙してしまった…。
 第二十八回『走れ大地を』。
 翌年となったロサンゼルス・オリンピックに向け、「メダルガバガバ大作戦」を立てたまーちゃんこと田畑政治(阿部サダヲ)は、その前哨戦として「日米対抗水上競技会」を神宮プールで開催することに。結果は日本の圧勝、なれど満足していないまーちゃん。体協の理事に推されるも、「よけいな看板はまっぴらです」と即座に断る。理事は大っ嫌いだ、ヒゲはやして…と宣うまーちゃん。まるで早口言葉のようにテンポよくリズミカルな阿部サダヲのセリフが心地いい。そんなまーちゃんを、「ヒゲは生やさんでいい!」と嘉納治五郎先生(役所広司)、一喝。…いえ、宝塚歌劇団にも、ヒゲがこの上なく似合う理事、轟悠がいてですね(笑)。『風と共に去りぬ』のレット・バトラーやアブラハム・リンカーンといったヒゲ役を得意として来ましたが、火曜日には新たなヒゲ役に挑む主演作『チェ・ゲバラ』が日本青年館ホールにて開幕〜
 治五郎先生は、永田秀次郎東京市長(イッセー尾形)との会合にまーちゃんを連れていく。「関東大震災から立ち直ったニッポンを世界に見せたい!」と、東京でのオリンピック開催につき、大いに意気投合する市長&治五郎先生――永田市長のセリフに、来年の東京オリンピックに寄せる作者の想いを感じて。渋る体協の岸清一会長(岩松了)を、ストックホルム・オリンピック参加だって私の戯言から始まった話だよ! と熱く説得、見事了解を得てハグする治五郎先生。
 しかし。1931年。満州事変勃発――。
 ここの描き方が実に巧い。30年後の戦後に飛ばして、軍部の自作自演につき、当時はどう報道されていたんですか――と、五りん(神木隆之介)に尋ねさせる。――当時は真実を報道できない。新聞は軍に目をつけられている。ロサンゼルス・オリンピック応援歌募集で頭がいっぱいのまーちゃんは「不謹慎だぞ」と言われる。え、これって、関東軍の仕業なの? とびっくりするまーちゃん――まあ、政治部の記者として、その反応はどうかと思うが。そんなまーちゃんに、新聞はもうだめだ、庶民の暮らしを変えられない、自分は代議士になると告げる河野一郎(桐谷健太)。本気で記者を続けるつもりなら、特ダネでもとってみろと言われ、ノコノコと高橋是清(萩原健一)のところに赴くまーちゃん。アムステルダム・オリンピックのおみやげと称して木靴を渡し、その木靴で頭を叩かれる(笑)。ここのやりとりがもう、役者同士の心の交流そのままがにじみ出ているというか、ショーケンが本当にいい顔して、ニヤッと笑うんですよね…。是清に対してはまーちゃんも、「はい、いや、はい」と、得意の肯定⇔否定コロコロも一応丁寧語。そんなところに犬養毅がやって来て、まーちゃん、犬養内閣成立を見事初スクープ、「田畑の記事で〜す」と得意満面。そんなまーちゃんに、「スポーツが盛んなうちは国は大丈夫だ」と言い残して新聞社を去る河野一郎。
 1932年、満州国独立。これを認めぬ政府に対し、逸る軍部。――記者出身ゆえ気さくに取材に応じたという犬養首相のもとを訪れ、5月15日のロサンゼルス・オリンピック応援歌の発表式典への出席を頼むまーちゃん。満州国を認めるつもりはない、と首相。武力に訴えてはならない。人間同士向き合って話せばわかり合えるんだよ。そして重ねて言う。スポーツはいいな、戦争は勝つ方も負ける方もつらく苦しいけれども、スポーツは勝っても負けてもすがすがしい、と。「勝たなきゃだめです」とまーちゃん。ううむ、個人的には、まーちゃんのメダル偏重主義にはちょっとついていけないのですが。
 神田YMCAプールでの代表選考合宿でも、そんなまーちゃんの態度が波紋を呼ぶ。日本人は情に厚すぎる。ベテランより、若手を! ベテランに対し、平気で「練習台になってくれ」っておいおいおい。でも、確かに、起用とはいと難しき問題なり…。
 一方、期待の星、前畑秀子(上白石萌歌)はスランプ。心配する監督の鶴さんこと松澤一鶴(皆川猿時)に彼女は言う。父母からのプレッシャーが強すぎる、と。ご両親に手紙を書こうか? いえ、彼女のもうご両親は亡くなっているんです。夜な夜な枕元に――って、お化けが出るの〜〜〜? とおびえる鶴さんいと愛おし。しかし。優しく語りかける鶴さんをスルーして、秀子の目は、若い小池禮三の練習台になってくれ――と満州から呼び戻された鶴田義行(大東駿介)に釘付けに。その秀子の目線を追おうとする鶴さんの顔芸いとおかし。鶴田は戻って来たものの、お前は連れては行くが試合には出さないとまーちゃんに言われたキャプテン高石勝男(斎藤工)がブチ切れ。なんなんすかあの人! 自分は泳げるんですか! と癇癪を起こすキャプテンをなだめる鶴さん。――まーちゃんには、何かよくわからない魅力があると。あちらこちらでやらかすまーちゃんの絶妙フォローで、今回、鶴さん大活躍〜。
 ロサンゼルス・オリンピック応援歌、48000通の中から選ばれたのは、「走れ大地を」。5月15日の発表式典のリハーサルで、指揮者がちゃんといるのに自分も指揮の真似事をしてオーケストラと合唱隊にあれこれ指導のまーちゃん。しかし。犬養毅の屋敷に暴漢が闖入。あまりに名高い、「話せばわかる」「問答無用」のやりとり。銃声。――わかっていた。5月15日に何が起こるか。そのとき、「話せばわかる」と首相が言うことも。だから、さきほど、犬養毅がまーちゃんに告げた、「人間同士向き合って話せばわかり合えるんだよ」というセリフから、胸に刺さっていた。銃を持った人間に襲われた際もあくまで対話を試みようとした人間と、そんな人間を「問答無用」の一言で撃つ人間と。そんな両者の間に、対話が成立する日は来るのだろうか――撃たれた人は、それでもなお、今の若い者を呼び戻して来い、話して聞かせることがある、と言うのだった――。
 式典は中止。その夜、犬養毅死去。
 まーちゃんは、照明の消えた夜のプールで、足で水をばしゃばしゃ蹴りながら、「走れ大地を」を一人、歌う――。
 このままでは、新聞が軍の広報になってしまう。しかし、これ以上軍に睨まれたら潰されかねない、と上司の緒方竹虎(リリー・フランキー)。こんなときにオリンピック…と言われたまーちゃんは、「こんなときだからこそオリンピック!」と高らかに宣言する。その思いは、治五郎先生も同じ。壮行会で彼は言う。こんなときだからこそ、と。国際社会で孤立しつつある日本を背負って頑張ってくれ――と。
 …背負わされているものが、大きすぎる。
 それでも、選手たちは旅立っていくのだ。ロサンゼルスの青空のもとへ――。
 何だか。なぜ、自分が今年、毎回『いだてん』について書くことになったのか、どんな使命のもとそんな成り行きになったのか、おぼろながらも見えてきた気がする今回。爆走する『いだてん』と共に、あひるも爆走し続ける所存。
2019-07-28 23:43 この記事だけ表示
 …このままで行くと、今年の宝塚ベスト作品は、愛のレキシアター『ざ・びぎにんぐ・おぶ・らぶ』になりかねない…と思っていた――『ざ・びぎにんぐ・おぶ・らぶ』はレキシ×河原雅彦の作品であって、宝塚作品ではないのだけれども。それほどまでに、『ざ・びぎにんぐ・おぶ・らぶ』は、宝塚の、とりわけそのショー作品と日本物作品の方法論を綿密に研究して本歌取りしたような痛快娯楽作品だった。齋藤吉正のショー作品に感じられるような中毒性があり、宝塚の日本物作品における“歴史と遊ぶ”感覚がポップに取り入れられていた。その意味で、『ざ・びぎにんぐ・おぶ・らぶ』は秀逸な宝塚歌劇論であったとも言える。
 そんな心模様で迎えた水無月、座付き作家・小池修一郎がまたもやスマッシュヒットを放った。宙組公演『オーシャンズ11』。宝塚では三度目の上演となるが、今回、登場人物たちの人間模様をきっちりと描き出した上で、スピーディに華やかに展開するエンターテインメント作品として成立させた。帝国劇場で上演中の『エリザベート』においてもすばらしい舞台が展開されており、小池修一郎、絶好調である。
 この作品の大きな魅力の一つとして、座付き作曲家・太田健の優れた仕事を挙げたい。すぐに覚えて口ずさんで帰れそうな、耳なじみのよいナンバーの数々が、ラスベガスを舞台にしたゴージャスな作品世界をバリエーション豊かに彩る。作品の見事な紹介ともなるオープニング・ナンバー『FATE CITY』、何だか冴えないな…とぼやきたくなるとき心で歌って励みにしたい人生の応援歌『JUMP!』、一幕ラストをめくるめくように締めくくる『JACKPOT』、そして、主人公ダニーが歌う愛のナンバー『愛した日々に偽りはない』と名曲揃いである。小池修一郎×太田健のコンビではやはりハリウッド映画を原作とした『カサブランカ』(2009)もすばらしい楽曲揃いであり、こちらの再演も大いに待たれる。
 そして、主人公ダニー・オーシャンを演じる真風涼帆と、その妻テスを演じる星風まどか、宙組トップコンビの芝居の掛け合いのテンポが実にいい。物語冒頭、ダニーは刑務所で服役中で、テスは彼と何とか離婚したがっている。歌手を夢見る女子大生だったテスは、ニューヨークのクラブで歌っていたところをダニーに見染められ、彼の素性を知らぬまま結婚。だが、テスのデビューを手助けしてやりたいと詐欺を働いたがために、ダニーは逮捕され、テスも彼の正体を知ることとなる。ラスベガスで、ホテル王テリー・ベネディクト(桜木みなと)の支援のもと、ついにデビューを遂げようとしている妻テスのところに、出所したダニーがやって来て復縁を迫る。その一方でダニーは、親友ラスティー・ライアン(芹香斗亜)&仲間たちと力を合わせ、どこか怪しい人物であるとにらんだテリーのホテルからカジノの収益金を盗み出すという大勝負に打って出る――というこの物語。軸となっているのは、何度も離婚届を送りつけられながらも未だテスにベタ惚れのダニーと、そんなダニーを心の底ではまだ憎からず思っているところのあるテス、二人の心模様である。スーツをびしっと着こなしながらもどこかダメ男ぶりが色っぽいダニーと、歌で環境保護を訴えたいという理想に燃えるテス。自分の変わらぬ愛を訴える真風ダニーに、ピシピシッと当意即妙に返答する星風テス、二人の丁々発止がスクリューボール・コメディの妙を感じさせる。真風扮するダニーにはどこか、正業に就いていない、裏街道を歩いてきた男のニヒルさを思わせるものがある。星風は長い手足を活かしたダンスがセクシーで、キュートな童顔とのギャップが魅力。真っ赤なソールが印象的なハイヒール姿もさっそうと、大人の女性を熱演している。テスがダニーにあれこれ言うのも、まっとうな人生を生きてほしいがため、…それもこれも、心の底ではまだ、ダニーに対して愛があるからなんだな…と、芝居に非常に説得力がある。それにしても、ダニーがテスとの馴れ初めを語るナンバーで、クラブで歌うテスに一目惚れした結果「♪出待ち〜」と歌うくだりは、何度聴いても何だか微笑ましくて、おかしい。
 真風ダニーと、芹香斗亜が演じる親友ラスティー、二人のバディ感もいい。つかず離れず、ベタベタせず、それでいて、大きなヤマのときには一つ一緒にやってやろうぜ! という、大人の男同士の友情。芹香ラスティーがメインとなって歌う『JUMP!』にこめられた、思い通りにならない人生、何度失敗してもチャレンジ! という決意は、晴れ渡った青空のようにさわやかである。星組と花組で培ってきた、男役としてのオラオラ感も気合十分。芹香斗亜、ここへ来て、男役としてのポテンシャルを大いに発揮し始めた。
 ドス黒い野望を心に秘めたホテル王テリー・ベネディクトに扮した桜木みなとも演技で魅せた。これまでこの役を演じた紅ゆずる(現星組トップスター)、望海風斗(現雪組トップスター)とはアプローチを変えてきたのが印象的。野望に取りつかれた様を怪演するのではなく、自分の心の中に実はドス黒いものがある…と、恋するテスに己の正体を告げるシーンで狂気を露わにしたところに、オリジナリティのきらめきを感じた。
 本当に率直なことを言うと、宙組版、ちゃんと11人仲間が揃うのかな…と心配だったのである。しかしながらそれは杞憂であって、個性輝く仲間が舞台で大暴れすることとなった。組が上り調子のとき、小池修一郎作品に当たると、一気にブーストがかかる。『All For One』(2017)に当たったときの月組のような勢いを、今の宙組に感じる。ラスベガスのネオンの眩さと、人々の心にひそむ欲望と。今回の公演では、光と闇、その対比が絶妙に描き出されていた。
 ダニーの仲間となるディーラーのフランク役の澄輝さやとと、マジシャンのバシャー役の蒼羽りくは、この公演で退団である。翳りの表情を見せる澄輝フランクは、セリフを交わしつつディーラーとしてそれは見事なカードさばきを披露。蒼羽バシャーは甘いマスクが魅力で、澄輝フランクと好対照を成していた。
 そして、ラスベガスのショースター、クィーン・ダイアナ役の純矢ちとせ。宙組の舞台を支え、華麗に彩る娘役として、常に存在感を発揮してきた――とりわけ、『白夜の誓い』で見せた、エカテリーナ二世役の名演は忘れ難い――彼女も宝塚卒業である。今回は、ダイナマイトにボリューミーなヘアスタイルもインパクト大に、新人テスのデビューに水を差そうとするベガスの女王役――でも、純矢が演じると、陰湿さはなく、どこかからっと楽しげなのが好印象――を怪演。男役からの転身組ならではの押し出しの強さがありながらも、それをやわらかなクッションでくるんで差し出してくるような様が魅力的だった。何とはなしに、肩を叩き合って励まし合ってきた戦友のように感じていた純矢の退団は、非常にさみしいものがある。
2019-07-21 01:20 この記事だけ表示
 今宵も18時からBSプレミアム&20時からNHK総合で視聴〜。二回観てしみじみかみしめました。
 志ん生(ビートたけし)の思い出話。師匠の着物を質に入れて破門になった孝蔵(森山未來)、長男誕生の際に産婆に払うお金もない。
 一方、バー・ローズのママ(薬師丸ひろ子)に「30歳までしか生きられない」と占われ、次のオリンピックまで生きられない…とますます生き急ぐまーちゃんこと田畑政治(阿部サダヲ)。
 そして、“いだてん”こと金栗四三(中村勘九郎)は38歳。長男正明(演じるは、四三の幼少期を演じた久野倫太郎!)を連れて上京してきた兄の実次(中村獅童)と再会、日本橋で語り合う――橋のたもとに今もまだ残る日本橋野村ビル(設計:安井武雄)は、このころまだ建ったばかり。熊本に帰ってきてほしい、みんな待っている…と語る兄。
 まーちゃんは次のロサンゼルス・オリンピックに向けて目標を掲げる! が、字が汚くて誰も読めない(笑←と書きたいところですが、あひるが観ながら書いたメモの字、自分でも読めないぞ〜!)。監督に推されたのは鶴さんこと松澤一鶴(皆川猿時)。え、みんな俺のこと何だと思ってたの…? とショックを受けるまーちゃんに、「応援団長」「計測員」と率直な意見が。鶴さんがまーちゃんを、監督を監督する総監督に据えて事なきを得る。世界水準のプールを建設したいと直談判しに来たまーちゃんに、岸清一(岩松了)がポケットマネーを提供。よ、太っ腹! まーちゃんと岸さん、認め合う者同士のスリリングな毒舌の応酬。
 「アニキトク」の電報に、故郷へ帰るも、父のとき同様、最期に間に合わなかった四三。実次に言いたい放題だった養母幾江(大竹しのぶ)が、…もう張り合いがない…と見せる乾いた心の表現に、その哀しみの深さを知る。――甦る兄の思い出。思えば、熱苦しさに愛嬌のあるお兄さんでした。弟の才能を信じ、尽くし続けた兄。この人がずっと支えていなければ、いだてん金栗四三は走り続けてはいられなかった。劇場でも思うのだけれども、役者中村獅童は、観る側が安心して心を委ねられる包容力をもった人である。実次役で、その包容力を存分に発揮する姿を観られたのがうれしく。
 家でゴロゴロした果て、納豆売りに転身してみるも、うまく行かない孝蔵。表へ飛び出して行ってしまった妻への思いを率直に語るも、妻、聞いてたよ! そんな彼に、妻(夏帆)は寄席へ出てほしいと頼む。…孝蔵の、人と異なる才能にあふれているからこそ、不器用で生きづらい、そんなせつなさが、何だかだんだん心にしみてきて。
 そのころ、東京市長の永田秀次郎(イッセー尾形)は、皇紀2600年にあたる昭和15年(1940年)に東京にオリンピックを呼ぶことを提案される。「ピックピックピックね」、“オリンピック”が上手く言えない永田の言い間違えや、いとリズミカル。
 ロサンゼルス・オリンピックの前哨戦として「日米対抗戦」を思いついたまーちゃん。日本新記録を出した前畑秀子(上白石萌歌)に興奮し、勢い余って女子ロッカーへ。暴言を吐くまーちゃんの頬を、鶴さんがペチ。いいコンビなり。そして彼はふと気づく。――30歳までしか生きられないって言われたけど、俺もう32歳じゃん! 忙しくて歳数えるの忘れてたよ! って、何だそりゃ(笑)。早死にして妻子を悲しませたくないから結婚もするまいと思ってたけど、そうと決まれば結婚だ! すばらしい変わり身の早さ(ほめてます)。
 四三は帰郷を告げに、嘉納治五郎先生(役所広司)の元へ。そこで知った真実。父も、兄も、死ぬ前に、嘉納先生に会ったと嘘をついた…と思っていた。けれども、兄は実際、嘉納先生に会っていた。会って、豪快に投げられて、弟が世話になったことのお礼を述べていた。――改めて心にしみる、兄の想い。東京にオリンピックを呼ぶ――と聞いて、四三の心が逸らないわけがない。けれども。
 ここで、金栗四三と田畑政治、主人公同士が初めて二人きりに。三度のオリンピック、一番の思い出は? と、まーちゃん。振り返って、紅茶と甘いお菓子がおいしかったと言う四三に、まーちゃんは「聞くんじゃなかった」と。――それは、四三にしかわからない感慨である。ストックホルム・オリンピック、暑さで意識を失った彼の口に含ませられた、紅茶とお菓子の味。けれども、金栗四三の物語を観ていた私たちは、その思いを分かち合えるところがある――そんな回に、ストックホルム・オリンピック、人生のあの分岐点で彼を惑わせた幼少期の四三を演じた久野倫太郎が顔を見せている、その妙。――まーちゃんには、今はまだわからない。彼のオリンピックの物語は、これからである。
 「聞くんじゃなかった」と毒舌を吐きつつも、初めて世界で闘った日本人、金栗四三のことを認めないわけにはいかない…と、まーちゃんが独り言で珍しく素直な敬意を表明。と思いきや、四三はまだ去ってはいなかった――というオチと、先ほどの孝蔵の妻への想いの吐露のシーンとが、今回のタイトルともなっている落語の『替り目』の内容とも、そしてまた、金栗四三から田畑政治へという主役交代の替り目とも見事重なって。粋な限り。
2019-07-14 23:47 この記事だけ表示
 今日は外出していて、20時からのNHK総合での放映にしか間に合わない、はずが。ラッキーにラッキーが重なり、無事に18時からのBSプレミアムでの放映を視聴。…すばらしい回! 18時から観るよう、呼ばれたんだな…と思った。あんまりすばらしかったので20時からもまた観た!
 『明日なき暴走』。日本人初の女性オリンピアンにしてメダリスト、人見絹枝の物語。
 ありがとう、宮藤官九郎!
 関東大震災で行方不明になってしまったシマちゃん先生(杉咲花)が、かつて岡山で出会い、スカウトした人見絹枝(菅原小春)。当時としては大柄だった彼女が陸上競技に励む姿に、「化け物」だの「バッタ」だの「六尺さん」だの、心ないヤジが飛ぶ。…今から30年ほど前。言われたことがありました。正確には、後に夫となる人間に向けられた言葉ですが、「自分と偏差値同じか、もしかしたら上かもしれない女に、よく欲情するね」と。…思い出して、古傷が傷んだ。でも、私より前の世代は、遡れば遡るほどさらにひどいことを言われていたかもしれず…。私が今こうして存在するのも、志高い諸先輩方のおかげです。それにしても。東京大学の門戸は戦後になるまで閉ざされていたけれども、東北帝国大学は文部省を押し切って1913年(大正2年)に早くも女子生徒を受け入れているんですな。
 結婚して子供を産むことが女の幸福なら、私は幸福にならなくてもいい…と絹枝さんは言う。…『ベルサイユのばら』のオスカル・フランソワ・ド・ジャルジェを思い出した。今年初め、ある外国人の男性演出家が言った。「#MeToo運動のおかげで、あなたも20年前より自分の意見が聞き入れてもらいやすくなったと感じているのではないですか」と。あひるは思った。日本にはオスカル様がいて、というか、実在はしないけれども、日本の女の子の精神的支柱として存在していて、「女にだって意見を述べる権利はある!」と、#MeTooのずっと昔から言っているしな…と。それに、20年前に自分の意見が聞き入れてもらえなかったとしたらそれは自分がまだ未熟だったからだろうとも思うし、私個人としては、日本舞台芸術界で、「お前は女である、だからお前の意見は聞かない」という人と出会ったことがない。もちろん、出会っていないだけかもしれない可能性は排除しないし、#MeToo運動の功績を否定するものでも決してないけれども。っていうか、あなたの国ってまだまだそんなに不自由なんですか? 大丈夫? …とびっくり。その演出家に、今回の『いだてん』を観てほしいものである。
 メダルも結婚もどちらも手にお入れなさい、そして女子スポーツ界に革命を! と、絹枝さんの恩師二階堂トクヨ先生(寺島しのぶ)は言う。あひるも常々そう思ってきた――恋と仕事、どっちを取る? みたいな話、好かん! どうして両方手に入れちゃいけないの? 性別関係なく、正々堂々と闘って、それぞれが自分の欲しいものを手に入れればいい。
 1928年のアムステルダム・オリンピックで、女子陸上競技も正式種目に。しかし。人見絹枝を派遣すべきか、否か。女子スポーツ普及に尽力した金栗四三(中村勘九郎)さえも、…あのプレッシャー、女子には大変過ぎるのでは…と否定的。しかし。まーちゃんこと田畑政治(阿部サダヲ)は、選手一人にプレッシャー負わせないで、監督が何とかしてやれ! と、すばらしい弁舌で人見絹枝出場を半ば強引に決めてしまうのだった。否定してすぐさま肯定する芸風で大いに印象付けた前回ですが、今回、肯定して否定するパターンと、否定して肯定してやっぱり否定するパターン、二種のアレンジ技が出ました。
 シベリア鉄道に乗り、アムステルダムへと向かう絹枝は、“姉御”と呼ばれ、男子選手の洗濯や縫物をし…って何じゃそりゃ! と突っ込もうとしたら、志ん生(ビートたけし)が「ひでえ扱いですな」って代わりにちゃんと突っ込んでくれた!
 東京とアムステルダムの時差は8時間。現地に行けず、新聞社で電信機にモールス信号による通信が入るのを待つまーちゃん。現地アムステルダムでは絹枝にめちゃめちゃメダルへのプレッシャーがかかっている――そして100メートル、決勝進めず。電信に呆然とするまーちゃん。しかし絹枝は、走ったことのない800メートルへの出場を決意する。このままでは日本に帰れない。ここで帰ったら女はダメだと言われる――と。演じる菅原小春は、瞳がとてもいい。どこか憂いの中に凄絶な決意を秘めた、強いまなざし。ドラマ映像に実録フィルムが挿入されて描かれるレースの模様――これは本当に、現実に、起きた出来事である…ということが、より強調されて。
 銀メダル!
 化け物と言われたけれども、世界に出たらそれが当たり前だった…とラジオで語る絹枝さん。「日本の女性が世界へ飛び出す時代がやって来たのです」――メダルを見せられ、恩師トクヨさんも実にいい笑顔。彼女に「ご幸福ですか」と問われ、絹枝は答える。「はい」と。――でも、絹枝さんは、レースのあった日からちょうど3年後の同じ日、亡くなってしまう。彼女に、4年後はなかった。次のオリンピックはなかった。
 …心にずーんと来過ぎて、涙さえ出なかった。
 でも。人見絹枝が跳び、走る姿に励まされた多くの人たちの心に、彼女は生きる。そして、彼女に励まされて己の人生を闘った人たちの姿もまた、多くの人たちの心を励まして…。そう考えると、死とは決して終わりではない…と思う。闘って生き、そして死んだ人たちのように、自分も闘い、そして生きようと思う。闘う多くの仲間と共に。
 だから。
 ありがとう、宮藤官九郎!
 それにしても第二部、ますますスピードアップしてスパーク! 観返してもやっぱり、泣いて笑って…。おもしろい! まーちゃんを演じる阿部サダヲの演技に、心地よく軽快なリズムがある。言いたい放題言っていてもどこか憎めない男の愛嬌。「化け物」も、阿部まーちゃんが言うと「あんた、すげえよ」という賛辞にも感じられて。水泳競技でのメダル獲得に、宙を平泳ぎして祝う姿もいとキュート。松澤一鶴を演じる皆川猿時――舞台でのイメージとは何だかちょっと違うハンサムぶりに、ドキ!――との掛け合いのはずむことと言ったら! 絹枝さんにまーちゃんが「化け物」言ったら一鶴さんが即座にペチと頬を張っていた(笑)。
 元気出た! 明日も取材!
2019-07-07 23:35 この記事だけ表示
 本日DDD青山クロスシアターにて初日を迎えたドキュメンタリー・ミュージカル『わたるのいじらしい婚活』公演プログラムで、主演の湖月わたるさん×脚本の竹村武司さん×作詞・演出の永野拓也さんの座談会と、湖月さん×共演の朝海ひかるさんの対談の記事を担当しています。この作品、竹村さんの脚本がおもしろい! そして取材の際、湖月さんの愛すべきいじらしさを、あひるからも突っ込ませていただきました(笑)。観劇のお供にぜひ!
2019-07-05 23:59 この記事だけ表示