8月29日19時、オーチャードホール
 フロレスタン役のミヒャエル・シャーデが素晴らしかった。政治家であるフロレスタンは、刑務所長の不正を暴こうとして、無実の罪で刑務所に囚われてしまった。彼の妻レオノーレは男装し、“フィデリオ”と名乗って刑務所に潜り込み、フロレスタンを何とか救い出そうとしている。第二幕で初めて登場するフロレスタンは、地下牢に鎖につながれている。そして、「神よ、ここは何と暗いことか」と、自らが行なった正義について、妻への想いについて歌う。――その歌声を聴いていて、思わずにはいられなかった。作曲したベートーヴェンは、彼自身の孤独と静寂の内に、いったい、何を聴いていたのだろう――と。
 そんな話を、初日レセプションの席でシャーデさんにしたところ、話してくれた。自分がよく仕事を共にした故ニコラウス・アーノンクール(世界的マエストロ)は、「音楽は、天とつながる見えないコードだ」と言っていた、と――そう語りながら、お腹のあたりから天上へと、手を動かす仕草をしていたのが印象的だった。
 終幕で、フロレスタンは妻の勇気ある行ないを讃えて歌う。その歌を聴いていて、ベートーヴェンはフェミニストでもあったのだな、と思い至った。女性がいなければ成し得ないこと。書き得なかった音楽――インスピレーション。無論それは、性別を超えて成立し得る話なのであるけれども。
 公演はあと一回限り(9月1日14時)。お聴き逃しなく!
2019-08-30 00:57 この記事だけ表示