主人公エドワード・ブルーム(川平慈英)の最初のナンバーから涙涙涙で、…終盤、嗚咽。自分で自分に内心「あひる、うるさいよ〜」と突っ込むくらい、嗚咽。…舞台、終わってほしくなかった…。明日からの公演をご覧になれば、わかります(11月1日〜28日、シアタークリエ)。風変わりな体裁の演劇論ともとれる作品。
2019-10-31 23:51 この記事だけ表示
 最初に金メダルを獲得したソチ五輪でも滑ったショートプログラム「パリの散歩道」を披露したのだけれども、…これが、前夜の田中刑事のフリースケーティングの演技に続き、ものすごく強引な大人の男の色気満載で。ここまでぐいぐい来る感じ、久しぶりに味わったな…と。
 それで思った。
 最近、こういう感じの、「俺のものになれ!」的な芸ができる宝塚の男役、減ってやいませんか?
 例えば、先日、台風一過の日に宝塚を去った前星組トップスター紅ゆずるや、現在退団公演中の花組トップスター明日海りおのように、それとはまた異なるところで自分の個性、芸風を確立したということならば、それはそれですばらしいことである。持ち味の違いだってある。時代の変化、求められる男役像の変化も多少はあるのかもしれない。でも、何だか最近、何が自分に合っているのか、あれこれ試みることすら行なわれなくなっているような…。二人の男役が一人の女を取り合うみたいな芝居やショーの場面も、「俺のものだ!」「いや、俺のものだ!」という、男役芸の上での競い合いがないと、成立しなくなってしまうのでは?
 背中で語れる男役も少ないような。フィギュアスケートの中継を観ていると、演技のときだけではなくて、演技前の、これから闘いに挑もうとしている男子選手たちの背中に覚悟を感じて、ぐっと来たりする。これだよ、これ! と思う。宝塚の男役にもこういう背中を見せてほしい! 背中で語れる男役が少なくなってしまうと、芝居のラストで、男が一人、背中を見せて去っていく…みたいな演出も、できなくなってしまうではないですか。
 紅ゆずるなんて、…宝塚の男役たるもの、(フィギュアスケート選手含む)生身の男にかっこよさで負けるわけにはいかない! と客席の男性客に食ってかかるくらいの気迫で舞台を務めていて、それが、退団公演のあの黒燕尾服姿に結実したわけで。今、一番ぐいぐい来ることのできる男役が、羽生結弦選手のファンとして知られる雪組トップスター望海風斗だというのも、何だか腑に落ちるものが。その望海ならば、作品に必要な男の哀愁を表現できると、座付き演出家小池修一郎は、かねてから熱望していた映画『ONCE UPON A TIME IN AMERICA』の宝塚化に踏み切ったわけで(宝塚大劇場2020年お正月公演)。
 何もフィギュアスケートに限らない。何でも参考にして吸収して芸を磨いてくれれば、それでかまわないのですが。宝塚の男役よ、奮起せよ! 最近ぐいぐい来るのは娘役の方が断然多いぞ!
2019-10-30 00:57 この記事だけ表示
 天女の羽衣のような、妙なる、やわらかな布が、天上から幾重にも幾重にも、はらはらと舞い降りてくるような。
 ――そして、内なる炎が燃えていた。その火はじきに、私の内へと燃え移り――、魂をじんじんと燃やしていくのだった。こう書き記している、今も。
 振り返ってみれば。今は天上にいる人、美に尽くした人が行く世界にいるあの人も、よく私という人間を受け止めてくれていたものだと思います。こちらも可能な限り目いっぱい受け止め返したから、今も、私の中に濃厚に存在しているように思うのだけれども。「なんて生意気な!」とか思われていた。「でも、自分も生意気だったじゃないか…」とも。人はそうして自分を発見していく。他者の中に自分自身を見出していく。そうして世界は広がっていく。
 羽生結弦に今生で出逢わせてくれて、神様、本当にありがとう。
 いざ、真駒内へ!
2019-10-28 01:14 この記事だけ表示
 地上波放映順〜。

 田中刑事。曲は映画『シャーロック・ホームズ』より(振付・宮本賢二)。
 ロンドンにはおしゃれな紳士服のお店がいっぱいあって、…あ、これ、田中選手なら素敵に着こなせそうだな…と、勝手にウィンドウ・ショッピングを楽しんでいました。衣装、とてもよいです。
 そして、…氷上の彼に、東京大学フィギュアスケート部の同学年の憧れのT選手の面影を見た。――巻き戻される時間。
 今年四月、東京大学の入学式での上野千鶴子氏の祝辞(https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message31_03.html)が話題になったけれども。その中の、「東大には今でも東大女子が実質的に入れず、他大学の女子のみに参加を認める男子サークルがあると聞きました」という一節で、思い出した。どうして自分が東大運動会(体育会)フィギュアスケート部に入ったか。もちろん、フィギュアスケートが好きだった。それに加えて、怒ってた! 東大女子が入れるサークルが本当に、本当に少なかったから。差別だ! と思った。それで、東大女子もOKのフィギュアスケート部に入ったんだった。そしたら、男子も、女子も、優しくて素敵な人たちばかりだった。Tくんにも出逢えた。――そして、田中選手にも出逢えた。大切な人たちにたくさん、たくさん出逢えた。差別に感謝するといったら、おかしいかもしれないけれども。
――そんなことを思いながら、「闘う」という字を、それも太字で、リンク上空にデカデカと浮かべているような、演技を観ていた。
 ラストがかっこよすぎて、…あら、自分、ぐいぐい来る人にも弱いんだな…と改めて発見。もっとドキドキしたい!

 カムデン・プルキネン。曲は『ラスト・エンペラー』より。
 曲に合わせて丁寧に滑ろうとする姿勢がうかがえた。もっと曲を感じて滑れば、まだまだ行けます。

 ナム・ニューエン。曲は『ビートルズ・メドレー』。
 「レット・イット・ビー」のあたりからどんどん乗ってきて、「ゲット・バック」ともなればもう、観客を巻き込んで大盛り上がり! これは楽しいプログラムです。手の動きに工夫されたし。
2019-10-28 01:11 この記事だけ表示
 地上波放映順〜。

 本田真凜。曲は『ラ・ラ・ランド』。
 …氷上、ふわあ〜っと伸びてゆくスケートが、とても心地いい瞬間があって…。
 フィギュアスケートが大好きな気持ち、それがいっぱいにあふれた演技だった。――そして彼女は観客と一体となっていった。彼女自身が滑ることを心から楽しんでいたから、観客も楽しかった。人生という限られた時間の中で、大切なひとときを分かち合えた喜び。
 貴女はとても表現者向きです!
 …今だから言います。貴女と田中刑事選手が交通事故に遭ったというニュースの見出しを見たとき、…息が止まるかと思った。本当に、無理はしないで!

 エフゲニア・メドベージェワ。
 とてもクリーンな演技。
 着物を着た日本女性の動き、しぐさを表現する苦労は、今年Kバレエカンパニーで上演した『蝶々夫人』を振り付けた熊川哲也芸術監督が語っていたところ。すなわち、本来、内に、内にと向かっていくところを、外へ、外へと開いていくクラシック・バレエの技法でいかに表していくか。スズキを踊った荒井祐子は、そのあたりの表現が非常にすばらしかった。
 何というか、もう、ヒロインの国籍にこだわらないで、普遍的な話として表現してもいいのかも。私も、『蝶々夫人』を深く理解するため、一度国籍をすべてとっぱらって考えた上で、「やっぱりピンカートンって本当にダメな人間だわ…」という境地に達したので。

 ブレイディ・テネル。
 途中、物憂げさを感じさせたところは心惹かれた。

 ユ・ヨン。曲は『エヴィータ』より。
 後半、曲が「アルゼンチンよ泣かないで」に変わってからの演技はよかった。前半の曲調変化を意識するとさらに◎。

 アレクサンドラ・トゥルソワ。
 実に巧みな選曲。
 …観ていて、虚しさしか、ない。
 というか、早くもメンタルが心配で。大丈夫? たまには好きな物食べて好きなことして、心と身体に栄養を与えた方がいいと思います。

 紀平梨花。
 ――たとえ、自分自身が信じている宗教とは異なるものでも、その美しさに目を奪われ、心とらわれてしまう、そんな壮大な宗教画の絵巻を目の当たりにした思い。
 澄み切って、どこまでも深くのぞき込めるような泉――心洗われるような、その碧。杖をもち、地上を見下ろす美神。そしてラスト、天上から地上へと、きらきら、きらきらと降り注ぐもの――それは光か、天啓か。いつまでも見入っていたいような、その美しさ。
 17歳にして到達した、その思想たるや。
2019-10-28 01:08 この記事だけ表示
 …どうしてこの人がこの人に向かってこういうセリフを言うの? キャラ変わってない? 等々、もはや???ばかりが浮かぶ展開で…。何とかセリフに筋を通そうとの役者陣の頑張りは光るけれども。ストックホルム・オリンピックのマラソン競技における金栗四三よろしく、“運命の分岐点”――「二・二六事件」の回――以降、何だか迷走続き。そして現実世界の方では、来年の東京オリンピックのマラソンは何と東京でやらなくなってしまうかもという。そのゴタゴタをめぐる報道を見ていると、…現実ってときにいともやすやすとフィクションを越えていくな…と思わざるを得ませんが、それはさておき。
 三遊亭圓生を演じる中村七之助が絶品!
 第三十八回。戦争下、上演しないと決めた落語の題名が張り出される。文句を言う志ん生(森山未來)に対し、「私はようがす」と告げる圓生。その言葉に、――芸に魂を売った芸人の狂気と、その狂気ゆえの凄絶な色気を感じて、背筋がぞくっ。
 第三十九回。圓生と志ん生は慰問のため満州へ。このあたりの話は、井上ひさしの戯曲『円生と志ん生』でもおなじみのところ。終戦後の混乱の中、それでも二人会には百人ほどの客がやってきて。そこで圓生は『居残り佐平次』を語る。「カッポレ、カッポレ」と客を巻き込んでいく七之助圓生に、――彼の亡き父、十八代目中村勘三郎のあの狂気を見た。熱さの渦中にいながらも、それをどこか遠くから冷徹に見据えている、乾いた狂気。
 かつて、十八代目中村勘三郎の告別式で、彼の良き友、野田秀樹は壮絶な弔辞を読んだ。その中に、「作家はいつも虚構の死を弄ぶ仕事だ」という一節がある。その言葉は常に、私の心の中に在る――野田秀樹自身が劇作家として虚構の死を弄んでいると感じたことは、私はないけれども――。全ての人間が最後に迎えるある一つの終わりを真に描き出そうとしているのか、それとも、単に虚構の死が弄ばれているだけなのか、峻別する指標として。
2019-10-27 16:15 この記事だけ表示
 貴方の美しい演技がどれだけ日本舞台芸術界を活性化しているか、その目で観てもらえないのがときに本当に残念です。何も取り立てて役に立とうと気負う必要なんてない。心伸びやかに天賦の才を発揮してくれればそれでいい。その姿を書き記して、美の環を広げていけることが、至福。
 …劇場の客席に座っていて、優れた舞台人相手だとできる、あることがあります。フィギュアスケートはもちろん舞台と違う。リンクは客席と対面する形ではないし、演技のスピードも超高速で演技時間も短い。ましてや誰も私の顔を知らない。けれども、舞台芸術界では美のため確実に役に立っていると思うそのことを、今度、生観戦する「NHK杯」のリンクで試してみようと思っています――自分の心と身体を使った、ある種の人体実験です。
 ――今の日本に、もはや秋はない。暑い夏の後、台風の連発、そして一気に冬の寒さ。私が子供のころから愛してきた、美しい秋はもうない。――9月のロンドンにはあった。ハイド・パークからケンジントン・パークへ、コートの襟を立てたくなるような秋風に、紅葉し始めた木々の葉ばかりでなく、心もふと揺れる。――どこか感傷的な季節。そんな秋に、「秋によせて」の演技を思っていた。同じ空の下、この広い世界の他の場所、ロンドンとはまた違う秋の中で、氷上に生きるその人を思っていた――。
2019-10-26 23:12 この記事だけ表示
 地上波放映順〜。

 田中刑事。
 その謎柄のシャツ、似合う!
 肌で感じている全体のいい空気、演技からちゃんと伝わってきているから! これまでの田中刑事の演技も好き。でも、この演技では何だか別人のようで、ドキドキした。テレビの前で一緒に激しく身体を動かしていたら、めちゃめちゃ楽しくてあっという間に終了〜。

 カムデン・プルキネン。
 四回転トゥループ、高!

 デニス・ヴァシリエフス。
 スピンに工夫があってとても見応えあり。身体をダイナミックに活かした滑りも◎。このプログラム、まだまだ行けます! ステファン・ランビエールコーチの下では、美としっかり向き合うスケーターが続々と育ってきている印象。
2019-10-26 23:08 この記事だけ表示
 地上波放映順〜。

 ユ・ヨン。
 トリプルアクセル含め、ジャンプはどれもとてもきれい。

 本田真凜。
 ときにきらきら輝く黒い衣装は、裏地といい背中の装飾といい、実に凝っていて、よく似合う。気怠いムードの曲を滑り込んで自分のものにしていて、腕の遣い方も美しい。
…ソフト帽を目深にかぶり、トレンチコートの襟を立てて、女は一人、歩いていく…。身体のことを考えると、無理してほしくない。でも、女にはそうやって歩いて行かなくちゃいけないときもあるんだな…と、涙。
 素敵な演技を見せてくれて、こちらこそ感謝!

 アレクサンドラ・トゥルソワ。
 …観ていて違和感がある音楽、編曲には、必ず意味がある。

 エフゲニア・メドベージェワ。
 私はカナダ帰りの帰国子女なので、一般的な日本女性より、自分の意見をはっきり言うタイプかもしれません。
 この間、東京の新国立劇場で、プーシキンの小説をチャイコフスキーがオペラ化した『エウゲニ・オネーギン』を観ていて。私は、ヒロイン・タチヤーナがオネーギンへの恋文を書きながら歌う『私は死んでもいいの』というアリアがとても好きなのですが――私自身、物を書く人間なので、あのタチヤーナの気持ちに共感できるところがある――、聴いていて、…あ、いつか、貴女がこの曲で滑っているところを見てみたいな、似合いそうだな…と。いつもタチヤーナに共感して、オネーギンに共感できない(笑)。
 伝わってくるもののとても多い演技でした!

 紀平梨花。
 髪飾りも素敵!
 プログラム全体の完成度が非常に上がって、エレメント一つ一つが自然に演技に溶け込んでいて、…テレビの前で、一緒になって身体を揺らしていたら、あの不思議な音楽にいざなわれて、どこか見知らぬ国、異界に自分も迷い込んでいくような、そんな浮遊感覚。ラストのポーズもかっこいい!
 実に冷徹な17歳である。私も、好きなことをできるだけ長く続けていく道を選んだ方が、人生断然幸せだと思います。敬意をこめて!
2019-10-26 22:58 この記事だけ表示
 地上波放映順〜。

 山下真瑚。
 心と身体の調子を整えて、次の大会は楽しんで滑れますように!

 イム・ウンス。曲は『サブリナ』(ミーシャ・ジー振付)。
 衣装のひらひら回る裾が、スピンの際よく映えて。
 ショートプログラムでは少々あせりのようなものが感じられたのだけれども、フリーではジャンプにスピードとキレがあった。華奢な中に芯の強さを感じさせる魅力を振りまいて、夢見る少女を氷上に体現。素敵な夢!

 エリザベータ・トゥクタミシェワ。
 パンツルックが素敵! 赤い手袋とタイを合わせて小粋な限り。
 助走ほとんどなしのトリプルアクセルからのコンビネーション・ジャンプ!
 パンツルックで脚を隠すことによって、逆に際立つ女性美がある。ある種のストイシズムというか、封印することでかえって醸し出されるものがあるというか。動きや仕草を基本的にはきりっと引き締めて、要所要所でセクシーさを香らせるようにすると、衣装の与える印象とあいまって、ハンサムな魅力が新たに引き出されてくると思う。彼女はキュートな人なので、マレーネ・ディートリッヒの男装まで行くと少々辛口な感じになってしまうかもしれず…(日本人でいえば元宝塚月組トップ娘役・蒼乃夕妃のパンツルックの舞が参考になると思うのだけれども)。

 アンナ・シェルバコワ。
 細い! 細すぎる! と、折れてしまいそうな腕と脚がただただショッキングで、演技まったく目に入って来ず。
 …何だか胸がつぶれる思いだった。ファッション・モデル業界でも痩せすぎは規制される方向にあるというのに…。どうか身体を大切に。

 樋口新葉。
 フリーのときの髪のお団子の位置の方が、衣装とも合っていていい。化粧も◎。
 演技において、憑依系、入り込み系がいるとして、彼女は入り込み系なのだと思う。であるとすれば、いかにして集中して入り込み続けられるか、それがポイントなのかなと。最後まであきらめなかった演技は好感度大。パッショネイト!

 坂本花織。曲は『マトリックス』。黒い衣装がめっちゃかっこいい!
 『アメリ』、『ピアノ・レッスン』、そして今年の『マトリックス』と、志高い創作の最先端を行き、立て続けにヒット・プログラムを放ち続ける、坂本花織と振付のブノワ・リショーのコンビに心から拍手! 断崖絶壁に立つ、大人の女戦士の獅子奮迅。リショーが坂本花織という選手に見出し具現化しようとするインスピレーションに心ひかれてやまない。この鬼プログラム、もはや一つの作品です。キメのところでもっとびしっと決めるようにするとさらにかっこよさ増。宝塚の男役のキメ、キザリは大いに参考になるかと。
 美、芸術の分野に勝ち負けはないので、私にとっては、相手を倒して「勝つ」ことを目指す「戦い」より、己に「克つ」「闘い」の方が大切なのです。

 ブレイディ・テネル。髪型がいつも凝っていてとても素敵である。
 薄いパープルの衣装も氷上に美しく映え、演技にだいぶしっとり感、やわらかさも出たのだけれども、ショートに続きフリーも伝わってくるものがなかったのが残念。
2019-10-26 17:28 この記事だけ表示