17時の部を観劇(赤坂ACTシアター)。「You Are My Own」において、作中もっとも厳しい父の愛を炸裂させたキャリエール役岡田浩暉に痺れた!&クリスティーヌ役の愛希れいかは、「My True Love」歌唱で女優として一段大きな階段を昇った感あり。
2019-11-30 23:38 この記事だけ表示
 12時半の部、オーチャードホール。
 熊川哲也芸術監督の最高傑作の一つである『くるみ割り人形』が本年、さらなる進化。カンパニーのバレエ・マスターも務める遅沢佑介が、“くるみ割り人形/王子”役で、自身、新境地を拓く快演を見せ、この作品の王子役に、“闘う青年”の側面に加え、“恋する青年”の一面も加わって。Kバレエ版の“雪の国”は名シーンとしてつとに有名ですが、降雪の表現がさらに多彩に豊かに――“雪の女王”役の毛利実沙子の冷気の表現が実にシャープ。Kバレエ版のキーパーソン、ドロッセルマイヤーを演じた石橋奨也の、ミステリアスで神秘的な夢先案内人ぶりにも魅力あり。第二幕の人形王国、中国人形を踊った毛利実沙子と関野海斗が、二人して音色を体現していく様が楽しい! ロシア人形を踊った三浦響基と奥田祥智もそれぞれに個性とパワーを発揮。いつも、…終わって欲しくないよう(涙)…と思うラスト・シーンですが、今回は何だか夢と現実とが地続きになった感じ。愛と美がいっぱい詰まった舞台にもらったパワーで、今年あと一カ月、頑張って乗り切るぞ〜!
2019-11-30 23:37 この記事だけ表示
 『I AM FROM AUSTRIA』は、オーストリアの国民的シンガーソングライターであるラインハルト・フェンドリッヒの楽曲を用いたジュークボックス・ミュージカルである。しかし、残念ながら、もともとの曲を知っている日本人は少ない。そんな作品の、オーストリア以外の国での初めての上演に、宝塚月組が堂々挑んでいる。
 ウィーンを舞台にした“おらが町”ミュージカルでもある。ウィーンという街の楽しさを存分に伝えながら、――作品には、宝塚歌劇の魅力がはちゃめちゃに詰まっている。ウィーンの話なのに、みんなで華やかににぎやかにラテンのリズムで踊り狂うこととなるシーン、その疾風怒涛のカオス的な魅力に、――ああ、宝塚のこのアナーキーな楽しさを世界中の人々と分かち合いたい! と、エンジョイしすぎてあひる涙。潤色・演出を手がけた座付き作家・齋藤吉正の、音楽を扱うあざやかな手腕と、宝塚の魅力をこれでもかとてんこ盛りにしてくる愛情深さが光る。“芝居の月組”ならではの軽妙な掛け合いも大いに見どころ。いったい誰が“心のキャラ”に輝くのか、心中熾烈なデッドヒート。
 海外ミュージカル作品において、ヒロインを演じるトップ娘役には、ときに大いに負担がかかったりする。キャラクター的に、宝塚の娘役の領域を踏み越えていかなくては演じられなかったりするからである。今作のヒロイン、故郷オーストリアを捨て、ハリウッドでスター女優となったものの、自分自身を見失いつつあるエマ・カーターもそんな役柄の一つである。そして、美園さくらは、緊張感をもって役柄をしっかり演じ、トップ娘役としての責任を果たしたい! と謙虚に頑張れば頑張るほど、どんどん世界へと大きくはみ出していってしまう人なのである――雪組トップ娘役真彩希帆と二大面白エース。ウィーンの街自体が影の主役で、その故郷においてヒロインが自分を取り戻していく話なのだから、ヒロインが生き生きしていなければこの作品はそもそも生き生き成立しない。だから、それでいいのである(今日のGPでは、セリフ回しの音程が若干安定していないように感じられたので、そこは要改善)。
 珠城りょうは、世界に唯一無二の劇団であり、たった五組しかない宝塚歌劇団のトップスターを三年間きっちり務めてきた自信をもって、美園演じるエマをはじめ、周りの濃ゆいキャラクターたちを受け止めれば大丈夫! 誰がどう来ようが、とにかく受け止め続ける! そうしてどんと構えていれば、これまで以上に揺るぎない包容力が必ずやそこに宿る――雪組トップスター望海風斗も、面白すぎる真彩を受け止め続けているうちにどんどん男役芸が伸びていっている。ここは男役芸を大いに伸ばすチャンスである。珠城演じる老舗ホテルの御曹司ジョージが、終盤、銀橋でヒロインにかける言葉の中に、…これは、あひるもぜひかっこよく決めてみたい! と思う、とても素敵なセリフがあり。宝塚の男役になりたかった…という願いを露わにするたび笑われがちなあひるであるが、先日レーダーも壊れてパワーアップしたことだし、評論家としての幅をさらに広げるため、これからは内なる男役も磨いていくことにする!
2019-11-29 22:41 この記事だけ表示
 コンラッド・オーゼル。曲は『レ・ミゼラブル』。
 貴方が美のために一歩踏み出して闘うことで、必ずや世界は変わります。

 オレクシイ・ビチェンコ。曲は『パイレーツ・オブ・カリビアン』。
 この闘いには、一人でも多くの人の力、そして究極的には全員の力が必要です! また、人間の相互理解において、共通の文化をもつことが一番手っ取り早いと私は思います。
 …そして、彼の後ろに、闘いの場となる大海原が見えた。

 樋渡知樹。
 曲はストラヴィンスキーの『ペトルーシュカ』――これまた、難しい曲である。恋と絶望、人形ペトルーシュカの苦悩のドラマをもっと濃厚に感じたいところ。バレエジャンプ、高!

 ジェーソン・ブラウン。
 …何だか、一緒に呑んで、人生について語り合って、肩を叩き合いたくなるような演技だった――私、お酒はほぼ呑めないのですが(笑)。
 青春エンジョイ! ラストのスピン、何だかいつまででも見入っていたかった…。

 山本草太。
 …男が強くなくちゃいけないなんてことは絶対にありません。そして、人間、幾つになっても怖いものはあります。私は最近人生の大きな「怖い」を克服しましたが、それでもまだまだ「怖い」はやってきます。それを超えたら、「全日本選手権」観戦!

 アントン・シュレポフ。
 スピンに魅力を感じた。

 島田高志郎。
 実に変化に富んだプログラムを滑って飽きさせなかった。お茶目でかわいい魅力が炸裂! ここに大人の男の小粋な魅力も加わるとさらに◎〜。スピンに魅力あり。

 ロマン・サドフスキー。
 一つ一つていねいに滑っていく姿勢が◎。スピンがドラマティック!

 マカール・イグナトフ。
 最後の、考え込む人みたいなスピンのポジションが面白かった。

 羽生結弦。
 「Origin」の“Origin”たる所以。そして、生きる、滑る、喜び。そこから、現在を見据え、さらに高みを目座していく。人生の<過去−現在−未来>に一本すっきり筋が通って、これまで観てきたこのプログラムの中で一番好きな演技。自分自身の現状を分析し、即座に目標を設定する冷徹な知性、そして決意の強さを感じた。前夜のショートプログラムとはこれまた違う羽生結弦に、少し動揺←あひるも、まだまだだな(笑)。

 ケビン・エイモズ。
 美の道はいつでも貴方を待っています。

 セルゲイ・ヴォロノフ。
 すべてを捧げ尽くすかのような演技。その背中に見惚れる――。先輩、たとえコーチが違っても、同じ国のかわいい後輩たちのこと、よろしく頼みます!
2019-11-27 00:14 この記事だけ表示
 実に見応えあり!

 カイラニ・クレイン。
 グリーンのキラキラがあしらわれた衣装がとても素敵! きびきびした演技で、スピンが綺麗でした。

 マエ=ベレニス・メイテ。
 前夜のショートプログラムは、ジャズエイジのパリを席巻したダンサー、ジョセフィン・ベーカーの躍動感あふれる踊りを思い出させるような演技。フリーでは一転、しっとりとした曲に乗り、ドラマティックで想いの詰まった、かつパワフルな演技を披露。涙! とても優しい想いに包み込まれるような時間。

 メーガン・ウェッセンベルク。
 腕が大きく使えていたから、演技が大きく見えた。…観ている人がいるから楽しい! 頑張れる! とチャレンジしていく姿に、観ているこちらも楽しくなってきて、涙! スピン、美しかった!

 ソフィア・サモドゥロワ。気迫のこもったすばらしい演技!
 ――そこは、サーカス。…一本の細いロープの上に立つ一人の女性パフォーマー。観客はドキドキハラハラ、息を呑んで見守る。けれども、彼女は平然として、アクロバティックな技を次から次へと決めていく――挑戦を続けていく。決して、ひるまない。決して、やめない! この上ないスリルに次第に魅せられ、病みつきになり、もっと! もっと! と熱狂する観客――。
 フィギュアスケートを観ていて、…ジャンプ、大丈夫かな、跳べるかな…と、ドキドキハラハラすることはある。けれども、純粋に表現としてのスリルをこんなにも味わってゾクゾクしたのは、このソフィア・サモドゥロワの演技が初めて。貴女の演技がもっと観たい!

 横井ゆは菜。曲は『オペラ座の怪人』。
 「ロシア杯」からわずか一週間、…楚々としたクリスティーヌに大変身! 怪人の妖しい美の世界に魅了されていくヒロインを堂々演じ切った←それが、アンドリュー・ロイド=ウェバー版の芯なり。
 演技とは、それだけで成立するものではない。観客に観られた段階で成立する。だから、観られることが快感! な人はぐんぐん伸びる。本番の舞台、観客の眼差しによって、何かがぐわっと引き出されてくる。“滑る女優”の名を欲しいままにすべく、今後も邁進していっちゃって〜!

 スター・アンドリュース。
 曲はリヒャルト・シュトラウスのオペラ『サロメ』より「七つのヴェールの踊り」。…改めて、滑るには本当に難しい音楽だなと…。

 山下真瑚。
 高くて幅のあるジャンプと、氷上に音を具現化していく彼女ならではのスケートが見事復活! 観ていてすごく気持ちよかった。おっとりしているようで、実は男前な性格も魅力的。

 アリーナ・ザギトワ!
 覚醒! 今大会、もっとも勇敢に闘った人!!! …しゃくり上げて泣きそうでした…。
 …日本の道場。道着をつけて、その人は正座している。真に折り目正しいその振る舞い。そして、動き出せば実にあざやか。ジャンプの際、組んだ両手をさっと降ろす様が、剣道で竹刀をしなやかに鋭く振り下ろすかのような爽快感! 美の道を極めんとする人の、真摯な想い…。
 貴女の心意気に惚れました! これからも、心からの応援を惜しみなく送り続けます!

 イム・ウンス。
 伸びやかなスケーティング。ラストのスピンに、鈴の音色のような魅力。

 紀平梨花。
 …前々から、貴女は巫女の系譜だと思っていました。そういう人は、心の声に従うのが一番! 巫女力を高めるためには、聖書の神の言葉や仏陀の言葉などにふれるのもお勧めです。それにしても、貴女がこれから切り拓いていくであろう世界が楽しみすぎて身震いした――。槍を手に天空を翔けていく、ワルキューレの如き姿。

 カレン・チェン。
 祈りのような思いに心が浄化される瞬間あり。
2019-11-26 23:24 この記事だけ表示
 今回が国際大会デビューの二人が、…限界を超えていこうとする様、超えていく様に、泣いてしまった…。前夜のショートプログラムは要素をひたむきにこなしていっている印象だったけれども、フリーは一転、未知へと解き放たれていっていて…。そのさわやかさ!
 コンビを組んでまだ四カ月弱、余裕が出てからで全然いいのですが。リフト等で大変なときも、「全然大したことないんです!」的な空気をまとえるようになると、より素敵かも――木原龍一は包容力の人であることだし。基本姿勢を確立した上で、プログラムごとに変幻自在なカラーを出せるペアを目指して、フレーフレー三浦&木原組!
2019-11-26 23:20 この記事だけ表示
 ――直前練習で、二人ですーっとまっすぐ滑っている。…ただそれだけで、二人は、どうしてあんなにも、互いでなくてはならない、そんな、コンビとしての唯一無二感を感じさせるのだろう…。見つめ合って立っているだけで、二人の世界。
 詩の言葉を、踊る――氷上のコンテンポラリー・ダンス。二人の肢体は一つになり、そしてまた分かれ――その様に、プラトンの『饗宴』で言及されるアリストパネスによるエロス(ギリシャ神話の愛の神)についての演説――人間はかつては二体一身であったのが、ゼウスによって半分に切られ、互いにその半身を求めるようになった――を思い出さずにはいられなかった。
 氷上の演技に見入る。――芸術上、誰かと、こんな風にコンビを組めたら――と渇望する。私の憧れをいつも引きつけてやまないのは、オペラ『エレクトラ』『ばらの騎士』『アラベッラ』等を生んだ、作曲家リヒャルト・シュトラウス&詩人・劇作家フーゴ・フォン・ホフマンスタールのコンビである。けれども。私は評論家である。誰か一人の相手とだけコンビを組むようなことはあってはならない。誰か一人の人間の美しさだけを書き表しているようでは、相手の世界も、自分の世界も、狭い範囲に限られてしまう。
 だから、願う。――その瞬間、私の目の前で美を体現している相手と、その都度、最高のコンビを組みたいと――でき得ることなら、パパダキス&シゼロンのように。欲張りな話だけれども!
 一人で、できること。一人では、できないこと。二人で、できること――。
 それをこれからも限りなく追求していくことを誓って。
 観ていて、途中で、…ああ、これ、もう一回、最初から観たい! くりかえし観たい! と心に切望が湧き上がる、そんな二人の演技だった。
2019-11-26 23:10 この記事だけ表示
 ――男は、目の前にいる女を、抱きしめることができない――。
 女はそれを望んでいる。男もそれを望んでいる。けれども、一度死んだ男は地獄に落とされ、閻魔大王の裁きによって、腐っていく身体を動かすことすらできずに朽ちていく餓鬼病となってこの世に甦った。女はそれを知らない。いつか自分も死んであの世に行ったとき、愛する男に抱きしめて欲しいと願ってけなげに生きている。目の前にいる男が、ひしと抱きしめて欲しい当の本人であることを知らずに、献身的に世話をしている。そんな女に、男は、自分の正体を明かすことができない。自分こそ、かつて美貌と何者をも恐れない力を誇ったオグリその人なのだと――。
 抱きしめたい。けれども――。その想いを、オグリを演じる四代目市川猿之助は、女へと伸ばした指先の、僅かな動きだけで表現する。指先と共に、震える心。――その指先は、泣いていた。極小な動きのうちに、空間いっぱいにあふれ出すもの――愛。

 餓鬼病の姿となって現れるオグリ。病んだ顔、病んだ身体で、そこに在る――ただそれだけで、絶望が心を突き刺す。あの姿がいつまでもいつまでも心を離れないのは、何故だろう――。おそらく私は、自分自身が人生において経験してきた孤独や絶望を、その姿に映し絵のように見ている。自分の心の中に在るものが、純粋な結晶として切り出され、目の前にある、それを客観視する不思議。
 ――2年前の公演中の事故を、ようやく振り返ることができるようになったのだ…と思った。
 誰だって、事故や病気や絶望や悲劇を好んで振り返りたくはない。できれば忘れたい。けれども、人生に起きた事柄から目を逸らし続けるわけにはいかない。いずれ向き合わなくてはならないときが来る。そのとき、人生に新たな地平が現れる。『新版 オグリ』はそんな作品である。多くの人に支えられる喜びを知ったオグリは、熊野の湯の峰に飛び込み、元の姿へ、否、喜びの分だけ大きくなった姿で、不死鳥の如きあざやかな復活を遂げるのである。
 オグリの想い人、照手姫を演じる坂東新吾があまりにけなげな愛の人なので、――彼女ならば、餓鬼病姿だろうが構わずオグリを受け止めるだろうに…と思ってしまうけれども。私は、餓鬼病の姿となったオグリに心惹かれてやまないのである。――今年7月まで、約四半世紀にわたってバーミンガム・ロイヤル・バレエ団の芸術監督を務めていたデヴィッド・ビントリー氏に、彼が手がけた『美女と野獣』についてインタビューしたときのことを思い出した。美女は、野獣の姿となった男を、その姿のまま愛している。だから、野獣が元の姿に戻ったとき、…あら? と一瞬困惑する、そんな振りを自分は入れました…と、彼が語っていたことを。

 私は、四代目市川猿之助の死生観や宗教観にふれることのできる作品が好きである――彼と光永圓道との対談集『猿之助、比叡山に千日回峰行者を訪ねる』も非常に興味深く読んだ――。“人は幸せになるために生まれてきた”が今作のテーマであり、興味深い地獄論――人の世の発展に伴い、地獄はいかに変化していくべきか――も展開される。餓鬼病の姿のオグリが、道成寺にたどり着き、人々にひどい仕打ちを受ける場面で、――私は、旧約聖書の“ヨブ記”を思い出していた。
2019-11-26 23:03 この記事だけ表示
 …明日海りおのいない宝塚歌劇が、今、私には、何だかうまく想像できない。
 何も、明日海りおがいなくなったら宝塚が瓦解してしまうとか、そういうことを言いたいわけではない。宝塚歌劇は明日からも続いていくだろう――そうでなくてはならない。けれども、それだけ、私の中で、宝塚歌劇というものが、明日海りおという存在と深く結びついているということなのだろうと思う。そして、それは何も、私一人の心中に限られるものでもないだろうとも。
 長年三井住友VISAカードのイメージキャラクターを務めていて、空港などで彼女の大きな写真が看板となっていたから、その、いかにも男役向きのルックスについて知っている人は、宝塚を知る人以外でも多いだろうと思う。そして、聴く者の心を天鵞絨の布でじわじわと包み込んでいくような、男役としてのあの深い歌声。
 明日海りおは、組んだ娘役の魅力を引き出し、これを見事輝かせる手腕の持ち主だった――花組トップスターとなってから、それぞれに個性の異なる4人のトップ娘役とコンビを組んだ。どのコンビが一番心に残ったか、それは、観る人それぞれによって変わってくるだろうと思う――クラシック・バレエ界で例えるならば、組んだ女性ダンサーの魅力をそれぞれ輝かせてきたダンスール・ノーブル、マニュエル・ルグリのような存在だった。
 例えば、二番目にトップコンビを組んだ花乃まりあ。彼女は今年の夏、『フローズン・ビーチ』の急な代役に抜擢され、大奮闘を見せた。退団しても、自意識すべてを吹っ飛ばしての、あのあっぱれなまでに痛快な芸風は、健在だった! もちろん、花乃自身の才能、そして、在団中、退団後の花乃自身の弛まぬ努力も大きい。しかし、宝塚歌劇という場において、花乃まりあという学年の離れた年若い舞台人に、一人の舞台人として真摯に向き合い、じっくり育てていったという意味で、明日海りおの功績は大きい。
 三番目にトップコンビを組んだ仙名彩世は、いわゆるトップ娘役候補のルートとなる新人公演主演を経験していない。けれども、芸の人だった。実力に加え、卓越した娘役芸を持っていた。その仙名は、娘役芸を極めた上で、心解き放たれたように新たな世界へと旅立っていった――来年5月には、『ミス・サイゴン』にエレン役で登場する。明日海りおという舞台人の相手役を務めたことが、舞台人・仙名彩世の転機となったことは間違いない。
 それにしても、花乃も仙名も実に個性が異なる――そして明日海は、トップコンビとして以外でも、多くの作品でさまざまな個性の娘役たちと組んだけれども、そのそれぞれと合っていたように思う。誰が隣にいても、明日海りおは揺るがず明日海りおであり、そんな明日海りおの隣にあって、娘役たちはそれぞれの個性において存在することができた。それは何より、明日海りおが全き芸の人であったからである。男役芸を極めんとするその道のりにおいて、何の躊躇もなかった。彼女は月組時代に準トップスター(トップスターではないが、主役を務めることのできる者)になった。その後、花組に移り、5年以上の長きにわたってトップスターを務めた。主役を務める立場となってから長い。けれども、彼女は常に、自身の男役芸を磨き続け、作品の質を上げ続けていくことを目指して、宝塚の舞台に立っていた――決して倦むことなく。その姿に、彼女と共に舞台に立つ者も、そしてその舞台を観る者も、心打たれ、感化されずにはいられない。深い敬意に値する。

 では、男役・明日海りおの個性はといえば、その核に迫るのはなかなかに難しい。
 個人的に抱くイメージで言えば、『源氏物語』なら夕霧なのである――生真面目で、一途なタイプ。けれども、さまざまな個性の娘役と組んで輝かせることができるという意味において、明日海が、『新源氏物語』の光源氏、『CASANOVA』のジャコモ・カサノヴァのような、いわゆるプレイボーイ・タイプの役柄をふられてきたことも合点が行く。基本的には優等生タイプながら、少々荒っぽい感じの役もできたし、ショー作品において妖(あやかし)のような存在に扮しても黒い個性を放っていた。――ひとところにイメージを留めることを嫌って、観る者を翻弄するような、そんな、気まぐれな魅力をも感じさせる。
 だからこそ、退団作品『A Fairy Tale』において、罪を犯したがために、その罪の青の色をまとい、深い霧に覆われたミスティ・ランドをただよい続けざるを得なくなった薔薇の精という役どころを明日海に宛書した座付き作家・植田景子の手腕は、大いに光るところである。罪と言っても大罪ではない――精霊たちには、人間の子供たちが成長して大人になる前に、彼らに“忘却の粉”を振りかけ、自らの存在の記憶を消さなくてはならないという掟があるのだが、その掟に背き、愛する少女に粉を振りかけなかったという罪である。繊細な美意識を全編にわたって貫き通したこの作品において、植田が展開するのは秀逸な宝塚歌劇論に他ならない。
 宝塚歌劇を退団すれば、男役は、男役ではなくなる。もちろん、OG公演のような場で男役として登場することもあるだろう。けれども、それは、宝塚における男役とはやはり違う。宝塚の男役という存在が成立するにあたっては、宝塚歌劇という場が不可欠である。宝塚を退団し、男役ではなくなった者たち、元男役たちの多くは、自身が舞台上においてずっと馴染んできた“性”と決別し、新たな世界、新たな舞台において、新たな“性”としての生を始めなくてはならない。その生がしっくり来るまでにどのくらいの時間がかかるのか、それは、人によって異なる。けれども、ある程度の時間がかかることは確かである。それまで、多分に自身の中の男性性と向き合ってきた人間が、今度は女性性と向き合っていかなくてはならないのだから。
 これは、元男役にとどまらず、観客にとっても大きな問題となってくる。それまでその人物の男性性の部分と多く向き合ってきた観客も、今度はその人物の女性性の部分と向き合わざるを得ない。もちろん、一人の人間、一人の舞台人として、好意の対象としてきた場合も多いだろうから、その場合には混乱が生じることは少ないだろう。けれども、その混乱が全くないケースというものもまた少ないだろう。精霊と“忘却の粉”というメタファーを用いて論じられているのは、宝塚歌劇におけるこの男役/元男役と観客とのこの、ときに危うい関係性なのである。“忘却の粉”を振りかけるのは果たして、舞台に立つ者、舞台を観る者、そのどちらなのか――。
 霧の中を彷徨い続ける青い薔薇の精の前に、かつて愛した、否、今も愛し続けている少女は、年老いた姿となって現れる。彼女は、自身が手がけた美しい絵本の中に、愛する薔薇の精の記憶を永遠に封印している。二人は互いを忘れることはない――決して。すべてが浄化され、明日海が、白い薔薇の精の姿に戻り、消えていくラスト・シーンには、――宝塚歌劇作品において初めて味わう、冴え冴えとした美しさがあった。儚いようでいて、強く、確かなもの――それは、宝塚歌劇による、宝塚歌劇の全き肯定である。その肯定を可能としたのは、明日海りおという男役の存在である。
 これまで男役を演じてきた自分/相手には、女性の役を演じるようになったら、こんな個性があった――互いにそこに魅力を見出すことができれば、舞台人と観客の間には好ましい関係が末永く続いていくのである。『A Fairy Tale』の劇中歌「Like a Fairy Tale」において、こう歌われるように。
「♪おとぎ話の終わりはきっと/Happy End」

 明日海りおが演じた中で、忘れられない役柄の一つに、『THE SCARLET PIMPERNEL』のショーヴランがある。かつての恋人であるヒロイン・マルグリットへの慕情を秘めた「君はどこに」をロマンティックに歌う明日海りおの中に――明日海が追い求める“永遠の少女”を見た――振り返ってみれば、明日海は、その“永遠の少女”に相対するだけの男役を、この長きにわたって創り上げてきたに違いなかった。
 今なら、わかる。明日海りおが男役として追い求めてきたその“永遠の少女”とは、彼女自身の中に在る、一人の少女なのである。
 だから。明日からは、その“永遠の少女”を、そのまま追い求めていってください――。
 新しい人生にも、貴女はきっと、これまで通り、根気よく取り組み続けていくのだろうと思う。新たな挑戦をしていく姿を観るのが、心から楽しみである。

 城妃美伶。
 6〜7月の赤坂ACTシアター公演『花より男子』でヒロインつくしを演じた彼女は、心揺さぶるような美しい瞬間を見せて――そして、初日前の囲み会見での質疑応答で、…ああ、これはもう退団を決めているのだな…と悟った。悲しいかな、その通りになってしまったけれども。
 『花より男子』についてなかなか書かずにいたのは訳がある。ドラマ化、映画化もされている人気少女漫画だが、私自身は読んだことがなく、今回の宝塚版の舞台で初めて接した――そして、作中描かれているいじめという名の“暴力”について、深く考え込んでしまい……――宝塚版ではそれでもだいぶマイルドになっているらしいのだけれども。私の世代と、下の世代とで、容認され得る/され得ない暴力表現の違いについて考えざるを得なかった……。例えば、かつては“愛のムチ”という言葉が容認されていた――『ベルサイユのばら』においても、衛兵隊長となったオスカル・フランソワ・ド・ジャルジェは、部下である衛兵隊士たちを平手打ちにし、「心は自由だからだ!」と説く。だが、今の時代において、“愛のムチ”という名の暴力はもはや通用しないだろう――。
 いじめに決して屈することなく、己を貫き通すヒロインつくしを演じて、城妃美伶は実に溌溂とした魅力を見せていた。輝いていた――どうしてこれをもっと前からやらなかったんだ〜と……。得意の側転を見せるシーンで、城妃は、それはもうはちゃめちゃにはじけていた――リミッターがすっかり外れてしまっていた! 無防備なまでに全開になった、その野放図な生のエネルギーの美しさに、しばし茫然としていた……。
 退団公演での城妃は、自身の娘役像を確立して揺るぎない。『A Fairy Tale』での、庭園と薔薇と絵画と、美しいものを愛する、一人の貴婦人――楚々としながら芯のある女性を演じて、存在感を発揮する。レヴュー『シャルム!』の地底のキャバレーのシーンでは、快活かつセクシーな魅力を放って踊る美女に扮し、あざやかな側転も披露してくれた。

 乙羽映見は、『A Fairy Tale』『シャルム!』共、澄んだ歌声を聴かせて大活躍。『A Fairy Tale』で演じた“Mysterious Lady”は正体不明の貴婦人、その実、自然界の女神デーヴァという役どころなのだが、神秘的かつ高貴なムードをただよわせる好演である。
 白姫あかりは、ダンサーとして大いに活躍、エレガントかつシャープな動きで観客を魅了してきた長身の娘役である。『A Fairy Tale』で演じたのは空気の精クラルス。まさに空気を操るような、美しい腕の動きがいつまでも心に残る。
 
 芽吹幸奈。
 昨年、花組で上演された『ポーの一族』について記した文章<すべての穢れなき者たちへ〜宝塚花組『ポーの一族』>(http://daisy.stablo.jp/article/458293555.html)は、彼女のブラヴァツキー夫人の演技なくして、私の内からこの世に生まれ出づることはなかった。そして、ブラヴァツキー夫人は、漫画版には登場しない、座付き作家・小池修一郎による宝塚版のオリジナルのキャラクターである。『A Fairy Tale』が『ポーの一族』に見事連なる作品であることを鑑みるに、娘役・芽吹幸奈の功績には特筆すべきものがある。
 『A Fairy Tale』で演じたのは、精霊を愛するヒロインの少女を温かく見守り続ける養育係メアリー・アン。場面場面ごと、仕草と声色に確かな年齢を重ねる演技が、作品世界に奥行きを与える。『シャルム!』のエトワールの絶唱――宝塚の舞台で出逢えなくなるのが、とてもさみしい。
2019-11-24 00:11 この記事だけ表示
 12時15分より22時近くまでという長丁場でしたが、それぞれの演技を心ゆくまで楽しみました。
 すぐに書き記したいところですが、東京での非常に大切な仕事のため、明日午前中には札幌を発たなくてはならず、フィギュアスケート関連の記事のアップは明後日以降とさせていただきます。かけがえのない思い出を胸に帰京します。皆様も帰国帰郷の旅、どうぞお気をつけて!

追伸)今回大成功した実験ですが、今後、私が生中継で試合を観られるときに発展利用させられないかなと考えています。
2019-11-23 23:25 この記事だけ表示