実に見応えあり!

 カイラニ・クレイン。
 グリーンのキラキラがあしらわれた衣装がとても素敵! きびきびした演技で、スピンが綺麗でした。

 マエ=ベレニス・メイテ。
 前夜のショートプログラムは、ジャズエイジのパリを席巻したダンサー、ジョセフィン・ベーカーの躍動感あふれる踊りを思い出させるような演技。フリーでは一転、しっとりとした曲に乗り、ドラマティックで想いの詰まった、かつパワフルな演技を披露。涙! とても優しい想いに包み込まれるような時間。

 メーガン・ウェッセンベルク。
 腕が大きく使えていたから、演技が大きく見えた。…観ている人がいるから楽しい! 頑張れる! とチャレンジしていく姿に、観ているこちらも楽しくなってきて、涙! スピン、美しかった!

 ソフィア・サモドゥロワ。気迫のこもったすばらしい演技!
 ――そこは、サーカス。…一本の細いロープの上に立つ一人の女性パフォーマー。観客はドキドキハラハラ、息を呑んで見守る。けれども、彼女は平然として、アクロバティックな技を次から次へと決めていく――挑戦を続けていく。決して、ひるまない。決して、やめない! この上ないスリルに次第に魅せられ、病みつきになり、もっと! もっと! と熱狂する観客――。
 フィギュアスケートを観ていて、…ジャンプ、大丈夫かな、跳べるかな…と、ドキドキハラハラすることはある。けれども、純粋に表現としてのスリルをこんなにも味わってゾクゾクしたのは、このソフィア・サモドゥロワの演技が初めて。貴女の演技がもっと観たい!

 横井ゆは菜。曲は『オペラ座の怪人』。
 「ロシア杯」からわずか一週間、…楚々としたクリスティーヌに大変身! 怪人の妖しい美の世界に魅了されていくヒロインを堂々演じ切った←それが、アンドリュー・ロイド=ウェバー版の芯なり。
 演技とは、それだけで成立するものではない。観客に観られた段階で成立する。だから、観られることが快感! な人はぐんぐん伸びる。本番の舞台、観客の眼差しによって、何かがぐわっと引き出されてくる。“滑る女優”の名を欲しいままにすべく、今後も邁進していっちゃって〜!

 スター・アンドリュース。
 曲はリヒャルト・シュトラウスのオペラ『サロメ』より「七つのヴェールの踊り」。…改めて、滑るには本当に難しい音楽だなと…。

 山下真瑚。
 高くて幅のあるジャンプと、氷上に音を具現化していく彼女ならではのスケートが見事復活! 観ていてすごく気持ちよかった。おっとりしているようで、実は男前な性格も魅力的。

 アリーナ・ザギトワ!
 覚醒! 今大会、もっとも勇敢に闘った人!!! …しゃくり上げて泣きそうでした…。
 …日本の道場。道着をつけて、その人は正座している。真に折り目正しいその振る舞い。そして、動き出せば実にあざやか。ジャンプの際、組んだ両手をさっと降ろす様が、剣道で竹刀をしなやかに鋭く振り下ろすかのような爽快感! 美の道を極めんとする人の、真摯な想い…。
 貴女の心意気に惚れました! これからも、心からの応援を惜しみなく送り続けます!

 イム・ウンス。
 伸びやかなスケーティング。ラストのスピンに、鈴の音色のような魅力。

 紀平梨花。
 …前々から、貴女は巫女の系譜だと思っていました。そういう人は、心の声に従うのが一番! 巫女力を高めるためには、聖書の神の言葉や仏陀の言葉などにふれるのもお勧めです。それにしても、貴女がこれから切り拓いていくであろう世界が楽しみすぎて身震いした――。槍を手に天空を翔けていく、ワルキューレの如き姿。

 カレン・チェン。
 祈りのような思いに心が浄化される瞬間あり。
2019-11-26 23:24 この記事だけ表示
 今回が国際大会デビューの二人が、…限界を超えていこうとする様、超えていく様に、泣いてしまった…。前夜のショートプログラムは要素をひたむきにこなしていっている印象だったけれども、フリーは一転、未知へと解き放たれていっていて…。そのさわやかさ!
 コンビを組んでまだ四カ月弱、余裕が出てからで全然いいのですが。リフト等で大変なときも、「全然大したことないんです!」的な空気をまとえるようになると、より素敵かも――木原龍一は包容力の人であることだし。基本姿勢を確立した上で、プログラムごとに変幻自在なカラーを出せるペアを目指して、フレーフレー三浦&木原組!
2019-11-26 23:20 この記事だけ表示
 ――直前練習で、二人ですーっとまっすぐ滑っている。…ただそれだけで、二人は、どうしてあんなにも、互いでなくてはならない、そんな、コンビとしての唯一無二感を感じさせるのだろう…。見つめ合って立っているだけで、二人の世界。
 詩の言葉を、踊る――氷上のコンテンポラリー・ダンス。二人の肢体は一つになり、そしてまた分かれ――その様に、プラトンの『饗宴』で言及されるアリストパネスによるエロス(ギリシャ神話の愛の神)についての演説――人間はかつては二体一身であったのが、ゼウスによって半分に切られ、互いにその半身を求めるようになった――を思い出さずにはいられなかった。
 氷上の演技に見入る。――芸術上、誰かと、こんな風にコンビを組めたら――と渇望する。私の憧れをいつも引きつけてやまないのは、オペラ『エレクトラ』『ばらの騎士』『アラベッラ』等を生んだ、作曲家リヒャルト・シュトラウス&詩人・劇作家フーゴ・フォン・ホフマンスタールのコンビである。けれども。私は評論家である。誰か一人の相手とだけコンビを組むようなことはあってはならない。誰か一人の人間の美しさだけを書き表しているようでは、相手の世界も、自分の世界も、狭い範囲に限られてしまう。
 だから、願う。――その瞬間、私の目の前で美を体現している相手と、その都度、最高のコンビを組みたいと――でき得ることなら、パパダキス&シゼロンのように。欲張りな話だけれども!
 一人で、できること。一人では、できないこと。二人で、できること――。
 それをこれからも限りなく追求していくことを誓って。
 観ていて、途中で、…ああ、これ、もう一回、最初から観たい! くりかえし観たい! と心に切望が湧き上がる、そんな二人の演技だった。
2019-11-26 23:10 この記事だけ表示
 ――男は、目の前にいる女を、抱きしめることができない――。
 女はそれを望んでいる。男もそれを望んでいる。けれども、一度死んだ男は地獄に落とされ、閻魔大王の裁きによって、腐っていく身体を動かすことすらできずに朽ちていく餓鬼病となってこの世に甦った。女はそれを知らない。いつか自分も死んであの世に行ったとき、愛する男に抱きしめて欲しいと願ってけなげに生きている。目の前にいる男が、ひしと抱きしめて欲しい当の本人であることを知らずに、献身的に世話をしている。そんな女に、男は、自分の正体を明かすことができない。自分こそ、かつて美貌と何者をも恐れない力を誇ったオグリその人なのだと――。
 抱きしめたい。けれども――。その想いを、オグリを演じる四代目市川猿之助は、女へと伸ばした指先の、僅かな動きだけで表現する。指先と共に、震える心。――その指先は、泣いていた。極小な動きのうちに、空間いっぱいにあふれ出すもの――愛。

 餓鬼病の姿となって現れるオグリ。病んだ顔、病んだ身体で、そこに在る――ただそれだけで、絶望が心を突き刺す。あの姿がいつまでもいつまでも心を離れないのは、何故だろう――。おそらく私は、自分自身が人生において経験してきた孤独や絶望を、その姿に映し絵のように見ている。自分の心の中に在るものが、純粋な結晶として切り出され、目の前にある、それを客観視する不思議。
 ――2年前の公演中の事故を、ようやく振り返ることができるようになったのだ…と思った。
 誰だって、事故や病気や絶望や悲劇を好んで振り返りたくはない。できれば忘れたい。けれども、人生に起きた事柄から目を逸らし続けるわけにはいかない。いずれ向き合わなくてはならないときが来る。そのとき、人生に新たな地平が現れる。『新版 オグリ』はそんな作品である。多くの人に支えられる喜びを知ったオグリは、熊野の湯の峰に飛び込み、元の姿へ、否、喜びの分だけ大きくなった姿で、不死鳥の如きあざやかな復活を遂げるのである。
 オグリの想い人、照手姫を演じる坂東新吾があまりにけなげな愛の人なので、――彼女ならば、餓鬼病姿だろうが構わずオグリを受け止めるだろうに…と思ってしまうけれども。私は、餓鬼病の姿となったオグリに心惹かれてやまないのである。――今年7月まで、約四半世紀にわたってバーミンガム・ロイヤル・バレエ団の芸術監督を務めていたデヴィッド・ビントリー氏に、彼が手がけた『美女と野獣』についてインタビューしたときのことを思い出した。美女は、野獣の姿となった男を、その姿のまま愛している。だから、野獣が元の姿に戻ったとき、…あら? と一瞬困惑する、そんな振りを自分は入れました…と、彼が語っていたことを。

 私は、四代目市川猿之助の死生観や宗教観にふれることのできる作品が好きである――彼と光永圓道との対談集『猿之助、比叡山に千日回峰行者を訪ねる』も非常に興味深く読んだ――。“人は幸せになるために生まれてきた”が今作のテーマであり、興味深い地獄論――人の世の発展に伴い、地獄はいかに変化していくべきか――も展開される。餓鬼病の姿のオグリが、道成寺にたどり着き、人々にひどい仕打ちを受ける場面で、――私は、旧約聖書の“ヨブ記”を思い出していた。
2019-11-26 23:03 この記事だけ表示