1月28日14時の部、新国立劇場オペラパレス。
 僕は文無しの詩人だけれども、夢と空想があるから魂は大金持ち…と、ヒロイン・ミミ(ニーノ・マチャイゼ)に愛の歌「冷たい手を」を歌いかけるロドルフォ役のマッテオ・リッピの情熱的な歌唱。パオロ・カリニャーニの指揮のもと、甘く流れる音楽に、英語で言うところの“sweet surrender”――…もう、どうにでもして…の境地――を感じて。しかし。そのときあひるの胸にあったのは、…ミミみたいに歌いかけられたい…という気持ちではなく、ロドルフォになってこの歌を歌いたい! という熱い思いなのだった――オペラを観ていてそのように男性キャラクターに感情移入したのは初めてかもしれず。終幕のミミ臨終のシーンでは、…亡き人の魂を近くに感じるような、そんな思い。美しい音楽に耽溺することのできるオーソドックスな演出。ブロードウェイ・ミュージカル『RENT』の基ともなった、1830年代のパリが舞台の若き芸術家たちの青春群像劇、普段あまりオペラを観ないという方にもお勧めします。公演は残すところ、1月31日と2月2日のあと二回〜。
2020-01-28 23:59 この記事だけ表示
 今年で第六回目となる赤坂大歌舞伎、今回登場するのは『怪談 牡丹燈籠』。昨年、NHKで放送されたテレビドラマ『令和元年版 怪談牡丹燈籠 Beauty&Fear』に萩原新三郎役で出演した中村七之助さんが、この脚本はおもしろい、ぜひ歌舞伎にしたいとの思いを抱き、ドラマの脚本と演出を手がけた源孝志さんを脚本・演出に迎えて上演するに至った旨。その「言い出しっぺ」の七之助さん、今回はお露・お国・お峰の三役を演じるのですが、…新三郎を慕うあまりのお露の「焦がれ死に」、そもそも「焦がれ死に」とは何ぞや? 、そこまで人を好きになるということとは…等々、実に熱い語り口。それを聞いていた源さん、「どういう焦がれ死に方をさせようか、観たことのないようなおもしろい焦がれ死に方を楽しみにしてください」と、何やら考えをめぐらせ始めた様子。宮辺源次郎と伴蔵の二役について、中村獅童さんが「放蕩野郎と小悪党」と即答したのもおもしろく。中村勘九郎さんがこれまでの赤坂大歌舞伎の思い出を熱く語る姿に、…私自身の心に残る赤坂大歌舞伎名場面集が、まざまざと甦って。
2020-01-28 23:58 この記事だけ表示
 1月27日15時の部、PARCO劇場。この日が劇場オープン四日目。
 2016年にクローズした旧劇場と同様の赤い緞帳、赤い客席。…あたりが暗くなり、緞帳が上がって、立川志の輔が舞台に登場し、語り始める。と、…驚くほどあっという間に旧劇場での観劇体験の記憶が甦ってきた。それはまるで、自分の存在が丸ごと、旧劇場へと空間も時間もスリップしていったかのような感覚だった。劇場という空間における記憶の作用について、考えずにはいられなかった。これから、この空間で、新たに積み上げられていくであろう記憶について思った。人と人とが出逢い、織り成してゆく記憶の空間――。立川志の輔自身、開場初日以来、舞台や客席やロビーの空気が日に日に変わっていっている…と語っていたのが印象的。こけら落としの語源や東京オリンピックなどが取り上げられたマクラから、本題へ。日本語の書き手として、そのスムーズな入りや流れについて、非常に興味深く思ったことだった。
 とある活気のない商店街の人々が、フランスからやってきた母娘をもてなそうとする「メルシーひな祭り」。異文化間でのコミュニケーションの掛け違いがありながらも、それでも懸命に相手を喜ばせようとする人々の滑稽さに、涙――何も、異文化間に限らない。同じ言語を解する同士でも当然あり得る掛け違いを超えて、それでも、誰かに何かを伝えようとする人間の必死さは、ときに滑稽に映るのかもしれず。
2020-01-27 23:59 この記事だけ表示
 …相手の首を取る際に、逡巡する。果たしてこれは、武士の本懐なのか…。そんな明智十兵衛光秀の人物像が、役者長谷川博己に合う! と、ぞくっ。これから描かれるであろう「戦い」と、そんな中での明智十兵衛光秀自身の「闘い」と。
2020-01-26 21:31 この記事だけ表示
 朝起きたら、前夜とは別世界が広がっていました@箱根。

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 温泉で癒されてきました。富士山は土日とも見られなかったけれども、でも、確かにそこにあるからよいのです。

2020-01-26 21:28 この記事だけ表示
 1月23日13時の部、東京芸術劇場プレイハウス。
 イギリス人劇作家の新作戯曲を、イギリス人演出家の手により世界初演。ゲーテの『ファウスト』等で知られる“ファウスト伝説”をベースに、悪魔に魂を売る男の物語を、舞台を現代ロンドンに置き換えて描く。イギリスと日本とでは宗教観も異なるわけで、そのあたりの文化の違いを超えて物語を語っていく上で、全体的にもっと工夫が欲しいと感じた。タイトルロールである主人公(森田剛)と契約する悪魔ルーシーを演じる田畑智子が実に蠱惑的。金髪のショートカットで、美脚を露わにしたセクシーなコスプレ風装いを含むさまざまな衣裳で登場、主人公の欲張りな願いにも「オッケー」といとも明るく軽やかに返す。その様はいかにも現代風であり、無国籍な普遍性を物語から引き出していた。
2020-01-23 23:53 この記事だけ表示
 壽初春大歌舞伎(歌舞伎座)昼の部から帰って、ベジブロス入り肉じゃがを無心に作っていたら、…『STARS ON ICE』横浜公演が当たっていました。
2020-01-22 23:19 この記事だけ表示
 河内山宗俊を演じる松本白鸚が、河竹黙阿弥の手によるせりふを語る様を聴いていて、…自分が、今、過去の時代の人々と確かにつながっているという感覚を覚えた――2年前、コクーン歌舞伎『切られの与三』(串田和美演出・美術)を観ていて、江戸時代に同じ作品を楽しんでいた観客とつながっているという感覚を覚えたことがあったのだけれども、そのときともまた異なる感覚だった。
 それは、こよなく愛する近代建築の建物を心ゆくまで眺め、その内部で心ゆくまで佇んでいるときに覚える感覚に似ていた――私がとりわけ好むのは明治から第二次世界大戦くらいまでの建築であって、…よくぞ、戦火や高度経済成長期といった激動の時代を超えて、今このときまで残っていてくれた、残してくれていた…との感慨をもって接してきた――あるときから、…きっと、私の命の長きを超えて残り続けていくのだな…とも感じるようになったけれども。そのような感慨をもって古い建築に接するとき、そうして、過去の時代、過去の人々との確かなつながりを感じるとき、私は心地よい安堵感に満たされる――自分が歴史の一部であると感じられる瞬間。興味深いのは、河竹黙阿弥のこの作品が初演されたのが明治十四年だということである――演劇においても、建築においても、西洋化、近代化の荒波が押し寄せていた時代。

(1月22日昼の部、歌舞伎座)
2020-01-22 23:17 この記事だけ表示
 昨年のクリスマス・イヴに取材させていただいたインタビュー記事が掲載されています。

https://spice.eplus.jp/articles/263442

 本日SPICEで取材してきました。掲載はまた後日〜。宝塚花組公演『マスカレード・ホテル』昼の部も観てきましたが、その感想もまた後日〜←ミステリーゆえ、感想すらネタバレになるのですが、週末に観劇を控えた人間が家庭内におりまするゆえ(笑)。
2020-01-21 23:23 この記事だけ表示
 イギリス王室から事実上離脱することになったヘンリー王子が、スピーチの場で、無念の心境を吐露…のニュース映像を観ていて、思い出す。宝塚月組元トップスター霧矢大夢の退団公演『エドワード8世−王冠を賭けた恋−』(2012年。作・演出は、現在、東京宝塚劇場にて上演中の宙組公演『El Japón(エル ハポン)−イスパニアのサムライ−』担当の大野拓史)のクライマックスで歌われるナンバー「退位の歌」を。――イギリス国王エドワード8世は、離婚歴のあるアメリカ人女性ウォリス・シンプソンとの恋を選んで、王位を退く。最後の瞬間になってやっと率直な気持ちを表明することが許され、ラジオを通じて国民に語りかける、その心境を歌うドラマティックなナンバーである(作曲は太田健)。この舞台の公演プログラムにも寄稿している政治学者水谷三公が執筆した『イギリス王室とメディア エドワード大衆王とその時代』は、『エドワード8世』の作品世界を楽しむ上でも非常に興味深い著書であったが、エドワード8世の退位を受けてその弟ジョージ6世が国王の座に就き、そのジョージ6世の娘であるエリザベス2世が孫のヘンリー王子に対して決断を下した今、歴史書を超えてアクチュアルな一冊として立ち現れる。ちなみに、『エドワード8世』においては「退団」と「退位」とが重ね合わされて語られている部分があり、「退位の歌」の歌詞にも、これから新たな世界で生きていこうとする者の未来に対する愛とエールとが存分に込められていて、今なお、聴く者の心を揺さぶらずにはおかない。
2020-01-20 23:12 この記事だけ表示