徳川慶喜役、草g剛の髷姿がりりしい。あくまで柔らかなその語り口に、――慶喜という人の内の真空、ブラックホールにそのまま飲み込まれていくような。
2021-02-28 20:58 この記事だけ表示
 18日11時の部観劇(赤坂ACTシアター)。
 普通に出逢っていれば、似合いの二人として平穏な結婚生活を送っていたかもしれない。けれども、この物語の主役である男と女は、少しねじれた出逢い方をしてしまった。女は男が自分には身分不釣り合いであると思う。真相を隠す男は女のそんな気持ちを知っている。二人が湖畔で過ごす一夜。――そのひとときだけ、すべてを超越して、二人は真実の愛を交わす。そのひととき、普通に出逢って普通に結ばれていたら訪れなかったかもしれないひとときが、己の生において痛切に大切なものであるからこそ、すべてが明らかになり、二人が結ばれる上で何の支障もなくなったとき、男は去る。そんな愛の逆説を描いて、『ダル・レークの恋』は魅惑的な作品である。初演は1959年、菊田一夫の戯曲を主演の春日野八千代自ら演出、主人公ラッチマンは彼女の当たり役となった。1997年に酒井澄夫が潤色・演出を担当して再演、今回は酒井が監修に回り、谷貴矢が新たに潤色・演出を手がけている。近年では『霧深きエルベのほとり』の再演(2019)もあったが、菊田一夫作品の男女の心の機微を描いて深いところをしみじみおもしろく感じた。青年将校、無頼派と主人公ラッチマンが次々と変化を見せるあたり、初演の際、春日野八千代の男役としての縦横無尽の活躍が見どころであっただろうと想像できる。今回この役に挑んだのは月城かなと。ターバンもよく似合い、ノーブルでクラシックな魅力を見せた。パリでの無頼の日々、脚を組んだ際に膝に乗せた方の足先で、革靴の甲の部分をピカピカと客席に向かって光らせるシーンでは、男役の魅惑の技が炸裂。ゆったりと雰囲気を見せるところのある役を演じて今後への期待を大いに抱かせた。ヒロイン・カマラを演じるのは海乃美月。昔の時代の異国のプリンセスとして、現代女性のシャキシャキとは違う、しっとりとした情感がセリフ回しに欲しいところ。湖畔での場面では、「♪君の瞳に燃えた 不思議な炎 それが愛」と名曲「まことの愛」(作詞:酒井澄夫、作曲:西村耕次)に歌われるところの“不思議な炎”を瞳に観たい。暁千星のすべてを捧げ尽くすような舞に、バレエ『ラ・バヤデール』のブロンズ・アイドルの踊りの如き熱狂がある。彼女が踊りまくるダンシング・ショーを観てみたいものである。
2021-02-27 20:22 この記事だけ表示
 本日昼の12時47分、一つ歳を重ねました。先週銀座で転倒&その後ぎっくり腰を発症し、あちこち痛いながらも、無事こうして誕生日を迎えられたことに感謝し、一人ノンアルコールスパークリングで乾杯。そして仕事(笑)。今月初め、一週間で24人取材するという記録を達成したので、その入稿に追われており。
 それにしても、子供のころに思っていたより、歳を重ねることは楽しいなと。もちろん身体のメンテナンスには前より時間と手間がかかるようになりましたが、仕事を通じて多くの方々と意見を交換すること、いろいろな考え方があるんだなとさまざまな物の見方を知ることが、今、本当に楽しくて。それもこれも、同じ時代に生きる皆様の存在あってこそ。多謝!
2021-02-25 23:15 この記事だけ表示
 乃木坂46「僕は僕を好きになる」。踊り揃ってた!
 坂本冬美「ブッダのように私は死んだ」。――何とはなしに、『マシーン日記』の秋山菜津子の怪演を思い出し。
 長山洋子「あの頃も 今も〜花の24年組〜」。かわいい声の奥にひそむものが見えたらおもしろそう。
 真田ナオキ「恵比寿」。何とも言えない曲の昭和感を味わううち、この歌を作詞作曲した吉幾三の「俺ら東京さ行ぐだ」のカセットテープを持っていたことを思い出し――母方の祖父が会津出身で、そちらの方の親戚がこの曲を聞いて東北人として喜んでいたのでした。
 川崎鷹也「魔法の絨毯」。包み込むような声。キラキラとしたマジカルな瞬間あり。
 最近、他の番組でも、声を聞いただけで赤木野々花アナウンサーだとわかるように!
2021-02-23 23:15 この記事だけ表示
 私の父が藤本家を継ぐため18歳の春で叔母のところに養子に行った話はすでに書いてきた。その甲斐あって、1974年には70年ぶりだかの藤本家の跡取りとなる息子、すなわち私の弟が生まれるのだが、その2年前には68年ぶりだかの藤本家の跡取りに生まれ損なった存在、すなわち私が誕生しているわけである。――殊更つらく当たられたとか、弟だけお小遣いが多かったとか、そういったことはない。けれども、将来の家の跡取りと、いつかは結婚してこの家を出て行くであろう人間とでは、接され方が明らかに違った。夏に父の故郷である宇部に里帰りするときはとりわけ苦痛だった。母が慣れない家でほぼすべての家事を担当し、子供二人だけで近くの海で泳ぐわけにも行かない。あまりにすることがないので、好きでもない勉強くらいしかすることがなかった。海辺の道を、母と弟と三人、最寄りのスーパーまで2キロほど歩いて買い物に行く。自分の影すらできない炎天下の中、熱く照り返すアスファルトの道を見つめながら、――私は将来的にはこの土地にはまったく関係がなくなる人間なのだから、ここにいさせないで欲しい――と思っていた。そして、スーパーの近くの本屋で暇をつぶすための本を買って帰ると、また本を買って、と祖母に言われるのだった――本も雑誌もあまり読まない人だった。
 そのうち祖母が年末年始に東京にやって来るようになったが、そのときはそのときでまた大変だった。いる間、すべて彼女のしたいようにしないと不満が爆発する――どこか、息をひそめるようにして暮らした。一緒に買い物に行くことがあっても、彼女が買いたいものを見て、買って、それで終わりだった。母方の祖母にもらったミニチュアの家具セットや、父方の実の祖母にもらった陶器のバラの置物は今も飾っているけれども、彼女に何かそういうかわいいものを贈られたことが一度もない。一緒に旅行に行ったこともあったけれども、楽しそうにしている顔を見たことがない。こうして振り返ってみても不思議なくらい、一緒に楽しく過ごしたという記憶がない。
 子供のときは、「藤本」という名字から早く他の名前に変わりたいと、そんなことばかり思っていた。念願叶って結婚して、年末年始に、彼女と実家で顔を合わせる――ちなみに、私の実家を建てたのは義理の祖父母である。私は、そこも自分の家だと思っているからくつろいで過ごしているけれども、彼女からしたら家を出て行った人間である。伯父が設計した家の、二階の一番日当たりのいい部屋、彼女以外の人間は使ってはいけないことになっていたその部屋へと夜になって上がっていくとき、彼女は「まあ、ごゆっくり」と言い残していくのだった。
 彼女が年齢を重ね、宇部から東京へと来られなくなってからは、顔を合わせることがなくなった。彼女は、自分の実家の敷地に甥が建てた施設で暮らしていた。里帰りする際、父は、彼女の誕生日にあげる寄せ書きに私も何か一言書くよう言ってくる。私が何か書いたところで彼女が喜ぶわけでもないし、私のことなんかどうせ忘れているだろうしと、私は拒絶するのだったが、父は有無を言わせなかった。
 父が亡くなって、本当に久方ぶりに宇部に行くことになったとき、――怖かった。自分の面倒をちゃんと見るように、そのことばかり父に言っていた祖母が、父が自分より先に亡くなったと知ったら、怒り出すのではないかと思った。その一方で、私は、年老いた彼女は、もう十年以上会っていない私のことは忘れているだろう、跡取りでもない孫のことなど、家の存続には関係のない存在なのだから、忘れていてもおかしくないとも思った。だから。
「…真由ちゃん?…」
 ベッドに横たわった彼女が、私の顔を見てそう言ったとき、私は本当に、心からびっくりした。…覚えているんだ…と。
 そのとき、私は赦したのだと思う。彼女を。私という人間と人生の時間を分かち合った記憶を、自分の内に確かに留めていたその人を――。子供のころは、いつかそんな日が訪れるようとは、思ってもみなかった。
 彼女はそれから一年も経たないうち、あと半年ほどで百歳というところで亡くなった。そのとき思った。百年も前に生まれた人である。考え方が今の時代にそぐわなくてもしかたない。私は決定的に赦した。

 宙組公演『アナスタシア』は、最後のロシア皇帝ニコライ二世の娘をめぐるいわゆる“アナスタシア伝説”がモチーフとなった作品である。私は子供のころから“アナスタシア伝説”やカスパー・ハウザーといった歴史上の謎に魅せられていて、この世で真相がわからなかったらあの世に行ったときに教えてくださいと神様にお願いしていた。子供のころからあの世に行く気満々だったようですが、それはさておき。
 記憶喪失の娘アーニャ(星風まどか)は、自分の過去を知るため、ロシアからパリを目指す。詐欺師のディミトリ(真風涼帆)とヴラド・ポポフ(桜木みなと)は、懸賞金を得るため、アーニャを行方不明の皇女アナスタシアに仕立て上げることにする。ロシア新政府の役人グレブ(芹香斗亜)はアーニャを追う。パリへとたどり着いたアーニャは、アナスタシアの祖母であるマリア皇太后(寿つかさ)との対面を果たす。ロシア革命で家族を奪われ、孤独に生きるマリア皇太后は、財産目当てで寄ってくる親戚や“偽アナスタシア”たちに嫌気がさしており、最初のうちアーニャにつらく当たるが、やがて、彼女こそが大好きな孫娘のアナスタシアであることを認める。そのとき、アーニャ=アナスタシアの“過去への旅”は終わる――自分がいったい何者であるのか知る旅。
 このくだりの、星風アーニャと寿皇太后の演技が素晴らしかった――心打ち解けて皇太后の前なのについつい座ってしまう星風アーニャ、そのしぐさの実に自然だったこと! そんな彼女に、皇太后も閉ざしていた心を開いていく。高貴な者ならではの尊大さと、老いゆえの頑なさと、その後ろに隠している柔らかで傷つきやすい魂と――そのとき、私は、久方ぶりに対面した藤本の祖母が「…真由ちゃん?…」と私の名前を発した瞬間を思い出していた。そして、人生初めての感慨に打たれた。
 私は、彼女にとって、たった一人の女の孫である。それは、どこまで行っても変わらない。
 思えば、不思議である。子供のとき、あんなに「藤本」という名字を早く変えたくてしかたがなかったのに、私は結局旧姓のまま仕事をしている――こうして、書いている。

 宝塚版では、アーニャをパリへと連れて行く詐欺師ディミトリが主人公となっている。一幕を締めくくる名曲「過去への旅」も、もともとはアーニャのソロであるところ、宝塚版ではディミトリの歌い出しからアーニャとのデュエットという形になっている。「♪もう少し 俺の心強くいてくれ」とどこか頼りなさげに歌い出すとき、真風が演じるディミトリのナイーブな魅力が炸裂する。ディミトリは詐欺師だ。アーニャをパリに連れていくのも懸賞金目当てのこと。けれども、逞しく生きるアーニャに心ひかれ、彼女こそが幼い日に見た皇女アナスタシアではないかと思い、彼の心は揺れ動く。ディミトリの心情をもきっちりと描き出すこと、そして、「過去への旅」の中で「♪Home, Love, Family 見つけ出そう取り戻そうよ」と歌われるところの”Home, Love, Family”を、孤独だったディミトリとアーニャが共に見つけ出すことがハッピーエンド――とすることによって、物語がラストまで勢い削がれぬまま展開することとなった。そして、その勢いのまま、華麗なるフィナーレへと突入するのが、宝塚版の醍醐味である。
 さて、アーニャをはつらつと好演した星風まどかだが、専科を経て花組トップ娘役となることが先日発表された。真風涼帆もディミトリ役を宝塚の男役の美学満載で魅せていただけに、ハッピーエンドの作品を観ながらもどこかおとぎ話が終わってしまうような寂寥感を感じなかったと言えば噓になる。けれども、…あのとき、二人コンビを組んでいて、よかった…と互いに思えるような今後のさらなる活躍をそれぞれに大いに期待するものである――共に舞台に立った記憶は残るのだから。ちなみに、次期宙組トップ娘役となる潤花は、雪組時代の『ハリウッド・ゴシップ』(2019)での肝っ玉ヒロインぶりがインパクト大だった人。今公演のロケットでもあふれんばかりの笑顔でアピールしていた。
2021-02-21 00:10 この記事だけ表示
 細川たかし「浪花節だよ人生は」。どこまでも響いていくかのような歌声。哀歓をにじませつつ、それでも明るく前向きに笑いを交えて人生を疾走していくが如き。
 石丸幹二が映美くららと「モン巴里」。レビュー風石丸幹二に包容力あり。たっぷりとした布地でひだを寄せていくような歌声。『青天を衝け』の大久保利通、楽しみにしています。
 トータス松本「河内のオッサンの唄」。まだまだ全然行けると思う。
 大竹しのぶがRADWIMPSの「愛にできることはまだあるかい」をカバー。――祈り。何かが降りてきたかのような歌唱。一面、無機質な白の世界の中で、白をまとった者同士で向き合い立って、あたりの景色が二人の周りをぐるぐる廻っていくような――それはあるいは、魂となった後にたどり着く世界なのかもしれず。大竹しのぶの中には確固たる芯がある――それは、人によっては“神”と呼ぶものなのかもしれないし、個人的には“美”と呼ぶことが好きである。その芯あったればこそ、せりふを口にしても、歌を歌っても、揺るぎないものが表現され得る。最近、どういうタイプの人に肩ポンされたいと感じるのか、少しずつわかり始めてきていて。そして私はやはり大竹しのぶに肩ポンされたいのである。
 秦基博「泣き笑いのエピソード」。最後まであきらめちゃだめ〜。
 天童よしみ「残波」。その前に三戸なつめと歌った「道頓堀行進曲」でも思ったのだけれども、彼女の母音の「あ」の発声に心ひかれる。
2021-02-16 23:59 この記事だけ表示
 13時の部観劇(PARCO劇場)。ちょっと反則! なくらい、実にかっこよく意表を突いてくるラスト!
 タイトルロールに扮して、役者としての引き出しの実に豊富なところを見せる四代目市川猿之助。歌舞伎の表現方法を、歌舞伎以外の作品の文脈に置くことで、双方の分野において見えてくるものが味わい深い。日本の演劇について考えているとどこかの時点で歌舞伎にぶち当たるときがあって、私にとってはそれが四代目との出逢いによって準備されていた…と、己が運命と再び一つになり、その閃光に鋭く貫かれるような思いがした。
2021-02-15 23:28 この記事だけ表示
 氷川きよしで「ラヴ・イズ・オーヴァー」。“女のやせ我慢”がテーマの曲を、しっとり歌って。
 藤あや子「雪 深深」。まだまだ全然行けると思う!
 丘みどり「北国行きで」。もっと行ける!
 石川さゆり「なでしこで、候う」。…ふふっと微笑み合って、その微笑みの中にお互いいろいろ察し合ってさらに微笑んで、そうして確かめ合いたい女の友情!
 ミュージカル『ゴースト』より、浦井健治、森公美子、桜井玲香で「アンチェインド・メロディ」――この作品の2018年の初演の際、客席と一体となってノリノリ大盛り上がりになって、その様を目を丸くするようにして自身エンジョイしていた森公美子の姿が忘れられない。
 Little Glee Monster「VIVA」。心と歌声の束ね方がさらに巧みになり、迫力が増した!
 純烈「君がそばにいるから」。白川裕二郎の歌がすっきり伝わってくるようになりつつある。
 明日の放送は生で観ます!
2021-02-15 23:26 この記事だけ表示
 草g剛のスターぶり!
 竹中直人が早速いい味。声が素敵。
2021-02-14 23:41 この記事だけ表示
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… on Valentine’s Day!
2021-02-14 14:15 この記事だけ表示