…草g剛に徳川慶喜が降りてきているような。ちょんまげ姿で軍服の洋装、かっこいい。
 ときに目に狂気を孕む男、山内圭哉演じる岩倉具視と、梅沢昌代演じるトメのやりとりが楽しく。
 渋沢栄一の孫娘の渋沢華子が書いた『渋沢栄一、パリ万博へ』を久方ぶりに読み返しています。祖父の女性問題についてもあけすけに書かれており。1921年生まれの著者はレビュー黎明期の宝塚ファンだそう(父・渋沢秀雄は東宝取締役会長)。
2021-07-04 23:09 この記事だけ表示
 やり切った感のある良き千秋楽でした! これからの花組も楽しみ!
2021-07-04 23:08 この記事だけ表示
 作品のねじ伏せ方が一段とパワーアップ!!!
2021-07-04 15:13 この記事だけ表示
 『アウグストゥス−尊厳ある者−』『Cool Beast!!』の宝塚大劇場公演の千秋楽(無観客ライブ配信)のカーテンコールで、柚香光が、瀬戸かずやの男役としての美質をあれこれ挙げていたのが微笑ましかったのだけれども、生まれ変わったら宝塚の男役になりたいあひるからもぜひ一つ付け加えたい。頬の削げ具合! これぞ男役! と、いつも見惚れる。『Mr. Swing!』(2013)で“女装”したとき、すでに、男役が女のいでたちで現れたときならではのクセのある魅力を発揮していたことを思い出す。
 男役としての美質に大いに恵まれていたけれども、決して器用な人ではなかった。器用にこなそうとすることなく、愚直なまでに舞台に向き合う姿にいつも打たれた。いつ観ても、男役としての道を歩んでいこうというその姿勢に揺るぎはなかった。――自分で男役をやると決めて、宝塚に入った人にとっては、それが基本だと思う。でも、ときにそれは難しいことでもあるようだなと、長年舞台を観ていて思う。思うからこそ、男役・瀬戸かずやの歩んできた道がまぶしく見える。
 舞台上で見せる姿はきりっとシャキッとシャープで、根の部分はとても優しい人で、だからこそ、他者からの優しさを胸いっぱいに受け取って、自分の優しさでもってさらにふくらませて投げ返すことのできる人だった。
 …ホントに花組からいなくなっちゃうの?
 2011年3月に開催された真飛聖ディナーショー『For YOU』には、真飛聖の他、真野すがた、朝夏まなと、望海風斗、瀬戸かずやが出演していて、真野は真飛と共に退団、朝夏は翌年宙組に、望海は2014年に雪組へと組替えになった。真飛を継ぐトップスターとしては花組出身の蘭寿とむが宙組から組替えとなり、次いで明日海りおが月組から組替えとなった。激動の時代の中で、瀬戸かずやは花組の男役芸を守り続けた。スーツの着こなしが粋だった――横浜アリーナで上演された『恋スルARENA』(2019)での某刑事ものパロディで演じた刑事“アキラ”、パリッとしていた! 黒燕尾服でのダンス・シーンでも、花組スタンダードここにありという感じ。『ME AND MY GIRL』(2016)のジョン・トレメイン卿、『ポーの一族』(2018)のフランク・ポーツネル男爵、ダンディな役どころもしっくり来た。『For the people−リンカーン 自由を求めた男−』(2016)では奴隷制賛成論者スティーブン・ダグラスを演じて劇場中を敵に回すかのような場面で見事踏ん張り、『蘭陵王−美しすぎる武将−』(2018)では作品をスーパーセーブする演技を見せと、“KAAT(神奈川芸術劇場)の雄”の異名を捧げたくなる名アシストぶり。『マスカレード・ホテル』(2020)ではホテルマンに扮する刑事、『NICE WORK IF YOU CAN GET IT』(2021)では執事に化ける酒の密売人と、作中の衣装チェンジもあざやかな役どころで魅せた。
 そして、『はいからさんが通る』(2020)の青江冬星。ヒロイン花村紅緒に心を寄せ続け、最終的にはあっぱれな男のやせ我慢を見せる。柚香光扮する伊集院忍と銀橋で殴り合うシーンは心の名場面である。
 退団作となった『アウグストゥス−尊厳ある者−』では、婚約者がいながらエジプト女王クレオパトラに懸想し、暗殺されたカエサルの後釜を狙う野心家マルクス・アントニウス役。ダーティな役どころではあるのだが、瀬戸はけっして悪役としては演じない。あくまで人として真摯に向き合って演じる。古代絵巻物の中のその立ち姿。花組の熱いショーの系譜にある『Cool Beast!!』でも、野性味あふれる男役姿で大いに魅了する。柚香と瀬戸の活躍あってこそ、花組パワーが炸裂する。
 2011年3月11日のことを今なら書けるかもしれないと思った、その気持ちが確信に変わったのも、『アウグストゥス−尊厳ある者−』『Cool Beast!!』の宝塚大劇場公演の千秋楽の無観客ライブ配信と、瀬戸かずやスペシャルライブ『Gracias!!』のライブ配信を観たからなのだろうと思う。瀬戸かずやは、宝塚大劇場千秋楽で、「どうかこの先、宝塚の生徒が二度とこのような景色(無観客の劇場)を見ることのない、そんな世界になることを強く願っております」との言葉を残した。――あの日、真飛聖ディナーショー『For YOU』は終わらなかった。けれども、真飛聖のタカラジェンヌとしての姿勢は確かに受け継がれていた。だから、私は十年経った今、そのことを書き記したいと思った。そして、瀬戸かずやのタカラジェンヌとしての姿勢、男役芸が受け継がれていくことを、これからの大きな楽しみにしたいと思う。
 あの日終わらなかった、終われなかったディナーショーに、瀬戸かずやが見事な幕を引いてくれようとしている、私の中ではそんな気持ちでいっぱいである。
 幸せな一日を! ライブ配信で観ています!
2021-07-04 00:18 この記事だけ表示
 華優希は、毎年年末に発表しているあひる新人賞を二度逃している。2017年と2020年、いずれも『はいからさんが通る』のヒロイン花村紅緒を演じたときに。
 2017年時は、タカラヅカニュースで公演の模様を観ていて、…実際に観劇した際、「今日はおよばれだで、おしゃれしてもんぺのアンサンブルで決めたずら」のセリフがはじけて決まれば新人賞! と思っていた――紅緒が伊集院家に乗り込む大切なシーンで、衣装の加藤真美はここで原画の模様をきちんと再現、ピンク地に白いウサギと赤いハートがちりばめられた実にキュートなもんぺのアンサンブルとなっていた――。しかし、決まらず…(この年は新人賞該当者なし)。2020年時も、…今回は行けるかな…と思っていた。しかし、途中で、…この人、自分は花村紅緒しか演じられないと思っているわけじゃなかろうな、何だかおかしい…と思った。すると、東京宝塚劇場の千秋楽直後に退団発表。
 <さらに燃えよ花組!!!>(http://daisy.stablo.jp/article/481807041.html)の項でも少し書いたけれども、どうも、アクセルとブレーキの踏みどころがちぐはぐな印象を受ける。観ていて、そこはアクセル! と思うところでブレーキを踏んでしまうというか。それがもったいない。
 歌や踊り、芝居といった技量の部分に関しては、ある程度しっかり培ったものがないと自信がもてないのは仕方ないと思う。それは他者がどうこうできるものでもない、本人が地道に培っていくしかない。でも、それ以外の部分、舞台に立ってパフォーマンスを披露する上での心構えや姿勢のような部分で、心解き放たれたところをもっと観たかったなと、本当に残念で…。その意味で、以前も書いたけれども、『NICE WORK IF YOU CAN GET IT』で何度も何度もスープを給仕しに出てくるシーンは、大切な思い出として残っている。
ここぞというときに舞台上で見せる思いきりのよさ、素敵でしたよ。
 退団後、舞台の道に進むのかどうかわからない。でも、もしまた舞台に立つとしたら、アクセルとブレーキのことを頭の隅にでも置いておいて欲しいな…と思う。何だかんだ言って、こうして構いたくなる人でした。
 今日は思いっきりENJOY!!!
2021-07-04 00:12 この記事だけ表示
 『アウグストゥス−尊厳ある者−』で描かれているのは、シェイクスピア作品で言うと『ジュリアス・シーザー』と『アントニーとクレオパトラ』の頃である。2011年に蜷川幸雄が彩の国シェイクスピア・シリーズで演出した『アントニーとクレオパトラ』は、吉田鋼太郎のアントニーに安蘭けいのクレオパトラという配役で、男にはどこか踏み込めない女性同士の絆を描くため、クレオパトラと侍女シャーミアン(熊谷真実)のキス・シーンがあった。蜷川演出では、同じシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』が、互いにすべてを捨てて恋の激流に飛び込んでいくような若さゆえの純粋なエネルギーを扱っていることを意識しつつ、年齢もあって互いにさまざまなしがらみがある中でのアントニーとクレオパトラの関係をどこかため息交じりの“老いらくの恋”として描き出していく、その対比が実におもしろかった。東京宝塚劇場の前回公演が星組の『ロミオとジュリエット』だったこともあり、懐かしく思い出した次第。
 男役ながら、退団公演でクレオパトラ(凪七瑠海)に仕える侍女シャーミアンを演じたのは冴月瑠那。前花組トップスター明日海りおにも似た風貌の持ち主で、観る者をほっこりと和ませる個性が魅力。彼女の当たり役は何と言っても、『はいからさんが通る』(2017・2020)で二度演じた、ヒロイン花村紅緒の父・花村政次郎役であろう。ときに厳しく、けれども温かく、娘を見守り続ける帝国陸軍軍人として、威厳と優しさに満ちた演技を見せていた。瀬戸かずやスペシャルライブ『Gracias!!』(2021)でも、同期の瀬戸と並んで花組男役ぶりを発揮――花組の若手男役を観ていると、ソフトな印象を与えるタイプが多い。でも、私は、花組男役はまずはともあれ“キザってナンボ”だと思うのである。そして、ソフトさと“キザってナンボ”は両立し得るものであるということを、冴月瑠那の男役芸は確かに証明している。
 美花梨乃は入団15年目のベテランながら、いつまでも愛くるしい魅力を放つ娘役である。『アウグストゥス−尊厳ある者−』では、ヒロイン・ポンペイア(華優希)に献身的に尽くす元奴隷のレオノラ役。全体的に殺伐として重い作品の中でコミック・リリーフ的な役割も果たし、清涼剤となっていた。『Cool Beast!!』では、やはり今回退団の男役・澄月菜音と組んで、アフリカの花婿花嫁に扮し、新進若手娘役もかくやのチャーミングな民族衣装姿で大いに魅了する。更紗那知は、柚香光が“ギャートルズの肉”をマイク代わりにするシーンでの、猫耳ならぬ狼耳姿のキュートさが光る。
 宝塚生活最後の日、みんな思いっきりはじけちゃって!!!
2021-07-04 00:08 この記事だけ表示
 1月に東京国際フォーラムホールCで上演された花組『NICE WORK IF YOU CAN GET IT』は、2012年初演のブロードウェイ・ミュージカルである。1926年に初演された『Oh, Kay!』を下敷きにしていて、ジョージ&アイラのガーシュウィン兄弟の有名曲が次々と飛び出す楽しい作品。1920年代、禁酒法時代のニューヨークで、プレイボーイのお坊ちゃまと酒の密売人の女性とが出逢って織り成す恋模様を描いている。非常に現代的でおもしろいなと思ったのは、ラストだけに現れて物語のすべての問題を“デウス・エクス・マキナ”の如く解決するのが、主人公ジミー(柚香光)の母親であるミリセント(五峰亜季)であるということなのだった。
 話を2019年9月に戻す。私は母親とロンドンに旅し、ウエストエンドの劇場を訪れていた。『ビッグ』や『レ・ミゼラブル』といったミュージカルを観るうち、…もっと女性が華々しく活躍する作品が観たいな…と思った――女性だけですべての役柄を演じる宝塚歌劇団を見慣れている身としては、何だか物足りなく感じられたのである。それで、OLたちが横暴上司をとっちめる『9時から5時まで』や、今年3月、日本でも上演された『ウェイトレス』を観に行った。『9時から5時まで』の客席は見事に女性客が多く、イギリスでも現状に不満を覚える人たちが多いことに気づかされたし、偶然あのピアース・ブロスナンと同じ日に観ることになった『ウェイトレス』は、“ジェームズ・ボンド”の臨席にざわめく客席を結果的に感動の渦で包み込むこととなった素晴らしい舞台だった。のだが。
「どうして、どっちの作品も、最後にすべての問題を解決するのは男の人なんだろうね」
 母にそう言われて、一瞬言葉に詰まったのである。『9時から5時まで』は「神のように偉い」と作中言われてきた男性CEOが“デウス・エクス・マキナ”なのだが、それまでアンサンブルでちょこちょこ顔を見せていた人に演じさせるのなら、いっそのこと、声だけの存在にして、それは“神の意思”であるという風にも感じられるようにできなくもないな…と。『ウェイトレス』はブロードウェイ史上初めて、作詞・作曲、脚本、振付、演出の4担当が女性という作品である。父及び夫のDVに悩まされてきたヒロインが自分自身で大きな決断を下した後に訪れるサプライズの幸せが、レストランの老オーナーによってもたらされるという展開で、ヒロインのその決断がすがすがしいだけに、…ああ、頑張って生きている姿を、見ている人は見てくれているんだな…と本当にほっこりする流れではあるのだが、ラストのハッピー・シーンに大きく寄与しているのが老オーナーの遺言であることは言を俟たず。
 そんな思い出があったので、『NICE WORK IF YOU CAN GET IT』の新機軸ぶりがなおさら響いたことだった――正直に言えば、一幕の割と早い段階で、…そういうオチなんだろうな…と読めてしまったのだけれども。ミリセント役の五峰亜季はいつまでも若々しい声と風貌でさすがの貫録。
 そして、この作品で大開花を遂げた人がいる。
 熱狂的な禁酒法支持者、ウッドフォード公爵夫人を演じた鞠花ゆめ!
 花組には、“タンバリン芸人”として名を馳せた天真みちるという男役がいた――ちなみに、あひる新人賞第一号。代表作は『はいからさんが通る』(2017)で演じた車引きの牛五郎。牛五郎を演じるために生まれてきた! としか思えないほどのなりきりぶりで、日本青年館ホールの舞台に登場した瞬間、大爆笑――離れたところで観ていた人に、「藤本さん、笑ってましたよね」と聞き分けられてしまうほどであった。それよりさらに数年前のことである。
「天真みちる、“女装”の場面あったよね?」
「あったあった!」
という会話を、一緒に観劇していた夫と交わしたことがあった。しかし。またその公演を観に行ったところ、“女装”していると思った天真はその場面に男役として出演していた。じゃあ、あれは誰…? と思いきや、それは、天真と同期の鞠花ゆめだったのである。その日から、彼女の開花を心待ちにしていた。ピシッと上手い人だけに、役柄の造形がちょっと怖くなってしまうきらいなきにしもあらずだったのだけれども、『NICE WORK IF YOU CAN GET IT』では、厳しく禁酒法に反対しながら、うっかり口にしてしまったお酒でついつい女心がほどけてしまう役どころを、コミカルに、そして大いに共感を誘う人物としてチャーミングに演じ切った。ヒロイン・ビリー(華優希)の密売仲間クッキー(瀬戸かずや)と、言い争いばかりしていたのに、…これって、実は恋? と結ばれるあたりも実におかしく微笑ましく。
 柚香光は、この作品での役どころのように、ちょっとセクシーなネタがあってもさらっと上品にこなせるあたりが男役としての特性、強みである。『花より男子』でも、ヒロインと同じ部屋に泊まることになりながら、…お前のこと、大切に思うからこそ手が出せないんだよ〜! というあたりの心理描写が巧みだった――ここは、女性からすれば胸キュンポイントの一つだと思うが、男性からすれば見解が分かれるあたりであろうとも思う。やはりセクシーなネタを宝塚の舞台にアジャストして品よくコミカルに提示できる汝鳥伶扮するベリー署長との場面が非常に楽しく。ガーシュウィンの名曲を歌い踊る上ではプレッシャーもあったことと思うが、華優希が体当たりでヒロイン・ビリーに挑む姿にも好感がもてた。

(1月12日13時の部、東京国際フォーラムホールC)
2021-07-04 00:05 この記事だけ表示
 <舞空瞳!〜宝塚星組『ロミオとジュリエット』>(http://daisy.stablo.jp/article/481121643.html)の項で、東日本大震災についてふれた――その文章を書いて、私は、自分の中にはっきりと残るあの瞬間の記憶を、この十年間、言葉にすることがなかったという事実と改めて向き合うこととなった。
 2011年3月11日14時46分。
 私は、東京宝塚劇場での退団公演を控えた当時の花組トップスター、真飛聖の宝塚生活最後のディナーショー『For YOU』を、東京・九段下のホテルグランドパレスの宴会場の一番後ろの席で観ていた。私のあの瞬間の記憶は、歌う真飛聖の姿なのである。

 ショーは終わりに差し掛かっていた。ステージ上では真飛聖が一人立ち、ラストの曲を歌っていた。揺れて――揺れて、客席も、座って演奏しているバンドの人々もざわざわと動揺を見せて、それでも、真飛はショー・マスト・ゴー・オンの精神で、しっかり! と演奏を鼓舞するようにりりしく歌い続けた。けれども、揺れは続いていたから、――やはりいったん止めますね、ということになった。そして、中断はやがて中止となった。
 交通機関も止まり、私たちはそれから長い時間、その場所でそのまま過ごすことになった。ラストの曲に引き続いてのアンコールでは、真飛自身がこのショーのために作詞した『For YOU』というタイトルのオリジナル曲が歌われることになっていた。会場の方たちの計らいで、前日までの公演で収録された『For YOU』が宴会場に流された。生で聴くはずだった…と思いながら、耳を傾けていた。
 2021年6月30日をもって営業終了となったホテルグランドパレスは、2011年当時でも古さが否めない建物だった――開業は1972年2月20日というから私の生まれる5日前、私にとっては、1973年に起きた金大中拉致事件の現場という印象がいつまでも強いホテルだった――。そして、余震か何かのたび、それはけたたましくサイレンが鳴り響いた。音響室か照明室か、宴会場後方上部にある小部屋の扉がたびたびパカーンと開いてゆらゆらと揺れ、そのたび悲鳴が上がった。
 そのうち、ホテルから歩いて数百メートルのところにある九段会館で死者が出たという情報が回ってきた――1934年に建てられた九段会館はこのとき、天井崩落事故により2名の死者を出した――。そして、この世の終わりを告げるようにけたたましく鳴り続けるサイレンを聞くうち、私は思った。
 自分は今日、ここで死ぬのかもしれない――と。
 家族への連絡のため公衆電話に並ぶとき、お化粧室へと席を立つとき、足ががたがた震えているのがわかった。死を近くに感じながら、――心に三つの思いが浮かんだ。
 ――もし、今日観た舞台が、この世で最後に観たものになるのだとしたら――。素晴らしい舞台だったから、よかった、悔いはない、心からそう思えた。
 ――そのとき、仲違いしている人がいた――。仲直りできないまま死んでしまうなんて、悲しいことだな…と思った。
 ――ある人が、これからもっともっと光り輝く姿を観るはずだった――。それが観られないのは残念だな…と思った。

 ――長い時間、そこにいた。
 居心地自体は悪くなかった。ホテルの方々の好意で、小さなハンバーガーと小さなおにぎりが供された。私は一人で参加していて、会場には誰も知っている人がいなかったのだけれども、誰かがコンビニに買い出しに行ったと思しきお菓子のおすそ分けも回ってきた――そういうとき、宝塚ファン同士、温かな結束力がある。ホテルのロビーは交通機関が止まって帰宅できなくなった人たちに開放されていて、みんな、そこかしこに座り込んでいた。それに比べたら、暖かい宴会場で椅子に座っていられることがありがたかった。同じテーブルの人たちと何か、宝塚の話でもしたかもしれないけれども、記憶にない。そのとき、私は、それまで生きてきて感じたことがないほど、死を近くに感じていた。
 ――長い時間、そこにいた。
 夜になっていた。ふと気づくと、仕事が終わり、職場から二時間かけて歩いてやってきた夫が立っていた。そして、復旧し始めた地下鉄を乗り継いで、家に帰った。ノートパソコンが机から床に落ちていた――当時上演されていた三谷幸喜作・演出『国民の映画』の公演プログラムを下敷きにして。プログラムがなかったら、壊れていたかもしれない。

 それからのことは。
 大規模停電があり、――3月25日から東京宝塚劇場公演が始まる予定だった花組では、公演実施についての是非が話し合われたと聞く。そして、それが退団公演だった真飛聖を含む花組生が、終演後、交代でロビーに立ち、被災地への募金活動を行なうことになった――宝塚のトップスターはただでさえ激務だが、退団公演となるとなおさらなのに。真飛聖は、退団の日のさよならパレード――東京宝塚劇場前の道を埋め尽くしたファンたちの前を、袴姿で花束をもって通る儀式――もなかった。退団の日は、会見場での写真と、さよならパレードの写真が紙面を賑わせるのが恒例となっているけれども、そのときは、劇場二階で花束をもった写真を撮影する機会が設けられたことを覚えている。その後、トップスターが退団する際にはさよならパレードは行なわれ続けた。このコロナ禍の今年4月、雪組トップスター望海風斗の退団までは。

 ――自分はなぜ、この十年間、2011年3月11日の記憶を心の中に封印してきたのか。
 それは――東日本大震災によって生じたさまざまな出来事によって、多くの人々の人生が変わり、生活が変わり、――そんな中で、あの瞬間に舞台を観ていたということをどこか言うことがためらわれるような思いに、自分自身、とらわれていたからなのだろうと思う。その一方で、十年経った今になっても、あのときほど死を近くに感じたことはないとも思う。死にたいとか死のうとか、自分の意思とはまったく関係ないところで、死を感じた日。
 十年経って、やっと胸の中から吐き出せた。

 心に浮かんだ三つの思いのその後について。
 幸せなことに、その後、素晴らしい舞台を何度も観ることができている。
 幸せなことに、仲違いしていた人とは仲直りして、楽しい時間を共に過ごせるようになっている。
 幸せなことに、ある人が光り輝く姿も観ることができて、――そして、さらに幸せなことには、さらに多くの人たちと出会い、その人たちがさらに光り輝く姿を観ることもできている。
 思えば、十年前のあのころ――十年後、どうなっているか、考えもしなかった。想像もできなかった。ただただ、生きた。必死に、前へ。仲間たちと手を携え、励まし合って。今も十年後の想像はつかない。また、ただただ生きるだけなのだろうと思う。
 東日本大震災後のあのときと、コロナ禍の今とで、状況がまったく同じというわけではない。けれども、やはり、今になってあのときのことをあざやかに思い出すということは、あのとき感じた何かを糧に、改めて前に進んでいこうとしているからなのだろうと思う。
 不思議である。十年間、胸に沈めていた思いが浮上してきた。そして、あの日、終わることがなかったディナーショー『For YOU』に出ていたメンバーのうちの最後の二人、望海風斗と瀬戸かずやが今年揃って退団するのだということに改めて気づいた。十年とはそのような年月なのだ、と思う。
2021-07-04 00:01 この記事だけ表示