ダンシング・スター柚香光が、芝居&ショー(レビュー)の二本立てではなく、一本物公演で退団するんだ、と最初は思った。しかし、そこは小池修一郎である。『アルカンシェル〜パリに架かる虹〜』において、劇中劇の形でさまざまなレビュー・シーンを登場させた。柚香演じる劇場のスター・ダンサー、マルセル・ドーラン率いる黒燕尾服の紳士たちが華麗に登場するパリ・レビューの場面。マルセルがピエロ役を踊るダンス場面。「美しく青きドナウ」のウィンナ・ワルツ版とジャズ版。ラテン・ナンバー。ピアノを弾く場面もあり、観たかった柚香光が存分に観られる退団作となった。
 宝塚において、女性が男性を演じるにあたっては、踊りや動きにおいて可動域やニュアンスに制約がある。踊れる人であっても、一度その踊りを男役の型に添わせる必要がある。けれども、退団作において、柚香光はときに型から解き放たれたかのように踊り、それでいて、どんな瞬間も男役だった。
 そこまで到達したら、卒業なのである。
 ほぼずっとコロナ禍での花組トップスターの重責、本当にお疲れ様でした。コメディだって大いに行ける人である。今後に期待大!
 小池修一郎オリジナル作品らしい要素がありつつも、新たな展開の可能性も感じた『アルカンシェル〜パリに架かる虹〜』。ナチス・ドイツに占領されることとなったパリでレビュー劇場「アルカンシェル・ド・パリ」を守ろうとする人々の奮闘を描く中で、ナチス・ドイツ側の人物として、エンターテインメント、ジャズを愛する文化統制副官フリードリッヒ・アドラー(永久輝せあ)を配したことがその一因と思われる。そのアドラーと恋に落ちる劇場の歌手アネット役を、星空美咲が芯の通った女性として見せ、やわらかな雰囲気の永久輝と二人、次期トップコンビとしてのバランスのよさを感じさせた。物語の語り手イヴ・ゴーシュを演じた聖乃あすかは、作品の背景を伝えるセリフをわかりやすく発していた。劇場のスター歌手ジョルジュ役の綺城ひか理も、プライドと愛国心の間で揺れる役柄を演じて印象付けた。劇場のコメディアン、ペペ役の一樹千尋の無言の演技の雄弁さ。劇場街レジスタンスのリーダー、ギヨーム・ブラン役の紫門ゆりやの存在感。ナチス・ドイツの文化統制官コンラート・バルツァーは、小池オリジナル作品にたびたび登場する“ちょっとマッドな独裁者”の系譜にある役柄だが、輝月ゆうまが演じると、人物に対する批判をも含んだユーモアが感じられるのがおもしろい。その上官である総司令官オットー・フォン・シュレンドルフ役の羽立光来の風格。

 この公演をもって退団する星風まどか。
 『WEST SIDE STORY』のマリア。『アナスタシア』のアナスタシア。『元禄バロックロック』のキラ。心の中で、ひそかに“はりきりレディ”と呼んでいた。宝塚において、トップ娘役として、トップスターと一定期間コンビを組んで舞台を務めるということは、舞台人としてユニークな経験であると思う。はりきりレディがその経験を生かす場にめぐりあえることを願って。
 ……この孤独を、内から少しでも漏れ出させるわけにはいかない、そんな覚悟を感じた、市川團十郎の幡随院長兵衛役の演技。

(5月22日11時の部、歌舞伎座)
 じわじわ心にしみてくる『和田合戦女舞鶴』<市若初陣の段>。今ここに生きて在ることへの感謝の念が湧き上がってくる『近頃河原の達引』<堀川猿廻しの段>。

(5月20日16時半の部、シアター1010)
 藤原兼家役段田安則、赤くなっていく月を見上げる表情がすさまじい。そして、死す――兼家を呪詛する源明子(瀧内公美)、怖い。
 字の読めない女の子に字を教えるまひろ(吉高由里子)――自分の生きるエネルギーを持て余しているような。
 藤原兼家役段田安則の、正気を失っていく演技がすごい。
 まひろが書いた文(女ながらに漢詩)を、道長(柄本佑)の文箱から倫子(黒木華)が見つけてしまうという流れが、物語上巧い。
 藤原道長役の柄本佑の演技に、――彼の父、柄本明味を感じる瞬間があり。
 労働で汗を流すまひろ(吉高由里子)の姿、いい。
 まひろに結婚を告げて、「妾でもよいと言ってくれ」という道長の心の声は、甘えのような……。そして、「妾でもいい」と思ってはいても、男の方から先に結婚すると言われてしまえば、女のプライドとして、「妾でもいいです」と自分からは言えないような……。
 12月に退団を控えた星組トップ娘役舞空瞳のミュージック・サロン(ディナーショー)のライブ配信。ANJU(元花組トップスター安寿ミラ)振付のかっこいいタンゴのダンス場面からスタート、スリット入りのドレスにジャケットとハットの姿でキレよくさっそうと踊りまくる。娘役同士で組んで踊るのも新鮮。ボリュームのあるロングドレスで初舞台ロケットを再現したり、フリルもふんだんなやわらかな生地のドレスで『ME AND MY GIRL』主題曲のタップを踊ったり、それが見事成立するのも優雅な足さばき、ドレスさばきあればこそ。腕のちょっとした振りなどにも細やかな工夫が盛り込まれていて、動きの質が素晴らしい。これまで出演してきた作品の曲の歌唱にも熟成を感じた。舞空含め、出演者5人が全員102期の同期生ということで、和気あいあいとした雰囲気も印象的。
 舞空瞳ミュージック・サロン『Dream in a Dream〜永遠の夢の中に〜』ライブ配信観ます。
 指揮:フランチェスコ・ランツィロッタ(管弦楽:東京フィルハーモニー管弦楽団)。このオペラを聴くといつも出だしから問いかけられているように感じるのだけれども、今日においても通じるその鋭い問いかけとさまざまな論点が明快に伝わってくる舞台だった。

(19時の部、新国立劇場オペラハウス)