女の包容力〜宝塚・湖月わたるを送る〜[宝塚]

 私は“母性”という言葉が嫌いである。厳密にいえば、長年のうちにその言葉にこびりついてしまった澱のような既成概念が嫌いである。
 母が子に対して発揮する愛情を正しく母性と言い表すならいざ知らず、なぜ、女性が他者を愛で包みこむことすべてを“母性”という一言で総括しなくてはならないのか、私にはそれがわからない。女性のそのような愛は母が発揮するものとしてしか知らないから…という、想像力の欠如した“母性”の使用のされ方には大いに異議がある。それはやはり、包容力と言い表してほしいと思うのである。
 男役・湖月わたるは包容力の人である。大柄な体躯から放つ温かな想いで、大劇場全体をすっぽり包んでしまう。その包容力の大きな翼の下にいて、とてつもない安らぎを感じることが好きだった。女性同士で組む宝塚では、ダンスの際のリフトは必ずしも必要ではないと思うものだが、湖月の場合は別だった。なぜなら、そのリフトは、技術をてらい、力を自慢するものではなく、人が他者によって守られる、そのとき生じる絶対的な安心感の具現化に他ならなかったからである。
 そのようにして発揮される湖月の包容力は、“母性”を微塵も感じさせない。湖月の体現してきた男役は、なまじの男など敵いようもないほど“男”なのである。だが、いかにしてそのような表現が可能であったかというと、何も彼女自身が、“女らしさ”のかけらもない、“男らしさ”に満ちあふれる人間だったからではないだろう。実際、専科時代の外部出演作「フォーチュン・クッキー」で演じたモナは、実にキュートでチャーミングな女の子だった。
 湖月わたるは、複雑な世界や感情の中から、そのときどきに合わせたある一つのものを、非常に純度の高い大きな結晶として取り出す能力に長けた人なのである。楽しい場面ならば楽しさを、悲しい場面なら悲しみを、“男”を演じるならば“男”を、できるだけ大きな結晶として提示する。そのとき不要なものは、できるだけ削ぎ落として。“男”を体現するときには、残っていては“男”として見えなくなるものすべてを、丁寧に、繊細に、削ぎ落としてみせる。その繊細さが逆説的に“豪快”の表現を可能にする。だから湖月は、主演男役となってからは特に、押し出しの強い大人物の役柄を多く振られてきたのだろうが、宝塚最後の舞台で、「愛するには短すぎる」の主人公フレッドという、繊細さが生きる役が回ってきたことは、その能力をフェアに示す上でよかったと思っている。
 自分の中から“母性”と呼び表されがちなものを削ぎ落とし、“男”としての包容力を表現するその姿に、包容力とは、男にも女にも等しく開かれた言葉だと改めて強く思う。なぜなら、“母性”とされがちなものを削ぎ落として残ったその包容力とは、「湖月わたる」という男役を務めてきた一人の女性の中に、確かに存在するものだからである。

 彼女には何度か取材する機会に恵まれたが、その都度心が洗われるような思いがしたというのは、その舞台に接して抱くのと変わりのない印象である。即座にその人柄に魅せられ、「この人はオレ、素敵に撮っちゃうからね〜」と気合の入るカメラマンも多かった。
 なかでも印象深いのは、初めての取材、「フォーチュン・クッキー」のパンフレット用のインタビューでお会いしたときのことである。吉祥寺駅からはるばるバスに乗ってようやっと到着したその場所で、取材のために用意されたのは稽古場の隅の物置のような部屋だった。その狭い部屋に彼女を迎えなくてはならなかった私は(それと、日向薫さんも…)、自分ではどうしようもないことながらも申し訳ない気持ちでいっぱいだったのだが、そんなことは少しも意に介する風もなく、常設の稽古場があり、次の出演作が常に用意されている宝塚のすばらしさをざっくばらんに語ってくれた姿を、今でもありありと思い出すことができる。もともと深かった彼女の宝塚への愛は、あの専科時代を経てさらに並々ならぬものとなり、卒業の日までひたすらに走り続ける原動力となっていったのではないかと思う。
 一つのムードで劇場を包み込むことに長けた人だったからこそ、退団を発表してからの舞台は、ときに胸に迫るものがあまりにも大きすぎた。ダンシング・リサイタル「Across」では、想いをこめて舞台狭しと踊る姿に、こちらも同じ想いに押し流されそうな気がした。ミュージカル「コパカバーナ」でも、最後の最後まで楽しく盛り上げようという心意気が見られ、それだけに、幕が下りることが即座に退団後のその不在を感じさせ、一瞬にして気持ちが逆ベクトルへと向かってしまうのだった。
 そもそもが、「ベルサイユのばら」宝塚大劇場公演の千秋楽近くの舞台を観ていて、一幕ラスト、フランス宮廷への惜別の念を語る湖月フェルゼンの姿に、「退団を決意したんだな…」と感じずにはいられなかったことがある。実際の退団発表はその半月ほど後のことだったけれども、それほど彼女の中では、フェルゼンが去りゆくフランス宮廷と、自分が去りゆく宝塚とが重ね合わせられていたということなのだろうと思う。だから、東京公演の際には、そのアナロジーがあまりにも成立してしまって、胸が痛いことがあった。何と言っても、フェルゼンはここで、「振り向けば心の荒野に/優しく微笑む愛の面影」と歌うのだから。宝塚を退団した彼女の行く手にあるのが、“心の荒野”ではなく、愛が優しく微笑む場所であらんことを願わずにはいられない。