心の一瞬〜宝塚星組「スカーレットピンパーネル」その4[宝塚]
 心に残るミュージカルには、「この瞬間のために生きてきた!」とすら思えるような、至福の一瞬がある。
 人生のベスト10に間違いなく入る大好きなロンドン・ミュージカル「ジェリー・スプリンガー・ザ・オペラ」の終幕、天国と地獄の和解が見事成って、本編最後のナンバー「Take Care」を出演者全員が合唱する場面。「Millions of voices/Making all the wrong choices」というフレーズが、ひときわ高らかにアカペラで歌い上げられ、その美しい響きに心が包み込まれる瞬間、すべての人間の中に善なるもの、すなわち美があるのだと確かに信じさせてくれる。作品全体がもちろん大好きなのだけれども、その一瞬にすべてが凝縮されているようで、胸の中で甘美なる至福を転がし味わったものだ。
 「ウエスト・サイド・ストーリー」ならば、第一幕第八場の「クインテット」。ジェット団とシャーク団、トニー、マリア、アニタが、それぞれ“トゥナイト”に賭ける想いを掛け合いで歌ううち、大合唱へなだれ込む。その後の物語の展開を知っているだけに、最後の「トゥナイト!」の響きが、ひときわ胸に残る。

 「スカーレットピンパーネル」第一幕は大ナンバー「謎解きのゲーム」でグランド・エンディングを迎える。八分の六拍子の不安定が、心の迷宮に彷徨い込んでいくような感覚へと聴く者を誘う。パーシー、マルグリット、ショーヴランの掛け合いに、コーラスが「闇の中 一人迷い/立ちすくむ 真実を探しながら」と加わるあたりから、その一瞬に向かって胸が高鳴り出す。マルグリット&コーラス、ショーヴラン・公安委員・民衆、パーシー&ピンパーネル団がそれぞれの立場を歌い、ナンバーが「見失う 愛を」と結ばれる、その刹那。
 愛を、真実を、そして何より本当の自分自身を知ることを希求して、彷徨い込んでゆく心。安蘭けいがその演技力でもって示してしまったこの日本初演版「スカーレットピンパーネル」の真のテーマの精髄が、その一瞬にある。
 一つだけ不満なのは、この場にロベスピエールとピポー軍曹がいないことである。彼らがこの刹那に立ち会ってこそ、“世界の一瞬”はより完璧なものとなり得ただろうに。