“指環”の意味〜新国立劇場オペラ 楽劇「ニーベルングの指環」第2日「ジークフリート」[オペラ]
 “2009年あひるの心のベストテン”をご覧になって、「観ているはずなのに、アレが入っていないのはおかしいなあ」と思われた方、貴方は正しい。そう、新国立劇場オペラハウスが誇る“トーキョー・リング”こと楽劇「ニーベルングの指環」が入っていなかった! というのも、昨年は前半二作品しか上演されていなかったから。2010年2月、いよいよ待望の後半戦がスタート、去年から「次はいつかな〜」とわくわく楽しみに待っていたあひるも初日(11日14時の部)に早速行ってまいりましたが…“トーキョー・リング”、やっぱり凄い! 凄すぎる!
 鬼才キース・ウォーナー演出のこのプロダクションでは、映画館のシーンで始まる序夜「ラインの黄金」、娘ブリュンヒルデにヴォータンが過去のいきさつを語るシーンで映写機が登場したりする第1日「ワルキューレ」と、“映像”が重要モチーフの一つになっていて。それはすなわち、かつてオペラが文化上占めていた地位を“映像”が占めるに至り、そしてその“映像”の登場によって、人類は過去の記憶を記録し追憶する手段を得た、そんな時代であった“20世紀”に対する“追憶劇”として全体が演出されているからだと思うのですが、そんな演出意図をじっくりかみしめ(顎関節症が悪化しない程度に)。そして、“指環”を手に入れるために孤児ジークフリートを育てていた小人のミーメの深謀遠慮に耳を傾けるだに、非常に興味深い発見が。
 ミーメ役のヴォルフガング・シュミットは、2008年に同じ劇場で上演された「サロメ」で歌ったヘロデ王も恐ろしいほどエロティックに蠱惑的で、魅力的な悪役の大活躍に心ひかれるあひるとしては非常に気になる存在。劇中、醜いだの何だのさんざん言われてしまうミーメなのに、彼が歌うと実に魅力的で、いかにも小人(しょうじん)といったミーメの策略も、「こういう風に誘惑めいて歌われちゃったらちょっと心動かないでもないよな」と思って聴いていたのですが、たまさか、彼が、艶めかしい存在という次元を超えて、“艶めかしさ”そのものとなってしまう瞬間があって、今のはいったい何? とめちゃめちゃドキドキしてしまって…。何度かそういう瞬間があってわかったのは、ヴォルフガング・シュミットというテノールは、単なる“巧い”を超えて、音楽そのものになってしまえる歌手だということ。そして、三拍子系のリズムを感じるときに、“艶めかしさ”そのものとなってしまっている…と気づいて、三拍子ってそんなにも艶めかしい音楽だったんだな…と改めて感じ入った次第。実はその後、“艶めかしさ”そのものになれる人を他でも発見してドキドキしていたのですが(“再発見”というべきか)、その話はまた後日。
 そんなわけで、すっかりミーメに心奪われているうちに…何だか、自分なりに、ワーグナーがこのシリーズにおいて“指環”に託した意味が見えてきたような。世界を支配することのできる“指環”とはもちろん、権力やはたまた富や名声といったものの象徴であるわけですが、“才能”や“能力”といったものもその一つの意味としてあり得るのかなと…。
 ミーメのように、自分は直接闘わずして、人に“指環”を手に入れさせてそれを横取りしようとする人は、何も小人のニーベルング族でなくても、いる。それに、自分の“指環”が気に食わない、もしくは手に入らないからといって、人の“指環”を腐す人というのも多いような…。人それぞれにちゃんとその人なりの“指環”はあって、英雄ジークフリートのように、恐れ知らずに、自分だけの“指環”を手に入れようと挑むこと、そうして手に入れた“指環”を自分の不断の努力によって最大限光らせようとすることが、人それぞれに与えられた人生の闘いであって、いくらうらやましいからといって、人の“指環”を横取りしたって決して、他人に似合うものでもないのに…。
 “指環”を守っていた大蛇ファーフナーを倒し、その血を舐めたことで、ジークフリートは、森の小鳥のさえずりの意味を理解し、人が隠している本心を聴き分けられるようになる。このプロダクションでは、洞窟を守っているアルベリヒは実にアメリカンな“モテル”の一室に住んでいるという設定なのですが、ミーメの本心が明らかになるシーンでは、歌詞の本心の部分だけ、ミーメがモテルの隣室に入り、モニター越しに登場して本心を歌うという趣向。この趣向だけ取っても実にスリリングで才気煥発! さすが鬼才! …なんて考えていたら、小鳥のさえずりの意味を聴き、隠されている本心を読む能力とは、ウォーナーにとって、芸術作品に込められた本当の意味を探り出し、そこに隠され託された芸術家の真意を探ることに他ならないのではないかと思えてきて…。知的刺激の宝庫のようなこのプロダクション、演劇好きも観ないと損! 前半二作品を見逃した方も、観たけど忘れちゃった…という方も、公式サイトの三分間ダイジェストムービーで予習なりおさらいなりして挑めばバッチリ!