無敵! の腹話術師〜イヴァン・フィッシャー指揮 ブダペスト祝祭管弦楽団 ヴァイオリン:ヨーゼフ・レンドヴァイ
 最初の一音で思った。
「私、この人、大好きだ!」
 ハンガリーはブダペスト生まれのヴァイオリニスト、ヨーゼフ・レンドヴァイの生演奏を聴いたのは、それが初めてだった(21日19時、東京オペラシティコンサートホール)。国際的に著名なジプシー音楽のヴァイオリニストを父に持ち、ジプシー・ヴァイオリンの伝統を受け継ぐ者として活躍中の彼の、本格的な日本デビューの夜である。
 イヴァン・フィッシャーが指揮するブダペスト祝祭管弦楽団と彼が共演したのは、ブラームスの「ヴァイオリン協奏曲ニ長調」。第一楽章を聴いていたら、この数カ月以内に夢に出てきたのとまったく同じ光景が頭に浮かんで、ちょっとびっくりした。夢で見た光景に現実で出くわすデジャヴは経験したことがあるけれども、夢で見たのと同じ光景を音によって想起されるデジャヴは初めてだったから。
 それで、この人と私はもしかしたらどこかで縁が深いのかもしれないと思って、演奏姿にじっと見入って、聴き入っていたら、…ヴァイオリニストとヴァイオリンとの関係が、いまだかつて見たことのないものに見えて、さらに驚愕した。ヨーゼフ・レンドヴァイはほとんど、腹話術師が腹話術の人形をあやつるかのようにヴァイオリンを弾く人なのである! 楽器を弾いているというよりは、左の手にした、ヴァイオリンの形をした“人形”を、右の手であやつって、声や表情を出しているかのようだ。
 その人形は、レンドヴァイ自身と同じ顔をしていた――レンドヴァイ自身は、ワイルドなロングヘア、ぬいぐるみのクマが巨大化したようなキュートなルックスの持ち主で、黒燕尾服が若干、お茶目に見えた――。そして、腹話術師によってあやつられるうち、人形は、次第に腹話術師自身を凌駕する存在となり、ルドルフ・ヴァレンティノかアントニオ・バンデラスかというようなエキゾティックな風貌の超セクシー男に姿を変え、世界を征服したり、美女をかきくどいたりといった痛快な冒険活劇を繰り広げてゆく(第二楽章)。音の紡ぐ世界の中で、彼は無敵だった。そして、大勢集まってきたジプシーの仲間たちを鼓舞し、雄叫びをあげる彼らの先頭に立って、勇ましい行進を率いて進んでいって、最終の第三楽章はめくるめく興奮のうちにクライマックスを迎えた――。
 アンコールでは、パガニーニの<パイジェッロ「水車屋の娘」の“わが心もはやうつろになりて”による変奏曲>を弾いたのだけれども、その途中に「さくらさくら」のメロディが挿入されて、――満開の桜の下での宴会、「近う寄れ」なんてご満悦になっている、殿様姿のレンドヴァイが浮かんだのだった。

 人生初体験のヴァイオリニストとヴァイオリンの関係、ヨーゼフ・レンドヴァイと“腹話術の人形”を観ていて閃いたのは――、これは、2005年の月組版「エリザベート」における暗殺者ルキーニと“死”トートの関係と同じだ! ということだった。自分が皇后エリザベートを暗殺した理由を説明するために、ルキーニが持ち出した”トート=死”なるキャラクター。身分、立場の違いゆえ、決して結ばれることのないエリザベートと愛し合うためのルキーニの形代、人形としてのトート。
 その関係は究極的には、役者と役柄の関係に他ならないのだと思い至って、暑い夏なのに何だか薄ら寒い戦慄に震えて、私は会場を後にしたのだった。