悲しき独裁者〜宝塚月組「スカーレット ピンパーネル」その6[宝塚]
 月組で「スカーレット ピンパーネル」が上演されると発表されたとき、真っ先に思ったのが、セクシー組長・越乃リュウがロベスピエール役を演じたらぴったりだろうな…ということだったので、願いがかなって非常にうれしい。
 初演の星組版でロベスピエール役を演じたにしき愛が、実在の革命家の魂を降臨させるような名演を披露したのに対し、今回の月組版の越乃ロベスピエールの演技は、独裁者なる存在の見事なカリカチュアとなっている。革命を批判する者は粛清しろだの、お前を降格させるだの、王太子は外交の切り札だから決して殺さず監禁しておけだの、スカーレットピンパーネルの正体を吐かせるために昔の恋人の弟を拷問しろだの、残忍な命令を次々と下し続けるゆがんだ顔の下、あざやかな白の襟が彼の冷酷無比ぶりを引き立てる。こんなひどい人が、現代日本に、自分の身近にもしいたとしたらどうしよう、こわいよう〜と、客席でぶるぶる震えるあひる。
 人間存在に対する不信感に満ちあふれながらも、自分の崇拝者はなぜか盲信する、孤独な独裁者。その愚かさが、彼をして、ベルギー人のスパイなるふれこみで登場した、実はパーシー扮するグラパンを寵愛させ、結果的に破滅をもたらすわけだが、越乃ロベスピエールを観ていると、独裁者と民衆との関係が、スターとそのファンとの関係に似たものにも思えてくる。民衆あふれるバルコニーの上、こぶしを振り上げてシャウトしている越乃ロベスピエールはまるで、ロック歌手のようだ。
 というのも、越乃はロックが実に似合う男役なのである。この人の名が初めて脳裏にくっきりと刻み込まれたのは、2000年のショー「BLUE・MOON・BLUE」の銀橋、ギンギンのロックを歌う姿を観てのことだったと思う。二月の日本青年館公演「HAMLET!!」で、髪型も激しくノリノリで歌う、この人演じるクローディアスを観ていて、十年前の記憶を懐かしく思い出した。フランス革命最大のカリスマ・スター、それが、越乃がカリカチュアライズするところの革命家にして独裁者、ロベスピエールの姿である。
 そんな越乃ロベスピエールを観ていて、先に上演された「ドリームガールズ」に出てきたスター歌手ジミーを思い出さずにはいられなかった。いささか人気が落ち目のジミーは、ステージで気絶するのは自分が最初に始めたネタなのに、みんなが真似するからもうウケない、他のネタを考えないとなんてあせって、ついにはふらちな振る舞いに及び、マネージャーに縁を切られてしまう。民衆の目をくらますため、劇場に派手な出し物をかけさせろなんて部下に命ずる越乃ロベスピエールは、自分の人気が落ちてきたことを気に病み、客ウケしそうな安易な手をあれこれと考え出す、わがままで小心者のスターなのである。もっとも、「劇場に派手な出し物」なんて聞くと、あら、どんな出し物かしら、今だったら、「エリザベート」とかそれこそ「スカーレット ピンパーネル」みたいな海外ミュージカルみたいな出し物かしらなんて、不謹慎にもわくわくしてしまう劇場好きあひるなのであるが(苦笑)。
 越乃が伝える、冷酷無比な独裁者の物語は、どこか悲しさに満ちている。人間存在を信じられないくせ、人気なるものは己の打つ手で何とかできるとあさはかにも考えてしまった者の悲しみが痛切に描き出されている。人々の受け取りよう、気配、それが人気。政治家もスターも、人間ではなく、その受け取りようや気配の方を信じるようになってしまったら、おしまいである!
 フィナーレの剣舞では、先ほどまでの冷酷な顔はどこへやら、セクシー組長は世にも色っぽい笑顔で踊る。踊っているうちに、その心が解放されて、ほとんど、幸せの彼方へ昇天していくかのようである。けれども、決して独りよがりではなく、観る者をも幸せとセクシーの彼方にいざなってくれるのは、この人が天才的な色気の持ち主なればこそである。なんせ、新緞帳贈呈式の後の囲み会見で、緞帳の前で挨拶する機会が多いので、緞帳と共に気持ちも新たに歩んでまいります…なんて、袴姿で顔を赤らめコメントする様も、見ているこちらまでなぜか顔が赤らんできてしまうほど色っぽい人なのである。男役の色気が出ないと悩んでいる向きは、セクシー組長・越乃リュウを一度見習ってみるべきである(もっとも、天才すぎて真似できない可能性もあるかもしれないけれども…)。