永遠のロベスピエール〜宝塚・にしき愛を送る[宝塚]
 にしき愛がいなかったら、今ではおなじみとなった“心のキャラ”なる部門は生まれていなかった。2008年春の星組公演「赤と黒」でにしきが演じたヴァルノ氏こそ、初代“心のキャラ”に他ならない(http://daisy.stablo.jp/article/448444350.html)。
 にしき愛がいなかったら、宝塚歌劇の作品における悪役の描き方、演じ方について、考察を深めることはできなかった。一時期の彼女は、何だか悪役ばかり回ってきていた――。“清く正しく美しく”を是とする場所で、一般的に“清く正しく美しく”ないとされる役割ばかりを演じることの苦悩を思う。それはひいては、例えばアメリカにおいて、かつての敵国はソ連で、今の敵はイスラム圏と擬するような、非常に単純で幼稚な正義観についても考えさせずにはおかない。多くの人が、自分は善だ、正義だと思い込み、気分をよくする一方で、常に“悪”の役割を背負わされる人々がいる。かつて「にしき愛問題」として考察した次第である(http://daisy.stablo.jp/article/448444450.html)。
 にしき愛がいなかったら、フランス革命における重要人物の一人であるロベスピエールについて、こんなにも考えることはなかった。ブロードウェイ・ミュージカル「スカーレット ピンパーネル」の星組による日本初演の成功を支えた立役者の一人が、ロベスピエールの魂を降臨させるような名演を披露したにしきであったことは言を俟たない(http://daisy.stablo.jp/article/448444396.html)。続く全国ツアー「外伝 ベルサイユのばら−ベルナール編−」では今度は、若き日の理想に燃えるロベスピエールを熱演(http://daisy.stablo.jp/article/448444418.html。この二作品以来、“ロベスピエール”の名をどこで目にしても、胸元に白いレースをつけ、バルコニーに立つにしきの姿を思い出さずにはいられない。

 昨年の「太王四神記 Ver.U」の“心の名場面”は、紅ゆずる扮するチュムチと壱城あずさ扮するセドルの“どっちもどっちの田舎者対決”のシーンなのだけれども、にしきが演じたフッケ将軍と、その壱城セドルとは、訛り具合で純朴さとかわいらしさをいい感じに醸し出していて、ああ、この親にしてこの子ありだな…と思ってしまう“心の親子”なのだった。秋の「コインブラ物語」では、主演の轟悠の父親役、ドン・アルフォンゾを演じ、「かぼちゃみたいな袖の服があんなに似合う人が現実にいるなんて!」と取材陣の間でも大好評の美しい王様ぶりを見せた。今年の「ハプスブルクの宝剣」でも、堂々とした立ち姿が実に印象的だった皇帝カール六世役。悪役を振られることの多かった彼女が、宝塚生活の終わりに、王という、内面に堂々としたところがないと決して体現することができない役柄を得意とする男役となったことを、幸せに思う。退団公演となった「宝塚花の踊り絵巻」では、「さくら」以来、久しぶりに、日本物作品でのりりしく美しい姿を観ることができた。「愛と青春の旅だち」の、似合いの淡い色のスーツで銀橋を渡る、その舞台姿の大きさが忘れられない。

 彼女が二度目のロベスピエールを演じた全国ツアーのある日、私は、客席に座った後で気分が悪くなり、「…まずい、これは最後まで身体がもたないかもしれない…」と思ったことがある。スケジュールの無理を押してでも観劇しようとした己の判断の愚かさにうなだれそうになりながら、ショーで颯爽と踊るにしきの男役姿に目を奪われ、一心に見つめていたら…、まあ、何ということでしょう、すっかり気分爽快に! 宝塚&男役一筋に生きてきた人の舞台は癒しパワーが凄いなあと感服したものである。
 彼女については、悪役のイメージが何だか強かったから、最初のうちは、正直なところ、ちょっとだけこわい気持ちがなくもなかった。けれども、先入観にとらわれることなく舞台を観ることができるようになって、気づいた。白の正統派男役とは、何もトップ候補たちの中ばかりにいるのではない。なぜなら、にしき愛もまた、白の正統派男役だったから――。
 宝塚の出演者に取材するとなっても、舞台を支え、脇をしっかり固める演者の取材はほとんどない。彼女たちが、役柄を、宝塚をどう考え、舞台に立っているか、聞くことのできる機会はほとんどない。例えば、もし、このあひるブログでそのような取材ができるとしたら、真っ先に話を聞きたかったのがにしき愛だった。私は今、激しい後悔の念に苛まれている。2008年の新年互礼会で彼女に話しかけて、宝塚について、男役について、聞いてみればよかったのに――! 取材や会見以外の場ではいつもドキドキして固まりかけるあひるがいる。
 大切なことを舞台からたくさん教えてくれて、今日まで、本当に、本当にありがとう。星組男役・にしき愛は、永遠に、あひるの心の中の美しい宝塚の一部です――。