宝塚花組公演「カナリア」“心のキャラ”発表〜[宝塚]
 2001年暮れの初演から、十年の時を経て甦った正塚晴彦作・演出「カナリア」。悪魔学校の優等生ヴィムは、最初に出会った人間を不幸にしなくてはならない課題を背負って人間界にやってきたのに、すでに不幸のどん底にいる女性アジャーニとめぐりあってしまった! “幸せ/不幸”をめぐって展開される、悪魔対人間の“化かし合い”の行きつく末は――。
 個人的には、この十年の最大の変化はと言えば、一観客から舞台評論家になったこと(私が出版社を辞めたのがまさしく2001年暮れ)。再演の舞台が初演を超えることを志すように、私自身の見方も初演を超えたい。
 ――と、念じるような思いで観ていたところ、ユリイカ! 我見い出せり! しかし、至極当たり前のことではあるのですが、これは宝塚歌劇の座付き作家としての正塚晴彦の本質にも関わる話になってくるかもしれず。ということで、「カナリア」及び作家論を展開する前に、初見の方でももちろんクスリと笑えてちょっとホロっとできる「カナリア」の“心のキャラ”をまずは発表したく。めちゃめちゃ濃ゆいキャラばかり登場する作品ゆえ、激しくも楽しい葛藤ありつつ、今回あひるの心をとらえて離さなかったのは――。
 ディジョン役の月央和沙〜!
 スリの集金係であるディジョンは、登場シーン、アジャーニから上がりをせしめようとして、悪魔も真っ青な悪人ぶりを見せる。しかし、ヴィムにもらったルビーの指環をはめたらあら不思議、強面ぶりはどこへやら、すっかり毒気を抜かれてとんでもなく気弱ないい人に。果てには周囲の人からまるで愛玩犬のように扱われる羽目になり。それでもディジョンは一向に構う様子がない。彼は気のいい、まったき善の人となったのだから。そして“恩人”ヴィムには頭が全然上がらない。この世界の善と悪、ポジとネガを、“悪魔”というある種の逆さ鏡を用いてシニカルに描くこの作品の中で、象徴的存在、マスコットキャラともいえるこのディジョンなる人物を、月央は、悪意の混じり気ない無邪気な笑顔もキュートに演じる。周りから犬扱いされてこれに応えるあたり、卑屈さがいささかなりともにじむといやらしく見えかねないところ、あくまで“いい人”としての自然体の誇りがキャラ造形にうかがえて。強面ぶりを発揮する際、ヴィムにパンチを浴びせようとして透明な“バリア”に幾度も阻まれ、そのたびに、「何でもないぜ」的にうそぶいて見せるあたりの間合いもおかしく。昨年秋の全国ツアー、同じ正塚作品の「メランコリック・ジゴロ」で、月央は、足を使って捜査しなくてはならないのに新品の靴を履いて来てしまい、靴ずれに悩まされて先輩に小言を言われる刑事を演じていたのだけれども、靴ずれに悩む態があまりに絶妙で、以来、彼女を見ると即座に「靴ずれの人〜」と思ってしまうほど。無論、彼女が毎回靴ずれしているわけでは決してなく、今回も、マフィアの男として登場する場面で花組の男役らしい粋な颯爽としたダンスを披露している。