男役リーダーの退団を惜しむ〜宝塚・青樹泉と退団者を送る[宝塚]
 スマッシュ・ヒットとなった今回の月組公演の二作品についてだが、「エドワード8世」を観た際、最初に想起したのは三島由紀夫作品であったこと、また、ジャパニメーションが話題となりがちな「Misty Station」については、作者が「モン・パリ」から連綿と続く宝塚の伝統を学んで世に問うた作品であったこと(例えば、オープニングにある、人々が並んでの振りは、「モン・パリ」の汽車の動輪を見立てたラインダンスの引用である)を指摘するにとどめ、作品論及び在団者の演技についてはまた別個の機会に譲ることとしたい。

 「エドワード8世」で、一色瑠加は主人公の弟であり、その退位の後にジョージ6世として王位を継ぐこととなるアルバート王子を演じた。難しい吃音症の表現も含め、とても誠実な舞台だった。彼女のように、きっちりとした演技を見せることのできる存在が、月組の芝居を支えてきたのだ。
 最近の作品で強く印象に残っているのは、昨年の「アリスの恋人」のジョーカー役である。どちらかというと端正な舞台のイメージがあった人だったのが、おヒゲ姿もワイルドに、はっちゃけた演技を見せていて、舞台人としての新たな展開にわくわくしたものである。今回の「Misty Station」では、主人公Mistyの旅の夢先案内人であり、「銀河鉄道999」の名キャラクターをも彷彿とさせる車掌の役どころに扮し、はじけた姿でキラキラ踊っていたのが、忘れがたい。
 娘役として重要な役どころを担ってきた彩星りおんも退団である。彼女の当たり役といえば、2010年の「ジプシー男爵」のアルゼナだろう。主人公に「イーだ」なんてあっかんべーして見せて、憎まれ口を叩く姿がとても生き生きとチャーミングだった。今回の「Misty Station」でも、男役から転向したそのキャリアを生かした彼女なりの娘役像を垣間見せていただけに、残念である。

 2010年のショー「Rhapsodic Moon」の“心の名場面”は、都会の夜の街でスタイリッシュなダンスが繰り広げられる“Moon Dance”のシーンだった。劇場で観ていて、この世界と空気全部をカプセル詰めにして、家に持ち帰りたい…と思うほど胸が躍ったのは、2002年のミュージカル「ガイズ&ドールズ」を思い起こさずにはいられなかったからである。そんな感慨を支えていたのが、スーツにソフト帽という男役の一つの定番のいでたちで踊る、青樹泉の舞台姿だった。彼女の男役姿には、「ガイズ&ドールズ」から「Rhapsodic Moon」まで確かに受け継がれてきた、月組の男役精神が宿っていた。組カラーなるものは今でもやはり存在していて、月組には月組ならではの男役の雰囲気というものが確かにあるのである。スタイリッシュで、一つ端正さに貫かれたラインがあって、そんな中から、男役の香気がふと立ち昇る。「Misty Station」の魔都上海の場面でも、青樹のスーツ&ソフト姿に、惚れ惚れした。
 最近の彼女の舞台には、あたたかさと優しさと、ああ、確かに月組を観に来たんだ…という安心感を覚えさせるものがいつも漂っていた。この人がいるから大丈夫、そんな安堵感。だから、「Misty Station」で、はしだのりひこ&シューベルツの「風」を歌いながら明るく銀橋を渡っていく姿を観ていたら、何だか余計にどんどんさみしくなっていってしまった。「エリザベート」のルドルフ。「紫子」の風吹。「スカーレットピンパーネル」のデュハースト。「ジプシー男爵」のホモナイ伯爵。「我が愛は山の彼方に」の玄喜…。自分がよく知っている職業の役どころだと、どうしてもその分シビアに観てしまうところがあるけれども、「エドワード8世」の新聞記者、ブルース・ロッカート役も、同業者として誇りに思える造形だった。初舞台「ノバ・ボサ・ノバ」から13年、心温まる舞台を本当にありがとう。