2012年の宝塚歌劇を振り返って[宝塚]
 本年度の個人的なベスト1は、大野拓史作・演出の月組公演「エドワード8世」。しばしば君主制の諸形態になぞらえられてきた宝塚歌劇のトップスター制度を、逆に“統治”の思考枠組みとして用いようという意欲的試み。宝塚歌劇作品としての完成度も無論、高かった。
 ショーのベスト作品は、「エドワード8世」と二本立てで上演された齋藤吉正作・演出「Misty Station」。たとえ誰一人知っているスターが出演していなかったとしても好きになったであろう、個人的には原点帰りのような作品。“心のキャラ”は、白いドレス姿も可憐な、専科・一樹千尋のニンフ。「エドワード8世」では国を憂う気持ちと人情との狭間に立つチャーチル首相を演じていた人が! という楽しい驚き。専科・磯野千尋のニヒルなアジアン・マフィアっぷりにもしびれた。
 ここで駆け足ながら宝塚歌劇の一年を振り返ってみたい。
 専科の轟悠は外部作品「エリザベート スペシャル・ガラ・コンサート」で狂言回しルキーニ役を粋に好演。物語すべてがルキーニの妄想とも取れるような、取れぬような、あくまで曖昧さを残して観客の判断に委ねる演技に、「藪原検校」(6−7月、世田谷パブリックシアター)の盲太夫役で素晴らしい演技を見せた浅野和之とも通じる品のよさを感じた。轟の演じるトートが観たい、と思い、否、トートとはルキーニの想像上の人物なのだから、もう観ている、とも思ったものである。久々に海外ミュージカル作品で歌声を響かせる姿が生き生きとしていて、名曲揃いの来年3−4月の主演作「南太平洋」も非常に楽しみに。その直後、「おかしな二人」で華形ひかるほか花組生と共演したが、外部の舞台を肌で感じてきた轟に、花組生が誰一人ひるむことなく向かって行った姿が頼もしく、得られるものも大きかったと思う。「おかしな二人」については、ニール・サイモン作品を今後さらに深く考える上での手がかりとしたいが、個人的には、轟悠の主人公オスカーを相手にフィリックス役を演じた華形の脚本の読みに共感するところ大。来訪者ピジョン姉妹を演じた初姫さあやと仙名彩世が絶妙の間合いで沸かせるコメディエンヌぶりを披露した。
 本年、水準の高い舞台が続いた花組だが、秋には、「おかしな二人」、蘭寿とむコンサート「Streak of Light −一筋の光…−」、望海風斗初主演作「ヴィクトリアン・ジャズ」、壮一帆ディナーショー「So in Love」と、4つの公演グループに分かれてもそれぞれ力の強さを発揮。なかでも、「ヴィクトリアン・ジャズ」で、かなりの下級生まで目的意識の高い舞台を務めていたことが印象深い。本作は田渕大輔のバウホール演出家デビュー作だが、このようにいかにも宝塚らしいかわいらしい作品が東上しないことが惜しまれる。望海は初主演で男役としてさらにシャープさに磨きをかけ、優等生イメージの強かった鳳真由が、アルバート公の霊まで降りてきてしまう作家、アーサー・コナン・ドイル役でボケキャラを炸裂させ、“心のキャラ”を獲得。鳳が芯になっての第一幕の抱腹絶倒の降霊シーンは“心の名場面”である。桜一花のヴィクトリア女王も貫録十分。酒井澄夫のショー作家としての手腕と上品さが光った「Streak of Light」は、オネエの振付師を演じた月央和沙の演技と踊りが素晴らしく、問答無用の“心のキャラ”。笑い過ぎて呼吸困難に陥り、そのまま座席で息絶えるかと思った。あのオネエキャラを芯に一本作品を観たいと思うほど。彼女のダンスについては年明けまた詳しく。蘭寿とむ&蘭乃はなのトップコンビも、それぞれ長所を伸ばそうとする姿勢が非常に好ましく感じられた。花野じゅりあのゴスロリ美少女ぶりは、まるで漫画から抜け出てきたよう。今後、花組のセクシー路線は、春風弥里、夕霧らい、華耀きらり、月央和沙の88期生が軸となる予感。「So in Love」でも芸達者ぶりを大いに発揮していた天真みちるは、男役として客席を口説きにかかる前に、まずはぽっちゃり解消を。その上で、劇場の舞台でますますの芸の発揮を!
 月組では龍真咲が新たにトップスターに就任、不思議系男役として「ロミオとジュリエット」でお披露目を果たしたが、作品全体についてはまた詳しくふれたい。龍は、秋の全国ツアー公演「愛するには短すぎる」でも、かつての星組トップスター、湖月わたるの退団公演で上演された、観客にとっても思い出の残る作品を丁寧に演じ、宝塚の男役に必要不可欠な哀愁を獲得していた。オスカルとアンドレを務める「ベルサイユのばら」でも、龍の不思議な個性で、今までなかったようなキャラクター造形が観られるかもしれない。三島由紀夫の小説が原作の「春の雪」は、正直、作品と宝塚歌劇との相性を考えずにはいられなかったが、女中・蓼科を演じた専科の美穂圭子は無論のこと、主演の明日海りお、ヒロインの咲妃みゆはじめ、下級生に至るまで演技はしっかりしていた。3月に花組に組替えする準トップスター明日海については、異なる環境に身を置いての一層の個性開花に期待したい。なお、個人的な新人賞は(昨年でいうと花組の天真みちる)、「ロミオとジュリエット」でベテラン男役勢も圧しそうな存在感で大公を演じ、新人公演のベンヴォーリオでは若き舞台人としての抱負を名曲「どうやって伝えよう」に込め、「春の雪」では主人公・松枝清顕の父親、松枝侯爵役を貫録の演技で見せた輝月ゆうま。ベンヴォーリオ役の演技については龍ロミオ論にてふれることとしたい。まだ入団四年目、舞台人としての今後の成長が楽しみである。
 年末にトップコンビ交代があった雪組だが、早霧せいなが、石田昌也の作・演出のもと、主演作「双曲線上のカルテ」で当たり役を叩き出したことは非常に大きい。黙って立っているだけでも芯で存在できる、背中で語れる男役まであともう少しである。「Shining Rhythm!」「GOLD SPARK!」と、レビュー、ショー作品でも男役としてのオーラがますます際立ってきた。とりわけ、はじけキャラはお手のものである。未涼亜希は音月桂のさよならショーで歌った「ニコライとプガチョフ」(『黒い瞳』より)に鳥肌ものの凄みがあり、2月の主演作「ブラック・ジャック 許されざる者への挽歌」ではやってくれそうだ。星組より組替えの夢乃聖夏も、持ち前の明るさ、熱さが演技とかみ合ってきて、新たなカラーを組にもたらすことに成功。毎公演、さすがの芸の安定ぶりを見せる沙央くらまは、3月の組替え後も月組で力量を存分に発揮することだろう。おもしろさだけではなく、男役としてのあふれるばかりの色気もその魅力である。舞咲りん、愛加あゆと、パワフルな娘役覚醒者二名に加え、透水さらさの存在感が増してきた。芸達者、早花まこの一層の活躍も待たれる。雪組組長から5月に専科入りした飛鳥裕は「JIN−仁−」の名医、緒方洪庵役でも持ち前の優しさと烈しさを発揮する気迫十分の演技で、今後、雪組以外の組に出演するのも非常に楽しみ。ちなみに「Shining Rhythm!」の“心のキャラ”は、これまでのイメージを吹っ飛ばして熱くセクシーに歌い踊り狂う飛鳥のバーテン役である。3月の専科入り後、矢継ぎ早に活躍中の夏美ようは、「JIN−仁−」の火消しの頭取、新門辰五郎役でのいなせなかっこよさに、雪組男役陣が大いに刺激を受けていたことが印象に新しい。北翔海莉からは、さまざまな組の個性にふれてますます自分の芸と魅力を磨いていこうとの意欲がひしひしと感じられ、今後の宝塚歌劇を考える上でも非常にうれしい。
 星組は、柚希礼音&夢咲ねねの人気トップコンビに率いられ、組として非常に安定。小池修一郎がエンターテインメント作家としての矜持で圧倒したスペクタクル・ミュージカル「オーシャンズ11」でもその熱い魅力が生きていた。パワフルなダンスと歌に加え、最近ではせつなさや哀愁も加味されてきた柚希の男役像は、人気トップスターかくやと思わせる充実ぶりである。夢咲も大人のかっこいい女性が似合い、二人並んだ立ち姿、デュエットダンスはダイナミックな魅力にあふれていて、来年4月の台湾公演でも海外の観客を大いに魅了すると思われる。ショー「Celebrity」の“心のキャラ”は、感動のダンスシーンの後、一人舞台に取り残されて“おもろいこと”をしゃべらされていた紅ゆずる。どうも“おもろいこと”ばかりやらされている印象が強いが、「オーシャンズ11」「ダンサ セレナータ」では大人の男役としても行けることを証明。かっこよさではこの一年で著しく伸びた人だと思う。主演作「ジャン・ルイ・ファージョン」で気になったのは、少々女性っぽく見えてしまったコスチューム・プレイでの衣装の着こなしと、セリフ回し。言葉の抑揚の音程が、そのセリフが伝えるべき意味や感情と微妙にかみあっていないときがあり、とりわけ、語尾が泳いで違うところに落ちてしまうのが気になる。セリフはその抑揚の音程によっても伝えられるところが多いと思う。真風涼帆は、抜擢続きの中で、マイペースながら着実に力を伸ばしていく、自分としての強靭な時間軸を内に秘めた人である。スーツ姿はときに後ろ姿に女性っぽさが残るが、コスチューム・プレイでの着こなしは安定しており、どっしり構えた感のある男役像が観客を落ち着かせる。なお、傑作「ベルサイユのばら」と「スカーレット ピンパーネル」をつなぐ形で描かれ、宝塚ファンの興味を大いにそそった「ジャン・ルイ・ファージョン」(植田景子作・演出)で、主人公の弁護にあたるアントン・バレルを演じた美城れんは、この好演でおそらく覚醒したと思われる。自分と家族の身を案じ、ロベスピエール率いる革命政府の方針に初めこそ従おうとしながらも、信念を貫く主人公の生き様にふれ、考えを改める。美城バレルが裁判の場面で「異議あり!」と己の使命に目覚める瞬間、心が震えた。専科から出演、王室の教育係、マダム・ド・トゥルゼルを演じた京三沙のかわいさと貴婦人ぶりが、作品の香気を引き立てていた。
 宙組では、凰稀かなめ&実咲凜音が「銀河英雄伝説@TAKARAZUKA」で新トップコンビに就任。演技もよく息が合い、なかでも、早速二人ならではの雰囲気を伝えるデュエットダンスを作り上げていたのが非常に印象的である。凰稀についていえば、ショー「クライマックス」、白い軍服姿で令嬢役の野々すみ花にひざまずくシーンで、未だ全貌を見せるに至っていない、限りない美の鉱脈を個人的には見出したので、持ち前の輝かしきヴィジュアルと見合う形で芸を磨いていけばよいように思う。どうしてもクールに、そしてどこか緊張感を超越しているように見えてしまうところがある。まずは、自分が表現しようとしている心の熱さを客席全体に伝える上で工夫できることは何か考えてみてほしい。また、立ち姿やダンスの際の手足使いを細部まできりっとぴしっとさせることで、見え方はだいぶ変わってくるように思う。セリフ回しについていえば、声を低く使うとき、最初にあまり低い音を出してしまうと、語尾にたどり着くまでに高低のコントロールが難しくなってしまうのではないだろうか。また、セリフを言う際、演者本人が快い間と、客席が快く意味を受け取れる間とは違うように思う。例えば、「あのお優しい姉上がそんなことをすると思うのか!」というセリフがあったとして、「あのお優しい姉上が」と「そんなことをすると思うのか!」とで分け、その途中であまり間を長く取ってしまうと、何だか違って聞こえてこないだろうか。句点や読点の間にしても同様である。このかたまりはここまでまとめて言った方が観客にとっては意味を受け取りやすいというひとかたまりと、セリフごとの適切な間を、演出家とのやりとりの中で見つけていったらいいように思う。歌についてはもう少しリズムを大切に。「銀河英雄伝説@TAKARAZUKA」では、雪組から組替えの緒月遠麻演じる同盟軍のヤン・ウェンリーと、花組から組替えの朝夏まなと演じる帝国軍のキルヒアイスが、「宝塚歌劇は一つだった!」と銀橋で出会って歌うシーンが公演の一つのクライマックス。覚醒者・緒月遠麻の活躍には、湖月わたる以来の、大柄な体躯すべてを包容力に転じられる大型男役の誕生を感じる。こんなにもロマンティックな愛のナンバーが似合うとは! 無類のキノコ好きとして知られる緒月だが、さまざまな種類のキノコそれぞれの特色を、芝居やショー作品において発揮すべき男役のさまざまな個性と結び合わせて表現できる域まで行けば、キノコと芸術の相関性は確立されるかもしれない(「ROYAL STRAIGHT FLUSH!!」の中詰めあたり、髪型も含めて、50年に一度しか光り輝かないような、幻の金色のエリンギを表現していたように思われたのだが)。朝夏まなとは、花組の男役の粋を宙組の下級生に伝授する存在として期待がかかる。素直に心を解放して客席を魅了することのできる個性でキルヒアイス役を造形し、共感を誘った。この二人の刺激もあり、宙組が活性化、客席全体との一体化に向け一歩前進した。組長の寿つかさは皇帝フリードリヒW世とグリーンヒル大将の二役を演じて覚醒リーチ。「カサブランカ」でも好演を見せた悠未ひろは、策士オーベルシュタイン役を安易に萌えに持ち込まない重厚な演技で見せて、小池修一郎作品に強いところを証明。1月の主演作「逆転判事3 検事マイルズ・エッジワース」での活躍も楽しみだ。前トップスター、大空祐飛の遺伝子は、花組に組替えした春風弥里と、蓮水ゆうや、そして凪七瑠海に受け継がれた模様。帝国軍の双璧の一人、ロイエンタール役をクールに演じた蓮水は、男役としては正統派でクラシックな個性が持ち味で、新人公演主演がなかったのが不思議。大空の芝居心を受け継ぎ、観客をうっとり魅了できる存在である。凪七は、娘役でも十分スターとして行けそうな容貌の持ち主ながら、着実に男役として磨きをかけてきており、唯一無二の個性が光りつつある。大空の遺伝子を受け継いだら、なんと、どこかルックスの似た紫吹淳の遺伝子が目覚めたような……と思ったところで、3月には月組に組替えである。「銀河英雄伝説」では暗殺者アンスバッハを気迫で演じ、登場人物それぞれが己の信念に基づいて生き、その中で衝突せざるを得ない様を描いた物語に大きなアクセントを残した。宙組全体では、上級生の芸のさらなる発展と、男役芸、娘役芸のさらなる充実が大いに望まれる。その意味で、専科より出演の一樹千尋のブラウンシュヴァイク公爵と、磯野千尋のリヒテンラーデ侯爵/ムーア中将の存在に非常に助けられていたと思う。
 どのような形で2014年の百周年を迎えられるかは、宝塚歌劇団に属する者すべての志にかかっているのだと思う。その意味で、外部から舞台を見守る一評論家として、2013年も力の限り尽くすつもりである。