”愛なる妙薬”なる誤解について〜新国立劇場「愛の妙薬」[オペラ]
 ドニゼッティ作「愛の妙薬」はとっても楽しいオペラである。何も悲劇や悲恋が描かれるばかりがオペラではない。オペラって何だか重くて難しそうだな…と敬遠されている方は、こんな作品から入ってみては如何? 新国立劇場オペラパレスで上演されているプロダクションなら、まるでおもちゃ箱をひっくり返したようにカラフルでキュートな仕上がり。“ELISIR”――イタリア語で“妙薬”の意――を一文字一文字、レタリング風に巨大にかたどった装置がさまざまな色彩の照明で彩られる様が非常に印象的で、ぱかっと開いたその一文字から行進して次々と出てくる兵隊たちは、まるでおもちゃの兵隊さんのよう! 読書好きのヒロイン・アディーナが読んでいる「トリスタンとイゾルデ」の本にちなんで、舞台装置は本がモティーフになっていて、巨大な本にベンチ代わりの本まで、あちこちに本が置かれて。我らがヒーロー、恋する青年ネモリーノに、“愛の妙薬”と称して安ワインを売りつける薬売りのドゥルカマーラが乗って登場するプロペラ機も、おもちゃの飛行機を人間サイズに拡大したみたいなポップな趣。ネモリーノを歌うはアントニーノ・シラグーザ。その声で、この愛が叶わなければ僕は死んでしまう――などと歌われると、観客の方がうっとり死んでしまいそうな。
 ネモリーノはアディーナが好き。でも、恋人なんて日ごととっかえひっかえするものよ――と、アディーナはつれない。必死なネモリーノは、アディーナの読んでいた「トリスタンとイゾルデ」にあった惚れ薬――ようは、媚薬――を、ドゥルカマーラから買い求めて、飲む。でもそれはただのワイン。酔って気が大きくなったネモリーノの、いつもとは違う態度にアディーナは動揺。そこに、恋敵の色男ベルコーレが絡んで、さあ、二人の恋の行方は――?
 世の中には、いる。お酒の力を借りてでもいいから、何とかこの現状を打破してくれ! と言いたくなる人が。ま、そういうあひるはといえば、めっぽうお酒に弱いのですが。すぐに気持ち悪くなってしまうので、酔っていい気分になったことが生涯で二度三度あるかどうか。しかもそのときもすぐに眠くなってしまい、何の素敵なハプニングも起こらずじまい。かように、我を忘れる、忘我の瞬間が訪れることがないので、素敵な舞台に酔いしれに劇場に足を運ぶのですが。
 それにしても。このオペラにおいては、“ELISIR”を信じきっているネモリーノの純粋さが結局は愛を勝ち得るわけですが、愛そのものを“妙薬”と信じてしまう誤解というものが、世間ではどうもよく見られるような……。何も、愛なる万能薬がある日忽然と宙から現れるわけではない。その愛を何とか愛として長らえさせたい、この世にどうにか存在させ続けていきたい、そう心から思える相手が出現して、互いがその目的に向かって必死に努力を重ね続けている、そのプロセスが愛なのである。人間は結局のところ、愛した分愛される。それに、一人の人間がたった一つの愛にのみしばられるものでもあるまい。相手と自分だけの関係、この世にただ一つだけの愛を築けばいいことなのに。
 ――なあんて、そんなことをついつい考えてしまうのはあひるのいつもの癖なれば。難しいことをきりきり考えがちなもので、キュートな恋模様にたくさん笑って、楽しかった! 「愛の妙薬」の上演は明日12日まで〜。