「椿姫」&「ラ・ボエーム」→「仮面舞踏会」&「トスカ」〜トリノ王立歌劇場来日公演[オペラ]
 7日15時、東京文化会館大ホールで、マエストロ・ジャナンドレア・ノセダの振るトリノ王立歌劇場の「仮面舞踏会」を聴いていて、気づいた。これもまた、今回の来日公演で取り上げられたもう一つの演目である「トスカ」と同様、嫉妬によって死がもたらされるオペラなのだと。ヴェルディの「仮面舞踏会」(1859)では、総督リッカルドは秘書である親友レナートの妻アメーリアと心秘かに愛し合う。これを知ったレナートは嫉妬に燃え、リッカルド暗殺を企む一味へと身を投じ、仮面舞踏会にてリッカルドを殺めるが、リッカルドはアメーリアとはあくまで清らかな間柄であること、レナートを赦すことを告げて息絶える。プッチーニの「トスカ」(1900)では、騎士で画家のカヴァラドッシと歌姫トスカは芸術家同士、愛と美に結ばれているが、権力者スカルピアがトスカに横恋慕し、結果、三者とも死を遂げる。「トスカ」には、“イアーゴーはハンカチを使ったが、私は扇を使う”とのスカルピアの言葉がある。言うまでもなく、シェイクスピアの「オセロ」からの引用、オセロの耳に嫉妬を吹き込むイアーゴーへの言及である。「仮面舞踏会」の直前に「リア王」の作曲に難航し、これを断念したヴェルディは、「仮面舞踏会」発表から38年後の1887年、実際に「オテロ」を作曲するのだった。音の世界に生きる芸術家たちが、シェイクスピア作品とそのテーマをどのようにとらえていたか、非常に興味深い。
 2010年のトリノ王立歌劇場の初来日公演で取り上げられたのは、ヴェルディの「椿姫」(1853)とプッチーニの「ラ・ボエーム」(1896)だった。考えてみれば、二作共、病に倒れたヒロインが、愛のもと、死を迎える作品である。そして、「今回私が選んだ2作は初来日公演で披露した演目(「椿姫」と「ラ・ボエーム」)のあとに作曲家が葛藤しながら誕生させた“転換期の名作”という共通の位置にある作品です」と、マエストロは来日公演のちらしで語っている。ヴェルディと、その後継者とされるプッチーニ、イタリア・オペラの二人の偉大な作曲家が、同種のテーマをいかに描いていたか、そして、芸術家としてどのように進化を遂げていったのか。マエストロは来日公演にあたり、よくよく考え抜いて演目を選んだのではないだろうか。
 死にあたって自らの暗殺者を赦すリッカルド役ラモン・ヴァルガスの人としての誠実さ。アメーリア役のオクサナ・ディカは愛と、夫、息子への思いとに揺れる人妻として芯の通った歌唱を聴かせ、物語のドラマ性を強靭に牽引。愛の二重唱の蕩けるような甘やかさ。レナート役の長身の美丈夫ガブリエーレ・ヴィヴィアーニも、嫉妬故に忠実な友である上司を裏切ることとなる、心理描写の難しいキャラクターを堂々たる歌唱で描き出し、カーテンコールでは客席に投げキスするハッスルぶり。子供のころから、いつか仮面舞踏会に出てみたいと思っていて、長じるにつれ、人生そのものが仮面舞踏会に他ならないと思うようになってきた私は、マエストロ・ノセダの奏でる音楽に身と心を委ねながら、ヴェルディがこのタイトルに託した意味に思いを馳せていたのだった。