常識人ゾフィー〜宝塚・桜一花&退団者たち[宝塚]
 2014年11月16日をもって宝塚を退団する桜一花は小柄な娘役である。その体格と芸域の広さを生かして、子役からおばあさん役まで演じてきた。そんな中でもとりわけ印象深いのが、“小柄ながらド迫力”系の役柄である。「ファントム」のカルロッタ。「オーシャンズ11」のクィーン・ダイアナ。退団公演「エリザベート」の皇太后ゾフィーは、その集大成ともいえる役どころである。エリザベートをねちねちいじめる姑という、従来ゾフィーに抱きがちなイメージは、桜の演技には当てはまらない。それどころか、ゾフィーも気の毒だったな……と思えてくる。何もゾフィーもあれこれ口やかましく言いたくはなかっただろう。けれども、エリザベートがあまりにも至らないのである。これはその立場ならできて当然と思うから言う。しかし、その言葉を素直に受け入れることはなく、口答えだけは一人前。こちらとしては真っ当なことを言っているだけなのに、いじめられているととられても……という感じであろう。「皇后の務め」のナンバーの、「しつけが悪いわ」「親切で言うのよ」「争いたくない」の歌詞がストレートに響き、「わたしを妬んでる」とエリザベートに言われて返す「馬鹿げたこと言わないで」に、女官たちの如く「ごもっとも」と頷きたくなる。その立場にふさわしい立ち居振る舞いができない者を妬む人間などどこにいようか。かくして、変人エリザベート対常識人ゾフィーの構造が浮かび上がる。美しい者と美しくあらざる者との対立では決してない。
 思えば、「ファントム」のカルロッタもそのような演技だった。桜は決して美に見放された人間としてカルロッタを造形しなかった。カルロッタの問題は、オペラ座という美の殿堂においては美の力のみで勝負するべきなのに、金と政治の力に頼ってこれを牛耳ろうとしたところにある。だから彼女は美に復讐された。美の殿堂においては当然の帰結である。私はこの作品について、「2011年の花組での上演では、キャリエール役の壮一帆が仲間と共に劇場の“ファントム”と闘い、そして世界は姿を変えた」と記したことがあるが、この“仲間”の力強い一員が舞台人・桜一花であったことは言を俟たない。そして世界は姿を変えたのである。美の殿堂においては当然美が、美のみが支配するように。
 私自身も決して大きな方ではないので、小柄なのにド迫力な彼女の舞台に元気をもらっているところがあった。第二幕で背の高い重臣たちを従えるゾフィーの勇ましい姿など、痛快であった。それでいてしっとりとたおやかな様は女性として憧れである。全国ツアー公演「長い春の果てに」で彼女はナタリー役を演じていたが、私はこの主題歌が大好きだったので、彼女のソロでは心で一緒に歌って、……楽しかった。宝塚の娘役のプライドを賭けて造形したゾフィー役の雄姿に、盛大な拍手を送りたい。
 同時退団の春花きららは美貌の娘役である。壮一帆ディナーショー「So in Love」を観たとき、整ったかわいらしさながらクールに男前であることを知り、そのギャップを味わい深く感じた。「エリザベート」では勉強しないエリザベートをたしなめる家庭教師役、そして第二幕冒頭ではその美貌にふさわしい“中国の美女”の役どころを務めた。やはり「So in Love」に出演していた大河凛も退団である。カフェの男で聴かせた歌声に心地良いものがあり、彼女の男役をもっと観ていたかったと思う。