自由!〜宝塚・柚希礼音、夢咲ねね&退団者たち[宝塚]
 昨年のゴールデンウィークに、NHKスペシャル「宝塚トップ伝説〜熱狂の100年〜」という番組が放送された。宝塚5組のトップスター(当時)それぞれに焦点をあてて紹介する形になっていたのだけれども…、これがまあ何ともはや。例えば。雪組トップスター壮一帆については、“三度の組替えを経てトップに上りつめた苦労人、日本物にこだわりをもつ”といった感じ。苦労話をアピールするタイプではないし、その時期上演していたのがたまたま「心中・恋の大和路」だっただけで、別に日本物だけにこだわりをもっていたわけじゃないぞ、と思った。壮の場合は、8月にNHK「思い出のメロディー」で退団公演「My Dream TAKARAZUKA」の一部がオンエアされ、洋物にもこだわりをもっていることがアピールできたわけで、まあいい。星組トップスター柚希礼音に至っては、キスシーンへのこだわりがフィーチャーされていた。別に観客は柚希のキスシーンだけを観に劇場に行っているわけじゃないぞ、と思った。思って、…何だか悲しかった。ある意味、それは彼女の置かれている状況を端的に指し示しているのかもしれない、と思えて。
 宝塚歌劇を観る楽しみの一つに疑似恋愛幻想があることを決して否定するものではない。けれども、宝塚歌劇を観る楽しみが疑似恋愛幻想のみに集約されてしまっていたとしたら――? そして、そのような固定概念が世間に遍く広まっており、この番組での彼女の紹介のされ方もまた、その概念のさらなる固定化に拍車を掛けるものだとしたら――? 
 百周年を迎えた宝塚歌劇団を六年にわたって牽引してきた柚希礼音は、絶大な人気を誇るトップスターである。そして、時代時代で絶大な人気を誇ってきた存在は、時代時代で疑似恋愛幻想をもっとも多く背負ってきた、背負わされてきた存在である場合が多い。歌、芝居、踊りのいずれにも大きな穴はなく、うち一つに武器があると望ましい。そして、健康優良児タイプ(に、少なくとも傍目からは見える)。疑似恋愛幻想を投影する上で、翳りとか屈折といったものはあまり必要がないようである。もっと言えば、投影する相手が何を発信しようとしているかさえあまり必要がないというか、むしろ、発信は投影の邪魔ですらあるかもしれない。私がたまたま宝塚歌劇のそれになじみがあるだけで、宝塚以外の場所でも状況は同じであろう。――相手だって、あなたと同じ人間なんですよ。そう言いたくなってくる。たとえ相手がスターであれ、トップスターであれ、幻想を一方的に押し付けていい、そんな逆説的に特権的な立場がこの世にあり得るだろうか。
 ――柚希礼音はとても優しい人だから、そんな重い圧力を、身体を張って受け止め続けてきた。そして! 異なる地平で勝利を収めて宝塚歌劇団を去ってゆく。快哉である。退団公演「黒豹の如く」で、柚希は、柴田侑宏が彼女に宛て、心の血のインクで書いたようなセリフを、今この瞬間、劇作家の内より生み出されたようなみずみずしさをもって成立させた。それは、彼女の芝居の力である。疑似恋愛幻想とは無縁の地平に存する。私は、朴訥な彼女の内から感情がポンっと唐突に飛び出してくる瞬間が好きである。彼女自身が舞台に立つことを望むのならば、これからも彼女の芝居を観続けていきたいと思う。「太陽王」のフィナーレでエレガンスを感じさせた踊りも。柚希礼音スーパー・リサイタル「REON in BUDOKAN〜LEGEND〜」の「君はどこに」で聴かせた歌声も。
 疑似恋愛幻想のみに従事すると思えば、宝塚の男役とは、退団後、何とも潰しの効かない職業であるだろう。けれども、宝塚で男役を演じてきた経験が生きる場を見出すこと、その経験が生きる場を作り出してゆくこともまた可能であるはずだ。その闘いに、微力ながらも関わっていけたら、そう願う。「あの海を行く帆船は風で進む方向が決まる訳じゃない。帆の向きで決まるんだ。世界の風がどう吹こうと、俺は俺の思うままに生きる」――そう、柴田も餞の言葉を贈っているではないか。

 そして、柚希礼音が身体を張って重い圧力を受け止め続けている間、トップ娘役・夢咲ねねはずっとその隣にいた。それもまた重圧のポジションである。柚希礼音と夢咲ねねが並ぶと、アメリカの学園ヒエラルキーの頂点、花形フットボール選手と人気チアリーダーのカップルのようなゴージャス感がある。だからこそ、疑似恋愛幻想の圧はいや増す。
 専科の轟悠の相手を務めたニール・サイモン原作「第二章」で、夢咲が生き生きと芝居をしていた姿が印象に残っている。女優であるヒロインを演じ、女優ルックの数々を着こなしてあでやかだった。柚希相手に生き生きと芝居をしていなかったということでは決してない。ただ、そこは、疑似恋愛幻想圧のない場所だった。“柚希礼音の相手役”を演じなくていい場所だった。
 重い責務を果たし続けたものである! 二人とも。

 2013年の東京宝塚劇場のお正月公演の三本立てで、私は、舞台に立つ柚希礼音の姿に感銘を受け、新年互礼会で彼女にどうしても伝えたかった。宝塚のトップスターとは尊い仕事であると思った、と。――私は少々涙ぐんでいたと思う。彼女は、「もう少し頑張らないけません」と言った。それからもう二年である。その間、蘭寿とむが辞め、壮一帆が辞め、凰稀かなめが辞めた。いくらなんでももう潮時であろう。柚希のパワフルな舞台姿を観ていると、つい、もうあと五年くらいできそうな気がしてきてしまうけれども。
 美に生きる大切な友人の船出に、幸多からんことを!

 ダンシング・スター鶴美舞夕は、「黒豹の如く」のカルナバルの場面で活躍、ショー「Dear DIAMOND!!」の女装した男役たちが柚希に絡むシーンで圧倒的な色気を放った。歌姫・音花ゆりは、品の良さと気の強さとを両立させる魅力をもった娘役である。彼女が演じた役でもっとも印象に残っているのは、「ジャン・ルイ・ファージョン−王妃の調香師−」(2012)のヴィジェ・ルブラン。マリー・アントワネットや自画像を残した18世紀の実在の美貌の画家、キャリアウーマンの元祖ともいえる存在を演じて、その個性が輝いた。「Dear DIAMOND!!」のエトワールでは有終の美を飾る歌声を聴かせた。タカラヅカ・スカイ・ステージ視聴者には「萩の月」CMキャラクターとしてもおなじみ、“踊るお姉さん”海隼人も、ショーのロケット・ボーイではつらつとした踊りを披露していた。