宝塚雪組・鳳翔大、香綾しずる、桃花ひな、星乃あんり退団[宝塚]
 星乃あんりの舞台でもっとも心に深く残っているのは、壮一帆退団公演のショー「My Dream TAKARAZUKA」のパリの場面で、白い猫耳をつけて踊っている姿である。反則級にかわいかった。壮扮するパリの男たちが女たちと繰り広げる、大人のムードあふれるシーンを、コケティッシュに彩っていた。
 踊りでキュートに魅せる娘役だった。そして、彼女の中には自分の理想とする娘役像というものがあったのだろうと思う。だから、退団公演「幕末太陽傳」での女郎こはる役は、観ていて少々つらいものがあった。
 可憐な花がずらっと並んだ雪組娘役陣の一人として、ここ数年の舞台を大いに盛り上げてきた人である。ベビーフェイスの持ち主として、女役へのシフトも考えにくかったのかな……と思う。娘役・星乃あんりが宝塚に見た夢が一つでも多く叶っていることを願って。

 「ブラック・ジャック 許されざる者への挽歌」のヒロイン・ピノコ役で、客席の度肝を抜いたのが桃花ひなである。作・演出の正塚晴彦が想いを注いで宝塚版の舞台に造形したこの役の演技で、彼女の名前は観客の心に深く刻まれることとなった。大劇場公演で大きな役はつかずとも、ある日ぱっとスポットライトが当たったとき、積み上げてきた確固たる芸を披露することができる。そのような人材をどれだけ豊富に並べているか、それがその組の底力を示す。雪組は芸達者、芝居巧者揃いだ。組の現在の快進撃も、個々の生き生きとした活躍によって支えられている。桃花ひなはそんな雪組の分厚い布陣の一人だった。「Shall we ダンス?」での少女コニー役での巧みな長セリフ。そして、「La Esmeralda」でのチェッカーフラッグを振るレースクイーン……。あのとき、満面の笑みを浮かべてフラッグを振っていた彼女の姿に、誰かを心から励ましたいときにあるべき姿勢を教えられた気がする――。今でも私の心の中で、桃花ひなが永遠にチェッカーフラッグを振っていて、その姿に私は励まされ、そして誰かをまた励ましたい、そう思う。そうして愛が、勇気が、少しずつ世界を回ってゆく。
 退団公演「幕末太陽傳」では日本舞踊の確かさが目を引いた。ショー「Dramatic “S”!」でも、やはり満面の笑みを浮かべてきらきら踊っている彼女がいて……。これで退団なんて、お別れなんて、何だか嘘みたいで信じたくない自分がいる。

 私の父は山口県出身である。彼が養子に行き、苦労したことは以前記した。そのこともあって、私は山口県、そしてかの地の人々に対して苦手意識を抱いていて、長らくそれを払拭することができなかった。山口県周南市出身の雪組男役・香綾しずるに出会うまでは。
 おもしろい人だな……と思って観ていた。芸を楽しんでいた。そのうち、山口県出身者に苦手意識を抱くどころか、親近感が湧くようになってきた。私が抱いた苦手意識というのは要するに子供のときの一面的な印象なのである。だから、人と人としてきちんと向き合えば解消できる。けれども、香綾しずるに出会わなかったら、そうして向き合って解消する機会は永遠に訪れなかったかもしれない。早くから老成した感をたたえた、これまた雪組が誇る芸達者の一人だったが、学年が上がるにつれ、すっきりとした二枚目感がいや増してきた。無論、専科生に任されてもおかしくないような重厚な役柄、年かさの役柄もきっちり構築し、舞台に奥行きを与えることができる役者だった。前回大劇場公演「私立探偵ケイレブ・ハント」で演じたナイジェル役は、これまた作・演出の正塚晴彦が想いを注いで造形したキーパーソンともいえる役どころ、危ういところで主人公を救う影のヒーローである。香綾の淡々とした演技が、役柄のニヒルさ、クールさを際立たせていた。
 退団作「幕末太陽傳」で演じたのは、長州藩江戸詰見廻役の鬼島又兵衛。長州藩! 山口県の縁をこれまた深く感じるあひる。“鬼の鬼島”と恐れられながらも、なじみの女郎会いたさにこっそり品川宿の相模屋へ通う鬼島。浮かれてスキップしていたらうっかり戸にぶつかってしまう、あの背中のおかしみ。
 ショー「Dramatic “S”!」では歌唱力にも秀でたところを披露した。彼女の歌唱でもっとも印象深いのは、「ファンシー・ガイ!」で歌った「That's Life」。作品の作・演出の三木章雄にとって、そしてかつて三木のショー「ブライト・ディライト・タイム」で最初にこの曲を歌った元雪組トップスター杜けあきにとって、本当に大切な曲である。その曲を、香綾は心に響く歌声で聴かせた。杜がトップを務めた雪組で、名曲がまた歌い継がれていることを、宝塚の伝統の美しい継承であると感じた。
山口県に縁をもつ者として、これからの人生の活躍にも大期待!

 “男役十年”とよく言われるが、入団11年目で宙組から雪組へと組替えしてきたとき、鳳翔大は男役として持てるポテンシャルを存分に発揮しているとは言い難い状態だった。長身で美形、男役志望者なら是が非でも手に入れたいすばらしい条件を兼ね備えていたのに! そして、組替えの日から苦難の日々は始まった。ついていくのは大変だったろうと思う。けれども、彼女は雪組の地で、持てる才能をすくすくと伸ばしていった。長身で美形、なのに何だかとぼけておかしい、そんな味のある存在へと成長していった。昔から考えたら意外のようだけれども、そのことがうれしい。
 退団公演「幕末太陽傳」で演じたのは貸本屋金造役。映画版では小沢昭一が扮した役である。ヒロインの女郎おそめ(咲妃みゆ)にそそのかされて共に心中しようとするも、現金な彼女に一人水の中へと突き飛ばされてしまう。海藻やら何やらかぶってオーケストラピットから恨めしそうに出てくる、あの表情。おそめのいる相模屋をゆすろうと、仲間と共にやって来て、樽の中から“仏様”として登場する。最後は水を掛けられてさんざん。決して二枚目の役どころではない。けれどもそんな情けなくもしたたかな人物を演じて、とても生き生きしているのである。
 ショー「Dramatic “S”!」では、黒燕尾服姿の美しさに目を奪われた。雪組に来た当初は、男役としてのダンスに苦戦していたところもあったと思う。けれども、鳳翔大は、長身で美形、自らの持てる力をフルに発揮して魅了することのできる男役となって、宝塚歌劇の舞台を卒業していくのである。宝塚に描かれた一つの夢の美しい結末だと、私は思う。