世界〜「平昌オリンピック」フィギュアスケート・男子フリースケーティングの羽生結弦の演技[フィギュアスケート]
「一緒に、世界に行こう」
 そんな思いを伝えてくれた人が、これまでに二人いる。共に私の父親より年上の男性で、共に世界に羽ばたいていた。一人は既にこの世にいない。言語の壁をものともしない人だった。もうお一人は言語の壁が問題とはならない分野で、今も活躍されている。
 お二人のお気持ちはそのとき、自分にとって本当にうれしかった。涙が出そうにありがたかった。けれども、その一方でこう思う自分もいた。
「…私…、いったいどうやって世界に行くんだろう…」
 なぜなら私は、日本語で思考し、日本語で文章を綴る人間であるのだからして。
 お二人それぞれにとって“世界”が意味するものも違えば、“一緒に世界に行こう”の意味合いも違っただろう。君がいるせせっこましい社会にとらわれていないで、もっと大きな視野で物事を見よう、そんな意味合いもあったかもしれない。でも、そのとき私は、自分が日本語で考え、書き記す人間であることについて深く考えざるを得なかった。自分の文章を英語なり、グローバルな言語に翻訳して、それを読んでもらうこと、それが私にとって世界に行くことなのだろうか。お二人が海外で公演を行う際に同行して、それを書き表すことなのだろうか。
 こうして考えたことが、舞台評論家としての今の私の姿勢につながっていった部分もある。私は日本に生まれ、カナダでの約三年間を別として、日本で育った。日本語で考え、日本語で文章を書く。そんな私は、まずは自分を含むところの日本人、その表現について考察を深めていきたい。もちろん、日本を取り巻く世界に対して心や思考を閉ざすわけではない。まずは自分が日本人であることをしっかりとした土台として、それから世界について考えていきたい。同じ国に生きて、同じ言語を日常的に使う人々の表現に、よりフォーカスしていきたいと考えた。
 その一方で、じゃあ、“世界”っていったいどこなんだろう…という考えがあったのだとも思う。<ロール・プレイング&表は何処っ?〜『表に出ろいっ! ENGLISH VERSION One Green Bottle』http://daisy.stablo.jp/article/455847230.html>を書いた今ならわかる。
「…ここって、“世界”じゃないの?」
 私が今いるここ。普段生活するここ。この場所は――?
 それに。「世界に行こう」は、由々しき問題をも含んでいる言葉なのである。日本で活動している人がいる。その人が、「世界に行こう」と思う。そこには、「自分は日本では正当に評価されないから、正当な評価をされる場所に行きたい」という思いがないとも限らない。その思いは、評論家という立場の人間に対して多分に批判を含むものでもあるだろう。ここでは、評価を担当している役割の人間がきちんと機能していないから、自分はどこかよそに行きたいとの。そして、評価されて、日本に逆輸入されたとする。その逆輸入は、対象をきちんと評価しなかった人間への批判となり得るだろう。
 世界に行く、そのこと自体は素晴らしいことであると私は思う。その一方で、今いるここ、この場所できちんと評価がなされるならば、批判としての「世界に行こう」は防ぎ得るかもしれない。そんな考えが、私の評論活動を支えてきた部分もあるのだと思う。

 2018年2月18日。平昌オリンピック・フィギュアスケート、男子フリースケーティングの羽生結弦の演技を観て――、私は、かつて「一緒に、世界に行こう」と思ってくれた人の魂に、心で呼びかけていた。
 ――蜷川さん、私、世界に行ったよ。年若き勇者が、連れていってくれた――。
 どこか夢のように、晴れ渡る心――。翌19日の黄昏時のまだ早い時間、ふと空を見上げた。新月から数えて三日目の月が、薄墨を蒼に乗せたように澄み切った空を、細く、鋭く切り取っていた。その冴え冴えとした美しさが、心のありようにいかにもふさわしかった。その月は、人生のすべてをかけてフィギュアスケートを愛してきた金メダリストが滑ろうとするとき、あるいはスケートへの思いを語るときに顔いっぱいに浮かべる幸せそうな笑顔にも、彼がスケートリンクに立つときのその佇まいにも似ていた。
 そして私は、今いる場所で頑張ろうと思い、そう歩んできたこと、今いるこの場所も世界だ、世界にすると思って歩んできたことが、間違ってはいなかったと思った。こことそことは、地続きだった。世界だった。私は、世界にいる。世界に生きている。それは、フィギュアスケートの美を書き記そう、書き留めたいと思わなければ、味わえなかっただろう歓びだった。そして、共に日本の地で頑張ってきた多くの仲間にとってもどんなにか励みになるに違いなかった。
 平昌の地に舞う羽生結弦が教えてくれた。美の普遍を。

 それにしても。神の“演出”、“シナリオ”は、ときに豪快なまでにわかりやすいものである――人間もたまには真似してもいいのかもしれない。例えば、ウィリアム・シェイクスピアの戯曲を読んでいると、神のそういった“演出”をはっきりと理解し、美のために用いていたのではないかとの思いを禁じ得ない(『プロスペロー』)。また、神にはそのとき人類を滅ぼすという“シナリオ”はなかった、だから、ナチスドイツ下の科学者たちは、開発できていてもおかしくなかった核兵器の開発に至ることができなかった――との推論を戯曲化したのが、イギリスのマイケル・フレインの傑作『コペンハーゲン』である。無論、人智を超えた“演出”のもと、人智を超えた“戯曲”の“主人公”を見事“演じ切って”しまった人間の凄まじさたるや、驚異に値するものなのだけれども。
 芸術に勝ち負けはない。けれども、平昌オリンピックという世界の大舞台で、羽生結弦は問うた。これが、自分の愛し、信じるフィギュアスケートだ、と。そして天はこれ以上ない形で、「諾」と答えた。その意味で彼は大きな勝利を収めた。世界はその姿を見た。そしてあっけにとられ、熱狂した。
 そこに至るまでの試練。その道で選ばれし者に与えられがちな、試練。多くの人々の関心を集めずにはおかないドラマ。あまりに劇的な。仕事の都合で16日のショートプログラムをどうしても出先で観なくてはならない羽目に陥り、家電量販店の街頭テレビへと駆け付けた、そのとき、そこにひしめき合う人々の姿を見て、…呼ばれた…と思ったのである。自分は今回、この光景を見届けることもまた使命であったと。フィギュアスケートは人気の高いスポーツだけれども、普通、そこまで多くの人がそこまでして見届けようとはしないと思う。後ろから間断なく押されて、女性なのかなと思って振り向いたらおじさんで、私は本当にびっくりしたのである。そこまでして見たいんだ! と。
 これからも、人生いろいろあらあね――それが選ばれし者の運命というものであろう。でも、何があっても、神様があのとき力をお貸しくださったことを忘れずに、愛と美の光照らす道を歩んでいけば、大丈夫!
2018-02-23 22:28 この記事だけ表示