宝塚花組と少女漫画その1)はいからさんたちが通る!〜宝塚花組『はいからさんが通る』[宝塚]
 大和和紀の名作少女漫画『はいからさんが通る』は、は私の少女時代の愛読書である。昨年10月、宝塚花組による公演を観る前、久方ぶりにコミックス版を手に取ってみた。奥付の日付は昭和60年(1985年)。カナダから帰国した13歳の年に入手したことになる。ページを開けば、――一瞬にして少女のころに時が巻き戻り、その懐かしさに胸締め付けられるようで、そして、物語序盤、ヒロイン紅緒の親友環が、平塚らいてうが「青踏」発刊に際して記した有名な一文、「元始、女性は実に太陽であった。真正の人であった」を高らかに発するところで、涙、涙……。思えば自分も、その後の人生、ずっとはいからさん魂で生きてきた。女がどうのと言われればはねっ返してきた。ときにはつらいことももちろんあった。でも、総じて、ひるまずくじけずへこたれず、堂々と強く生きてきた。その意味で、『はいからさんが通る』という作品が私の人生に与えてくれたものは大きい。『ベルサイユのばら』『キャンディ・キャンディ』と並んで、もっとも影響を受けた少女漫画である。
 さて、花組『はいからさんが通る』が日本青年館ホールで上演された2017年10月、東京では他に、東京宝塚劇場で宙組の『神々の土地』、赤坂ACTシアターで花組『ハンナのお花屋さん−Hanna’s Florist−』と、三つの宝塚の公演が行われていたが、そのいずれもが女性演出家による作品だった。『ハンナのお花屋さん』の作・演出が、女性演出助手として初めて入団、宝塚歌劇団に女性演出家の道を拓いた植田景子。『はいからさんが通る』の作・演出は、『ルパン三世−王妃の首飾りを追え!−』や『幕末太陽傳』など異色素材の宝塚化を次々成功させている小柳奈穂子。『神々の土地』の作・演出は、『星逢一夜』や『金色の砂漠』といったオリジナル作品で大いに注目される上田久美子。同時上演となった三作品とも、それぞれの個性と強みが生きた充実の舞台となっていた。そして、『はいからさんが通る』宝塚版では、はいからさんこと紅緒が花嫁修業する伊集院家の家訓が<清く正しく美しく>。この、原作にはないオリジナルの設定に思わずくすりと笑ってしまった。ジャジャ馬娘紅緒は、はいからさん魂で伊集院家に新しい風を吹き込んでゆく。女性演出家三人、“はいからさんたちが通る”! と、痛快な思いになって。
 紅緒は生まれつきの許嫁である伊集院忍少尉に反発しながらも次第にひかれてゆき、愛を確かめ合う。だが、シベリアに出征した少尉の戦死が伝えられ、紅緒は二夫にまみえずの誓いを立てて、少尉のいない伊集院家を守ってゆくことを決意する。今回の宝塚版ではここまでを原作に則って描き、その後、編集者となった紅緒の悪戦苦闘や、少尉とうり二つのルックスで紅緒の心をかき乱すロシアからの亡命貴族サーシャ・ミハイロフ侯爵(実は生きていた伊集院少尉)をめぐる物語をぎゅっと凝縮する構成となっていた。その結果、例えば、出征した少尉がロシアで鬼島軍曹ら荒くれ者の部下たちを手なずけるくだりは舞台に登場しないことになったが、実は今回、コミックスを読み返していて、……このくだり、『ベルサイユのばら』でオスカルが衛兵隊に転属してアラン以下荒くれ者の部下たちを手なずけるくだりに影響を受けているのでは……と思うところがあった。それなら宝塚の舞台ですでに何度も上演されている名場面である。潤色の妙を感じた。
 それにしても。今回、改めて痛感する機会となった。少女のころ、自分が非常に恵まれていたことを。日本にはすばらしい少女漫画の数々がある。それら作品が私を育ててくれた。『はいからさんが通る』の紅緒に、『ベルサイユのばら』のオスカルに、生きる姿勢を、多くのことを教えられた。作品を通じて、大正時代に、フランス革命の時代に、目を拓かれていった。
 ――翻って。今の自分は、後に生まれた世代に、多くのものを与えられているだろうか。日本の女の子に生まれてきてよかった! と、後の世代が思えるような生き方を、自分自身、できているだろうか――。

 今回の舞台では、花組メンバーが驚異的な三次元再現率で、原作の個性あふれる魅惑のキャラクターを演じてみせた。原作の少尉には長身で涼やかな声というイメージを何となく抱いていたが、小柄ながら漫画のキャラクターさながらの圧巻の等身バランスを誇り、ハスキーボイスの柚香光の演じる少尉も実に魅力的だった。少尉が紅緒に向かって言う「好きですよ」も、漫画で読んでいたときは特段思い入れはなかったのだが、舞台版で柚香の声で聞いて、心の名セリフの殿堂入り。当たり役である。
 紅緒が「へっ編集長」といつもどもって呼んでしまう青江冬星を演じた鳳月杏は、驚異の原作再現率だった。見た目といい演技といい、誌面から抜け出てきたよう。惜しくも舞台ではカットされたセリフをカーテンコールで再現する趣向があり、鳳月が「来たな恋人」の名セリフを発したとき、あまりに胸がきゅーんと痛くなり、あわてて両手で押さえたあひる45歳(観劇当時)(笑)。個性豊かな面々が揃う中、心のキャラは、車引きの牛五郎を演じた天真みちるに。原作でも物語を引っかき回す愛すべきキャラクターだが、天真が出てきた瞬間、大爆笑! 牛五郎でしかない! その瞬間、舞台にぐっと引き込まれた。カーテンコールまで牛五郎さながらのお辞儀を見せる芸達者ぶりだった。当初は紅緒につらくあたるも彼女によって次第に変わっていく伊集院伯爵役の英真なおき、危なっかしい紅緒を見守り続ける父花村少佐役の冴月瑠那の温かな演技も心に残る。紅緒と少尉にインネンをつける印念中佐役の矢吹世奈は、印念にしか見えない! なのに不思議とかっこいい! 造形だった。
 アニメ版も観ていたので、アニメの主題歌のイメージが強く残っていたけれども、宝塚版のテーマソングもポップで軽快で口ずさみやすい。原作でも取り上げられている浅草オペラで名高い曲や、歌舞伎の名シーンも盛り込まれ、小柳奈穂子の手腕が大いに光った。唯一の不満といえば、東京公演の期間が一週間とあまりにも短く、宝塚ファンにも、『はいからさんが通る』ファンにも、十分に観劇の機会がなかったであろうこと。再演を望む。
2018-03-25 03:33 この記事だけ表示