宝塚花組『MESSIAH −異聞・天草四郎−』『BEAUTIFUL GARDEN –百花繚乱−』&天真みちる退団[宝塚]
 天草四郎は、倭寇だった!――そんな大胆な仮説のもと展開されるのが、原田諒の力作『MESSIAH −異聞・天草四郎−』である。仲間と共に海を舞台に大暴れしていた倭寇の頭目・夜叉王丸(明日海りお)は、嵐に遭い、天草の大矢野島の浜辺に打ち寄せられる。そこに住まう隠れキリシタンの人々は、貧しい暮らしの中にも彼を心優しく受け入れ、“四郎”という名を授けるのだった。その天草近くの無人島の岩窟の中で、洗礼名リノこと山田右衛門作(柚香光)は、美しい娘、流雨(るう)(仙名彩世)をモデルに聖母マリア像をはじめとする聖人画を描いていた。島原の藩主松倉勝家は、幕府に対しては石高を実際より高く申告し、圧政をますます強めて人々にさらに過酷な年貢を課す。四郎は人々に呼びかける。自らの手で“はらいそ―天国―”をこの世に実現しようと。島原の乱の勃発である。それから二十年後、四代将軍徳川家綱が、実際にこの乱で一人生き残った絵師の山田右衛門作(山田祐庵)に対し、真実を教えて欲しいと問い、その問いに対して祐庵が答えるというのが、作品全体の仕掛けとなっている。
 惜しむらくは、四郎が踏み絵をも厭わず、人々に自らの手ではらいそを築こうと呼びかけるシーンで、これまで自らが信じてきたところと違う彼の呼びかけを、人々が一瞬にして受け入れてしまっているように見える点である――四郎の父親代わりとなる益田甚兵衛役の一樹千尋はここを、素晴らしい力技の演技で通していた――。もう一段階、もう一シーンの積み重ねがあれば、説得力がさらに増したことと思う。しかしながら、流雨に心を寄せる四郎とリノ、その三人の関係がドラマティックに描き出されていく様、四郎の呼びかけに対し天草の人々が「♪メサイア、メサイア(救世主)」と歌で答え、声が響き合ううち大合唱となっていく様など、重厚なオペラ作品を思わせる骨太な作りである――岩窟の中でのリノと流雨の場面も、二人の関係こそ違え、どこか『トスカ』の第一幕を連想させる。宝塚“歌劇”の面目躍如である。そして、物語のクライマックス、戦いに敗れた人々が大階段の上、重なり合って次々と倒れ込み、巨大な十字架が描き出されてゆくシーンでは、宝塚の芝居作品において大階段の表象するところについて、新たな視座を拓かれる思いだった。一人生き残って歴史の真実を描き続けていくこととなる絵師祐庵の姿に、演出家の、作り手としての矜持がにじむ。力作である。天草四郎というカリスマ的美少年の役どころも、骨太な中にいつもどこか少年の魅力をたたえたトップスター明日海りおにいかにも適役である。
 私の父は山口県宇部市出身だが、彼の実母はクリスチャンで、少女時代、カナダへと旅立つ私に、聖母マリアが彫られたネックレスをお守りとして渡してくれたことを懐かしく思い出す。晩年、祖父もやはりクリスチャンとなった。見晴らしのいい場所に建てられた二人の墓には、それぞれの洗礼名が刻まれていたが、墓仕舞いということで、今は、東京のとあるお寺にある墓地に眠っているのが、ちょっと隠れキリシタンみたいだなと思わないでもない。

 『BEAUTIFUL GARDEN –百花繚乱−』は、新鋭野口幸作の作・演出。野口は今年初めの雪組『SUPER VOYAGER!−希望の海へ−』でもアイディアてんこ盛りの快作を発表していたが、今作でも、その創作エネルギーがとどまるところを知らない様を見せた。とりわけ目を瞠らされたのは、娘役芸の高さを誇る花組娘役陣を活かし、スカートさばきの妙を随所にちりばめたところである。まずはオープニング、ダークな色合いの地に花模様をちりばめたプリントのフリルスカートで、娘役たちが並んでひざまずき、幾重にも重なったそのフリルの中から片方の脚だけを見せるシーンの美しさ(振付・羽山紀代美)。そして中詰め、これまたたっぷりとふくらんだスカートの裾を両手で持って前後にひらひら揺すりながら銀橋を渡り、その途中で腰を下ろして脚をバタバタさせてスカートに動きを見せる場面は、副組長花野じゅりあをはじめ、娘役陣のコケティッシュさ全開(振付・三井聡)。ひらひらバタバタに自分も参加したい! と思うほど、娘役の魅力を際立たせていた。加藤真美の衣装も新風にあふれていていい。
 仙名彩世は、そんな強力娘役陣を擁する花組において、まさにトップ娘役の名にふさわしい活躍である。『MESSIAH』では神へ捧げる祈りの歌を歌って聖なる響きを聞かせる。『BEAUTIFUL GARDEN』の第4章「SPANISH GARDEN」では、明日海りおの闘牛士相手に彼が愛した女優を務めるが、黒い衣装に身を包んだ姿が、スペインの画家ゴヤの描いた女性像を思わせる。そして、舞台上にただ横たわっているだけでエロティック。中詰めでは、白いロマンティックなたっぷりとしたロングスカートで、ポップスに乗って軽快に激しく踊る、だが、その裾は決して乱れない! 高く蹴り上げる際にも、ほとんど計算し尽くされているとしか思えないその裾の軌道の美しさに息を呑む。スパンコールのジャケットにショートパンツ、網タイツといういでたちで、男役陣を率い、ガーシュインの「ス・ワンダフル」を歌い踊る姿は粋で颯爽とかっこいい。それが、決して男前風ではなく、可憐な娘役としての真骨頂のかっこよさなのである。
 明日海と仙名がすみれ色の美しい衣装に身を包んで展開するデュエットダンスは、宝塚への愛に満ち満ちた名シーンである。素晴らしいトップコンビである。バレーボールに例えるならば、仙名彩世は名セッターである。回ってきたボールに対し、自分でアタックもすればフェイントもする。そして、ここぞという場面では、円熟期にあるトップスター、エース明日海に集中してトスを上げる。その圧巻のトスが見られるのが、このデュエットダンスの場面である。なるほど、今の花組が強いわけである。チームとして見事に機能している。
 柚香光は、ショーの中詰め、夏はやっぱりTUBEだぜ! の「シーズン・イン・ザ・サン」で「♪Stop the season in the sun 心潤してくれ〜」と歌うシーン、舞台稽古では…まずは自分が心潤してくれ〜!…と大いに心配になるほどだったが、その後無事復調。東京は見事にシーズンがストップされ、十月なのに30度を超す陽気の日もあったのはそのおかげだろうか。柚香はモノトーンの舞台装置と衣装の中、雨傘だけが印象的な「雨に濡れても」のシーンも印象深かった。芝居で、圧政を敷く島原藩主松倉勝家に扮した鳳月杏は、冷酷なまでに悪に徹した演技で芝居巧者ぶりを見せた。水美舞斗は、芝居では将軍徳川家光の重臣松平信綱役で力演を見せる一方、ショーのラインダンスの場面では、花の中を浮気に飛び回る蜂のロケットボーイを担当。はつらつとした踊りでアピール、大売り出し公演といった感があった。

 本日の千秋楽をもって、天真みちるが宝塚を去る。その芸人魂で花組の舞台を大いに沸かせ、テレビ出演時には“宝塚のタンバリン芸人”として視聴者の度肝を抜いた男役である。
 ずっと宝塚にいるように思っていた。澤瀉屋、否、歌舞伎界にとっての二代目市川猿弥のような存在に、宝塚においてなっていくものと思っていた。
 けれども、いつのころからだっただろう――観客をただ楽しませたい、幸せにしたい、そんな気持ちがいつも大いに伝わってきていた彼女の舞台から、無邪気さが何だか失われて、迷いが見えるようになったのは。そんなことを思っていたら、退団の報せ。
 貴女に楽しませてもらった、笑わせてもらった、かけがえのない時間が、私の心の中から決して失われることはない。だから、いつか、舞台に立つ幸せを追い求めたいと無邪気に思える日が来たら、戻って来てください。私はいつでも、劇場の客席にいる人間なのだから!
2018-10-14 00:17 この記事だけ表示