田中刑事選手に捧げる小咄[フィギュアスケート]
 …昔、あるところに、ちょっとぽっちゃりとした少女がいました。体つきが変わる思春期のこと、受験勉強もあって、彼女は太ってしまいました。そして、いつの頃からか、彼女はすっかり思い込むようになりました。自分はきっともう一生デブなんだと。それから15年ほどして、彼女は、あるダイエットの本を読んで、満腹感をちゃんと感じ、それが来たら食べ終えるというごく普通のことをするようになりました。つまり、「足るを知る」ことを学んだというわけです。すると、なんということでしょう、みるみるうちに体重が落ちて、今では着ているのは7号サイズ。
 どうせ自分はデブだと思い込んでいるから、デブになるような行動ばかりする。もうお腹いっぱいで苦しいのに、さらに自分の中に食べ物を詰め込もうとする。他ならぬ自分自身の思い込みが、彼女を長年にわたって苦しめていたというわけです。
 思い込みって恐ろしいですね…というお話。

 さて、田中刑事選手について。
 どうしてエキシビションのときみたいな演技を競技でやらないの〜〜〜。かっこいいじゃないですか! 颯爽として、観客へのアピールもばっちり、水を得た魚のよう、まるで競技のときとは別人のようである。
 競技のとき、「…俺はだめだ、俺はだめだ…」と思いすぎなのである。誰も初めからそんなこと思っちゃいません。ある人物について一番詳しいのは、基本的にはその人自身である。他の人間には、そこまでの情報がなかなかない。だから、あんまり強くその人が「…俺はだめだ…」と思っていると、それが伝わって、「本人がそこまで自分で強く思っているからには、実際のところ、そうなんだろうな…」と、周りも思うようになってきてしまうという、それだけのことである。
 私の目に映る田中刑事は、別にだめな人ではない。ただ、自分のことを、不思議なまでに「…俺はだめだ…」と強く強く思っている人である。その思い込みがあまりにも強すぎて、彼の他の部分が覆い隠されていて、なかなか見えてこない。それで、例えばジャンプを失敗すると、「…やっぱり俺はだめなんだ…」と思い、どんどん負の連鎖に陥っていく。そこまでだめではないと思っているところに関しては、割に落ち着いて演技できているのに。
 どうしてそんな風に思ってしまうようになったのか。彼をそう強く思い込ませたものに、私は断固、否を唱える。ジャンプ一回失敗したからって、それだけで演技全体がだめになりゃしません。世界に田中刑事という人間はたった一人。そして、その田中刑事という人間を一番信じて、励ましてあげられるのは――練習を重ねて、好きなスケートに邁進してきた彼を励ましてあげられるのは――田中刑事自身。
 次回、競技のときに緊張して、「…俺はだめだ…」と思い始めるようなことがあったら、ぜひ、冒頭の太っていた少女の小咄を思い出して、笑ってやってほしいものである。思い込みって、ホント、アホみたいだなあと。それで緊張がほぐれたら、恥を忍んでこんなエピソードを出した彼女(オレのことだ!)もさぞ本望でしょう。
 ちなみに田中刑事は、あひるが東京大学フィギュアスケート部のとき、憧れていた同学年のT選手に雰囲気が似ているので、かっこよさが全開する日が楽しみ。
2018-11-05 22:21 この記事だけ表示