こまつ座『父と暮せば』
 ヒロインは、亡くなった父の幽霊が見えるようになる。それは、彼女の心を動かす人物が現れてからのことである。…この人と結ばれて、幸せになって、いいだろうか…。生きる希望。けれども、彼女の中には別の思いもある。…広島に原爆が投下された際、生き埋めになってしまった父をおいて、一人立ち去った、そんな自分が幸せになっていいのだろうか…。二つの思いの狭間で、彼女は激しく逡巡する。その激しい逡巡が、幽霊となった父との対話という形で、井上ひさしの手によるこの秀逸な戯曲において表現されているわけである。
 幸せになって、いい。そんな決断を彼女は下す。その通りである。悪いのは彼女ではない。空しい戦いと殺戮を繰り返す人間、あるいは、そうしたことを繰り返そうとする人間の中の何か、である。
 そして、生きている者は、亡くなった者に対して、責任がある。この世界をよりよい場所へと変えて行く責任が。むごい死に方をしなくてはならなかった者に対しては、そのような死に方をする者がこれ以上一人も出ないような世界へと変えて行く責任が。ヒロインは、父の魂のためにも、幸せになって、よりよい世界を築いていく責任がある。
 その責任は、今この瞬間、生きている、私たち一人一人が負うものでもある。
 父を演じた山崎一は、投手に例えるならば、クセ球でストライクを取りに来るタイプというイメージがそれまであったのだけれども、実にストレートに勝負できる剛腕でもあることを、『父と暮せば』の演技において証明した。娘の幸せを願う父の痛切な気持ち。…思い出すだに、涙がまたあふれる。

(6月8日19時の部、俳優座劇場)
2018-12-28 20:43 この記事だけ表示