昨年秋、「藤本さんは市川猿之助の心配しすぎなんだよ!」と伝えてくださった方へ、あるいは、『魔物についての報告書』
 …私はやっと、貴男、ではなく、私の中の魔物と向き合う覚悟を固めたのです。

 今年、貴男について、かなり長い時間考えて過ごしました。…正直、考えるなら、もっといい方向で考えて過ごしたかった。悲しいかな、ネガティブな方だった。…そして、考えていたら、夏など、すっかり文章を書く気力を失ってしまっていた。仕事の文章ではなく、こうしてブログに書く文章。何かを観て、感じて、美を発見して、自発的に書く文章。感じることはたくさんある。書きたいとも思う。けれども、自分の中から出せない。…こわくて。貴男に何か言われるのがこわくて。次の舞台でその言葉がどう扱われるのか、こわくて。
 …それでも、私の中には、強固に決めた約束があった。宝塚を退団していく人たちについて、書く。その約束だけは守れた。だから私は、何とか書いていくために、何とか生きていくために、自分の中の約束を増やすことにした。来たるべきフィギュアシーズン、各大会を観て、書く。
 それは、若いフィギュアスケーターたちの姿に、勇気をもらったから。ジャンプで転倒しても、立ち上がって演技を進めなくてはならない。ショートプログラムで失敗しても、フリースケーティングで演技しなくてはならない。一つの大会で思うような演技ができなくても、また次の大会に進んでいかなくてはならない。立ち上がって、次へ、次へと進んでいく、彼らの姿に勇気をもらったから。そんな彼らについていって、その演技に発見した美を記すことで、自分も何とか前に進めるのではないかと思ったから。
そうして私は、書くペースを取り戻したというわけです。フィギュアスケートだけではなく、舞台についても、書くことがこわくなくなっていった。自分の中から何かを出すことがこわくなくなっていった。書くことが再び楽しくなっていった。
 …そして、フィギュアスケートを観て、考え、記しているうちに、思わぬ発見があったというわけです。

 「リンクに魔物がいる」という表現がある。選手が次々とジャンプを失敗してしまったりするときに使われる。今日のリンクには、魔物がいる、と。
 …違う、とあるとき気づいた。リンクに魔物はいない。それぞれの心の中にいる。不安やコンプレックス、人の中のさまざまな思いが、ときに魔物を現出させる。ライバル選手の姿で現れるとき、それ以外の人の姿で現れるとき、何か漠然としたものとして現れるとき、さまざまな可能性はあるけれども、それはあくまで、個々人の心の中にあるものでしかない。
 それで私は気づいたのです。
 …私が夏中悩まされていたのは、貴男ではない。私の中の魔物が、貴男の姿となって現れていただけなのだと。
 私の中の魔物。…自分には生きている価値がないとあざける魔物。かつてその魔物は私に「デブ。終了」と言い続けた。ときに私が「死にたい」と思うのも、その魔物ゆえ。お前には価値がない。価値がない。価値がない。そう言って私を苦しめ続ける魔物。私自身の中にある呪詛。疲れているとき、寒いとき、発動する魔物。――考えてみれば、生きる価値があるとかないとか、自分で決めることが思い上がっている。命を与えられた以上、生きればいい。一生懸命生きていれば、誰かの役に立つこともあるかもしれない。それくらいの気持ちでいいのに。
 私は、自分の中にあるものを、貴男に投影していた。それは、貴男が、私の中の魔物を刺激するところがあったから。でも、貴男そのものではなかった! それが、夏中苦しんでいた私にとっては、発見だった。
 …そして、思った。これは、私自身も、貴男の魔物になっているということではないかと。
 昨年書いた文章を読み返した。私の文章は、どうやら貴男の心の中で暴れていたらしかった。それに。…あのとき、あの人にも言われませんでしたか。
「それ、『藤本真由』じゃないよ! 君自身だよ!」
 そう、とりなしてくれた人がいて、けれども、もうこの世にはいなくて、だから今、私は、貴男と差し向かいでこうして立っています。

「藤本さんは市川猿之助の心配しすぎなんだよ!」の件。
 四代目市川猿之助は、私にとって命の恩人の一人なんです。私の中の魔物が発動して、「死にたい! 死にたい!」と思っているとき、四代目の舞台を観ると、「生きよう」という気持ちになる。そうやって、これまで何度も救われてきた。なぜ、四代目の舞台にそのような効用があるのか、私にもまだ十分にはわかっているわけではありませんが。
 それと。これは本当に素朴な、何の他意もない疑問なのですが。
 昨年秋、四代目が大きな怪我を負ったとき、貴男は心配しなかったんですか。同じ日本舞台芸術界の仲間として。
 あんなことが起きたら、その後、事態は大混乱になる。公演を続けるのか、続けないのか。関係者の心痛、そして、さまざまに煩雑な手続き。それは、同じ日本舞台芸術界の仲間である貴男だからこそ、わかってあげられることではないでしょうか。
 …ほぼ同じころ、「僕は、彼(四代目)の演技は、あんまり好きじゃないな」と伝えてくれた人もいた(去年の『スジナシ』での理事長コント)。…それ、今言うこと〜? とも思った。でもまあ、その人にとっては、そこしか伝えるタイミングがなかったんだから、しかたがない。そして、そう伝えてくれる方が、「心配しすぎなんだよ!」より前向きだと私は思った。…そうか、四代目の演技はそう映るところもあるのか…と、演技を観る上で活かしていけるから。
 私は、いろいろな人を心配します。そういう性格です。そしてもちろん、貴男のことも心配します。だから今、こうして書いています。そして、貴男がとりわけ信頼をおく仲間のことも心配です(手練れの、素敵な方たちばかりだと常々思っています)。貴男の中の魔物を投影した「私」をときに務めなくてはならない人のことが、とりわけ心配です。
 お互い、お互いの魔物になるのは、もうやめましょう。
 貴男には、素敵なところがいっぱいあると信じるから(それは、あの世のあの人も、大いに認めるところでした)、そちらの方をこれからもどんどん出していく方向でお願いします。もちろん、一度心から引きずり出した魔物を退治するのもお勧めです。すっきりします!
2018-12-28 20:52 この記事だけ表示