「横山幸雄 華麗なるロシア4大ピアノ協奏曲の響宴」
 11月25日13時、オーチャードホール。
 観劇、鑑賞時のコンディション作りには頭を悩ませる。睡眠時間はどのくらいとるべきか。開演前、どのくらい食べておくべきか――食べ過ぎると眠くなる恐れがあるし、空腹だと途中でやり過ごすのが大変になってくる。心の悩みも可能な限り持ち込まないようにしないと、解釈がそちらに引きずられる可能性がある。
 この日のプログラムは、「チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調 Op. 23」「ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 Op. 18」、休憩をはさんで「プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番 ハ長調 Op. 26」、さらに休憩をはさんで「ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番 ニ短調 Op. 30」、16時終演予定という超ボリューミーなものだった。それなのに…、あひるは諸事情により睡眠不足だった。最後までもつのか? 体力とか、気力とか、いろいろ。心配になりながらも着席。
 チャイコフスキー。…雄大なロシアの自然の中、気持ちも実に激しくアップダウン。『白鳥の湖』も『くるみ割り人形』もそういうところあるな…と。ラフマニノフ。ときにメランコリック。そしてエリック・カルメンの「All By Myself」の元ネタ。私は、ちょうどこの一週間くらい前に、サビで「♪抱きしめたい〜」と歌われる「All By Myself」の宝塚バージョン(安蘭けいが絶唱。石丸幹二版も同じ歌詞)を思い出していた。聴きながら、考えていた。エリック・カルメンが、ラフマニノフのこの美しい曲に、「♪もう二度と一人きり(all by myself)にはなりたくない」という、孤独からの決別を聴きとって歌詞にしたためた、その思いを。
 プロコフィエフ。やはりどこか”doomed”の暗い影が差す。…そして、このあたりであひるは限界に達しようとしていた。曲の盛り上がりで、「さあ、ここからジャンプの基礎点が1.1倍です!」という謎の脳内アナウンスすら聞こえてきて。自分、大丈夫か?! 曲が終わり、よろよろとロビーに出る。
「お客さんも疲れて、あんまりロビーに出て来ないね」と、幼なじみの友人。
 …疲れますよね。私だけじゃないよね。
あひる「ここまで一度に弾くこと、聴くことで、見えてくるものってあるのかな」
友人「蜃気楼が見えるんじゃないか」
 気を取り直して客席に戻る。そして、ラフマニノフ。
 …きらきらしている。きらきらとしかしていない! 瑞兆である。「クリスチャン・ツィメルマン ピアノ・リサイタル」(http://daisy.stablo.jp/article/448444907.html)を思い出して、聴き続ける。
 …見える!
 一面、真っ白な世界!
 日が差しているからか、その白が、うっすらと金がかって見える。そして私は、ある人と踊っている。くるっと身をひるがえすと、相手の顔が変わる。そして身をひるがえすと、また一人…。
 新しいものを取り入れることは、これまで親しんできたものを疎かにすることじゃない。新しいものを取り入れて、新しくなった自分として、親しんできたものと向き合うことに他ならない。もっと、もっと、未知へと心拓かれていきたい!
 数年前、どこでだったか、一面の凄絶な桜吹雪の中、誰かと二人、桜の木の下で立ち尽くす光景を観た。それ以来の、美のヴィジョン。
2018-12-29 19:01 この記事だけ表示