飛んでゆけ!〜宝塚花組公演『CASANOVA』仙名彩世&退団者たち[宝塚]
 宮城県出身、生まれ育った故郷にちなんで「仙名彩世」――と、彼女の名前を記して、思う。2011年3月11日、東日本大震災――。震災後、東京宝塚劇場で最初に初日を迎えることとなったのが、彼女の属する花組だった。公演実施の是非について、いろいろ議論があったと聞く。そして初日の幕は開いた。毎公演終演後、花組生は劇場ロビーにて募金運動を行なうこととなった。私自身、さまざまな不安を抱える中で、花組生が舞台に、ロビーに立つ姿に、少しずつでも前に進む勇気をもらったことを思い出す。不思議な因縁で、仙名彩世が宝塚大劇場を卒業したのが2019年3月11日。卒業の挨拶で、「3月11日」という日に祝福されて送り出されることについての複雑な思いを述べる姿を、「タカラヅカニュース」で観た。――昨年秋の東京宝塚劇場花組公演、トップコンビによる初日前囲み会見で、その3日前、月組公演が、宝塚大劇場では阪神・淡路大震災以来約23年半ぶりに中止となったことについての質問が出て、彼女は、答えるうちに涙ぐんできたのだった――私も、彼女の答えを聞きながら一緒に涙ぐみつつあった。しかし。私は写真に撮られるわけではないから涙で化粧が多少崩れようがかまわないけれども、彼女はその直後に写真撮影がある。自分のことは棚に上げ、目をかっと見開いて、「泣くな〜!」と目力パワーを送ってみた(笑)。仙名彩世はそういう人なのである。細やかで、心優しい。彼女だってもちろん、撮影があることはわかっている。けれども、優しさが心あふれてしまうのである。私は、舞台でも観られたところの、彼女のそんな表情を美しいと思う。何だか少し困ったように、内から優しさをあふれさせるときのあの表情が。そして、昨年秋、涙ぐんだ姿に、彼女が2011年3月11日以来、どんな思いで舞台に立ってきたのか、少し知ることができたような気がする――。
 トップ娘役とは難しい立場である。たまさか、自分の持てる演技の力を、「トップスター〇〇さんの相手役」を演じることに使い切ってしまう――すなわち、トップ娘役としての代表作が、作品の役柄ではなく「〇〇さんの相手役」になってしまう――人も見受けられるような。もったいないことだと思う。トップ娘役も自らの持てる能力を舞台上で存分に発揮し、活躍して欲しいといつも願っている。その活躍が、娘役の地平をますます切り拓き、宝塚の舞台をさらに充実したものにしていく。
 仙名彩世は新人公演のヒロインを経験していない。経験しないままトップ娘役に就任したのは約32年ぶり、しかも、入団9年目での就任は宝塚では“遅咲き”とされる。人にはそれぞれ伸び時がある。若くして抜擢されて力を発揮する娘役も、こつこつ努力を積み重ねていってあるときぱっと花開く娘役も、両方いていい、両方いるからおもしろいと私は思う。新人公演のヒロイン経験がなかろうが、仙名彩世は確かな実力を培っていって、その力が、トップ娘役という立場に就いてひときわ大きく花開いて、そして今、痛快に去っていく――“痛快”だと私は思う。そして、娘役の花道に際して“痛快”と記せることを、痛快に思う。
 退団作『CASANOVA』で彼女が演じるのは、実在の人物、稀代のプレイボーイ、ジャコモ・カサノヴァ(明日海りお)に生き方を変えさせる運命の女性、ベアトリーチェ。ヴェネツィア総督の姪ながら、修道院でヴォルテールの著書に親しんだ彼女は、進歩的で、冒険にも心開かれた女性である。女たらしのカサノヴァなんか女性の敵だと思っている。あまつさえ、追跡して捕まえようとする。――カサノヴァとベアトリーチェ、そんな二人が恋に落ちてしまうから、人生はおもしろい。二人が結ばれるには、互いの信条を変えるしかない。それが、恋の醍醐味。
 自分の正体を隠しているカサノヴァと、仙名ベアトリーチェ、カサノヴァの旅の相棒バルビ(水美舞斗)、ベアトリーチェの侍女ダニエラ(桜咲彩花)が、一台の馬車に乗り合わせ、宝塚としては珍しいラップを歌う場面がある。そのときの仙名が、実にテンポよく生き生きとはっちゃけていて、とてもいい。おてんば娘ぶり全開。でも、その基本線はあくまで淑女性にある。出るところに出れば楚々としていて、でも、自分の信念は決して曲げることはなく、堂々と主張もする。かっこよくて聡明なのだけれども、楚々としているから嫌味がない。なるほど、カサノヴァのファム・ファタルたる所以。
 今回の公演の初日前囲み会見で、「最後の共同作業」と口にした花組トップスターはトップ娘役と目を合わせて――その瞬間、私は、宝塚で共に夢を育み舞台上に創出してきた二人の、舞台人としての深い絆を感じた。その“共同作業”の象徴である、最後のデュエットダンス。明日海りおと仙名彩世は、ウェッジウッドの磁器の柄を思わせる、揃いの衣装をまとっている。そして、トップ娘役・仙名彩世は、裾に至るまで繊細な装飾が施されたドレスの、その柄の美しさをひときわ際立たせるような、優美なスカートさばきで観客を魅了するのだった――。
 退団発表後の初めての舞台となった昨年の舞浜アンフィシアター公演『Delight Holiday』、ステージ上ではじけまくる仙名彩世の姿に、思った。…君は、おもしろジェンヌでも行ける人材だったのか! と。それで行ってもよかったのに…とも思った。力抜けて、輝いていたから。けれども、そこは彼女の娘役としての矜持なのだろうと思う。明日海りおの一作前に宝塚を去っていくことも。そのすべてに彼女の美学が貫かれていて、だから、痛快なのである。今回の公演でのソロ・ナンバー『愛を恐れずに』は、『Delight Holiday』でも優れた歌唱を聴かせた『Let It Go〜ありのままで〜』に通じる魅力のある楽曲だけれども、彼女の熱唱を聴いていると、…どこまでも羽ばたいてゆけ〜! と、彼女の旅立ちを祝福する思いで、こちらの心も空を飛んでゆくかの如く爽快に。心は、止められない。解き放たれた心は、もう誰にも。歌えて、踊れて、芝居ができて、おもしろジェンヌでも行ける笑いのセンスがあって。その上で、宝塚の娘役としての在り方をずっと模索し続けて、芸を積み重ねた結果、トップ娘役の重責を立派に務め上げて、――そして今、彼女には、進むべき道が見えている。
 まだ下級生のころ、全国ツアー公演で場面の芯に抜擢されて、「…私、務めさせていただきます!」とばかりに舞台に立っていて、…固い! と思った。その彼女が、こんなにも自分自身を開花させるまでになって、その雄姿を観られたことを、本当に幸せに思う。…と、今こうして記しながら、私は涙ぐみつつある。けれども、自分の道を見つけた彼女の痛快な門出に、涙は似合わないとも思う。だから、またもや、「泣くな〜!」とパワーを送ってみる(笑)。
 宮城県出身、仙名彩世、どこまでも飛んでゆけ! その飛翔の果てに出逢う貴女を、私は楽しみにしているのです。

 カサノヴァ伝説と数々のシェイクスピア作品(『真夏の夜の夢』『冬物語』『十二夜』『尺には尺を』等)を撚り合わせて構成された今回の作品。そのコメディとしての要素に一本筋を通すのが、富豪コンスタンティーノ役を演じた瀬戸かずやの好演である。総督の姪ベアトリーチェを狙っていたコンスタンティーノだが、惚れ薬の効果もあって美貌のゾルチ夫人にぞっこんに。ミケーレ伯爵実は…(夏美よう)のお裁き(ここが『尺には尺を』風)もあり、すべては丸く収まることとなる。そのゾルチ夫人を演じたのが、今回で退団となる花組副組長・花野じゅりあ。舞台の幕開きに登場し、野望の男コンデュルメル(柚香光)と、『THE SCARLET PIMPERNEL』のマルグリットとショーヴランの関係を彷彿とさせるシーンを展開する。2000年入団のベテランながら、花野の娘役としての永遠の可憐さ、あでやかさは、今回の舞台でもいかんなく発揮されていた。艶のあるかわいらしさをたたえた声。ときにあまりに無垢に投げ出されるがゆえに、観ていてはっと息を飲んでしまうような純真なセクシーさ。彼女が怪我による長期休演から戻って来たとき、色とりどりの華を競い合って切磋琢磨してきた花組娘役陣がさらに引き締まったことを思い出す。
 仙名彩世扮するベアトリーチェの侍女ダニエラを務めた桜咲彩花も今回が最後の公演である。冒険心あふれるベアトリーチェによって自らも心開かれてゆく一人の女性を、桜咲らしく、控えめな魅力で演じていた。長年、花組を支えてきた三人の娘役、華やかなフィナーレである。
2019-04-28 00:21 この記事だけ表示