宝塚宙組公演『オーシャンズ11』純矢ちとせ&退団者たち[宝塚]
 …このままで行くと、今年の宝塚ベスト作品は、愛のレキシアター『ざ・びぎにんぐ・おぶ・らぶ』になりかねない…と思っていた――『ざ・びぎにんぐ・おぶ・らぶ』はレキシ×河原雅彦の作品であって、宝塚作品ではないのだけれども。それほどまでに、『ざ・びぎにんぐ・おぶ・らぶ』は、宝塚の、とりわけそのショー作品と日本物作品の方法論を綿密に研究して本歌取りしたような痛快娯楽作品だった。齋藤吉正のショー作品に感じられるような中毒性があり、宝塚の日本物作品における“歴史と遊ぶ”感覚がポップに取り入れられていた。その意味で、『ざ・びぎにんぐ・おぶ・らぶ』は秀逸な宝塚歌劇論であったとも言える。
 そんな心模様で迎えた水無月、座付き作家・小池修一郎がまたもやスマッシュヒットを放った。宙組公演『オーシャンズ11』。宝塚では三度目の上演となるが、今回、登場人物たちの人間模様をきっちりと描き出した上で、スピーディに華やかに展開するエンターテインメント作品として成立させた。帝国劇場で上演中の『エリザベート』においてもすばらしい舞台が展開されており、小池修一郎、絶好調である。
 この作品の大きな魅力の一つとして、座付き作曲家・太田健の優れた仕事を挙げたい。すぐに覚えて口ずさんで帰れそうな、耳なじみのよいナンバーの数々が、ラスベガスを舞台にしたゴージャスな作品世界をバリエーション豊かに彩る。作品の見事な紹介ともなるオープニング・ナンバー『FATE CITY』、何だか冴えないな…とぼやきたくなるとき心で歌って励みにしたい人生の応援歌『JUMP!』、一幕ラストをめくるめくように締めくくる『JACKPOT』、そして、主人公ダニーが歌う愛のナンバー『愛した日々に偽りはない』と名曲揃いである。小池修一郎×太田健のコンビではやはりハリウッド映画を原作とした『カサブランカ』(2009)もすばらしい楽曲揃いであり、こちらの再演も大いに待たれる。
 そして、主人公ダニー・オーシャンを演じる真風涼帆と、その妻テスを演じる星風まどか、宙組トップコンビの芝居の掛け合いのテンポが実にいい。物語冒頭、ダニーは刑務所で服役中で、テスは彼と何とか離婚したがっている。歌手を夢見る女子大生だったテスは、ニューヨークのクラブで歌っていたところをダニーに見染められ、彼の素性を知らぬまま結婚。だが、テスのデビューを手助けしてやりたいと詐欺を働いたがために、ダニーは逮捕され、テスも彼の正体を知ることとなる。ラスベガスで、ホテル王テリー・ベネディクト(桜木みなと)の支援のもと、ついにデビューを遂げようとしている妻テスのところに、出所したダニーがやって来て復縁を迫る。その一方でダニーは、親友ラスティー・ライアン(芹香斗亜)&仲間たちと力を合わせ、どこか怪しい人物であるとにらんだテリーのホテルからカジノの収益金を盗み出すという大勝負に打って出る――というこの物語。軸となっているのは、何度も離婚届を送りつけられながらも未だテスにベタ惚れのダニーと、そんなダニーを心の底ではまだ憎からず思っているところのあるテス、二人の心模様である。スーツをびしっと着こなしながらもどこかダメ男ぶりが色っぽいダニーと、歌で環境保護を訴えたいという理想に燃えるテス。自分の変わらぬ愛を訴える真風ダニーに、ピシピシッと当意即妙に返答する星風テス、二人の丁々発止がスクリューボール・コメディの妙を感じさせる。真風扮するダニーにはどこか、正業に就いていない、裏街道を歩いてきた男のニヒルさを思わせるものがある。星風は長い手足を活かしたダンスがセクシーで、キュートな童顔とのギャップが魅力。真っ赤なソールが印象的なハイヒール姿もさっそうと、大人の女性を熱演している。テスがダニーにあれこれ言うのも、まっとうな人生を生きてほしいがため、…それもこれも、心の底ではまだ、ダニーに対して愛があるからなんだな…と、芝居に非常に説得力がある。それにしても、ダニーがテスとの馴れ初めを語るナンバーで、クラブで歌うテスに一目惚れした結果「♪出待ち〜」と歌うくだりは、何度聴いても何だか微笑ましくて、おかしい。
 真風ダニーと、芹香斗亜が演じる親友ラスティー、二人のバディ感もいい。つかず離れず、ベタベタせず、それでいて、大きなヤマのときには一つ一緒にやってやろうぜ! という、大人の男同士の友情。芹香ラスティーがメインとなって歌う『JUMP!』にこめられた、思い通りにならない人生、何度失敗してもチャレンジ! という決意は、晴れ渡った青空のようにさわやかである。星組と花組で培ってきた、男役としてのオラオラ感も気合十分。芹香斗亜、ここへ来て、男役としてのポテンシャルを大いに発揮し始めた。
 ドス黒い野望を心に秘めたホテル王テリー・ベネディクトに扮した桜木みなとも演技で魅せた。これまでこの役を演じた紅ゆずる(現星組トップスター)、望海風斗(現雪組トップスター)とはアプローチを変えてきたのが印象的。野望に取りつかれた様を怪演するのではなく、自分の心の中に実はドス黒いものがある…と、恋するテスに己の正体を告げるシーンで狂気を露わにしたところに、オリジナリティのきらめきを感じた。
 本当に率直なことを言うと、宙組版、ちゃんと11人仲間が揃うのかな…と心配だったのである。しかしながらそれは杞憂であって、個性輝く仲間が舞台で大暴れすることとなった。組が上り調子のとき、小池修一郎作品に当たると、一気にブーストがかかる。『All For One』(2017)に当たったときの月組のような勢いを、今の宙組に感じる。ラスベガスのネオンの眩さと、人々の心にひそむ欲望と。今回の公演では、光と闇、その対比が絶妙に描き出されていた。
 ダニーの仲間となるディーラーのフランク役の澄輝さやとと、マジシャンのバシャー役の蒼羽りくは、この公演で退団である。翳りの表情を見せる澄輝フランクは、セリフを交わしつつディーラーとしてそれは見事なカードさばきを披露。蒼羽バシャーは甘いマスクが魅力で、澄輝フランクと好対照を成していた。
 そして、ラスベガスのショースター、クィーン・ダイアナ役の純矢ちとせ。宙組の舞台を支え、華麗に彩る娘役として、常に存在感を発揮してきた――とりわけ、『白夜の誓い』で見せた、エカテリーナ二世役の名演は忘れ難い――彼女も宝塚卒業である。今回は、ダイナマイトにボリューミーなヘアスタイルもインパクト大に、新人テスのデビューに水を差そうとするベガスの女王役――でも、純矢が演じると、陰湿さはなく、どこかからっと楽しげなのが好印象――を怪演。男役からの転身組ならではの押し出しの強さがありながらも、それをやわらかなクッションでくるんで差し出してくるような様が魅力的だった。何とはなしに、肩を叩き合って励まし合ってきた戦友のように感じていた純矢の退団は、非常にさみしいものがある。
2019-07-21 01:20 この記事だけ表示