レジェンドのプライド〜『エリザベート』の花總まり[ミュージカル]
 2015年の公演の際、トート役の井上芳雄が、エリザベート役の花總まりのことを、「日本『エリザベート』界のレジェンド」と呼んでいた。絶大な人気を誇るこのウィーン・ミュージカルが1996年に宝塚雪組によって日本で初演された際、エリザベート役を務めたのが花總まりだった。1998年に宙組でもう一度、退団後は2015年、2016年、そして2019年と、彼女はこの役を演じ続けている。
 6月半ばに舞台を観たとき、…ちょっと苦戦しているかな…という印象を受けた。しかし、決してそこで終わらないのがレジェンドのレジェンドたるゆえんである。約一カ月後。――そこには、一段と光と輝きを増した花總エリザベートがいた。彼女が自分自身の人生を振り返り、人間存在が表皮を介してすっかり裏表になるほどすべてを絞り出すという行為をもって、いま一度この役を創り直したからこそ、その光と輝きを得ることとなったのである。けれども、そのために、彼女がそれこそ心から血反吐を吐くような過程をくぐり抜けたであろうことを考えると、私は、その強靭な精神力に気の遠くなるような思いがする…。レジェンドだから、演技がよくて当たり前とされる。よくて当たり前のその先に行くには、一つ一つのセリフ、歌詞、動き、しぐさをていねいに洗い直し、そこにまた新たな意味を付加して、役柄の全体像をさらに大きなものへと創り上げていくしかない。――彼女は見事にそれをやり遂げていた。そこにレジェンドのプライドがあった。
 花總まりは、私の一つ下の年齢である。永遠の少女のように、いつまでも若々しく、美しい人である。――でも、それでもやはり、年齢を重ねた者は、永遠の少女ではいられない。自分自身、そう思う。――失くした夢もある。叶わなかった願いもある。時を巻き戻してやり直したい出来事もある。心の中に少女のままの自分がいて、けれども、自分の中にそうして積み重なっている時間もあって、心のピントのズレに視界がくらっとしそうなときもある――。そんな、時の流れを、花總まりはエリザベートという役柄の中に生きる。若くしてオーストリア皇帝に見初められ、皇室の中で籠の鳥となり、いつまでも自由を求め続ける一方でどこか縛られ、自分をこの世界でない場所へといざなう<トート=死>と対峙し、ときに戯れながら、人生の時間を積み重ねていく一人の人間を。その生の普遍。19世紀の西洋の皇后というかけ離れた存在に、日本の観客が熱い想いを寄せ続ける理由も、そこにあるのではなかったか。
2019-12-29 15:57 この記事だけ表示