藤本真由
(舞台評論家・ふじもとまゆ)
1972年生まれ。
東京大学法学部卒業後、新潮社に入社。写真週刊誌「FOCUS」の記者として、主に演劇・芸能分野の取材に携わる。
2001年退社し、フリーに。演劇を中心に国内はもとより海外の公演もインタビュー・取材を手がける。
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望海風斗 MEGA LIVE TOUR『NOW! ZOOM ME!!』×真彩希帆1Day Special LIVE『La Voile』=!!![宝塚]
――自粛期間中、宝塚断ちをしていたあひるの耳に、ある日突然、雪組トップ娘役真彩希帆の声が聞こえた。
「パーシー!」
『THE SCARLET PIMPERNEL』のヒロイン、マルグリットのセリフ。そして、劇中マルグリットの歌うナンバーが聞こえてきて――。それは数日間続いた。あまりに鮮明だったので、いまだかつてこの世で上演されたことのない『THE SCARLET PIMPERNEL』雪組版が心の中にまざまざと浮かび上がり、…あの舞台、よかったですね…と、観たことのない舞台の思い出をうっとり振り返り。――禁断症状? 今でもとても不思議。
その真彩希帆の1Day Special LIVE『La Voile』(構成・演出:藤井大介)は、このコロナ禍に移転開業した新宝塚ホテルでの初めてのショー、そして、宝塚のディナーショーの無観客配信の先陣を切る公演となった(9月7日19:45の部ライブ配信視聴)。ここで真彩が成功を収めたことは、その後の無観客配信にとって大きな意味をもつものだったと思う。歌や踊りの巧さはもちろんのこと、宝塚の娘役のイメージをあくまで保った上での、座持ちのするトークのすばらしさ! 「あれ? アンコールが聞こえるぞ」と自ら語った上で、アンコール曲へとつなげていった際のキュートなおもしろすぎさ――そう、真彩希帆は宝塚歌劇のおもしろクイーンである。画面に映る前方こそディナーのテーブルセッティングがされていたけれども、大きな宴会場自体は、無観客でがらんとしていたのではないか――と想像する。そんな中でも、真彩希帆は、雪組男役4名を率いて、見事、画面越しに見守る観客のもとへと、極上の時間を届けたのだった。清楚さから艶っぽさまで、聖から俗まで、自由に行き交う怪物ぶり。さまざまなドレスに合わせた髪型やアクセサリー遣いも、変わるたびにほう…と見入ってしまうコーディネートぶりで、自己プロデュースの高さもうかがわせる。『ガイズ&ドールズ』や『ミー&マイ・ガール』といったミュージカルからのナンバーも披露したが、今すぐその役を観たい! と思わせる内容の濃さ。なかでも、『モーツァルト!』の「ダンスはやめられない」は、…こんなにも哀しい歌だったのか! …と目を開かれる思い。そして、綾凰華が『THE SCARLET PIMPERNEL』の主題歌「ひとかけらの勇気」を歌うシーンもあった――真彩が大好きな一曲だとのこと。マルグリットのナンバーもぜひ歌ってほしかった!
その直後、雪組トップスター望海風斗のMEGA LIVE TOUR『NOW! ZOOM ME!!』が宝塚大劇場にて開幕、続いて東京宝塚劇場で公演を行なった。本来は4月&5月に他会場で上演される予定で、その際、井上芳雄とラミン・カリムルーという豪華ゲストが出演することになっていた(作・演出の齋藤吉正ワールドの色にまみれる二人の姿も観たかった)。望海風斗の集大成であると同時に、ショー作家齋藤吉正の集大成でもあったこの作品。吉正ワールドをこよなく愛する望海が、過去作からの名シーンと、新たに加えられた場面とを熱唱熱演。男役はあくまでかっこよく、娘役はあくまでかわゆく、「♪オレとお前のプレシャススペシャルシーン/見せてやろうぜ人生劇場」(主題歌「ZUKA! ZOOM UP!!」より)。来た〜、「オレとお前」呼び! 宮本浩次のそれは勲章、齋藤吉正のそれはプレイ。ちょっと恥じらいつつの敢えての「オレとお前」呼びに、観客たるもの笑顔でついていく! ちなみに、かつて雪組で上演された齋藤作品『ラ・エスメラルダ』は、舞台上空にカタカナの「ラ」の一文字が浮かんでいたことから「ラ」の愛称で親しまれているが、今回は、昭和レトロな純喫茶の看板を思わせるおしゃれなレタリングの「NOW! ZOOM ME!!」が、照明によって「ノ」「ゾ」「ミ」にも見えるという凝りよう(装置:國包洋子、照明:佐渡孝治)。宝塚大劇場公演のライブ配信視聴の際は、著作権上配信されない楽曲もあるかなと覚悟していた。しかし、望海はバックストリート・ボーイズの「Shape of My Heart」を堂々英語で披露、母国語歌唱でなくても見事心を伝えていた。歌唱の合間に、なぜか、エイリアンが攻めてくるという映像を交えての寸劇あり、マジックありと、いつもながら齋藤吉正はぶっ飛んでいる。そして、能天気に華やかなバブル時代の文化を振り返るシークエンス。「My Revolution」を颯爽と歌い踊る沙月愛奈は当然ボディコン着用。黄色いファーコート姿で『キューティーハニー』主題歌を歌う妃華ゆきののバックでは「♪イヤよ イヤよ イヤよ」の歌詞が映像でデカデカと点滅! 娘役たちが内なる色気を精いっぱいに謳歌できるシーンがあるのが、齋藤作品の妙。「学園天国」でも美しい高音で楽しませた望海は、「六本木心中」で、男役としてのギリギリの線で女性としての色気を発揮し、実に艶っぽい――ちなみにここではバックの映像に「FU FU」と映り、掛け声を発せない観客の心の内を代弁――このバブルのくだりを観ていて、私は、…齋藤吉正、若いなあ…と思った。若いまま、円熟。
そして第U幕。雪組男役スター彩凪翔が大阪人魂で見せる渾身の名作のパロディ「106年雪組アヤナギ先生」。長い髪を何度もかき上げ、「人という字は」と言いつつ「入」と書き間違えてしまうアヤナギ先生、「ドリフの大爆笑」の替え歌「ノゾミの大爆笑」を歌って、望海風斗のトップスター時代振り返りコーナーに突入。雪組はつくづく貧乏な作品が多い…という着眼点からの、貧乏コント。そのハイライトは、望海が南部藩の脱藩浪士・吉村貫一郎を演じた『壬生義士伝』からのつながりで、望海ファントムがハゲ面のキャリエール(橘幸)と共に南部弁で歌う『ファントム』の「You Are My Own」(「♪エリックお前は愛しい“せがれ”だ〜」)。思わず絶句するおもしろさ。その後、10月に上演された『おかしな二人』の囲み取材で、出演者の一人である山崎静代さんが、主演の大地真央さんについて、芸人じゃないのに笑いへの貪欲さがすごいと語っていたのだけれども、この公演をも思い出し、タカラジェンヌの笑いへの貪欲さはときにとんでもないものがあるんですよ…と思うあひる。
望海が『THE SCARLET PIMPERNEL』の「ひとかけらの勇気」を歌うシーンもあった。ちょっと初演の安蘭けい風。…パーシー、きっと似合っただろうな…と思う。吉正デビュー作『BLUE・MOON・BLUE−月明かりの赤い花−』の主題歌「ENDLESS DREAM」は、初演の真琴つばさの歌い方を踏襲した上で、望海カラーもきっちり加えて。――と、実にてんこもりの内容。そして何より、…大変な時代にトップだったな…ではなく、…大変な時代にトップとしていられて、宝塚歌劇を支えることができて、よかった…と、トップスターとしての最高の矜持を見せる望海風斗の姿に、心打たれた。
望海風斗も、真彩希帆も、ここまで来たら、立派に卒業なのである。“小林寺”(<“宝塚歌劇=餃子”論〜宝塚星組『GOD OF STARS-食聖-』&退団者たちhttp://daisy.stablo.jp/article/470845766.html?1609224567>参照のこと)での修行は終わらんとしている。二人の退団公演『f f f−フォルティッシッシモ−〜歓喜に歌え!〜』(望海は楽聖ベートーヴェン、真彩は“謎の女”に挑戦)『シルクロード〜盗賊と宝石〜』は、年明け2021年1月1日に宝塚大劇場で初日の幕を開ける。今の私には、一つ、願いがある。
『La Voile』のとき、画面のこちらに来たあの感じで、真彩希帆は望海風斗に向かっていっちゃって! 今の望海風斗なら大丈夫!
伝説の退団公演となることを楽しみにしている。
「パーシー!」
『THE SCARLET PIMPERNEL』のヒロイン、マルグリットのセリフ。そして、劇中マルグリットの歌うナンバーが聞こえてきて――。それは数日間続いた。あまりに鮮明だったので、いまだかつてこの世で上演されたことのない『THE SCARLET PIMPERNEL』雪組版が心の中にまざまざと浮かび上がり、…あの舞台、よかったですね…と、観たことのない舞台の思い出をうっとり振り返り。――禁断症状? 今でもとても不思議。
その真彩希帆の1Day Special LIVE『La Voile』(構成・演出:藤井大介)は、このコロナ禍に移転開業した新宝塚ホテルでの初めてのショー、そして、宝塚のディナーショーの無観客配信の先陣を切る公演となった(9月7日19:45の部ライブ配信視聴)。ここで真彩が成功を収めたことは、その後の無観客配信にとって大きな意味をもつものだったと思う。歌や踊りの巧さはもちろんのこと、宝塚の娘役のイメージをあくまで保った上での、座持ちのするトークのすばらしさ! 「あれ? アンコールが聞こえるぞ」と自ら語った上で、アンコール曲へとつなげていった際のキュートなおもしろすぎさ――そう、真彩希帆は宝塚歌劇のおもしろクイーンである。画面に映る前方こそディナーのテーブルセッティングがされていたけれども、大きな宴会場自体は、無観客でがらんとしていたのではないか――と想像する。そんな中でも、真彩希帆は、雪組男役4名を率いて、見事、画面越しに見守る観客のもとへと、極上の時間を届けたのだった。清楚さから艶っぽさまで、聖から俗まで、自由に行き交う怪物ぶり。さまざまなドレスに合わせた髪型やアクセサリー遣いも、変わるたびにほう…と見入ってしまうコーディネートぶりで、自己プロデュースの高さもうかがわせる。『ガイズ&ドールズ』や『ミー&マイ・ガール』といったミュージカルからのナンバーも披露したが、今すぐその役を観たい! と思わせる内容の濃さ。なかでも、『モーツァルト!』の「ダンスはやめられない」は、…こんなにも哀しい歌だったのか! …と目を開かれる思い。そして、綾凰華が『THE SCARLET PIMPERNEL』の主題歌「ひとかけらの勇気」を歌うシーンもあった――真彩が大好きな一曲だとのこと。マルグリットのナンバーもぜひ歌ってほしかった!
その直後、雪組トップスター望海風斗のMEGA LIVE TOUR『NOW! ZOOM ME!!』が宝塚大劇場にて開幕、続いて東京宝塚劇場で公演を行なった。本来は4月&5月に他会場で上演される予定で、その際、井上芳雄とラミン・カリムルーという豪華ゲストが出演することになっていた(作・演出の齋藤吉正ワールドの色にまみれる二人の姿も観たかった)。望海風斗の集大成であると同時に、ショー作家齋藤吉正の集大成でもあったこの作品。吉正ワールドをこよなく愛する望海が、過去作からの名シーンと、新たに加えられた場面とを熱唱熱演。男役はあくまでかっこよく、娘役はあくまでかわゆく、「♪オレとお前のプレシャススペシャルシーン/見せてやろうぜ人生劇場」(主題歌「ZUKA! ZOOM UP!!」より)。来た〜、「オレとお前」呼び! 宮本浩次のそれは勲章、齋藤吉正のそれはプレイ。ちょっと恥じらいつつの敢えての「オレとお前」呼びに、観客たるもの笑顔でついていく! ちなみに、かつて雪組で上演された齋藤作品『ラ・エスメラルダ』は、舞台上空にカタカナの「ラ」の一文字が浮かんでいたことから「ラ」の愛称で親しまれているが、今回は、昭和レトロな純喫茶の看板を思わせるおしゃれなレタリングの「NOW! ZOOM ME!!」が、照明によって「ノ」「ゾ」「ミ」にも見えるという凝りよう(装置:國包洋子、照明:佐渡孝治)。宝塚大劇場公演のライブ配信視聴の際は、著作権上配信されない楽曲もあるかなと覚悟していた。しかし、望海はバックストリート・ボーイズの「Shape of My Heart」を堂々英語で披露、母国語歌唱でなくても見事心を伝えていた。歌唱の合間に、なぜか、エイリアンが攻めてくるという映像を交えての寸劇あり、マジックありと、いつもながら齋藤吉正はぶっ飛んでいる。そして、能天気に華やかなバブル時代の文化を振り返るシークエンス。「My Revolution」を颯爽と歌い踊る沙月愛奈は当然ボディコン着用。黄色いファーコート姿で『キューティーハニー』主題歌を歌う妃華ゆきののバックでは「♪イヤよ イヤよ イヤよ」の歌詞が映像でデカデカと点滅! 娘役たちが内なる色気を精いっぱいに謳歌できるシーンがあるのが、齋藤作品の妙。「学園天国」でも美しい高音で楽しませた望海は、「六本木心中」で、男役としてのギリギリの線で女性としての色気を発揮し、実に艶っぽい――ちなみにここではバックの映像に「FU FU」と映り、掛け声を発せない観客の心の内を代弁――このバブルのくだりを観ていて、私は、…齋藤吉正、若いなあ…と思った。若いまま、円熟。
そして第U幕。雪組男役スター彩凪翔が大阪人魂で見せる渾身の名作のパロディ「106年雪組アヤナギ先生」。長い髪を何度もかき上げ、「人という字は」と言いつつ「入」と書き間違えてしまうアヤナギ先生、「ドリフの大爆笑」の替え歌「ノゾミの大爆笑」を歌って、望海風斗のトップスター時代振り返りコーナーに突入。雪組はつくづく貧乏な作品が多い…という着眼点からの、貧乏コント。そのハイライトは、望海が南部藩の脱藩浪士・吉村貫一郎を演じた『壬生義士伝』からのつながりで、望海ファントムがハゲ面のキャリエール(橘幸)と共に南部弁で歌う『ファントム』の「You Are My Own」(「♪エリックお前は愛しい“せがれ”だ〜」)。思わず絶句するおもしろさ。その後、10月に上演された『おかしな二人』の囲み取材で、出演者の一人である山崎静代さんが、主演の大地真央さんについて、芸人じゃないのに笑いへの貪欲さがすごいと語っていたのだけれども、この公演をも思い出し、タカラジェンヌの笑いへの貪欲さはときにとんでもないものがあるんですよ…と思うあひる。
望海が『THE SCARLET PIMPERNEL』の「ひとかけらの勇気」を歌うシーンもあった。ちょっと初演の安蘭けい風。…パーシー、きっと似合っただろうな…と思う。吉正デビュー作『BLUE・MOON・BLUE−月明かりの赤い花−』の主題歌「ENDLESS DREAM」は、初演の真琴つばさの歌い方を踏襲した上で、望海カラーもきっちり加えて。――と、実にてんこもりの内容。そして何より、…大変な時代にトップだったな…ではなく、…大変な時代にトップとしていられて、宝塚歌劇を支えることができて、よかった…と、トップスターとしての最高の矜持を見せる望海風斗の姿に、心打たれた。
望海風斗も、真彩希帆も、ここまで来たら、立派に卒業なのである。“小林寺”(<“宝塚歌劇=餃子”論〜宝塚星組『GOD OF STARS-食聖-』&退団者たちhttp://daisy.stablo.jp/article/470845766.html?1609224567>参照のこと)での修行は終わらんとしている。二人の退団公演『f f f−フォルティッシッシモ−〜歓喜に歌え!〜』(望海は楽聖ベートーヴェン、真彩は“謎の女”に挑戦)『シルクロード〜盗賊と宝石〜』は、年明け2021年1月1日に宝塚大劇場で初日の幕を開ける。今の私には、一つ、願いがある。
『La Voile』のとき、画面のこちらに来たあの感じで、真彩希帆は望海風斗に向かっていっちゃって! 今の望海風斗なら大丈夫!
伝説の退団公演となることを楽しみにしている。
2020-12-29 20:38 この記事だけ表示