宝塚花組『NICE WORK IF YOU CAN GET IT』[宝塚]
 1月に東京国際フォーラムホールCで上演された花組『NICE WORK IF YOU CAN GET IT』は、2012年初演のブロードウェイ・ミュージカルである。1926年に初演された『Oh, Kay!』を下敷きにしていて、ジョージ&アイラのガーシュウィン兄弟の有名曲が次々と飛び出す楽しい作品。1920年代、禁酒法時代のニューヨークで、プレイボーイのお坊ちゃまと酒の密売人の女性とが出逢って織り成す恋模様を描いている。非常に現代的でおもしろいなと思ったのは、ラストだけに現れて物語のすべての問題を“デウス・エクス・マキナ”の如く解決するのが、主人公ジミー(柚香光)の母親であるミリセント(五峰亜季)であるということなのだった。
 話を2019年9月に戻す。私は母親とロンドンに旅し、ウエストエンドの劇場を訪れていた。『ビッグ』や『レ・ミゼラブル』といったミュージカルを観るうち、…もっと女性が華々しく活躍する作品が観たいな…と思った――女性だけですべての役柄を演じる宝塚歌劇団を見慣れている身としては、何だか物足りなく感じられたのである。それで、OLたちが横暴上司をとっちめる『9時から5時まで』や、今年3月、日本でも上演された『ウェイトレス』を観に行った。『9時から5時まで』の客席は見事に女性客が多く、イギリスでも現状に不満を覚える人たちが多いことに気づかされたし、偶然あのピアース・ブロスナンと同じ日に観ることになった『ウェイトレス』は、“ジェームズ・ボンド”の臨席にざわめく客席を結果的に感動の渦で包み込むこととなった素晴らしい舞台だった。のだが。
「どうして、どっちの作品も、最後にすべての問題を解決するのは男の人なんだろうね」
 母にそう言われて、一瞬言葉に詰まったのである。『9時から5時まで』は「神のように偉い」と作中言われてきた男性CEOが“デウス・エクス・マキナ”なのだが、それまでアンサンブルでちょこちょこ顔を見せていた人に演じさせるのなら、いっそのこと、声だけの存在にして、それは“神の意思”であるという風にも感じられるようにできなくもないな…と。『ウェイトレス』はブロードウェイ史上初めて、作詞・作曲、脚本、振付、演出の4担当が女性という作品である。父及び夫のDVに悩まされてきたヒロインが自分自身で大きな決断を下した後に訪れるサプライズの幸せが、レストランの老オーナーによってもたらされるという展開で、ヒロインのその決断がすがすがしいだけに、…ああ、頑張って生きている姿を、見ている人は見てくれているんだな…と本当にほっこりする流れではあるのだが、ラストのハッピー・シーンに大きく寄与しているのが老オーナーの遺言であることは言を俟たず。
 そんな思い出があったので、『NICE WORK IF YOU CAN GET IT』の新機軸ぶりがなおさら響いたことだった――正直に言えば、一幕の割と早い段階で、…そういうオチなんだろうな…と読めてしまったのだけれども。ミリセント役の五峰亜季はいつまでも若々しい声と風貌でさすがの貫録。
 そして、この作品で大開花を遂げた人がいる。
 熱狂的な禁酒法支持者、ウッドフォード公爵夫人を演じた鞠花ゆめ!
 花組には、“タンバリン芸人”として名を馳せた天真みちるという男役がいた――ちなみに、あひる新人賞第一号。代表作は『はいからさんが通る』(2017)で演じた車引きの牛五郎。牛五郎を演じるために生まれてきた! としか思えないほどのなりきりぶりで、日本青年館ホールの舞台に登場した瞬間、大爆笑――離れたところで観ていた人に、「藤本さん、笑ってましたよね」と聞き分けられてしまうほどであった。それよりさらに数年前のことである。
「天真みちる、“女装”の場面あったよね?」
「あったあった!」
という会話を、一緒に観劇していた夫と交わしたことがあった。しかし。またその公演を観に行ったところ、“女装”していると思った天真はその場面に男役として出演していた。じゃあ、あれは誰…? と思いきや、それは、天真と同期の鞠花ゆめだったのである。その日から、彼女の開花を心待ちにしていた。ピシッと上手い人だけに、役柄の造形がちょっと怖くなってしまうきらいなきにしもあらずだったのだけれども、『NICE WORK IF YOU CAN GET IT』では、厳しく禁酒法に反対しながら、うっかり口にしてしまったお酒でついつい女心がほどけてしまう役どころを、コミカルに、そして大いに共感を誘う人物としてチャーミングに演じ切った。ヒロイン・ビリー(華優希)の密売仲間クッキー(瀬戸かずや)と、言い争いばかりしていたのに、…これって、実は恋? と結ばれるあたりも実におかしく微笑ましく。
 柚香光は、この作品での役どころのように、ちょっとセクシーなネタがあってもさらっと上品にこなせるあたりが男役としての特性、強みである。『花より男子』でも、ヒロインと同じ部屋に泊まることになりながら、…お前のこと、大切に思うからこそ手が出せないんだよ〜! というあたりの心理描写が巧みだった――ここは、女性からすれば胸キュンポイントの一つだと思うが、男性からすれば見解が分かれるあたりであろうとも思う。やはりセクシーなネタを宝塚の舞台にアジャストして品よくコミカルに提示できる汝鳥伶扮するベリー署長との場面が非常に楽しく。ガーシュウィンの名曲を歌い踊る上ではプレッシャーもあったことと思うが、華優希が体当たりでヒロイン・ビリーに挑む姿にも好感がもてた。

(1月12日13時の部、東京国際フォーラムホールC)
2021-07-04 00:05 この記事だけ表示