藤本真由
(舞台評論家・ふじもとまゆ)
1972年生まれ。
東京大学法学部卒業後、新潮社に入社。写真週刊誌「FOCUS」の記者として、主に演劇・芸能分野の取材に携わる。
2001年退社し、フリーに。演劇を中心に国内はもとより海外の公演もインタビュー・取材を手がける。
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月組『今夜、ロマンス劇場で』『FULL SWING!』&退団者[宝塚]
映画のスクリーンから抜け出てきた存在と恋に落ちる――。と言えば、私が真っ先に連想するのは、少女時代に何度も観た映画『カイロの紫のバラ』である。しかしながら、『カイロの紫のバラ』においては、映画好きのヒロインが、スクリーンから抜け出てきた存在と、その存在を演じる俳優との間で三角関係に陥るのに対し、『今夜、ロマンス劇場で』において描かれるのはあくまで、主人公の映画助監督牧野健司(月城かなと)とスクリーンから出てきた存在=美雪(海乃美月)の恋である。『カイロの紫のバラ』における恋には、映画や舞台において描かれるフィクションの存在に観客として憧れることのほろ苦さが象徴されているところがあるが、『今夜、ロマンス劇場で』において描かれる恋――生身の肉体でふれてしまえば相手は消えてしまうところから、スクリーンから抜け出てきた存在との間に、身体による愛は成立せず、心による愛しか成立しない――は、クリエイターが、自らが関わるジャンルに捧げる情熱、良心の象徴としてとらえ得る。もともとは映画であったこの物語を、脚本・演出の小柳奈穂子は、月組新トップコンビ月城かなと&海乃美月のお披露目公演として、宝塚への愛がいっぱいにこめられた作品へと仕立て上げた。健司が働く「京映スタジオ」の人々が、映画作りへの情熱を歌うナンバーの生き生きと楽しく晴れやかなこと。宝塚の地にかつて映画撮影所と映画製作会社が存在したことも思い起こされて。
月組新トップスター月城かなとは、昭和、前の東京オリンピックの時代に映画作りに情熱を傾ける青年の姿を誠実に描き出す。人に、役に、作品に、心からの誠意をもって向き合う、それが彼女の特質である。そして、自らの芸や個性を声高に主張するということをしない。けれども、男役として確かに積み重ねてきたものがあって、だからさりげない色気が薫る。そんな魅力が、この物語における、ある種ファンタジックな芸術論を支えている。ヒロイン美雪を演じる新トップ娘役海乃美月には、「恋を演じることをもっと楽しんで!」と言葉をかけたい。思いを寄せたとき、寄せられたとき、人の心はどう動くのか、そのとき人はどんな表情をし、どんな言葉を発するのか。例えば、美雪が健司の部屋を突然出て行くと言い出すのは、好きの裏返し、切なさの発露である。そこに情感が欲しい。ショー作品においても、月城をはじめとする月組の強力な男役陣から歌や踊りや仕草で何か投げかけられたとき、生き生きと心を動かし、この世で自分だけができる反応をこれに投げ返さないのはもったいないと思う。3月2日に観劇した際にはENJOY姿勢が芽生えていたように思ったので、これからを楽しみにしたい。
鳳月杏が演じるのは、“ハンサムガイ”シリーズが大ヒット中の京映の看板スター俊藤龍之介。“気のいい大スターの俺様”をどこか演じているようで、実のところ本当に気のいい大スターの役どころで、温かみのある包容力を見せる。『怪奇! 妖怪とハンサムガイ』の撮影で妖怪たちと踊りまくるシーンに大爆笑。この撮影で事故に遭うが、無事復活を遂げての「爆発すると人生観が変わる」「来世で会おう」(って、あの世やん)の言葉も、大真面目なようでいてとぼけたようでいて、でもやっぱり大真面目らしくて、おかしい。そのあたりのバランスのさじ加減が絶妙である。鳳月と、健司の助監督仲間山中伸太郎を演じた風間柚乃を観ていて、二人が、『銀ちゃんの恋』の銀ちゃんとヤスのコンビを演じる姿を夢想。
暁千星が演じるのは、宝塚版オリジナル・キャラクター、美雪を追いかけてやはりスクリーンから飛び出してくる「大蛇丸」――大蛇だから仕草等いろいろぬめぬめ、でも、くどくはなくてすっきりさっぱり。コスチュームといい、『エリザベート』のトート閣下のパロディ風になっていて、「♪最後に勝つのは俺さ〜」でおなじみのトートの「最後のダンス」風のナンバーあり。それを歌い終わって健司の下宿の障子の向こうにぬっと消えていく様が、『エリザベート』のワンシーンを思い出させて、これまた大爆笑。
『FULL SWING!』は、ベテラン演出家三木章雄が、宝塚への愛とジャズへの愛を炸裂させるショー。フランク・シナトラをテーマに綴る中詰が最高に楽しい。銀橋の鳳月が男役のムードたっぷりに「Strangers in the Night」を歌うシーンでは、彩みちるのようにドレスを優雅になびかせながらその横で揺れていたいな…と。そして、“シナトラ”として風格をただよわせて登場、客席への愛をこめた「My Way」を月組生の芯となって熱唱する月城。新トップスターながら組をまとめる力、十分である。そして、鳳月、暁、風間が銀橋に残り、「It’s All Right With Me」――”wrong”の語を多用して大人の恋を描く、いかにもコール・ポーターらしいおしゃれなナンバー――を洒脱に歌う。力量のある男役を多数擁する組だからこそ成立する、贅沢な場面だなと感じた。三木はかつて月組で『ジャズマニア』というヒット作を出しており、今回の作品でも主題歌及びその一場面を思い出させる場面が登場する。それもあってか、私は今回、月城かなとを観ていて、かつて『ジャズマニア』で主演を務めた真琴つばさのような大人の男役の翳りの魅力を感じた。鳳月もまた異なる大人の魅力をたたえた男役であって、芝居にショーに、二人の個性がますます輝いていくのが楽しみである。主演公演『ブエノスアイレスの風』を経て星組に組替えとなる暁は、毎公演の伸び幅がドキドキ楽しみな人。<砂漠>の場面では、その踊りで何かを降ろしそうな勢いだった。風間が自慢の喉で大いに熱唱を聴かせるのも心地よかった――ジャズのスタンダード・ナンバーが似合う。
『今夜、ロマンス劇場で』の三好師長役のピリッと辛口加減がいかにも月組娘役らしい姫咲美礼は、本日をもって卒業である。千秋楽ライブ配信、夫と楽しみに観ます!
月組新トップスター月城かなとは、昭和、前の東京オリンピックの時代に映画作りに情熱を傾ける青年の姿を誠実に描き出す。人に、役に、作品に、心からの誠意をもって向き合う、それが彼女の特質である。そして、自らの芸や個性を声高に主張するということをしない。けれども、男役として確かに積み重ねてきたものがあって、だからさりげない色気が薫る。そんな魅力が、この物語における、ある種ファンタジックな芸術論を支えている。ヒロイン美雪を演じる新トップ娘役海乃美月には、「恋を演じることをもっと楽しんで!」と言葉をかけたい。思いを寄せたとき、寄せられたとき、人の心はどう動くのか、そのとき人はどんな表情をし、どんな言葉を発するのか。例えば、美雪が健司の部屋を突然出て行くと言い出すのは、好きの裏返し、切なさの発露である。そこに情感が欲しい。ショー作品においても、月城をはじめとする月組の強力な男役陣から歌や踊りや仕草で何か投げかけられたとき、生き生きと心を動かし、この世で自分だけができる反応をこれに投げ返さないのはもったいないと思う。3月2日に観劇した際にはENJOY姿勢が芽生えていたように思ったので、これからを楽しみにしたい。
鳳月杏が演じるのは、“ハンサムガイ”シリーズが大ヒット中の京映の看板スター俊藤龍之介。“気のいい大スターの俺様”をどこか演じているようで、実のところ本当に気のいい大スターの役どころで、温かみのある包容力を見せる。『怪奇! 妖怪とハンサムガイ』の撮影で妖怪たちと踊りまくるシーンに大爆笑。この撮影で事故に遭うが、無事復活を遂げての「爆発すると人生観が変わる」「来世で会おう」(って、あの世やん)の言葉も、大真面目なようでいてとぼけたようでいて、でもやっぱり大真面目らしくて、おかしい。そのあたりのバランスのさじ加減が絶妙である。鳳月と、健司の助監督仲間山中伸太郎を演じた風間柚乃を観ていて、二人が、『銀ちゃんの恋』の銀ちゃんとヤスのコンビを演じる姿を夢想。
暁千星が演じるのは、宝塚版オリジナル・キャラクター、美雪を追いかけてやはりスクリーンから飛び出してくる「大蛇丸」――大蛇だから仕草等いろいろぬめぬめ、でも、くどくはなくてすっきりさっぱり。コスチュームといい、『エリザベート』のトート閣下のパロディ風になっていて、「♪最後に勝つのは俺さ〜」でおなじみのトートの「最後のダンス」風のナンバーあり。それを歌い終わって健司の下宿の障子の向こうにぬっと消えていく様が、『エリザベート』のワンシーンを思い出させて、これまた大爆笑。
『FULL SWING!』は、ベテラン演出家三木章雄が、宝塚への愛とジャズへの愛を炸裂させるショー。フランク・シナトラをテーマに綴る中詰が最高に楽しい。銀橋の鳳月が男役のムードたっぷりに「Strangers in the Night」を歌うシーンでは、彩みちるのようにドレスを優雅になびかせながらその横で揺れていたいな…と。そして、“シナトラ”として風格をただよわせて登場、客席への愛をこめた「My Way」を月組生の芯となって熱唱する月城。新トップスターながら組をまとめる力、十分である。そして、鳳月、暁、風間が銀橋に残り、「It’s All Right With Me」――”wrong”の語を多用して大人の恋を描く、いかにもコール・ポーターらしいおしゃれなナンバー――を洒脱に歌う。力量のある男役を多数擁する組だからこそ成立する、贅沢な場面だなと感じた。三木はかつて月組で『ジャズマニア』というヒット作を出しており、今回の作品でも主題歌及びその一場面を思い出させる場面が登場する。それもあってか、私は今回、月城かなとを観ていて、かつて『ジャズマニア』で主演を務めた真琴つばさのような大人の男役の翳りの魅力を感じた。鳳月もまた異なる大人の魅力をたたえた男役であって、芝居にショーに、二人の個性がますます輝いていくのが楽しみである。主演公演『ブエノスアイレスの風』を経て星組に組替えとなる暁は、毎公演の伸び幅がドキドキ楽しみな人。<砂漠>の場面では、その踊りで何かを降ろしそうな勢いだった。風間が自慢の喉で大いに熱唱を聴かせるのも心地よかった――ジャズのスタンダード・ナンバーが似合う。
『今夜、ロマンス劇場で』の三好師長役のピリッと辛口加減がいかにも月組娘役らしい姫咲美礼は、本日をもって卒業である。千秋楽ライブ配信、夫と楽しみに観ます!
2022-03-27 00:41 この記事だけ表示