花組東京建物 Brillia HALL公演『冬霞の巴里』[宝塚]
 舞台を19世紀末のベル・エポックのパリに据え、古代ギリシャの悲劇詩人アイスキュロスの『オレスティア』三部作をモチーフに描く『冬霞の巴里』は、作・演出の指田珠子にとっては初東上作品。血染め風の衣装や目の周りを濃く強調したメイクもみられる異色作で、パリのパッサージュが登場する装置(木戸真梨乃)も魅力的である。
 主人公オクターヴ(永久輝せあ)とその姉アンブル(星空美咲)は、幼いころ、母クロエ(紫門ゆりや)と父の弟ギョーム(飛龍つかさ)が手を組んで父オーギュスト(和海しょう)を亡き者にしたのではないかと疑っており、復讐を果たすためにパリに帰ってくる。この舞台を観て、月組『螺旋のオルフェ』(1999年、作・演出=荻田浩一)を思い出したのには理由がある。『螺旋のオルフェ』はギリシャ神話のオルフェウス伝説をベースとした作品で、舞台は1950年代のパリ。主人公イヴは、瀕死の恋人に乞われ、彼女に引き金を引いた罪の意識に囚われながら長い年月パリを彷徨っている。イヴが抱えるその苦悩にも似たものを、『冬霞の巴里』の主人公オクターヴに感じた。オクターヴは、父を殺した相手に復讐しなくてはならないという思いを自分が抱え込んでしまったことに、作中ずっと苦悩し続けている。だから、そういった負の感情などなさそうな人間に苛立つ。他方、オクターヴと実は血のつながりがないことを知りながらも、あくまで姉と弟、同じ苦悩を抱えた者同士としてつながり続けることを選択するアンブル。オクターヴも、血のつながりのないことを知った上で、そんな思いごとアンブルを引き受けることを選択する。そこにオクターヴの人間としての成長をみる。
 そして、宝塚において、パリはひときわ特別な都市である。パリのレビューに多大な影響を受けた宝塚歌劇団(英語名は「Takarazuka Revue Company」)は、その舞台においてさまざまなパリを描いてきた。それは一方で、ときに、この世のどこにもない、宝塚の舞台にしか存在しないパリでもある。
 永久輝せあが終始憂いに満ちた表情で主人公オクターヴの苦悩を見せる。アンブル役の星空美咲にきりっとした存在感。一樹千尋はオクターヴに道筋を示す謎の老人ジャコブ爺を演じて深い印象を残す。クロエ役の紫門ゆりやに妖しい美しさ。飛龍つかさはヒゲもよく似合い、ギョームの哀しさをにじませた。無政府主義者ヴァランタンを演じた聖乃あすかは、翳りのあるメイクも活きて、オクターヴの心とも相似形を描く憎しみを、死に神の如きニヒルさをもって見せた。

(4月12日11時の部、東京建物 Brillia HALL)