雪組東京宝塚劇場公演『ボイルド・ドイル・オンザ・トイル・トレイル−Boiled Doyle on the Toil Trail−』『FROZEN HOLIDAY−Snow Troupe 100th Anniversary−』&退団者たち[宝塚]
 シャーロック・ホームズ・シリーズの作者アーサー・コナン・ドイルが主人公の『ボイルド・ドイル・オンザ・トイル・トレイル−Boiled Doyle on the Toil Trail−』(“オンザ”の箇所にも「・(中黒)」が必要のように思うのですが)。作・演出の生田大和は、宙組公演『シャーロック・ホームズ−The Game Is Afoot!−』(2021)を手がけた経験あり。今回ドイルを演じるのは彩風咲奈、長身でスーツをビシッと着こなして登場する。そして、作品には、ホームズのシリーズが掲載されている「ストランド・マガジン」編集部がたびたび登場する。――元日の能登半島地震、翌日の羽田空港における日航機炎上、旧田中角栄邸の火災など、今年は一年が始まって十日くらいで大事件が次々と起きた。そんな折にこの舞台を観たということもあったからなのか、自分が職業人生をスタートさせた1995年があざやかに甦ってきた。1995年は、1月17日に阪神・淡路大震災があり、3月20日には地下鉄サリン事件が起き、その十日後には警察庁長官狙撃事件があった。そのそれぞれの日、自分が何をしていたか、今もはっきりと覚えている。心ざわざわする、どこか不穏なものを感じる中、4月になり、新米記者として歩み始めた。私が配属になった雑誌の創刊編集長は長身で、スーツをビシッと着こなしていて、そして、厳しかった。新米記者は、「あなたの文章は人間が書けてないんだよ」という叱言を何度か頂戴した。おもしろい作品を書きたいと願うドイルと、おもしろい作品を雑誌に掲載したいと願うストランド・マガジン編集部の人々を観ていて、書き手としての基礎を叩き込まれた、そんな新米記者時代を思い出した。
 魔法のペンを得たドイルの目の前に、シャーロック・ホームズ(朝美絢)が現れる。シリーズが人気を博したことにより、虚構であるはずのホームズという存在は次第に大きくなってゆき、ドイルの人生をも振り回す。ときに悪魔のようないでたちで登場し、ドイルを翻弄するホームズ。妻ルイーザ(夢白あや)のアドバイスも受け、ホームズと訣別するために、ドイルはホームズを亡きものとすることにし、『最後の事件』の着想を練るが、ホームズには弱点がないという設定ゆえ、大いに苦労する。『最後の事件』の結末とドイルの実人生との絡め方については疑問なしとしないが、宝塚の舞台作りにもつながる物作りの苦労と喜びを描く作品で、「世界には、それでも物語が必要だ」なるドイルのセリフで締めくくられる。
 作中、ドイルの育った家庭が父チャールズ(奏乃はると)の飲酒により崩壊したこと、ホームズ・シリーズのヒットを受け、離れて暮らす家族をドイルが呼び寄せ一つにしようとするエピソードが語られる。ドイルの母メアリ(妃華ゆきの)からの手紙を受けて、ドイルの妹ロティ(野々花ひまり)が過去を振り返って歌うが、この野々花の歌がしみじみ心を打つものだった。
 「ストランド・マガジン」のオーナー、ジョージ・ニューンズ役の真那春人の軽妙な演技。怪しげな催眠術を使うミロ・デ・メイヤー教授(実在したメイヤー教授とは異なる設定とのこと)役の縣千もとぼけた味を発揮。

 雪組誕生100周年を祝福する『FROZEN HOLIDAY−Snow Troupe 100th Anniversary−』には、作曲家フランク・ワイルドホーンによる「SNOW FLOWER WILL BLOOM」の曲のプレゼント付き(ワイルドホーン夫人である和央ようかは元宙組トップスターだが、雪組に配属され、研鑽を積んだ)。舞台に映し出されるスライド、そして、作・演出の野口幸作が手がけたこの曲の歌詞で、「戦争で街が焼かれて/瓦礫が溢れた時代/流行病で街から/人が消え去った時代」と、この100年の間のさまざまな苦難が言及されるが、そこに出て来ない出来事として、2011年3月11日の東日本大震災を思い出した。このとき東京宝塚劇場で『ロミオとジュリエット』を上演していたのが雪組である。地震の結果生じた電力不足が舞台芸術界にとっても大きな問題となり、余震も続く中、公演は続けられた。
 100周年を迎えるFROZEN HOTELにさまざまな宿泊客がやってくるという設定の作品で、クリスマス・メドレーあり、和テイストありと、多彩に変化する場面が、“冬の休日”のテーマのもとしっかりまとめ上げられている。花、月、雪、星、宙と宝塚に5つ組がある中、雪組は、一つの季節と結びついている唯一の組であることを改めて思った。今年後半の『ベルサイユのばら−フェルゼン編−』で退団となる彩風咲奈にとってはこれが大劇場公演における最後のレヴュー作品だが、長身で颯爽と躍動する姿で印象付け、夢白あやとのコンビネーションも非常にしっくり来ていた。朝美絢は、彼女の中のおもしろさが男役像に深みを与えるべく発揮できるようになってきた感がある。朝美が軸になり、雪組男役陣を率いてT.M.Revolutionの「WHITE BREATH」でかっこよく歌い踊るシーンの勢いで今後もGO! このシーンでは和希そら、縣千にも大いにパワーを感じた。夢白あやは華やかさで魅了する。白いドレスで出てきた彼女にさまざまな飾り付けをしてショートケーキのように仕上げるシーンがあり、ここでかぶっているショートケーキのハットがめちゃめちゃかわいいのですが(衣装:加藤真美)、ちょうどドイルの時代であるヴィクトリア朝風のロリータ服を得意とするブランドで、まさにケーキのようなハットを発見、今回の雪組公演のためにあるようなアイテムだな……と思った次第。

 この公演で退団となる沙羅アンナが『ボイルド・ドイル・オンザ・トイル・トレイル』で演じたのは、霊媒師エステル・ロバーツ(実在した霊媒師だが、舞台で描かれた時代における実年齢とはかなり違っており、ミロ・デ・メイヤー教授同様、異なる設定ということのようである)。心霊現象研究協会の会合で一心不乱に踊る様にインパクトがあった。
 そして、「ストランド・マガジン」編集長ハーバート・グリーンハウ・スミスを演じた和希そら。よき書き手、物語を発掘せんと心に炎を燃やす様に、鬼気迫るものを感じさせる演技だった。『FROZEN HOLIDAY』では渋いいい声で「ママがサンタにキスをした」を歌っていて、大人の魅力。和希の話になると、みんな口を揃えて「もったいない」と言う。私は、第二の人生でもパワー爆発してくれるんだろうなと、大いに期待している。