令和6年6月歌舞伎鑑賞教室『恋飛脚大和往来−封印切−』[歌舞伎]
 <新町井筒屋の場>の上演。中村鴈治郎は、ときに素なのかアドリブなのかわからないような演技をキレッキレに披露するところが魅力なのだけれども、亀屋忠兵衛役でもそんな魅力が存分に味わえて。この場面で、忠兵衛は実にさまざまな嘘をつく。その嘘一つ一つの背景にあるさまざまなもの――懐にしている公金が本当に自分のものであったらいいのに……という哀しい夢や、極限状態まで追いつめられた人間心理等――を、鴈治郎の演技はていねいに描き出してゆく。そうしてあれこれ積み重ねられた果ての、――もはや死ぬしかない、という(忠兵衛にとっての)現実。どうにも思いのやりどころがなくて、泣くほかなかった。――公演中ずっと、彼の亡き父の巨大な顔が、はっきりくっきり浮かんでいた。かつて歌舞伎座で感じたときのように重いと思うことはなくて、ただ、空気の中に透明に溶け込んだように、でも、確かに存在していて、――それが芸の伝承ということなのかもしれない、と思って観ていた。実に純粋な時間を過ごして、魂がすっきり洗われたような。

(14時半の部、サンパール荒川大ホール)