藤本真由
(舞台評論家・ふじもとまゆ)
1972年生まれ。
東京大学法学部卒業後、新潮社に入社。写真週刊誌「FOCUS」の記者として、主に演劇・芸能分野の取材に携わる。
2001年退社し、フリーに。演劇を中心に国内はもとより海外の公演もインタビュー・取材を手がける。
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月組東京宝塚劇場公演『ゴールデン・リバティ』『PHOENIX RISING−IN THE MOONLIGHT−』その2[宝塚]
16世紀のポーランド王国における民主主義政治システム「黄金の自由」にちなんだタイトルの『ゴールデン・リバティ』(作・演出:大野拓史)。演出家がこれまでのキャリアで発表してきた作品群を総括し、さらなる地平を目指すような作品に仕上がっている。
列車強盗団“ワイルドバンチ”の最後の生き残りだったジェシー(鳳月杏)は、保安官ライマン(風間柚乃)から脅され、足を洗った列車強盗稼業に舞い戻ることに。襲った列車には古い外交行嚢を抱えた少年が乗っていた。ひょんなことから二人はサーカス団にもぐりこむが、少年と見えたのは実は女性、名前はアナレア(天紫珠李)。女ガンマンと撃たれ役として人気コンビになる二人だが、アナレアは実はツアナキ島の王女であり、国家的任務を抱えてアメリカにやってきたことが明らかになる――この作品では、かつて存在したとされるが現在は存在しないツアナキ島に王国があるという設定になっている。アナレアのモデルはハワイ王国の王女カイウラニ――。外交行嚢には、かつてリンカーン大統領がツアナキ島に対して発した、交易に応じるなら島の独立は侵さないという外交文書が入っていた。二人を追う人々。自由の女神像の除幕式でアメリカのクリーブランド大統領と対面を果たしたアナレアの決断は――?
公演ポスターから連想するのは西部劇、そして実際途中まではそうなのだが、サーカスの場面あり、自由の女神像内での立ち廻りあり、そして最終的にはトロピカルな南の島、ツアナキ島でタヒチアン風ダンスまで披露されて、レビュー作品の如き趣もあり。オープニング場面は大陸横断鉄道の起点駅にあるレストランで繰り広げられるが、ここで踊られるダンスから想起したのが、宝塚歌劇団が1927年に日本で初めて上演したレビュー作品『モン・パリ』での、衣裳のズボンを汽車の動輪に見立てたラインダンス。今回の振付(平澤智)では手にしたフランスパンで連結棒を連想させるのがおもしろい。宝塚歌劇団の創始者である小林一三が、阪急電鉄の駅に直結したターミナルデパート、阪急百貨店をオープンさせたこと、そこに開業した大食堂のライスカレーが大人気を博したことも思い出したり。列車で大陸を旅して回り、5人の団長を擁してスターを次々と生み出す「ロングロング・サーカス」のモデルは、“地上最大のショー”がキャッチフレーズの「リングリング・サーカス」である。
鳳月杏&天紫珠李にとってはこれが月組トップコンビお披露目作品。入団19年目、すでにトップスターを勤め上げて退団した同期もいる中、最も遅い年次でトップスターに就任した鳳月だが、積み上げてきたキャリアにふさわしい、すばらしい舞台を見せる。男役としての所作が研ぎ澄まされていて、立っているだけで美しい。だからこそ、演出家も、広い劇場の大きな舞台にただ一人立たせるという場面を創ったのだと思う。過去へとときに引き戻され、己の無力感を責め、けれども、アナレアとの出逢いもきっかけに、明日を、未来を目指して進んでいく主人公。宝塚の男役の美学がここにある。
天紫珠李は男役の経験もある娘役だが、アナレアが最初は少年の扮装をしているというところに、演出家の洒落っ気を感じたり。天紫に対しては、キャリアもあるのだから、もっと堂々と舞台をENJOY! と思ったりもするのだけれども、そんな、どこか奥ゆかしさを感じさせるところも、秘密を抱えた王女という役どころにマッチしていた。
理想に燃えるも挫折した過去をもつ男ライマンを演じるのは風間柚乃。自分の悪事を止めてくれとライマンがジェシーに懇願し、決闘する場面で、ピーター・モーガン作『フロスト/ニクソン』の印象的なセリフ、”He wants the wilderness”を思い出した――しかし、ここではジェシーがライマンの望むところの”wilderness”を与えないところがいいのだが。ここでの鳳月と風間、男役同士の対峙が緊迫感に満ち満ちていて、舞台にぐわっと引き込まれる醍醐味があった。
ヒル・バレーの街のサルーンの女将フレンチー役の妃純凛が月組娘役らしくすばらしく威勢がいいのだが、彼女の啖呵をきっかけに街の人々が乱暴者に応戦しようとする場面は、『柳生忍法帖』(2021)で闘う女たちの姿を思い起こさせる。自由の女神像の場面でジェシーを助ける女性の声に、「もしかして自由の女神が助けてくれているの?」と最初思ったのですが、助けてくれたのは女性新聞記者エリザベス(白河りり)だった――その姿に、『記者と皇帝』(2011)を思い出したり。それを言ったら『El Japón−イスパニアのサムライ−』(2019−2020)は史実も取り入れたマカロニ・ウエスタン風味の作品だったな……と、大野拓史の過去作をいろいろ思い起こす楽しいひととき。
サーカスの団長たちの妹アイダ(花妃舞音)が人形遣いで、人形たちに託してずばり本音を語るシーンがおもしろい。今回退団の春海ゆうと朝陽つばさが、少年ジェシーを助けたワイルドバンチのリーダー格ホールデンとボーグナインを演じるのだが、その二人が後半、自由の女神像の除幕式の場面で、クリーブランド大統領とフランス側代表レセップスとして登場、今度はアナレアを助けるというのも気の利いた趣向。
舞台冒頭、「ショー作品?」と思うくらい、ミラーボールが金色にキラキラ光り、回る。作品が終わってみれば、――その輝きは、最終的に勝ち取った自由を祝福しているような、月組の組カラー「黄色」を連想させるような、はたまた作中言及されるツアナキ王国のパイナップルを彷彿とさせるような。ツアナキの人々に幸あれ。
『PHOENIX RISING−IN THE MOONLIGHT−』(作・演出:野口幸作)は、鳳月杏の名前にちなみ、PHOENIX、不死鳥、鳳凰をモチーフに、エジプト、インド、上海(NEO SHANGHAI)、タイ、韓国と、さまざまな国と地域をめぐるレヴュー。エスニック・ムード満載で、観るたびにエスニック料理を食べたい欲が刺激され。それはさておき。芝居、レヴューと観て、男役鳳月杏の魅力は、彼女の名前の最初の字「ほ」から始まる「ほんわか」「ほっこり」といった言葉を連想させるな、と感じた。豊富なキャリアゆえの円熟味とみずみずしさが共存しているところもいい。トップスターとしての今後の展開も非常に楽しみである。芝居の終盤で変装して出てくる場面があるのだけれども、あまりのスタイルのよさでわかってしまうのだが、NEO SHANGHAIの場面でチャイナ服姿で礼華はると男役同士でタンゴを踊る際も身体の活かし方が際立っていた。礼華は男役として少々重心が高いように感じられるのだけれども、鳳月から多くを学んでいるといいなと思う。
レヴューで大いに笑いのツボを刺激されたのが、風間扮するボリウッド映画界のスーパースター「オダチン・カーン」(風間の愛称は「おだちん」)が大活躍する場面(振付:三井聡)。濃いヒゲがチャームポイントのオダチン・カーンは、古代歴史アクション、ディスコ・ミュージカル、近未来SF、学園ミュージカル、ボリウッド・ロマンと、バラエティ豊かな作品群で主演。『サタデー・ナイト・フィーバー』風ディスコ・ダンスにロボット・ダンスと、踊り分けがすごい。ヒゲ面で学園ものに主演してしまうのもいい。オダチン・カーンを観ていると幸せになって、笑ってしまう。ヒゲ面で大いに発揮されるその魅力、当たりキャラの予感。
列車強盗団“ワイルドバンチ”の最後の生き残りだったジェシー(鳳月杏)は、保安官ライマン(風間柚乃)から脅され、足を洗った列車強盗稼業に舞い戻ることに。襲った列車には古い外交行嚢を抱えた少年が乗っていた。ひょんなことから二人はサーカス団にもぐりこむが、少年と見えたのは実は女性、名前はアナレア(天紫珠李)。女ガンマンと撃たれ役として人気コンビになる二人だが、アナレアは実はツアナキ島の王女であり、国家的任務を抱えてアメリカにやってきたことが明らかになる――この作品では、かつて存在したとされるが現在は存在しないツアナキ島に王国があるという設定になっている。アナレアのモデルはハワイ王国の王女カイウラニ――。外交行嚢には、かつてリンカーン大統領がツアナキ島に対して発した、交易に応じるなら島の独立は侵さないという外交文書が入っていた。二人を追う人々。自由の女神像の除幕式でアメリカのクリーブランド大統領と対面を果たしたアナレアの決断は――?
公演ポスターから連想するのは西部劇、そして実際途中まではそうなのだが、サーカスの場面あり、自由の女神像内での立ち廻りあり、そして最終的にはトロピカルな南の島、ツアナキ島でタヒチアン風ダンスまで披露されて、レビュー作品の如き趣もあり。オープニング場面は大陸横断鉄道の起点駅にあるレストランで繰り広げられるが、ここで踊られるダンスから想起したのが、宝塚歌劇団が1927年に日本で初めて上演したレビュー作品『モン・パリ』での、衣裳のズボンを汽車の動輪に見立てたラインダンス。今回の振付(平澤智)では手にしたフランスパンで連結棒を連想させるのがおもしろい。宝塚歌劇団の創始者である小林一三が、阪急電鉄の駅に直結したターミナルデパート、阪急百貨店をオープンさせたこと、そこに開業した大食堂のライスカレーが大人気を博したことも思い出したり。列車で大陸を旅して回り、5人の団長を擁してスターを次々と生み出す「ロングロング・サーカス」のモデルは、“地上最大のショー”がキャッチフレーズの「リングリング・サーカス」である。
鳳月杏&天紫珠李にとってはこれが月組トップコンビお披露目作品。入団19年目、すでにトップスターを勤め上げて退団した同期もいる中、最も遅い年次でトップスターに就任した鳳月だが、積み上げてきたキャリアにふさわしい、すばらしい舞台を見せる。男役としての所作が研ぎ澄まされていて、立っているだけで美しい。だからこそ、演出家も、広い劇場の大きな舞台にただ一人立たせるという場面を創ったのだと思う。過去へとときに引き戻され、己の無力感を責め、けれども、アナレアとの出逢いもきっかけに、明日を、未来を目指して進んでいく主人公。宝塚の男役の美学がここにある。
天紫珠李は男役の経験もある娘役だが、アナレアが最初は少年の扮装をしているというところに、演出家の洒落っ気を感じたり。天紫に対しては、キャリアもあるのだから、もっと堂々と舞台をENJOY! と思ったりもするのだけれども、そんな、どこか奥ゆかしさを感じさせるところも、秘密を抱えた王女という役どころにマッチしていた。
理想に燃えるも挫折した過去をもつ男ライマンを演じるのは風間柚乃。自分の悪事を止めてくれとライマンがジェシーに懇願し、決闘する場面で、ピーター・モーガン作『フロスト/ニクソン』の印象的なセリフ、”He wants the wilderness”を思い出した――しかし、ここではジェシーがライマンの望むところの”wilderness”を与えないところがいいのだが。ここでの鳳月と風間、男役同士の対峙が緊迫感に満ち満ちていて、舞台にぐわっと引き込まれる醍醐味があった。
ヒル・バレーの街のサルーンの女将フレンチー役の妃純凛が月組娘役らしくすばらしく威勢がいいのだが、彼女の啖呵をきっかけに街の人々が乱暴者に応戦しようとする場面は、『柳生忍法帖』(2021)で闘う女たちの姿を思い起こさせる。自由の女神像の場面でジェシーを助ける女性の声に、「もしかして自由の女神が助けてくれているの?」と最初思ったのですが、助けてくれたのは女性新聞記者エリザベス(白河りり)だった――その姿に、『記者と皇帝』(2011)を思い出したり。それを言ったら『El Japón−イスパニアのサムライ−』(2019−2020)は史実も取り入れたマカロニ・ウエスタン風味の作品だったな……と、大野拓史の過去作をいろいろ思い起こす楽しいひととき。
サーカスの団長たちの妹アイダ(花妃舞音)が人形遣いで、人形たちに託してずばり本音を語るシーンがおもしろい。今回退団の春海ゆうと朝陽つばさが、少年ジェシーを助けたワイルドバンチのリーダー格ホールデンとボーグナインを演じるのだが、その二人が後半、自由の女神像の除幕式の場面で、クリーブランド大統領とフランス側代表レセップスとして登場、今度はアナレアを助けるというのも気の利いた趣向。
舞台冒頭、「ショー作品?」と思うくらい、ミラーボールが金色にキラキラ光り、回る。作品が終わってみれば、――その輝きは、最終的に勝ち取った自由を祝福しているような、月組の組カラー「黄色」を連想させるような、はたまた作中言及されるツアナキ王国のパイナップルを彷彿とさせるような。ツアナキの人々に幸あれ。
『PHOENIX RISING−IN THE MOONLIGHT−』(作・演出:野口幸作)は、鳳月杏の名前にちなみ、PHOENIX、不死鳥、鳳凰をモチーフに、エジプト、インド、上海(NEO SHANGHAI)、タイ、韓国と、さまざまな国と地域をめぐるレヴュー。エスニック・ムード満載で、観るたびにエスニック料理を食べたい欲が刺激され。それはさておき。芝居、レヴューと観て、男役鳳月杏の魅力は、彼女の名前の最初の字「ほ」から始まる「ほんわか」「ほっこり」といった言葉を連想させるな、と感じた。豊富なキャリアゆえの円熟味とみずみずしさが共存しているところもいい。トップスターとしての今後の展開も非常に楽しみである。芝居の終盤で変装して出てくる場面があるのだけれども、あまりのスタイルのよさでわかってしまうのだが、NEO SHANGHAIの場面でチャイナ服姿で礼華はると男役同士でタンゴを踊る際も身体の活かし方が際立っていた。礼華は男役として少々重心が高いように感じられるのだけれども、鳳月から多くを学んでいるといいなと思う。
レヴューで大いに笑いのツボを刺激されたのが、風間扮するボリウッド映画界のスーパースター「オダチン・カーン」(風間の愛称は「おだちん」)が大活躍する場面(振付:三井聡)。濃いヒゲがチャームポイントのオダチン・カーンは、古代歴史アクション、ディスコ・ミュージカル、近未来SF、学園ミュージカル、ボリウッド・ロマンと、バラエティ豊かな作品群で主演。『サタデー・ナイト・フィーバー』風ディスコ・ダンスにロボット・ダンスと、踊り分けがすごい。ヒゲ面で学園ものに主演してしまうのもいい。オダチン・カーンを観ていると幸せになって、笑ってしまう。ヒゲ面で大いに発揮されるその魅力、当たりキャラの予感。