「猿若祭二月大歌舞伎」昼の部[歌舞伎]
 『其俤対編笠 鞘當』。中村児太郎、きりっ。
 『醍醐の花見』。豊臣秀吉役の中村梅玉がやわらかく桜を見上げる様にいざなわれ、満開の桜を見ているときの陶然とした思いが胸に広がる、目にも耳にも醍醐味いっぱいの舞台。
 『きらら浮世伝』。1988年に銀座セゾン劇場で初演された演目の歌舞伎化で、蔦屋重三郎が主人公(作・演出:横内謙介)。初演は未見。蔦屋重三郎役の中村勘九郎が東洲斎写楽の「三代目大谷鬼次の江戸兵衛」を思わせるポーズではっちゃけた表情を見せる宣伝写真が好き。彼が第二幕で歌舞伎座の劇場空間全体に対して向ける、それはぶっとい矢印のような狂気にも似たものを感じていたら――そして、彼がそれを獲得するに至った道のりを思っていたら――、この人の役者としての未来に対して楽しみしかない! と。作品としては、芸術論でもあり、中村七之助扮する遊女お篠の存在を通して吉原に生きる人々の哀しさへ向ける眼差しもあり。武士で狂歌師の大田南畝役の中村歌六と武士で戯作者の恋川春町役の中村芝翫を観ていて、江戸時代の身分制度が身体のうちにきっちり入っているから演技に説得力が出るのだなと感じた。ちなみに、初演では、恋川春町は名バイプレイヤーとしてならした故川谷拓三が演じた役柄。私の母方の曾祖父が高知出身で姓は「川谷」、親戚だそうだと亡くなった祖母が話しており(八女福島の燈籠人形の松延貫嵐と父方の曾祖父松延浩よりは近いかと)。