藤本真由
(舞台評論家・ふじもとまゆ)
1972年生まれ。
東京大学法学部卒業後、新潮社に入社。写真週刊誌「FOCUS」の記者として、主に演劇・芸能分野の取材に携わる。
2001年退社し、フリーに。演劇を中心に国内はもとより海外の公演もインタビュー・取材を手がける。
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宝塚
月組の久世星佳主演で1990年に初演された作品の待望の再演(作・演出=正塚晴彦)。作品も音楽(作曲・編曲=高橋城、高橋恵)も演者たちもかっこよく、おもしろい! 最後までハラハラドキドキ。主人公の天才詐欺師ドノヴァンを演じる風間柚乃が、……こんな風にエスコートされたら素敵だろうな……と思わせる男役の魅力を発揮。ヒロイン・シャロンを演じる花妃舞音は、恩人を殺された復讐を果たすためのドノヴァンによる詐欺、“芝居”に参加することになり、これをきっかけに冴えない日々から抜け出そうとする。自分の殻を破ろうともがくシャロンを演じる花妃に、磨けば大いに光るのではないかと思われる鉱脈のきらめきのような瞬間あり。ドノヴァンのシャロンへの指南がそのまま演劇論に感じられたりするのがおもしろかったり。ちょっとゆっくり整理したく。
『ベルサイユのばら』初演から50年。記念の年を寿ぐ公演は、大切に上演され続けてきた作品を次世代に引き継がんとする気迫が光る力演揃いの舞台。そして本日9月4日はハンス・アクセル・フォン・フェルゼンの誕生日。そんな日にふさわしく、不思議な力に満ちた公演でした。
昨年の『カジノ・ロワイヤル〜我が名はボンド〜』以来となった宙組の東京宝塚劇場での公演は、“大階段”をタイトルに掲げたレビューの一本もの(作・演出=齋藤吉正)。日本初のレビュー『吾が巴里よ<モン・パリ>』(1927)はじめ、宝塚で上演されてきたさまざまな作品の名曲から成り、黒燕尾服のシーンあり、ラテンのナンバーありと盛りだくさんの構成で、下級生に至るまで多くのキャストに見せ場が与えられている――『エスカイヤ・ガールス』(1965)表題曲を、娘役3名がアイドル風振付で踊るシーンの楽しさ(振付=瀬川ナミ)。そんな作品で、トップ娘役春乃さくらが大奮闘大活躍、ショースターぶりがすばらしい。ラテンクイーンに扮し、『パッショネイト宝塚!』(2014)の「パッショネイト!」を熱唱するシーンのはじけるエネルギー、その凄み。かと思えば、『ラ・ベルたからづか』(1979)の「ラ・ヴィオレテラ」ではしっとりとした歌唱を披露する。『王家に捧ぐ歌−オペラ「アイーダ」より』(2003)の「世界に求む−王家に捧げる歌−」に乗ってのデュエットダンスでは、トップスター芹香斗亜相手に頼もしいまでの包容力を発揮。年末を待たずして、春乃さくら、2024年度の躍進賞確定である。芹香斗亜は、<第4章>での『ザ・レビュー』(1977)の「夢人」の歌唱あたりから歌に思いが乗るようになっていった印象。桜木みなとは、熱いラテン・ナンバーで綴る中盤、『CONGA!!』(2012)表題曲のシーンでラテンに大いに強いところを見せた。動きの美しさで目を引くのは天彩峰里。『BLUE・MOON・BLUE−月明かりの赤い花−』(2000)再現のシーンで蛇に扮した鷹翔千空は、その他のシーンでも踊りのキレのよさが際立っていた。2000年の初演以来、本公演ではついぞ再現されることのなかった『BLUE・MOON・BLUE』のここに来ての再現はうれしく、と同時に、大切な青春の一章のファイナル・ページをめくったような思いでいっぱいである。
『Eternal Voice 消え残る想い』で、月組トップスター月城かなと演じる考古学者ユリウスとトップ娘役海乃美月演じるアデーラは、物質に残る“記憶”を知ることのできる能力を持っている。その不思議な能力はアデーラを苦しめてきたが、ユリウスと出逢い、心を通わせていくことによって彼女は癒やされ、ヴィクトリア朝のイギリスを揺るがす陰謀事件を二人して解決することとなる。この作品で描かれるほど不思議な能力ではないにしても、人が己に与えられた能力を存分に生かして生を幸せなものとして生きる上では多分に努力が必要であり、生かす道を模索し切り拓く上ではときに困難が生じることもある。この物語におけるユリウスとアデーラは似通った能力の持ち主であるが、たとえ似たものでないにしても、何かしらの能力の持ち主であるがゆえにある立場におかれる、そのことによって何かしらの孤独を感じる状況が生じ、その状況の共通性ゆえに人間が心を通わせるということもまたあり得る。
トップコンビとして共に舞台を創り上げていく上でさまざまなことがあって、互いに向き合い、共に乗り越えてきて、今があるんだな……と感じさせる舞台だった。そんな二人の姿は何だかマーブル模様を思わせた。二つの個性が相対するうちに溶け合って形成された、二人にしか出し得ない模様。世界のさまざまな場所に存在し得るコンビという関係性について、改めて、いいな、と思わせてくれるトップコンビである。ショー『Grande TAKARAZUKA 110!』のフィナーレで、二人がデュエットダンスを踊る。月城に対する海乃の表情がやわらかくて、楽しめているんだな、と感じた。コンビを組んだ最初のうちはまだまだ硬いところがあるように感じていたから、二人してここまで来たんだな、と。
『Eternal Voice 消え残る想い』は、事件解決もさることながら、人生のふとしたなにげない一瞬も愛おしみたくなるような魅力があるのが正塚晴彦作品らしい。例えば、ユリウスの助手的存在であるカイ(礼華はる)がちょっとした心情をソロで歌うとか、ティールームでウェイトレスが紅茶を持ってくるとか、芯となる芝居の後ろで人々が通り過ぎていったりとか、そんな一瞬一瞬。たまたまユリウスとアデーラ、そして陰謀にまつわる話がメインで描かれているけれども、人それぞれ、自分が主役である人生の物語を生きていることの尊さを感じさせる作品である。
『Grande TAKARAZUKA 110!』(作・演出=中村一徳)には、“和物の雪組”出身である月城かなとへの惜別の思いがこめられた、和物調の衣裳で舞い踊る<第6章 SETSUGETSU 雪月>の場面がある。雪組時代の月城かなとは魅力にあふれた若手スターで、月組に来てからはその魅力にますます磨きがかかって、今となってはずっと月組にいたような風に舞台の中心に立っている人が、雪組若手スター時代に見せていた顔をもう一度見せてくれたような気がして、最後に何だかうれしかった。月城かなとは、台本とじっくり向き合うのが好きな、芝居心にあふれた人である。古風なようでときにはっちゃけた魅力も見せる海乃美月共々、今後も楽しみ。
次期トップスターの鳳月杏は、今回の2本立てでも見せたように、シリアスとコミカル、大人の魅力とフレッシュな魅力と、幅広く行ける人である。その鳳月経由なのであろうと思うが、礼華はるに元宙組トップスター大空祐飛(月組→花組→宙組)の男役芸が伝わっていっている感もあり、これも楽しみ。風間柚乃は歌声で客席に明るい幸福感をもたらすことのできる男役である。彩みちるは声のトーンをさらに上手く使えるようになると芝居にパンチ力が増すように思う。落ち着いてしまいがちなところのある天紫珠李だけれども、ショーで若々しい魅力を放っていた。
『Eternal Voice 消え残る想い』で月城ユリウスと海乃アデーラにねぎらいの言葉をかけるヴィクトリア女王役の梨花ますみの演技は、退団する二人への惜別の思いがにじんでいた。『Grande TAKARAZUKA 110!』での餞の場面、麗泉里ら退団者たちによる銀橋を渡っての歌唱も、こめられた思いが大いに伝わるものだった。
トップコンビとして共に舞台を創り上げていく上でさまざまなことがあって、互いに向き合い、共に乗り越えてきて、今があるんだな……と感じさせる舞台だった。そんな二人の姿は何だかマーブル模様を思わせた。二つの個性が相対するうちに溶け合って形成された、二人にしか出し得ない模様。世界のさまざまな場所に存在し得るコンビという関係性について、改めて、いいな、と思わせてくれるトップコンビである。ショー『Grande TAKARAZUKA 110!』のフィナーレで、二人がデュエットダンスを踊る。月城に対する海乃の表情がやわらかくて、楽しめているんだな、と感じた。コンビを組んだ最初のうちはまだまだ硬いところがあるように感じていたから、二人してここまで来たんだな、と。
『Eternal Voice 消え残る想い』は、事件解決もさることながら、人生のふとしたなにげない一瞬も愛おしみたくなるような魅力があるのが正塚晴彦作品らしい。例えば、ユリウスの助手的存在であるカイ(礼華はる)がちょっとした心情をソロで歌うとか、ティールームでウェイトレスが紅茶を持ってくるとか、芯となる芝居の後ろで人々が通り過ぎていったりとか、そんな一瞬一瞬。たまたまユリウスとアデーラ、そして陰謀にまつわる話がメインで描かれているけれども、人それぞれ、自分が主役である人生の物語を生きていることの尊さを感じさせる作品である。
『Grande TAKARAZUKA 110!』(作・演出=中村一徳)には、“和物の雪組”出身である月城かなとへの惜別の思いがこめられた、和物調の衣裳で舞い踊る<第6章 SETSUGETSU 雪月>の場面がある。雪組時代の月城かなとは魅力にあふれた若手スターで、月組に来てからはその魅力にますます磨きがかかって、今となってはずっと月組にいたような風に舞台の中心に立っている人が、雪組若手スター時代に見せていた顔をもう一度見せてくれたような気がして、最後に何だかうれしかった。月城かなとは、台本とじっくり向き合うのが好きな、芝居心にあふれた人である。古風なようでときにはっちゃけた魅力も見せる海乃美月共々、今後も楽しみ。
次期トップスターの鳳月杏は、今回の2本立てでも見せたように、シリアスとコミカル、大人の魅力とフレッシュな魅力と、幅広く行ける人である。その鳳月経由なのであろうと思うが、礼華はるに元宙組トップスター大空祐飛(月組→花組→宙組)の男役芸が伝わっていっている感もあり、これも楽しみ。風間柚乃は歌声で客席に明るい幸福感をもたらすことのできる男役である。彩みちるは声のトーンをさらに上手く使えるようになると芝居にパンチ力が増すように思う。落ち着いてしまいがちなところのある天紫珠李だけれども、ショーで若々しい魅力を放っていた。
『Eternal Voice 消え残る想い』で月城ユリウスと海乃アデーラにねぎらいの言葉をかけるヴィクトリア女王役の梨花ますみの演技は、退団する二人への惜別の思いがにじんでいた。『Grande TAKARAZUKA 110!』での餞の場面、麗泉里ら退団者たちによる銀橋を渡っての歌唱も、こめられた思いが大いに伝わるものだった。
チャールズ・ディケンズの長編小説『大いなる遺産』が原作。登場人物の性格も変わりかねない物語変更がある中、星組生たちはよく頑張っている。主人公ピップを演じる暁千星は、子供時代を演じる場面はないものの、どこか途方に暮れて膝を抱え座っている少年の面影を常に感じさせるような演技が魅力。ディケンズの原作の言葉そのままのセリフを口にしたとき、観る者の心に迫るものがある。フィナーレのソロダンスでは空を貫く彗星の如き輝きを見せた。温かみあふれるピップの義兄ジョー・ガージェリー役の美稀千種、ワイルドに一途な脱獄犯エイベル・マグウィッチ役の輝咲玲央が物語をがっちり固め、ピップの親友ハーバート・ポケット役の稀惺かずともさわやか。舞台版でさらに難易度増したミステリアスなヒロイン、エステラ役の瑠璃花夏も健闘している。天飛華音がピップの恋敵であるベントリー・ドラムルと、ピップの心の中にひそむ“闇”を一人二役で演じているが、作劇及び演出上、現在と回想、現実と夢との区別のつけ方がうまく行っていないこともあり、難しい役どころとなっている。
観劇にあたり、初めて原作を読んだのだが(加賀山卓朗翻訳の新潮文庫版)、ページをめくる手が止まらないおもしろさ。ディケンズの人間存在や社会のあり方に対するまなざしに心打たれた。「つまり、人生をつうじて、私たちの最悪の弱さや卑しさは、もっとも軽蔑する人がいることで表に出てくる」(新潮文庫版上巻373ページ)の一節の鋭さ。
観劇にあたり、初めて原作を読んだのだが(加賀山卓朗翻訳の新潮文庫版)、ページをめくる手が止まらないおもしろさ。ディケンズの人間存在や社会のあり方に対するまなざしに心打たれた。「つまり、人生をつうじて、私たちの最悪の弱さや卑しさは、もっとも軽蔑する人がいることで表に出てくる」(新潮文庫版上巻373ページ)の一節の鋭さ。
振り返り映像での初演時のパフォーマンスも、そして今現在のパフォーマンスも、初演出演のレジェンドたち、すごい……とときに涙しながら観ており。そしてレジェンドたちと共に「愛あればこそ」を歌う『ベルサイユのばら』作・演出の植田紳爾(御年91歳)というスペシャルな瞬間が観られた! 久しぶりに『ベルサイユのばら』にふれて、いろいろと気づきあり。
『ベルサイユのばら50〜半世紀の軌跡〜』東京公演千秋楽ライブ配信観ます。楽しみ。
月組トップコンビ月城かなと&海乃美月の退団公演は、座付き作家の宛書の妙が味わえる芝居とレビューの二本立て。ヴィクトリア女王統治下、政治的宗教的陰謀渦巻くイギリスを舞台に、不思議な能力をもつ男女が心を通わせていく様を描く『Eternal Voice 消え残る想い』(作・演出=正塚晴彦)は、人生及び人間について示唆に富み、ぐっと引き込まれる、見応えのある作品。ときにダークな色合いなれど、人間存在に対する温かなまなざしからの笑いが織り込まれているのがいい。『Grande TAKARAZUKA 110!』(作・演出=中村一徳)は、宝塚歌劇110年の歴史と伝統をかみしめ、舞台に立つ人々の命の輝きを大切に守っていきたいとの演出家の真摯な思いを感じさせる、華やかなレビュー。どちらの作品も、座付き作家が出演者一人一人に心を寄せて創っていることがうかがえて。今日の舞台は、芝居の冒頭から月城かなとの客席に向ける思いが強く、熱く、そこに月組生たちと専科の高翔みず希、凛城きらの思いが加わって、実に熱気あふれるものだった。そして、……トップコンビって素敵だな……と思わせてくれる、月城かなと&海乃美月のパートナーシップ。
祝・極美慎、覚醒――クライマックスの大熱唱で、この間の日曜日に家族で父のお墓参りをしたこと、11年前のその日に家族で父を看取ったときの弟の涙を思い出した――。小桜ほのかもよかった。スティルツ(高足)に乗って飄々とした演技を披露した巨人役の大希颯ほか、気になる存在もちらほら。星組、生き生き。
(5日15時の部、東急シアターオーブ)
(5日15時の部、東急シアターオーブ)
ダンシング・スター柚香光が、芝居&ショー(レビュー)の二本立てではなく、一本物公演で退団するんだ、と最初は思った。しかし、そこは小池修一郎である。『アルカンシェル〜パリに架かる虹〜』において、劇中劇の形でさまざまなレビュー・シーンを登場させた。柚香演じる劇場のスター・ダンサー、マルセル・ドーラン率いる黒燕尾服の紳士たちが華麗に登場するパリ・レビューの場面。マルセルがピエロ役を踊るダンス場面。「美しく青きドナウ」のウィンナ・ワルツ版とジャズ版。ラテン・ナンバー。ピアノを弾く場面もあり、観たかった柚香光が存分に観られる退団作となった。
宝塚において、女性が男性を演じるにあたっては、踊りや動きにおいて可動域やニュアンスに制約がある。踊れる人であっても、一度その踊りを男役の型に添わせる必要がある。けれども、退団作において、柚香光はときに型から解き放たれたかのように踊り、それでいて、どんな瞬間も男役だった。
そこまで到達したら、卒業なのである。
ほぼずっとコロナ禍での花組トップスターの重責、本当にお疲れ様でした。コメディだって大いに行ける人である。今後に期待大!
宝塚において、女性が男性を演じるにあたっては、踊りや動きにおいて可動域やニュアンスに制約がある。踊れる人であっても、一度その踊りを男役の型に添わせる必要がある。けれども、退団作において、柚香光はときに型から解き放たれたかのように踊り、それでいて、どんな瞬間も男役だった。
そこまで到達したら、卒業なのである。
ほぼずっとコロナ禍での花組トップスターの重責、本当にお疲れ様でした。コメディだって大いに行ける人である。今後に期待大!