12月に退団を控えた星組トップ娘役舞空瞳のミュージック・サロン(ディナーショー)のライブ配信。ANJU(元花組トップスター安寿ミラ)振付のかっこいいタンゴのダンス場面からスタート、スリット入りのドレスにジャケットとハットの姿でキレよくさっそうと踊りまくる。娘役同士で組んで踊るのも新鮮。ボリュームのあるロングドレスで初舞台ロケットを再現したり、フリルもふんだんなやわらかな生地のドレスで『ME AND MY GIRL』主題曲のタップを踊ったり、それが見事成立するのも優雅な足さばき、ドレスさばきあればこそ。腕のちょっとした振りなどにも細やかな工夫が盛り込まれていて、動きの質が素晴らしい。これまで出演してきた作品の曲の歌唱にも熟成を感じた。舞空含め、出演者5人が全員102期の同期生ということで、和気あいあいとした雰囲気も印象的。
 舞空瞳ミュージック・サロン『Dream in a Dream〜永遠の夢の中に〜』ライブ配信観ます。
 ラクロの小説『危険な関係』を原作とする『仮面のロマネスク』は1997年雪組初演の柴田侑宏脚本作品(初演の演出は柴田自身、今回の演出は中村暁)。たびたび再演を重ねている作品だが、私は1997年12月に閉場した旧東京宝塚劇場で初演公演を観て以来の観劇。どこか『ベルサイユのばら』論とも感じられるこの作品を、雪組が『ベルサイユのばら』を上演する2024年に観られたことをおもしろく思った。原作小説の時代背景はフランス革命前夜だが、宝塚版では王政復古時代が終焉を迎える1830年のフランス7月革命の前夜へと設定が変わっていること、また、原作と異なり主人公ヴァルモン子爵(朝美絢)が終幕において『風と共に去りぬ』のレット・バトラーの如き行動をとるところも非常に興味深い。『仮面のロマネスク』初演翌年の1998年に上演された『黒い瞳』から、柴田の眼病による視力低下もあって、柴田執筆脚本を他の演出家が演出する体制となった。その『黒い瞳』の深意に私が気づいたのも、2011年に雪組全国ツアー公演で上演されたときだった……と思い、柴田侑宏のインスピレーションについて改めて考えるひとときとなった。複雑な男女の心理ゲームが繰り広げられるが、菊田一夫脚本作品『ダル・レークの恋』の複雑な男女関係にも通じる魅力をも感じさせる作品。
 『Gato Bonito!!』は2018年雪組初演のラテン・ショー(作・演出:藤井大介)。主演の朝美絢が熱い熱い世界をパッショネイトに体現する。客席降りも大いに盛り上がって、楽しい。
 ……ちょっとちょっかい出してきてる?(笑) みたいに感じさせて、それが実は温かさ、優しさというのが朝美の包容力の形である。夢白あやの、舞台人としての毅然とした成長ぶりに心打たれる――でもでも、相手役にちょっとふっと委ねてみたりすると、さらに魅力開花しそうな。縣千は、『仮面のロマネスク』の恋に浮かれる青年ダンスニーをコミカルさも交えてノーブルにキュートに演じている。

(15時の部、ウェスタ川越大ホール)
 10月に退団を控えた雪組トップスター彩風咲奈の主演公演(相模女子大学グリーンホール)。彩風がまもなく長い旅に出る大スター、ミスター・ブルームに扮し、自身の舞台人生を振り返っていくという趣向(作・演出:野口幸作)。2007年の星組公演『さくら』『シークレット・ハンター』で初舞台を踏み(初舞台ロケットの再現も)、その後はずっと雪組で育ってきた人なので、その間の雪組の歴史を自ずと振り返るような側面も。抑えた声で放つセリフにときににじませる乾いた自嘲の味わいに、男役としてこれまで見せてこなかった顔を見る思い。その一方で、心どこか解き放たれたように踊る姿にはみずみずしさがあふれていて、退団イヤーに彼女から新たな魅力を引き出した演出家の手腕が光る。エネルギッシュなダンス場面が続いた後に、力強く歌い上げる様も印象的。退団公演『ベルサイユのばら−フェルゼン編−』での魅力発揮&新境地開拓にも大いに期待。
 ナチス・ドイツ占領下のパリでレビュー劇場の灯を守ろうと奮闘する人々の姿を描く『アルカンシェル〜パリに架かる虹〜』は、花組トップコンビ柚香光&星風まどかの退団公演(作・演出:小池修一郎)。レビュー・シーンもふんだんに盛り込まれ、さまざまなジャンルの曲で踊りまくる柚香光が観られる――男役として完成した彼女のそのダンスには、男役としての可動域を超越した魅力が光る。パリの空に虹がかかるラスト・シーンの味わいに至るまでどこか削ぎ落された感があり、これまでの小池作品とは少し異なる印象を受けた。専科の一樹千尋と輝月ゆうまの演技が大いに効いている。
 中詰の「リストマニア」の「♪走れ 走れ」で一緒に踊っていたからか、家でライブ配信を観ていただけとは思えないほどぐったりしたので(笑)、今宵は余談のみにて。
 宮廷服の人々もいれば、礼真琴や暁千星ら男役たちが宮廷服風の上着に太いストライプのパンツをはいて飾りのついたベレー帽をかぶっていたり、とてもデコラティブな中詰の衣装(衣装:有村淳)。それで、思い出した。以前、ロンドンに出張したとき、持っていたバッグが壊れてしまって、コヴェント・ガーデン・マーケットで好きな雰囲気のバッグを見つけて買ったことがある。帰国してよく見たら、……前に宝塚大劇場にあるお店で買ったのと同じ日本のブランド「CHIMAKI」のバッグだった〜と。ゴブラン織りと手染めしたアンティーク・レースが組み合わされていて、中詰で舞空瞳率いる娘役陣が着ている衣装の雰囲気っぽかったのでした。そんなライブ配信を観ているソファはと言えば、夫が百貨店で「かわいいの見つけた〜」と買ってきたものなのだけれども、後で宝塚大劇場に行ったら、劇場ロビーにおいてある椅子の生地と同じ柄で。大劇場の椅子の方はもう違うものになっていますが、我が家ではまだ現役。
 よき楽でした!
 素晴らしい舞台。最初の方の美稀千種の歌からたびたび滂沱の涙。「ナートゥ・ナートゥ」、自己流で一緒に踊っていたらめちゃめちゃ楽しかったけど息が切れました(笑)。
 宝塚版『RRR』、ここに見事に終演〜!
 この二本立てについては、年明けから始まった宝塚大劇場公演の初日が開いてすぐの公演をまずは観た。そのとき最初に思ったのは、……星組トップスター礼真琴がゆっくり休めてよかった……ということだった。昨年秋の約2カ月間の休養を経て舞台に戻ってきた彼女は、心身共に充実した感があり、自分の見せたい舞台を自信をもって提示していた。
 『RRR × TAKA"R"AZUKA 〜√Bheem〜』(Based on SS Rajamouli’s ‘RRR’.)について。インドを舞台にした作品は宝塚では多くはないが、1959年に初演された菊田一夫作品『ダル・レークの恋』は4度上演を重ねており、もっとも最近の再演である2021年版の潤色・演出は谷貴矢が担当。『RRR × TAKA"R"AZUKA 〜√Bheem〜』の脚本・演出も彼が手がけている。
 映画『RRR』については、日本でも大ヒットしていること、宝塚での上演を望む声があることは知っていた。そして、宝塚版の舞台を観た後に鑑賞した。……なるほど、これは、宝塚での上演を望む声が多かったのもむべなるかな……と。男同士の篤い友情もの、そして、『ベルサイユのばら』にみられるような解放闘争ものもまた、宝塚歌劇の得意とするジャンルだからである。映画を観て、大英帝国の圧政に対するインドの人々の不屈の魂に、そして、今日の世界において、映画という芸術方式をもって闘うクリエイターたちの魂に心打たれた。
 映画で、一人の子供を救いたいと願った橋の上のラーマと川岸のビームの目が合う――共に絶望に在った二人の運命的な出逢いの場面において、インドの人々の不屈の魂に私は深く心打たれたのだったが、運命の出逢いは、宝塚版においてもよく表現されていたと思う。礼真琴扮するコムラム・ビームと暁千星扮するA・ラーマ・ラージュが共闘して子供を救い、出逢う場面は、ほとんど、『ロミオとジュリエット』や『ウエスト・サイド・ストーリー』の優れた舞台におけるあの運命の瞬間のように、……出逢ってしまった……と心震えるものがあった。そして、宝塚版においても「出逢い」は重要なテーマに思える。ビームとラーマの出逢い。ビームとイギリス人女性ジェニー(舞空瞳)の出逢い。ジェニーの役どころは映画版より大きくなっており、ビームとの出逢いによって彼女の人生にもまた変化が訪れるのであろうことが、銀橋上のソロの歌によって示される。出逢いは人を変えていく。思えば、宝塚歌劇を通して多くの人々と出逢い、さまざまな文化芸術と出逢ってきた。今回、『RRR』と出逢ったように。
 トップスター礼真琴と二番手暁千星ががっちり組み、男同士の友情、その絆の深さを舞台上に描き出す。利益相反すると見えて、最終的に、二人の思いは一つとなる。有名な「ナートゥ・ナートゥ」のダンス・シーンでも、礼と暁の踊りの個性は、映画版でビームを演じたN・T・ラーマ・ラオ・ジュニアとラーマを演じたラーム・チャランの踊りの個性が違ったように異なっていて、そこが非常に楽しい。宝塚版ではタイトルに銘打たれているように明確にビームが主人公であり、礼が正義に燃えるヒーローをまっすぐ明るく演じるなら、ラーマ役の暁は大きな使命のために“裏切り者”を演じる難しい役柄を、彼女ならではの鋭敏な人間観察力をもって見せた。舞空が演じるジェニーには、総督の姪でイギリス人女性である彼女がなぜビームに深く心を寄せるのか、その心の奥底に分け入ってみたくなる誘惑にかられる魅力があった。ゴーンド族の村長バッジュと歌唱を多く担当するSINGERRR男を兼ねた星組組長美稀千種の存在感の重み。インド総督スコットに扮した輝咲玲央は、ビームとラーマが最終的に手を下すのももっともと納得するところへと導く憎まれ役の演技が心憎い。その妻キャサリン役の小桜ほのかは、サディスティックな中にどこか色気を漂わせる演技。ラーマの叔父ヴェンカテシュワルル役のひろ香祐はキャラクターの再現度高し。
 約3時間の映画のエッセンスが1時間35分の舞台にぎゅっと凝縮されていた。映画の音楽も多く使用されていたが、エドワード・エルガー作曲の「希望と栄光の国」の旋律がときに悪夢の如く編曲されて用いられているのが印象的だった(作曲・編曲:太田健、高橋恵)。余談になるが、日本ではもっぱら「威風堂々」と呼ばれるこの旋律は、私の母校成蹊学園(出身者として、俳優・演出家の串田和美、安倍晋三元内閣総理大臣、次回星組大劇場公演作品の原作である三谷幸喜脚本・監督の映画『記憶にございません!』で主人公の内閣総理大臣役を演じた俳優の中井貴一がいる)では卒業式典の際に奏でられていた。私にとっては、成蹊学園を支援していた三菱財閥の岩崎小彌太と銀行家の今村繁三が共にケンブリッジ大学卒であることを何だか思い出させる曲でもある。今村繁三はパブリックスクールのリース校出身者でもあり、二人がイギリスで受けた教育は成蹊学園の在り方にも影響を及ぼしたのではないかと思われる。

 『VIOLETOPIA』について。宝塚歌劇を象徴する花といえば、すみれ(名曲「すみれの花咲く頃」にちなむ)。ということで、これが大劇場公演デビュー作となる指田珠子、宝塚歌劇論を掲げての登場である。これでもかと劇場の虚構性が提示された作品であることはすでに記した(http://daisy.stablo.jp/article/502516132.html?1712322104)。さらに、トップ娘役の舞空瞳の男装と男役の暁千星の“女装”を同じ場面に登場させ、フィナーレの男役群舞では敢えてサングラスをかけさせるなど、趣向爆発。主題歌「追憶の劇場 VIOLETOPIA」には宝塚5組の名前がちりばめられ、中詰の「リストマニア」には「♪走れ 走れ」の歌詞があり……と来れば、星組の前回ショー作品『JAGUAR BEAT−ジャガー・ビート−』を多分に意識したような。
 その「リストマニア」による中詰の客席降りの場面なのだが、受け止め方が激しく変化した。最初に観た際から非常に心揺さぶられ、落涙。でも、どこか客席への挑戦状のようにも感じられ、何だかアンビバレントな思いに。なんせ、「リストマニア」に演出家がつけた訳詞は、「♪目の前そびえる喝采 大歓声/呑まれてたまるか/でも吞まれそう」である。けれども、だんだん変化が生じ。次に観たときには、「……ああ、『リストマニア』始まっちゃった。半分終わっちゃったな……」と思い、次に観たときには、「リストマニア」どころか作品のオープニングの段階で「終わってほしくないから始まってほしくない!」と思うほど。舞台を観ていて終わってほしくないと感じるときはたびたびあるが、始まってすらほしくなかったのは初めてである(それでは観られない)。そして、最初は挑発的に思えていた「リストマニア」が、何だか、劇場空間において虚構を創り出しこれを分かち合う上での舞台側と客席側との甘い関係を歌う曲に思えてきたのが不思議。そこにあるのは虚構であっても、そのときそこで感じた思いは真実だから、だから、走っていける。何だか今はそう思う。
 幻想的な雰囲気の作品なので、芯を務める礼真琴のまっすぐな個性がとても映える。彼女が蛇に扮して踊り、村の女(舞空瞳)を魅了するサーカス小屋の場面では、布が取り去られてテントがぱっと消えた瞬間、……風が吹いて、振り返ったらすべてが消えてなくなっていて、でも、生まれる前からの記憶がそこに埋められているのを発見したような、そんな思いにとらわれた――。
 暁千星は……不思議な人である。雰囲気を操れる? そして今回、約十年ぶりに封印が解かれてしまったわけだが(2019年12月の覚醒以来、よくぞここまで来た)、その先に行かなければ意味がない。ということで、任せた!

 長らく星組の舞台を支えてきた大輝真琴は愛くるしい魅力をもった男役であるが、『RRR』では主人公ビームの闘いを支える親方オム役として、慈愛あふれる演技を披露、ベテランの芸の奥行を感じさせた。

 千秋楽公演のライブ配信、観ます!
 宝塚星組『JAGUAR BEAT−ジャガー・ビート−』(2022−2023、作・演出:齋藤吉正)でもっとも印象に残る二大フレーズと言えば、「♪Beat! Beat! Beat! Beat! Beat! Beat!」(曲「JAGUAR BEAT」より)と♪「マジ! マジ! マジック!」(曲「CRYSTAL FANTASY」より)であろう(作詞はすべて齋藤吉正による)。オープニングから頻出する前者の「ビ、ビ、ビ、ビ、ビ、ビ」という音の連なりは、運命的な出逢いの瞬間を表す「ビビッとくる」を連想させる。後者は中詰以降に登場するが、英語で言うなら”Really?”あたりのスラング的表現である「マジ」と「マジック」の音がかかっていて、敢えて言い換えるなら「ホントに魔法みたい!」くらいのニュアンスか。「♪偽りに抱かれた/終わることのないブラックシーズン」が「♪マジ! マジ! マジック!」で「♪終わることないドリームシーズン」へと変容するわけである。
 この曲「CRYSTAL FANTASY」は中詰開始と共に始まり、第12場において歌い継がれていく。そして、第12場Dで「赤の神」に扮した薄いピンクの衣装の天華えまが登場し、「マジ! マジ! マジック!」と歌い出すのだが、肩から力の抜けた洒脱な感じの彼女が、その歌声とたたずまいで舞台の雰囲気を変えていくのが非常によかった――齋藤吉正の大劇場デビュー作『BLUE・MOON・BLUE−月明かりの赤い花−』(2000)のフィナーレの銀橋歌い継ぎにおいて、濃いピンクの衣装の初風緑が、その歌声で「♪大空舞うよ あふれ出す愛」と劇場を明るい空気で包んでいったことが心に深く刻み込まれているのだけれども、それと双璧を成す瞬間。そして、銀橋上の天華の振りと共に振り落としが行なわれることは、昨年のKバレエ トウキョウ『くるみ割り人形』の記事においてすでに記した(http://daisy.stablo.jp/article/501911787.html?1712316284)。振り落とされた幕の向こうに現れるのはJAGUAR(礼真琴)である。
 退団公演となる『RRR × TAKA"R"AZUKA 〜√Bheem〜』で天華が演じたのは、礼真琴演じるビームのよき仲間であるペッダイヤ役。レビュー作品『VIOLETOPIA』における退団の餞の場面「エントランス・ノスタルジー」では、トレンチコートに颯爽と身を包み、劇場において過ごした日々を愛おしむように、「As Time Goes By」を甘やかなムードいっぱいに歌う。男役としてのスマートな魅力があふれる瞬間。
 『ME AND MY GIRL』(2023)で演じたジェラルド役で発揮したような、とぼけたキュートさも味わい深かった。退団を惜しむ。
 『RRR × TAKA"R"AZUKA 〜√Bheem〜』(Based on SS Rajamouli’s ‘RRR’.)は、S・S・ラージャマウリ監督の世界的大ヒット映画『RRR』が原作(脚本・演出:谷貴矢)。実在の独立運動指導者コムラム・ビームとA・ラーマ・ラージュを主人公に、二人がイギリス領インド帝国に戦いを挑んでいく物語を、宝塚版ではビーム視点で再構築。シャーロック・ホームズ・シリーズの作者アーサー・コナン・ドイルを主人公に据えた雪組公演『ボイルド・ドイル・オンザ・トイル・トレイル−Boiled Doyle on the Toil Trail−』が大英帝国の光の部分を描く作品ならば、続いての星組公演は大英帝国の負の部分に光を当てる作品である。宝塚大劇場公演の初日が開いてすぐ観る機会があり、……こんなにも重いテーマを扱い、歌と踊りをふんだんに盛り込んだ作品を、年明け早々このクオリティで上演するんだ……と、正月気分が吹っ飛んだ。大劇場での一カ月ほどの公演を経ての東京宝塚劇場公演はますますパワーアップ。実際の歴史においては出逢うことのなかったコムラム・ビーム(礼真琴)とA・ラーマ・ラージュ(暁千星)が運命的な出会いを果たし、それぞれの使命と友情との間で揺れる、そんな人間模様があざやかに描き出される。映画で大人気を博した「ナートゥ・ナートゥ」のダンス・シーンも、抑圧からの解放を目指して立ち上がる強い思いがこめられているからこそ熱く激しく盛り上がる、そんな物語上の重要性をきっちりと踏まえて踊られているのがすばらしい。
 大劇場で舞台を観た際、新宿中村屋のインドカリーのキャッチフレーズが「恋と革命の味」であることを思い出した。ビームやラーマより少し上の世代の独立運動家だったベンガル生まれのラス・ビハリ・ボースは、インド総督への襲撃事件をきっかけにイギリス政府に追われる身となり、日本に密入国して武器を祖国へと送る。日本政府からも国外退去命令を受けるが、中村屋の創業者夫妻が彼をかくまい、夫妻の娘とボースは後に結婚。そして、本場のカリーを日本に紹介したいとのボースの願いから中村屋名物インドカリーが生まれ、今日に至るまでその味を伝えている。子供のころから親しんでいて、今でも月に一度は食べに行く、その味の背景にある物語を思った。
 『VIOLETOPIA』は作・演出の指田珠子の大劇場デビューとなるレビュー。廃墟となった劇場が、そこに棲まう記憶と共に甦り――。劇場に在るのは幻! 虚構! とこれでもかと提示され、じらしありずらしあり、客席降りで盛り上がる中詰め使用曲の原曲は、熱狂的なファンに対するどこか冷やかな目線の歌詞が印象的な、フランスのバンド、フェニックスの「リストマニア」(“リストマニア”=作曲家フランツ・リストの熱狂的なファンの意。2022年に上演された宝塚花組『巡礼の年〜リスト・フェレンツ、魂の彷徨〜』にも“リストマニア”が登場していた)。それでも拍手と手拍子を送ってしまう劇場好きとは随分と被虐的であることよ……と自嘲したくなるようなせつなさを覚える、そんな毒がどこかたまらない作品。星組の今の充実ぶりがうかがえる、見応えありの二本立て。