現代シンガポールを舞台にした“アジアン・クッキング・コメディ”は、楽しくって、大いに笑えて、それでいて、実は、深い。作・演出の小柳奈穂子が、笑いに包んでちょっと照れくさそうに差し出す宝塚愛が味わい深い。「小林寺」(「こばやしでら」。「少林寺」にあらず!)で奥義を極めようとするあたり、大爆笑。ヒャダイン&青木朝子の手による音楽も、めくるめく上質なポップス・ワールド。星組が誇るトップコンビ、紅ゆずる&綺咲愛里の最後の作品が快作であることを心から幸せに思う。来週、海外旅行を控えてあわただしくしているのだけれども、…あれ、旅行先、シンガポールにすればよかったかな? と――実は、自分の前世はシンガポールの人だったんじゃないかな…と思っており。
 シンガポール・グルメの連発に、観ていて大変お腹が空く作品です。ご覧になる方はくれぐれも空腹にご注意を〜!
2019-09-14 23:58 この記事だけ表示
 3月に雪組がシアターオーブにて上演した『20世紀号に乗って』は、ハワード・ホークス監督の映画『特急二十世紀』を基にしたブロードウェイ・ミュージカル。時は1930年代、今は落ち目の演劇プロデューサーと、彼の元カノである女優、彼女の今の恋人である俳優らが、シカゴからニューヨークへと向かう豪華列車「20世紀号」に乗り合わせて巻き起こる大騒動を描いたコメディである。シアターオーブでは海外ミュージカルの招聘公演が数多く上演されているが、雪組版『20世紀号に乗って』も、トップ・コンビ望海風斗&真彩希帆の図抜けた歌唱力、そして芝居心に富んだ雪組生&専科から参加の京三紗(裏ヒロイン!)の活躍によって、そんな海外ミュージカル公演の一つに接しているような感覚を覚えた。
 なおかつ、潤色・演出の原田諒は、今年105周年を迎えた宝塚歌劇団、その歴史にオマージュを捧げる趣向を凝らしていたのが実に心憎い。冒頭、パンツのサイドにラインの入ったポーター四人が登場する。それだけで、これは、宝塚歌劇が日本で初めて上演したレビュー『モン・パリ』(1927)のラインダンスのオマージュだ! と、心浮き立つものを感じる――『モン・パリ』では、パンツを汽車の動輪に見立てた、本邦初のラインダンスも大きな話題を呼んだ。宝塚で海外ミュージカルが上演される際、本編の後にショーがつくのも楽しみなところだが、この作品では、そのショーの部分で、トップ・コンビも加わっての大ラインダンスが披露された――そこに、宝塚のラインダンスの意味を見る思いがした。宝塚に入団した者は誰もが皆、ラインダンスからスタートする。一糸乱れぬ踊りは、全員で心を合わせてこそ可能となる。優れたトップスターほど、組を率いる箇所と、組の中の一人に戻る箇所と、その切り替えが上手い――そのことを私は、退団し、女優となってからの元トップスターの舞台からも、よくよく学んできたように思う。この場面では真ん中としての役割を果たす。この場面では組の、舞台の一員に戻る、その切り替えがつまりは上手いわけである。私は、望海風斗がそのようなトップスターへと躍進したことを、心からうれしく思った。もともと高かった歌唱力にぐんと包容力が加わり、厚みが増した。相手役の真彩希帆も歌声に艶が出て、ショースターとしても健闘。コメディ作品も行けるコンビであることを大いにアピールした。
 東京宝塚劇場公演『壬生義士伝』は、浅田次郎の同名小説が原作である。浅田作品ではコメディタッチの『王妃の館』(2017)が宝塚でも上演され、客席を爆笑の渦に巻き込んだが、制作発表会での浅田氏の話によれば、『王妃の館』と、幕末の下級武士の悲劇を描く『壬生義士伝』は同時進行で書かれた作品であるとのことで、一人の作家の中に渦巻く内的世界を知る上で非常に興味深いものがあった。望海が演じる吉村貫一郎は、貧困に苦しむ家族を救うため、盛岡の南部藩から脱藩して新選組に加わり、家族を養うために人斬りを続ける――という役どころである。故郷への想い。家族への想い。望海が歌う主題歌を聴いていると、――私自身のルーツの一つでもある東北という地方、その厳しい自然、そこに生きる人々の忍耐強さに自然想いが飛んでゆく――私の母方の祖父の家も、もともとは武士であったのが、どこかの段階で足袋職人へと転じたそうである――。のだが。脚本上、主人公の生き様、その一貫性が少々わかりづらく…。雪組生は日本物作品に強いところを見せていただけに、残念に思った。専科から出演の凪七瑠海も、同期の望海と絡まない役どころだったのがもったいないような…。円熟期にある男役二人の芸のぶつかり合いを見たかった。真彩は、南部に残った吉村の妻と、新選組隊士となった吉村を見初める京都の大店の娘、つまりは吉村を取り合う者同士に挑戦。辛抱強い女性と、勝ち気な女性、二役の演じ分けで力を発揮した。ショー『Music Revolution!』はエネルギッシュなダンスシーン満載。黒燕尾服の踊りもびしっと揃うところは雪組ならでは。
 昨年あひる新人賞堂々受賞の真彩希帆だが。舞台人として、…今、若干迷いの時なのかな、と感じる。それでいいと思う。迷って、あれこれ試して、その中に自分の道を見出していけばいい。雪組全体としては、『ファントム』のころと比べて、かなり迷いが消えてきた。みんな、技術は高いのだから、それをどう活かしていくか、自分自身のその試行錯誤の中にこそ、今後の明るい展望がある。大丈夫! 立派なトップスターとなった今の望海風斗なら、全員まとめて受け止められる!
2019-09-01 00:00 この記事だけ表示
 …このままで行くと、今年の宝塚ベスト作品は、愛のレキシアター『ざ・びぎにんぐ・おぶ・らぶ』になりかねない…と思っていた――『ざ・びぎにんぐ・おぶ・らぶ』はレキシ×河原雅彦の作品であって、宝塚作品ではないのだけれども。それほどまでに、『ざ・びぎにんぐ・おぶ・らぶ』は、宝塚の、とりわけそのショー作品と日本物作品の方法論を綿密に研究して本歌取りしたような痛快娯楽作品だった。齋藤吉正のショー作品に感じられるような中毒性があり、宝塚の日本物作品における“歴史と遊ぶ”感覚がポップに取り入れられていた。その意味で、『ざ・びぎにんぐ・おぶ・らぶ』は秀逸な宝塚歌劇論であったとも言える。
 そんな心模様で迎えた水無月、座付き作家・小池修一郎がまたもやスマッシュヒットを放った。宙組公演『オーシャンズ11』。宝塚では三度目の上演となるが、今回、登場人物たちの人間模様をきっちりと描き出した上で、スピーディに華やかに展開するエンターテインメント作品として成立させた。帝国劇場で上演中の『エリザベート』においてもすばらしい舞台が展開されており、小池修一郎、絶好調である。
 この作品の大きな魅力の一つとして、座付き作曲家・太田健の優れた仕事を挙げたい。すぐに覚えて口ずさんで帰れそうな、耳なじみのよいナンバーの数々が、ラスベガスを舞台にしたゴージャスな作品世界をバリエーション豊かに彩る。作品の見事な紹介ともなるオープニング・ナンバー『FATE CITY』、何だか冴えないな…とぼやきたくなるとき心で歌って励みにしたい人生の応援歌『JUMP!』、一幕ラストをめくるめくように締めくくる『JACKPOT』、そして、主人公ダニーが歌う愛のナンバー『愛した日々に偽りはない』と名曲揃いである。小池修一郎×太田健のコンビではやはりハリウッド映画を原作とした『カサブランカ』(2009)もすばらしい楽曲揃いであり、こちらの再演も大いに待たれる。
 そして、主人公ダニー・オーシャンを演じる真風涼帆と、その妻テスを演じる星風まどか、宙組トップコンビの芝居の掛け合いのテンポが実にいい。物語冒頭、ダニーは刑務所で服役中で、テスは彼と何とか離婚したがっている。歌手を夢見る女子大生だったテスは、ニューヨークのクラブで歌っていたところをダニーに見染められ、彼の素性を知らぬまま結婚。だが、テスのデビューを手助けしてやりたいと詐欺を働いたがために、ダニーは逮捕され、テスも彼の正体を知ることとなる。ラスベガスで、ホテル王テリー・ベネディクト(桜木みなと)の支援のもと、ついにデビューを遂げようとしている妻テスのところに、出所したダニーがやって来て復縁を迫る。その一方でダニーは、親友ラスティー・ライアン(芹香斗亜)&仲間たちと力を合わせ、どこか怪しい人物であるとにらんだテリーのホテルからカジノの収益金を盗み出すという大勝負に打って出る――というこの物語。軸となっているのは、何度も離婚届を送りつけられながらも未だテスにベタ惚れのダニーと、そんなダニーを心の底ではまだ憎からず思っているところのあるテス、二人の心模様である。スーツをびしっと着こなしながらもどこかダメ男ぶりが色っぽいダニーと、歌で環境保護を訴えたいという理想に燃えるテス。自分の変わらぬ愛を訴える真風ダニーに、ピシピシッと当意即妙に返答する星風テス、二人の丁々発止がスクリューボール・コメディの妙を感じさせる。真風扮するダニーにはどこか、正業に就いていない、裏街道を歩いてきた男のニヒルさを思わせるものがある。星風は長い手足を活かしたダンスがセクシーで、キュートな童顔とのギャップが魅力。真っ赤なソールが印象的なハイヒール姿もさっそうと、大人の女性を熱演している。テスがダニーにあれこれ言うのも、まっとうな人生を生きてほしいがため、…それもこれも、心の底ではまだ、ダニーに対して愛があるからなんだな…と、芝居に非常に説得力がある。それにしても、ダニーがテスとの馴れ初めを語るナンバーで、クラブで歌うテスに一目惚れした結果「♪出待ち〜」と歌うくだりは、何度聴いても何だか微笑ましくて、おかしい。
 真風ダニーと、芹香斗亜が演じる親友ラスティー、二人のバディ感もいい。つかず離れず、ベタベタせず、それでいて、大きなヤマのときには一つ一緒にやってやろうぜ! という、大人の男同士の友情。芹香ラスティーがメインとなって歌う『JUMP!』にこめられた、思い通りにならない人生、何度失敗してもチャレンジ! という決意は、晴れ渡った青空のようにさわやかである。星組と花組で培ってきた、男役としてのオラオラ感も気合十分。芹香斗亜、ここへ来て、男役としてのポテンシャルを大いに発揮し始めた。
 ドス黒い野望を心に秘めたホテル王テリー・ベネディクトに扮した桜木みなとも演技で魅せた。これまでこの役を演じた紅ゆずる(現星組トップスター)、望海風斗(現雪組トップスター)とはアプローチを変えてきたのが印象的。野望に取りつかれた様を怪演するのではなく、自分の心の中に実はドス黒いものがある…と、恋するテスに己の正体を告げるシーンで狂気を露わにしたところに、オリジナリティのきらめきを感じた。
 本当に率直なことを言うと、宙組版、ちゃんと11人仲間が揃うのかな…と心配だったのである。しかしながらそれは杞憂であって、個性輝く仲間が舞台で大暴れすることとなった。組が上り調子のとき、小池修一郎作品に当たると、一気にブーストがかかる。『All For One』(2017)に当たったときの月組のような勢いを、今の宙組に感じる。ラスベガスのネオンの眩さと、人々の心にひそむ欲望と。今回の公演では、光と闇、その対比が絶妙に描き出されていた。
 ダニーの仲間となるディーラーのフランク役の澄輝さやとと、マジシャンのバシャー役の蒼羽りくは、この公演で退団である。翳りの表情を見せる澄輝フランクは、セリフを交わしつつディーラーとしてそれは見事なカードさばきを披露。蒼羽バシャーは甘いマスクが魅力で、澄輝フランクと好対照を成していた。
 そして、ラスベガスのショースター、クィーン・ダイアナ役の純矢ちとせ。宙組の舞台を支え、華麗に彩る娘役として、常に存在感を発揮してきた――とりわけ、『白夜の誓い』で見せた、エカテリーナ二世役の名演は忘れ難い――彼女も宝塚卒業である。今回は、ダイナマイトにボリューミーなヘアスタイルもインパクト大に、新人テスのデビューに水を差そうとするベガスの女王役――でも、純矢が演じると、陰湿さはなく、どこかからっと楽しげなのが好印象――を怪演。男役からの転身組ならではの押し出しの強さがありながらも、それをやわらかなクッションでくるんで差し出してくるような様が魅力的だった。何とはなしに、肩を叩き合って励まし合ってきた戦友のように感じていた純矢の退団は、非常にさみしいものがある。
2019-07-21 01:20 この記事だけ表示
 宮城県出身、生まれ育った故郷にちなんで「仙名彩世」――と、彼女の名前を記して、思う。2011年3月11日、東日本大震災――。震災後、東京宝塚劇場で最初に初日を迎えることとなったのが、彼女の属する花組だった。公演実施の是非について、いろいろ議論があったと聞く。そして初日の幕は開いた。毎公演終演後、花組生は劇場ロビーにて募金運動を行なうこととなった。私自身、さまざまな不安を抱える中で、花組生が舞台に、ロビーに立つ姿に、少しずつでも前に進む勇気をもらったことを思い出す。不思議な因縁で、仙名彩世が宝塚大劇場を卒業したのが2019年3月11日。卒業の挨拶で、「3月11日」という日に祝福されて送り出されることについての複雑な思いを述べる姿を、「タカラヅカニュース」で観た。――昨年秋の東京宝塚劇場花組公演、トップコンビによる初日前囲み会見で、その3日前、月組公演が、宝塚大劇場では阪神・淡路大震災以来約23年半ぶりに中止となったことについての質問が出て、彼女は、答えるうちに涙ぐんできたのだった――私も、彼女の答えを聞きながら一緒に涙ぐみつつあった。しかし。私は写真に撮られるわけではないから涙で化粧が多少崩れようがかまわないけれども、彼女はその直後に写真撮影がある。自分のことは棚に上げ、目をかっと見開いて、「泣くな〜!」と目力パワーを送ってみた(笑)。仙名彩世はそういう人なのである。細やかで、心優しい。彼女だってもちろん、撮影があることはわかっている。けれども、優しさが心あふれてしまうのである。私は、舞台でも観られたところの、彼女のそんな表情を美しいと思う。何だか少し困ったように、内から優しさをあふれさせるときのあの表情が。そして、昨年秋、涙ぐんだ姿に、彼女が2011年3月11日以来、どんな思いで舞台に立ってきたのか、少し知ることができたような気がする――。
 トップ娘役とは難しい立場である。たまさか、自分の持てる演技の力を、「トップスター〇〇さんの相手役」を演じることに使い切ってしまう――すなわち、トップ娘役としての代表作が、作品の役柄ではなく「〇〇さんの相手役」になってしまう――人も見受けられるような。もったいないことだと思う。トップ娘役も自らの持てる能力を舞台上で存分に発揮し、活躍して欲しいといつも願っている。その活躍が、娘役の地平をますます切り拓き、宝塚の舞台をさらに充実したものにしていく。
 仙名彩世は新人公演のヒロインを経験していない。経験しないままトップ娘役に就任したのは約32年ぶり、しかも、入団9年目での就任は宝塚では“遅咲き”とされる。人にはそれぞれ伸び時がある。若くして抜擢されて力を発揮する娘役も、こつこつ努力を積み重ねていってあるときぱっと花開く娘役も、両方いていい、両方いるからおもしろいと私は思う。新人公演のヒロイン経験がなかろうが、仙名彩世は確かな実力を培っていって、その力が、トップ娘役という立場に就いてひときわ大きく花開いて、そして今、痛快に去っていく――“痛快”だと私は思う。そして、娘役の花道に際して“痛快”と記せることを、痛快に思う。
 退団作『CASANOVA』で彼女が演じるのは、実在の人物、稀代のプレイボーイ、ジャコモ・カサノヴァ(明日海りお)に生き方を変えさせる運命の女性、ベアトリーチェ。ヴェネツィア総督の姪ながら、修道院でヴォルテールの著書に親しんだ彼女は、進歩的で、冒険にも心開かれた女性である。女たらしのカサノヴァなんか女性の敵だと思っている。あまつさえ、追跡して捕まえようとする。――カサノヴァとベアトリーチェ、そんな二人が恋に落ちてしまうから、人生はおもしろい。二人が結ばれるには、互いの信条を変えるしかない。それが、恋の醍醐味。
 自分の正体を隠しているカサノヴァと、仙名ベアトリーチェ、カサノヴァの旅の相棒バルビ(水美舞斗)、ベアトリーチェの侍女ダニエラ(桜咲彩花)が、一台の馬車に乗り合わせ、宝塚としては珍しいラップを歌う場面がある。そのときの仙名が、実にテンポよく生き生きとはっちゃけていて、とてもいい。おてんば娘ぶり全開。でも、その基本線はあくまで淑女性にある。出るところに出れば楚々としていて、でも、自分の信念は決して曲げることはなく、堂々と主張もする。かっこよくて聡明なのだけれども、楚々としているから嫌味がない。なるほど、カサノヴァのファム・ファタルたる所以。
 今回の公演の初日前囲み会見で、「最後の共同作業」と口にした花組トップスターはトップ娘役と目を合わせて――その瞬間、私は、宝塚で共に夢を育み舞台上に創出してきた二人の、舞台人としての深い絆を感じた。その“共同作業”の象徴である、最後のデュエットダンス。明日海りおと仙名彩世は、ウェッジウッドの磁器の柄を思わせる、揃いの衣装をまとっている。そして、トップ娘役・仙名彩世は、裾に至るまで繊細な装飾が施されたドレスの、その柄の美しさをひときわ際立たせるような、優美なスカートさばきで観客を魅了するのだった――。
 退団発表後の初めての舞台となった昨年の舞浜アンフィシアター公演『Delight Holiday』、ステージ上ではじけまくる仙名彩世の姿に、思った。…君は、おもしろジェンヌでも行ける人材だったのか! と。それで行ってもよかったのに…とも思った。力抜けて、輝いていたから。けれども、そこは彼女の娘役としての矜持なのだろうと思う。明日海りおの一作前に宝塚を去っていくことも。そのすべてに彼女の美学が貫かれていて、だから、痛快なのである。今回の公演でのソロ・ナンバー『愛を恐れずに』は、『Delight Holiday』でも優れた歌唱を聴かせた『Let It Go〜ありのままで〜』に通じる魅力のある楽曲だけれども、彼女の熱唱を聴いていると、…どこまでも羽ばたいてゆけ〜! と、彼女の旅立ちを祝福する思いで、こちらの心も空を飛んでゆくかの如く爽快に。心は、止められない。解き放たれた心は、もう誰にも。歌えて、踊れて、芝居ができて、おもしろジェンヌでも行ける笑いのセンスがあって。その上で、宝塚の娘役としての在り方をずっと模索し続けて、芸を積み重ねた結果、トップ娘役の重責を立派に務め上げて、――そして今、彼女には、進むべき道が見えている。
 まだ下級生のころ、全国ツアー公演で場面の芯に抜擢されて、「…私、務めさせていただきます!」とばかりに舞台に立っていて、…固い! と思った。その彼女が、こんなにも自分自身を開花させるまでになって、その雄姿を観られたことを、本当に幸せに思う。…と、今こうして記しながら、私は涙ぐみつつある。けれども、自分の道を見つけた彼女の痛快な門出に、涙は似合わないとも思う。だから、またもや、「泣くな〜!」とパワーを送ってみる(笑)。
 宮城県出身、仙名彩世、どこまでも飛んでゆけ! その飛翔の果てに出逢う貴女を、私は楽しみにしているのです。

 カサノヴァ伝説と数々のシェイクスピア作品(『真夏の夜の夢』『冬物語』『十二夜』『尺には尺を』等)を撚り合わせて構成された今回の作品。そのコメディとしての要素に一本筋を通すのが、富豪コンスタンティーノ役を演じた瀬戸かずやの好演である。総督の姪ベアトリーチェを狙っていたコンスタンティーノだが、惚れ薬の効果もあって美貌のゾルチ夫人にぞっこんに。ミケーレ伯爵実は…(夏美よう)のお裁き(ここが『尺には尺を』風)もあり、すべては丸く収まることとなる。そのゾルチ夫人を演じたのが、今回で退団となる花組副組長・花野じゅりあ。舞台の幕開きに登場し、野望の男コンデュルメル(柚香光)と、『THE SCARLET PIMPERNEL』のマルグリットとショーヴランの関係を彷彿とさせるシーンを展開する。2000年入団のベテランながら、花野の娘役としての永遠の可憐さ、あでやかさは、今回の舞台でもいかんなく発揮されていた。艶のあるかわいらしさをたたえた声。ときにあまりに無垢に投げ出されるがゆえに、観ていてはっと息を飲んでしまうような純真なセクシーさ。彼女が怪我による長期休演から戻って来たとき、色とりどりの華を競い合って切磋琢磨してきた花組娘役陣がさらに引き締まったことを思い出す。
 仙名彩世扮するベアトリーチェの侍女ダニエラを務めた桜咲彩花も今回が最後の公演である。冒険心あふれるベアトリーチェによって自らも心開かれてゆく一人の女性を、桜咲らしく、控えめな魅力で演じていた。長年、花組を支えてきた三人の娘役、華やかなフィナーレである。
2019-04-28 00:21 この記事だけ表示
 …蜷川幸雄の前は、菊田一夫だったのかな…と思ったりもする。『霧深きエルベのほとり』は、その菊田一夫の手により1963年に初演された作品の、36年ぶりの再演である。
 今年の一月末に亡くなった橋本治に、明治から昭和にかけての日本の歌謡集の名曲を論じた『恋の花詞集 歌謡曲が輝いていた時』という著作がある。明治三十二年の『青葉茂れる桜井の』を始めとする64曲を取り上げ、日本の歌謡曲論、ひいては日本人論が展開されてゆく。そのラストに登場するのが、昭和四十年(レコード発売年)の『霧深きエルベのほとり』の表題曲である。
 「♪鷗よ つたえてよ/我が心いまも/君を愛す」のリフレインが印象的なこの歌について、宝塚だから歌詞がちょっとばかり甘い、と言いながらも、橋本は、こういう歌を男の歌手が歌わないことが不思議である、昭和四十年代に入ると男の歌はみんな愚痴ばかりであったとし、その上で「私は、男として宝塚に恥ずかしい」と書く。別れて、遠く離れて、伝達手段がなくて、それでも愛しているのであれば、鷗に頼むくらいの根性がなぜないのかと。こういった歌を男の歌手が歌わなかったということは、すなわち、そういう常識がなかったということだと彼は言う。このあたり、作者の最高に洒脱な語り口が炸裂するところなので、ぜひお読みいただきたいのだけれども、最終的に彼が到達するのは『恋愛論』ともつながる結論であって、『恋の花詞集』はこのような言葉で締めくくられる。

「自分の胸の内は自分にしか分からない。だからこそ、それを知った以上、自分の現実は自分一人で始めるしかないという、いたって簡単なことが、どうして存在しないんでしょうか?(略)という訳で、男には意外と、自力で自分の思いを貫き通そうという発想がないんですね。別に『恋』が終わったんじゃない。まだ『恋』が始まっていないだけなんですね。(略)恋とは、自分の生き方を教えてくれる羅針盤なのに――。」

 というわけで、私は、『霧深いエルベのほとり』の以前の上演は観たことはないながらも、『恋の花詞集』を通じて表題曲については知っていた。そこへ、新鋭上田久美子が作品の再演を熱望し、潤色・演出を手がけるとのニュース。
 そして、主人公カール・シュナイダーを演じる星組トップスター紅ゆずるの退団発表から一週間ほどして、東京公演初日の幕が開いた。

 『霧深いエルベのほとり』は身分違いの恋がテーマである。ハンブルクの港町で、船乗りのカールと、家出してきた深窓の令嬢マルギット(綺咲愛里)が恋に落ち、二人は結婚を誓うが、マルギットの実家に戻ってみれば、カールはそぐわない人間である。マルギットの父からの手切れ金を受け取って、カールは出て行く――金を受け取ったのはあくまで彼女の父を納得させるためだけであって、後で返すつもりなのである。そして彼は再び海に出る。追ってきたマルギットを港に残し、彼女の幸せだけを願って、「♪鷗よ つたえてよ」と歌いながら――。
 カールには、以前にも恋に破れた経験がある。家族の生活のため、かつての恋人アンゼリカ(音波みのり)は金持ちと結婚した。だから、ハンブルクへの入港を前に、幕開きで歌われる「♪鷗よ つたえてよ」の相手は、マルギットではなくアンゼリカ。一度ならず、二度までも。嘆息。
 私は、初めてふれるこの物語に、…たまったもんじゃないだろうな…と、カールの心に深く残る傷を思い、共に絶唱したいほどだった。カールは、そしてマルギットは、この後どのような人生を送るのだろう。マルギットはおそらく、このような事件があってもなおも彼女を愛し続ける聖人君子のような婚約者フロリアン(礼真琴)と結婚するのだろうけれども、カールとのことは、どんな思い出となっていくのだろう――。万が一、「青春の日のいい思い出です」などと言うようなことがあれば、カールに代わって強烈なキックをその心にかましたい。しかしながら。ある人が、「女が非常識なのよ。こんな相手と恋に落ちて」とマルギットを評していて、それも違う、と思った。「恋ってたやすく常識を超えていくものではないですか」と、ムキになって、正面きって、言い返してしまった…。
 初演の作・演出を手がけた菊田一夫は、貧困家庭に育ち、小学校中退で半ば売り飛ばされるような形で丁稚となり、詩人を志してサトウハチロー門下に入る。そして、ラジオ、舞台、映像とさまざまな分野でヒットを飛ばす。愛する者の幸せのため、悪者を“演じて”まで自らの恋をあきらめる主人公に、作者が託した想い――。菊田一夫こそ、戦後の日本の多くの人々の心をとらえ、熱狂させた、日本舞台芸術界の雄であった。
「(主人公の思う)幸せが、今の時代と違うから」役作りには苦戦したと、紅ゆずるは初日前会見で語っていたけれども、そんな苦戦を感じさせない主人公の造形だった。――彼女が退団発表記者会見でボロボロ泣く姿を、ニュース映像で見た。紅がカールに託した想いとは、「♪鷗よ つたえてよ」の歌詞に乗せる想いとは、心から深く愛しながらも去らなくてはいけない、宝塚歌劇団への愛なのだった――鷗ではなく、あひるがつたえるけれども。
 宝塚の男役は、哀愁が似合ってこそ一人前であると、以前からなぜか強く思ってきた。それは、宝塚が、退団という形でいつか去りゆくことを宿命付けられた世界であるからなのかもしれない…と、紅演じるカールに、その歌声に、改めて身を切られるような思いだった。上田久美子の演出で、紅ゆずるの主演で、今、『霧深きエルベのほとり』を観られて、――菊田一夫の魂にふれることができて――、よかった。

 『ESTRELLAS〜星たち〜』で一番好きなのは、「Tonight Is What It Means to Be Young」に乗って、星組生たちが踊りまくる場面である。ミュージカル『ダンス・オブ・ヴァンパイア』のクライマックスでヴァンパイアが踊り狂うシーンの曲として有名なのだろうけれども、私はまずは、映画『ストリート・オブ・ファイヤー』(1984)の劇中歌として出会い、そして、「今夜はANGEL」のタイトルで主題歌として流れたドラマ『ヤヌスの鏡』(1985〜1986)も毎週欠かさず見ていた。
 『ストリート・オブ・ファイヤー』、宝塚で似合いそうだな…と、長年思っていたのである。舞台はアメリカ、人気歌手エレン・エイムが町のギャング団に拉致される。エレンのかつての恋人トムは、助けを乞う姉からの手紙で町に舞い戻り、女兵士マッコイを相棒に、エレンを助け、ギャング団と抗争を繰り広げる。トムとエレンの恋心は再び燃え上がるも、彼女の歌手としてのキャリアを思うトムは、「俺はお前の付き人にはなれない。でも、必要なときがあったら呼んでくれ。助けに来る」と、最高にかっこいい言葉を残して去る。
 今回の「Tonight Is What It Means to Be Young」の場面では、『ストリート・オブ・ファイヤー』ばりの黒を基調としたハードな衣装を粋に着こなした星組生たちが、ワイルドなダンスを繰り広げる。『霧深きエルベのほとり』の残像があるから、紅が、『ストリート・オブ・ファイヤー』のラストでやはり身を引く主人公トムの姿と自然重なって、――宝塚で上演してほしいとの夢が、半ば叶ったような思い。

 …七海ひろき退団の日が遂に来てしまった。
 彼女が昨年秋に開催したディナーショーの模様を「タカラヅカニュース」で観ていて、「まだまだ宝塚にいてくれるんだ! 安心!」と、大勘違いをしたあひるであった…。
 思えば、七海ひろきは宝塚に在って、いつも楽しそうに舞台を務めていた――不調や不具合を感じたことがない。それが彼女のプロフェッショナリズムなのだった。亜空間の人である。周りの空気に流されることのない、自身の強烈な磁場を持った人である。だから、何だか重い空気が立ち込めていても、七海のシーンでぴたりと止まる、それで舞台が盛り返す、そんなスーパーセーブを観たこともある。愛する宝塚にあって、彼女にとっては、その日そこに集った観客に幸せを届けることが何よりも大切なのだった。
 『霧深きエルベのほとり』で演じたのは、船乗り仲間のトビアス。石で水切りをしながら、カールの妹を口説きにかかるシーンがあるのだけれども、その、独特の男役くささ、キザりっぷりに、…かっこいいんだかおもしろいんだか、その両方なのかわからない〜、そんな、くすぐったい気分で、「きゃあ」と両腕で我が身を抱きしめたくなる。『ESTRELLAS〜星たち〜』では、平井堅の「POP STAR」に乗って繰り広げられるキュートな場面で芯を務める。「♪君をもっと夢中にさせてあげるからね」と歌われる前からすでに、七海ひろきの不思議な魅力に夢中である! ――そして気づく。七海ひろきは、宙組トップスター大和悠河の流れを汲む、キラキラのスターなのだった。どこで踊っていてもわかる、あの独特の動き。しぐさ。そのすべてに、「七海ひろき」と見えないスタンプが押してあるかのよう。個性を激しく打ち出し、広く愛される。あの独特の空気は七海ひろき一人にしか出せないものだけれども、個性を打ち出すその姿勢は、大いに見習うべきものがあると私は思う。
2019-03-24 03:06 この記事だけ表示
 初日前の舞台稽古を見学(2月15日10時、東京宝塚劇場)。『霧深きエルベのほとり』は、菊田一夫が1963年に作・演出を手がけ、その後何度も再演されてきた名作。私は以前の上演は観たことがないながらも、橋本治が明治から昭和にかけての歌謡曲の名曲を論じた『恋の花詞集』(タイトルは無論、宝塚の名作レビュー『花詩集』にちなむ)を通じて、主題歌については知っていた。橋本治に、「私は、男として宝塚に恥ずかしい」とまで書かしめた名曲を、一月末に亡くなった彼を偲びながら聞いた――紅ゆずるの歌唱及び主人公カールの造形がすばらしい。レビュー『ESTRELLAS〜星たち〜』は、何だか好きな曲ばっかり登場するぞ! &主題歌の歌謡曲感がたまりませぬ。
2019-02-17 22:33 この記事だけ表示
 1・2月の日比谷では、東京宝塚劇場で雪組が『ファントム』、そして隣の日生劇場で『ラブ・ネバー・ダイ』と、ガストン・ルルーの小説『オペラ座の怪人』がベースとなったミュージカルが二つ上演されていた。昨年はケン・ヒル版が来日公演を行ない、今年秋には梅田芸術劇場他で『ファントム』の上演…と、まだまだ続く怪人ブーム。
 花の都、パリ。――光と影。明と暗。その交錯が、今回の雪組『ファントム』には鮮やかに描き出されている。農場育ちの少女クリスティーヌが、パリにやって来て、パリの歌を歌う――アメリカ人作曲家、モーリー・イェストンの手による曲は、宝塚で長年愛唱されているフランス生まれの曲と比べると、幾分ポップに感じられる。彼女はオペラ座で歌うことを夢見、劇場へと足を運ぶ。そこでは騒動が持ち上がっている。金の力で劇場の主に収まった夫妻が、長らく務めてきた支配人を解任してしまう。しかし、夫妻と、劇場に棲みついた怪人との間で諍いが起こり――。
 劇場に棲まう怪人。魔物。幻想――ファントム。それを取り上げて描く演目は当然のように、ある種“魔物祓い”の性格を帯びざるを得ない――例えば、作中、すべての演目で主役に収まり、物語を書き換えてまで自分が好きなように演じ、歌うと宣言するカルロッタ(その力の源泉は、財力である)という役どころが体現するのは、悪しき“主演”論である。
 今回、雪組生全員で果敢にこの演目に取り組んだ結果、大きな幻想が追い払われ、葬送された。それが何よりの成果だったと思う。MVPは無論、全身全霊を傾ける演技でタイトルロールを務めた――すなわち、自身で、対象となる幻想を見事演じきった――雪組トップスター望海風斗である。
 昨年一年、彼女に対していささかの物足りなさを感じていた。バレーボールの例えで言えば。雪組は組全体がきちっとしているから、レシーブ、トスまでは誰が上げてもいいつながりなのである。けれども。何だか、そうして上がった球を無難に返してくる印象が。
「そこで強打せんか〜!!!」
の、じれったさ。…じゃあ、そちらがエースアタッカー、やる? と、トップ娘役真彩希帆に目をやってみれば。…バレーボールをしていない。何かはよくわからないが、違う競技をしている。でも、…点が入るなら、それでいい〜…とばかりに、球はじゃんじゃん集まっているような。…これはありなんだろうか…と、娘役の在り方に厳しい組長梨花ますみに目を向けてみたが、OKのようである。おもしろい状況になっているなと、そう感じていた2018年。
 2019年。ファントムを演じる望海は、昨年とは打って変わって、もうびしばしの強打である。文句なしのエースアタッカー。待ってました〜! と、年始から強打を浴びるように受け、涙涙涙。7年前の上演の際、…この演目はキャリエール役者に負担が大きいな…と感じ、そのように書きもしたけれども、ここまで己のすべてを捧げる演技を見せるならば――“ファントム”が体現する、人の弱さや心の闇と向き合うならば――ファントム役者にも非常に心の負担が大きいことだろうと思う――それを言えば、カルロッタ役者にも非常に負担の大きな演目なのだけれども。
 それでいて、望海のファントムには、いい意味での軽やかさがある。オペラ『カルメン』のリハーサルにファントムが乱入し、場を混乱に陥れるシーン――その『カルメン』は、フランス人作家プロスペル・メリメの小説に、フランス人作曲家ジョルジュ・ビゼーが作曲した、スペインを舞台にした物語である――。このシーン、望海ファントムは軽快な踊りで笑いを誘う。その様は、怪人がいようがいまいが実際に劇場で起こり得るであろう、誰かの“いたずら”のようにも思われる、ちょっとしたハプニングを想起させずにはおかない。
 劇場は、光と影、明と暗が交錯する場所である。光あふれる舞台上と、闇に包まれた舞台袖、客席と。光を浴びる者と、浴びない者と。ファントムのレッスンによって脚光を浴びるようになったクリスティーヌと、依然闇に棲まうファントムと。
 ファントムが求め続けた、美しい声――母の声。クリスティーヌが聴かせるその声こそが、ファントムとキャリエール、断絶していた父子を結びつける絆となる――クリスティーヌの声に、ファントムは母を、キャリエールは妻を、聴く。結末は、悲劇かもしれない。けれども、真実が照らし出されたその結末には、救いがある。クリスティーヌ役の真彩希帆は、父子の絆となるにふさわしい、美しい声を聴かせる。望海ファントムとのデュエットに、心震え、心洗われる思い。キャリエール役の彩風咲奈も、一切のエロスを持ち込むことなくこの役を造形してみせた。ファントムを乗り越えた雪組に、明るい未来の光が差し込んでいる。
2019-02-10 01:06 この記事だけ表示
 年末の疲れを引きずったまま突入した2019年、その正月ボケを吹っ飛ばすような、月組新トップ娘役・美園さくらの演技なのだった。
「あんた、いいとこあるじゃない!」
 出会い頭にいきなり、そう肩を叩かれたような。面食らって、肩を叩き返すのを忘れてしまうような(笑)。
 ヒロインを務めた昨年の『雨に唄えば』でも、舞台上、ぱあっとはじけるような勢いをもった娘役だなと。そして。トップ娘役の立場で臨む舞台では、はじけ方さらに半端なし。いい意味で、客席への攻撃力、破壊力満点である。よけいな自意識の一切がないから、観ていて清々しい。そして実にセクシーである。突き抜けている。おもしろすぎる――表情は、もっとやわらかくしたら、もっと魅力的だと思うけれども。プレお披露目公演からこう来たか! うれしくなって、フライングで拍手を入れる始末。蒼乃夕妃、愛希れいか、そして美園さくら。トップ娘役の地平がどんどん拓かれてゆく月組なのだった。
 そんな全力投球の美園を真正面からどんと受け止めて、トップスター就任3年目、珠城りょうの包容力もいや増すというもの。その歌唱に、背中に、ときに哀愁すら感じさせて。フィナーレで男役陣を率いる姿にも貫録あり。
 レナード・バーンスタイン作曲による、1944年初演のブロードウェイ・ミュージカルである。ニューヨークでつかの間の休暇を楽しむ三人の水兵たちの、つかの間の恋。その恋のお相手の一人を演じて、白雪さち花が大活躍である。『瑠璃色の刻』(2017)ではフランス王妃マリー・アントワネット役として堂々たる演技と歌唱を披露して場をさらい、昨年の『エリザベート』では娼館の主、マダム・ヴォルフ役。「♪タチアナはダイナマイト〜」と歌うお勧めソングに、…一番ダイナマイトなのはマダム・ヴォルフ自身なんじゃ…と思わせる、パンチの効いた歌声。そして今回、気に入った水兵をお持ち帰りしてしまう女タクシー運転手ヒルディ役。バックの映像ともマッチしためちゃくちゃな運転っぷり! 演技でここまで崩しても、その舞台姿が決して崩れないのは、白雪の娘役芸が強固だからである。
 月組に、輝月ゆうまみたいに重厚でダンディな男役がまた一人…と正月ボケの頭で観ていたら、はたしてそれは、これまでとはまた違った声色と個性を開拓した輝月ゆうまなのだった。婚約者の奔放っぷりにとことん物分かりのよさを発揮して見せるとぼけたおかしみ。珠城&美園、新トップコンビのデュエットダンスでは、二人への熱いエールにあふれたカゲソロを披露。大丈夫、月組の未来は明るい!
2019-01-14 23:20 この記事だけ表示
 あけましておめでとうございます。皆様、本年も宜しくお願い申し上げます。あひるの2019年の目標は「ブログをためない」、叶えたい夢は「神戸に長期滞在して街めぐりする」です。
 さて、昨日、雪組『ファントム』の初日前の舞台稽古を見学(1月2日10時、東京宝塚劇場)。『ファントム』前回上演から約6年半。作品に新たな命を吹き込むべく真摯に向き合う雪組生の姿に、自分も、…過去の自分を超えたい、新たな発見を書き記していきたい…との決意を新たに。実際、ブラッシュアップされた演出とメイン・キャストの力演により、また異なる物語が描き出されて。
 思い出したことが。魔物が出やすい演目なのだった――だってそもそも、劇場に棲まう“怪人”“幻想”の物語だからして。でも、今の強力な雪組トップコンビ、望海風斗&真彩希帆なら、多少の魔物が出たところで、大丈夫!
2019-01-03 23:12 この記事だけ表示
 宝塚の舞台において描くべき愛と美をあくまで追求した、心ある人々の踏ん張りによって、ギリギリのところでワーストはなし。それにしても、『蘭陵王』高緯役の瀬戸かずやの演技は、2018年の宝塚歌劇に見事なピリオドを打つものだった。

 今年も、選ぶのに迷うほど充実した作品が多かったけれども、ベストは小池修一郎潤色・演出の月組『エリザベート』に。何度も上演されてきた名作に新たな風を吹き込もうと挑む全員の頑張りにより、作品理解においてこれまでにない境地に至ることができた。月組の『雨に唄えば』(中村一徳演出)、雪組『凱旋門』(柴田侑宏作、謝珠栄演出・振付)についても然り。
 日本人の心性を描いて楽しかったで賞を月組『カンパニー』(石田昌也作・演出)に。そして、汎用性高かったで賞を星組『ANOTHER WORLD』(谷正純作・演出)に(日本舞台芸術界に鬼&地獄ブーム!)。
 ショーは、日本物作品の新たな境地を拓いた宙組『白鷺の城』(大野拓史作・演出)。あひるも台湾に行きたかったで賞に、星組『Killer Rouge/星秀☆煌紅』(齋藤吉正作・演出、日本青年館バージョン)。東西大劇場バージョンを踏まえてのブラッシュアップが光った。そして、この作品の一連の上演を通じて、星組娘役トップ綺咲愛里が大躍進! 客席にさっそうと攻めてくるかっこいい美少女キャラを確立した。“心の名場面”は、彼女が三人組の芯となり、台湾でもヒットしたブラックビスケッツの「Timing」を歌い踊るコケティッシュなシーン。

 今年は、昨年の予想通り、新人賞複数!
 一人目は、雪組トップ娘役、真彩希帆。『ひかりふる路〜革命家、マクシミリアン・ロベスピエール〜』では、フランク・ワイルドホーン作曲の大曲の数々を澄んだ歌声で歌いこなし、主人公ロベスピエールがこの世に残していった良心とも解釈し得るヒロイン、マリー=アンヌに扮して堂々たるトップお披露目。『凱旋門』でも、大ベテラン轟悠を相手に、激動のパリ、男たちの間で刹那の恋に身を焦がさずにはいられない難役ジョアンを演じて、魂をほとばしらせるような演技を見せた。
 彼女は声が美しい。澄んで聖性を感じさせる、その先に、エロスがにじむ。これは微笑ましい点でもあるのだが、『Gato Bonito!!』のタンゴの場面でのデュエットダンスの際など、「頼もー!」と気合が入りすぎて、愛を踊るというより果たし合いのように見えた。娘役はたおやかに〜! 鼻息荒く見えてしまっては、せっかくの芸もGOE(出来栄え点)マイナス。
 さて。最初はここで、雪組トップスター望海風斗への要望を書く予定でしたが、「タカラヅカニュース」を観るだに…、大いに改善されている模様! 1月2日からの東京宝塚劇場公演『ファントム』が楽しみ!

 二人目の新人賞は、宙組トップ娘役、星風まどか。
 プレお披露目公演『WEST SIDE STORY』は、人々の対立の中、あくまで愛を信じて生きるヒロイン、マリアを体当たりで造形、作品の芯を見事に務め上げた。私は、彼女の演技と、「フィギュアスケート世界選手権2018」男子フリーでの友野一希の演技を通じて、この物語のヒロインがなぜ、イエス・キリストの母と同じ名前であるのか、改めて知った思いがする…。少女漫画が原作であるお披露目公演『天(そら)は赤い河のほとり』では、古代オリエントに迷い込んでしまった現代女子高生のユーリ役。主人公に抱きついた際に片足が膝のところでちょんと上がるポーズは胸キュンもの(小柳奈穂子の作・演出がツボを得ている!)。ユーリは人々と共に闘うこととなるが、戦士の姿となっても、例えば、かつての月組娘役・蒼乃夕妃がこのような場合、“男前”となるのに対し、星風は“男前”にはならない。そこに個性がうかがえる。併演の『シトラスの風−Sunrise−』では“明日へのエナジー”の場面にまで駆り出され、軽快なダンスを披露していた。秋の『白鷺の城』『異人たちのルネサンス』でも、作品上与えられた大きな役割を立派に果たしたばかりである。レオナルド・ダ・ヴィンチが主人公の『異人たちのルネサンス』では、舞台ラストで名画「モナ・リザ」が登場する、そのとき、ダ・ヴィンチにインスピレーションを与えたヒロイン・カテリーナを演じていた星風が、それまでいかに「モナ・リザ」に自らのたたずまいを合わせていたか、胸を衝かれるものがあった。
 星風まどかは、必死である。作品上与えられた役割、トップ娘役としての責任を果たすため。一切の余計な自意識が入り込む余地がない、その必死さが、彼女の表情をいつも実に艶っぽいものにしている。学年は若く、童顔だけれども、娘役として落ち着いた発声ができるのも、演じる役柄に幅を与えている。何よりすばらしいのは、この一年、宙組トップスター真風涼帆を相手役として必死に支え続け、その復調を受けて喜びに光り輝いているところである。娘役魂!
 真風涼帆は見事復調、宙組全体も上昇気流にあり、他の四組を追える展開となってきた。二月の博多座公演で上演される『黒い瞳』については、最近、…生きている人間の熱い生き様が本当にヴィヴィッドに描かれた、宝塚の歴史に残る名作なのだ…との思いを新たにする出来事があったばかりである(プガチョフ役の愛月ひかるにとっては、専科入り前、さらなる実力を蓄える大チャンスである)。宙組の未来は明るい。
2018-12-28 17:56 この記事だけ表示