何度観ても実に味わい深い作品!
2021-04-11 15:13 この記事だけ表示
 雪組東京宝塚劇場公演千秋楽『f f f−フォルティッシッシモ−〜歓喜に歌え!〜』ライブ配信観ます!
2021-04-11 01:50 この記事だけ表示
 雪組トップスター望海風斗の退団公演『f f f−フォルティッシッシモ−〜歓喜に歌え!〜』の主題歌のタイトルは、「ハイリゲンシュタットの遺書」(作詞:上田久美子、作曲:甲斐正人)である。――退団公演の主題歌が「ハイリゲンシュタットの遺書」。思わず何度もかみしめる。ベートーヴェンその人が書いたその文章を読む――絶望した彼をこの世に引き止めるのは、ただ芸術への思いである。そして、望海扮するベートーヴェンの絶唱を心に思い起こす。
「♪たとえ命/たとえ魂/この体が朽ち果てても」
 魂の叫び。
 ――ベートーヴェンが望海風斗に降りてきたかのようだった。ベートーヴェンが取り憑かれたかのように作曲する様と、望海風斗が取り憑かれたかのようにベートーヴェンを演じる様が、相似形を成す。音楽への愛が、二つの魂をつないでいる。
 文句なしの傑作で、決定的な当たり役を出して、退団していく。歓喜!
 『シルクロード〜盗賊と宝石〜』は、『BLUE・MOON・BLUE−月明かりの赤い花−』の流れにある作品である。ターバンも中国服も実によく似合い、エキゾティックな世界の中に生きる男役・望海風斗を最後に観ることができた。
 望海風斗は芸の人である。真面目な優等生のイメージが強かったけれども、次第にその人となりが舞台でもどんどん出てくるようになった。彼女の有名なエピソードの一つとして、ファン時代、憧れの天海祐希に語りかけるように日記を書いていたという話がある。トップお披露目作品『SUPER VOYAGER!−希望の海へ−』にも取り入れられたこのエピソードが物語るのは、彼女のどこかとぼけたおもしろさである。ベートーヴェン役で“謎の女”と見せたおかしなやりとりにも、そんな個性が表れていた。トップ時代の作品で、『20世紀号に乗って』『NOW! ZOOM ME!!』がとりわけ心に強く残っているのも、同じ理由による。
 そして彼女はフィギュアスケート好きとしても知られている。浅田真央とテレビ番組で対談したこともあるし、雑誌「宝塚GRAPH」に羽生結弦の「SEIMEI」ポーズで登場していたこともあった。――だから、フィギュアスケートを観て、書くとき、いつも望海風斗のことが念頭にあった。芸の人である彼女に恥じることのないような文章を書きたいと思った。2019年の「NHK杯」を真駒内に観に行ったときも、ホテルの部屋に戻って、かつて彼女が天海祐希に語りかけて日記を書いたように、「望海さん、どう思う?」と、心の中で語りかけながら書いていた。そして、かの地で知った。――どう考えても貴方の方が大変でしょうという局面で、人のことをとっさに気遣える、そんな強さと優しさが、望海風斗と羽生結弦の共通点なのだと――そして最近、片岡仁左衛門もまたそのような人であることを知ったけれども。
 男役・望海風斗が宝塚の舞台で観られなくなるのはさみしい。でも、今後、女優として、ミュージカルの舞台を中心に幅広い活躍を見せていく人だと確信しているから。芸を着実に積み重ねて男役トップスターに昇りつめた人なので、女優に転身しても、また着実に芸を積み重ねて開花していくと思うから。トップスターの先輩、柚希礼音もアイスショーに出演している。望海風斗の出演も望む。望海風斗のあの歌声で、スケーターたちが滑る。望海風斗も滑る。観たい!
 今、こうして書いていて、…彼女の存在に支えられていた自分に改めて気づいて、ここで道が分かれるとは絶対に思いたくなくて、歯を食いしばって明るい未来を思い描いている私がいる。
2021-04-11 01:43 この記事だけ表示
 あっぱれな退団である。宝塚を愛して、宝塚でやりきって、そして、自分が舞台人として今後歩んでゆく上で何が必要かもわかった上で、雪組トップ娘役真彩希帆は新たな世界へと旅立っていく。これぞ“卒業”である。
 『f f f−フォルティッシッシモ−〜歓喜に歌え!〜』で演じた“謎の女”は、宝塚の代表作の一つである『エリザベート』のトートをも思わせるキャラクターである。常にベートーヴェンとも、すべての人間とも共にあり、これを見守る。ベートーヴェンが“謎の女”を抱きしめ一つになる瞬間は、『エリザベート』のラストでエリザベートが“トート=死”を受け入れ一つになる瞬間とも重なる――その意味で、『f f f−フォルティッシッシモ−』は興味深い『エリザベート』論たりえてもいる。そうしてトートを彷彿とさせるキャラクターを、真彩は娘役ながら演じる。聖から俗へと自由に行き交う歌声を響かせて。彼女が正体を明かすくだりでは、フランク・ヴェーデキントやベルトルト・ブレヒト作品のヒロインが遠く揺れているような思いがした――。『シルクロード〜盗賊と宝石〜』の<大世界(ダスカ)>の場面でも、歌姫の役どころで聴かせるラップが実に魅力的。
 娘役の地平を持てる力で可能な限り押し広げて、そして、女優との境界線に立って、揺れつつ、でも、宝塚にいる限りは、トップ娘役である限りは、娘役として己に課した矜持をあくまで守らんとするその姿を、――見事だと思った。
 まだまだ行ける。もっともっと行ける。貴女はこれからその道を探しに行く。広い世界に探しに行く。その上では、自らの内に封印したものをーー娘役の矜持を守るために封印したものを――解き放っていい。その封印の様が最後まで実にあっぱれだったからこそ、そう強く思う。
 宝塚の娘役は、女性の中の美の要素を抽出して体現する。でも、現実の女は常に美しくなんかない。そんな女たちを演じて魅力を発揮する女優にもなれる人だと思うから。
 ――あのとき、確かに最初はめちゃめちゃムッとしましたが(笑)。でも、あの貴女の仕草、表情、今振り返ってみると、とってもキュートだった!
 芸の火の玉娘、GO!!!
 恋に身を焦がす女を演じる日を楽しみにしている。
2021-04-11 01:40 この記事だけ表示
 テレビで海援隊が「贈る言葉」を歌うのを観ていても、彩凪翔が『NOW! ZOOM ME!!』で演じた“アヤナギ先生”を思い浮かべてしまう自分がいる。「人という字は〜」「先生、それ、『入』!」と、心の中でコントを再現。「贈る言葉」にまつわる私の記憶あれこれが、アヤナギ先生一色に塗りつぶされている。それくらい、強烈な印象。振り返ってみれば、『るろうに剣心』で演じた悪役メガネキャラ、武田観柳役も強烈だった。「♪ガートガトガト」のガトリング砲の歌が忘れられない。――クールな美形なのに、どこかの地点で壮絶に振り切れて凄まじい方向に行ってしまうのだろうか。でも、クールな持ち味もあって、いつでも品があるのが強み。
 昨年3月末、コロナ禍にあって上演された『ONCE UPON A TIME IN AMERICA』東京宝塚公演千秋楽(生放送視聴)のジミー役の演技も凄まじかった。組合員として志あった男が、次第に悪に手を染め、権力を握っていく。いかにも中身がありそうで実は内容のないことを延々と饒舌に語る――こういう人、現代にもいる!
 『f f f−フォルティッシッシモ−〜歓喜に歌え!〜』で演じたのは、ベートーヴェン、ナポレオンと並び立つ文豪ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ。落ち着きのある演技で、多彩な魅力をもつ作品の重厚な側面のしっかりとした柱となっていた。『シルクロード〜盗賊と宝石〜』では、作品の狂言回し的存在ともいえる“キャラバンの男”を演じて男役の色気をふりまく。
 鋭い観察眼と批判精神、そして、舞台人としてのあの振り切れ方は、宝塚の外の世界でも大いに有用なものだと思う。これが私の、“アヤナギ先生”へ贈る言葉!
2021-04-11 01:36 この記事だけ表示
 芝居、ショー共に、次期トップ娘役朝月希和の活躍が光る。『f f f−フォルティッシッシモ−』で演じたのはベートーヴェンの初恋の人エレオノーレ・フォン・ブロイニング(ロールヘン)。しっとりしとやかな娘役の風情が光る。望海風斗扮するベートーヴェンを中心に、黒を基調とした衣装の“謎の女”(真彩希帆)と朝月ロールヘンとが対比的に存在するシーンは、メリメの『カルメン』に基づく柴田侑宏作品『激情−ホセとカルメン−』における、姿月あさと扮するホセをめぐる花總まりのカルメンと陵あきののミカエラの対比を思わせて、強い印象を残す。朝月は、娘役の正統も、『MY HERO』で演じたようなオフビートなヒロインもいける、役柄の幅の広い人である。そして、ショーでも魅せる。<夢幻蜃気楼>の場面での踊りの大きなこと! 他の場面でも気迫十分の舞台姿で客席の目線を鮮烈にさらっていくかっこよさがある。――雪組で一番かっこいい彼女に、一つだけ心配が。雪組トップ娘役は、先代の咲妃みゆは自分の本名を忘れ、今の真彩希帆は自分の好きな食べ物を忘れと、代々あまりに芸に没頭しすぎるきらいが…。私は、下級生時代、壮一帆ディナーショー『Bright−ブライト−』でぽわぽわ笑っていた朝月希和も大好きである。どうか、本名も好きな食べ物も忘れず、ときにはぽわぽわ笑っていて! 次期トップスター彩風咲奈はナポレオン役で清々しく吹っ切れた感のある演技を見せたが、二番手時代、どうも似たタイプの役柄が重なったような…。今後、彼女の新たな個性が輝く役柄に期待。娘役である彩みちるがオペラのズボン役の如く演じるモーツァルト役(戯曲のト書きに「モーツァルトはフィガロの結婚のケルビーノのように娘役の演じる若い男」とある)に清冽な魅力。智天使ケルブ役の一樹千尋は、さすがの威厳と「むむむ?」「むむ?」と発する様のキュートさの両立が、作品のファンタジックな一面に彩りを与えている。

 『シルクロード〜盗賊と宝石〜』は生田大和の大劇場ショー作品デビュー作。『CASANOVA』のフィナーレが楽しかったので、ショー作品も観てみたいと思っていた演出家である。確かに、…キャラバンは途中、何処へ? という疑問が浮かばないでもなかった。しかし、一度聴いたら絶対に口ずさんでしまう太田健作曲の主題歌「シルクロード」の魅惑のメロディの強力援軍もあり、旅を通じて新奇なものに出会う喜びが封じられたこのコロナ禍にあって、エキゾティズム満載のこの作品が旅心を満たしてくれたことも事実。中国服姿の望海風斗が、生田の演出家デビュー作『BUND/NEON 上海』で演じた役名と同じ“劉衛強”役として登場し、真彩希帆と彩風咲奈と三人、魅惑のタンゴを繰り広げる<大世界(ダスカ)>の場面が魅力的。「花は咲く」を作曲した菅野よう子が楽曲提供した「盗賊と宝石」のデュエットでは、望海風斗&真彩希帆の“希望”コンビがまさに希望に満ちた歌唱を聴かせる。

 今作で退団となる真地佑果は、宝塚のさまざまな話題をお茶の間に届ける「タカラヅカ・スカイ・ステージ」のスカイ・ナビゲーターズの一人として活躍していた印象が強く残っている。「タカラヅカ・ニュース」を観ていて、その表情で、雪組の状況を推し量ったり。『f f f−フォルティッシッシモ−』ではベートーヴェンの恋敵ガレンベルク伯爵を演じて貴族ならではの冷ややかさを体現。煌羽レオは、ベートーヴェンが秘密にしていた耳の不調をつかみ、脅しをかける権力者メッテルニヒに扮して、きりっとした佇まいの中に冷酷さを見せた。
 “小さな炎”役の笙乃茅桜は、ベートーヴェンの生のエネルギーを象徴するかのように、踊る。踊る。確かに、激しく、メラメラと燃え続ける炎。その炎ある限り、ベートーヴェンの生はある。雪組の舞台を長年支えてきたダンサーである。実に細やかなところにまで気配りして踊っている。それだけ均整の取れた動きをする上ではどれだけの鍛錬を必要としてきたのだろうと、しなやかかつ鋼のようなその筋肉と精神に思いを馳せずにはいられない。舞台上から派手にアピールするのではなく、一心に打ち込む確かな芸で目を引く娘役だった。ときに観ていて歯がゆくなるくらい控え目でいて、そんなところも含めて、かっこよかった! 彼女の踊りが宝塚の舞台で観られなくなることが、とてもさみしい。
2021-04-11 01:33 この記事だけ表示
 「やるならやってみろ、運命よ。」
 雪組公演『f f f−フォルティッシッシモ−』『シルクロード〜盗賊と宝石〜』のちらしにそうある。「やるならやってみろ、」もかなり字がデカいが、「運命よ。」の方はさらにデカデカとしている。上田久美子作・演出の『f f f−フォルティッシッシモ−』のスピリットを見事示す文言である。
 現在、東京宝塚劇場では録音音源にて公演中である。生オーケストラでの演奏がない(宝塚大劇場で公演中の花組より生演奏を再開)。オーケストラピットが使用されていない。そのオーケストラピットから、雪組トップスター望海風斗扮するルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンが、メロディを激しくつぶやきながらタクトを振り回して登場するとき、――心の中で盛大に快哉を叫ぶ。「やるならやってみろ、運命よ。」と。度重なる不運な運命にめげず、今も私たちの心を震わせる楽曲群をこの世に生み出した作曲家の苦闘を描くこの作品は、コロナ禍という運命にめげない宝塚のスタッフ・キャストの苦闘によってこの世に生み出され、観客の心に深い共鳴を呼び起こす。オーケストラピットが使われていないなら、舞台装置として積極的に活用してしまえ。無人のオーケストラピットから、雪組生演じる“彼のオーケストラ”を引き連れて登場する望海ベートーヴェンの姿は、運命に対する今の宝塚歌劇の闘いぶりを象徴的に示している。――「やるならやってみろ、運命よ。」。私たちは負けはしない。屈しない。ウイルスによって引き起こされた諸問題、実のところウイルスによって顕在化しただけである諸問題に立ち向かい、後の時代の人々へと、生を、世界を手渡してゆく。私たちがさらに強く、優しくなるために試練はある。
 ――前の世代の人々も、そうして、生を、世界を、今を生きる私たちに手渡してきてくれたではないか。

 作品は天国の扉の前で始まる。モーツァルト、ヘンデル、テレマン、三人の作曲家は智天使ケルブや天使ケルビムたちによって天国入りを阻まれる。音楽は誰のものか。人間は音楽を何のために使うのか。その問いに対し、彼らの後継者が出した答えによって、全員は連帯して裁かれる。「後継者って誰だっけ」という問いを受けて登場するのが、望海ベートーヴェンである。彼は、ナポレオンとゲーテに憧れを抱く――三人は、フランス革命後の混迷の時代にあって、音楽、戦術、文学、それぞれの分野において人間の可能性を突きつめた人物として描かれる。だが、ベートーヴェンを次々と不幸が襲う。貴族の令嬢との実らぬ恋。耳の不調。――そもそも不幸は少年時代から彼と共にある。貧しい家庭。彼に暴力をふるう父親。そんな境遇から救ってくれた貴族令嬢への実らぬ初恋――。ナポレオンは皇帝となり、ベートーヴェンは裏切られたと感じる。支配階級に対するベートーヴェンの傲岸不遜にも見える態度を心配心でたしなめるゲーテにも失望を感じる。
 そんな彼のかたわらに、“謎の女”(真彩希帆)がいる。ドアも机もいつも4回ノックする、謎の女が――。
 ベートーヴェンと“女”との、不思議な同居生活。仕事に没頭するベートーヴェンに、“女”は食事を運び、部屋を片付け、何とか人間らしい生活をさせようとする。“女”は「私はあなたの想像の生き物なの!」と言う――何やらよこしまな想像をしようとするベートーヴェン。抗う“女”。“女”は、自分にとりついた疫病神なのではなく、“才能”なのだろうか――。このあたりのやりとりは絶妙なおかしみに満ちている。そのやりとりが、一人の人間の中で交わされたと思いを馳せるとき、とりわけ。自問自答なのである。芸術家が、己の信じるところを貫き通すために、心の中で独り言つ。
 初恋の人はお産で命を落とす。――倒れたベートーヴェンは、ロシアの雪原にいる。彼を助け起こすのは、敗走するナポレオンである――二つの内的世界が交錯する。二人の男は心の会話を交わす――このくだりで、私は、柴田侑宏の名作『黒い瞳』での主人公ニコライとプガチョフの名シーンを思い出さずにはいられなかった――。二人は、戦術と音楽との共通点を見出す。群舞によって攻撃陣形と音の連なりとの共通点が視覚化される美しさ。
 ナポレオンは死ぬ。ベートーヴェンの前に“女”が姿を現し、自らの正体を明かす。「この世の全ての苦しみ/全ての哀しみ/不幸」と。「死は救いなの」という“女”に、「お前の名前がやっとわかった」とベートーヴェンは言う。「運命」と。「生きることが苦しみでも、俺はお前という運命を愛するよ」と、彼は“女”を抱きしめる――戯曲のト書きには、ここで、「ルートヴィヒは運命に勝つ。」と書かれている。
 運命に勝った彼がこの世に遺した人類の共有財産、「交響曲第九番」の「歓喜の歌」がやがて流れ出す。彼に関わったすべての人々、天国の天使たち、皆が共に歌う。今や純白の姿となった“女”も共に。「人生は、幸せだった!」と叫ぶ望海ベートーヴェン――そこには、この公演で宝塚での人生を終え、新たな世界へと転生する望海風斗への思いがこめられている。歓喜の歌と舞のうちに、舞台は終わる。運命に挑み、愛した果てに、新たな地平――希望の未来が輝いている。
2021-04-11 01:29 この記事だけ表示
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