年末の疲れを引きずったまま突入した2019年、その正月ボケを吹っ飛ばすような、月組新トップ娘役・美園さくらの演技なのだった。
「あんた、いいとこあるじゃない!」
 出会い頭にいきなり、そう肩を叩かれたような。面食らって、肩を叩き返すのを忘れてしまうような(笑)。
 ヒロインを務めた昨年の『雨に唄えば』でも、舞台上、ぱあっとはじけるような勢いをもった娘役だなと。そして。トップ娘役の立場で臨む舞台では、はじけ方さらに半端なし。いい意味で、客席への攻撃力、破壊力満点である。よけいな自意識の一切がないから、観ていて清々しい。そして実にセクシーである。突き抜けている。おもしろすぎる――表情は、もっとやわらかくしたら、もっと魅力的だと思うけれども。プレお披露目公演からこう来たか! うれしくなって、フライングで拍手を入れる始末。蒼乃夕妃、愛希れいか、そして美園さくら。トップ娘役の地平がどんどん拓かれてゆく月組なのだった。
 そんな全力投球の美園を真正面からどんと受け止めて、トップスター就任3年目、珠城りょうの包容力もいや増すというもの。その歌唱に、背中に、ときに哀愁すら感じさせて。フィナーレで男役陣を率いる姿にも貫録あり。
 レナード・バーンスタイン作曲による、1944年初演のブロードウェイ・ミュージカルである。ニューヨークでつかの間の休暇を楽しむ三人の水兵たちの、つかの間の恋。その恋のお相手の一人を演じて、白雪さち花が大活躍である。『瑠璃色の刻』(2017)ではフランス王妃マリー・アントワネット役として堂々たる演技と歌唱を披露して場をさらい、昨年の『エリザベート』では娼館の主、マダム・ヴォルフ役。「♪タチアナはダイナマイト〜」と歌うお勧めソングに、…一番ダイナマイトなのはマダム・ヴォルフ自身なんじゃ…と思わせる、パンチの効いた歌声。そして今回、気に入った水兵をお持ち帰りしてしまう女タクシー運転手ヒルディ役。バックの映像ともマッチしためちゃくちゃな運転っぷり! 演技でここまで崩しても、その舞台姿が決して崩れないのは、白雪の娘役芸が強固だからである。
 月組に、輝月ゆうまみたいに重厚でダンディな男役がまた一人…と正月ボケの頭で観ていたら、はたしてそれは、これまでとはまた違った声色と個性を開拓した輝月ゆうまなのだった。婚約者の奔放っぷりにとことん物分かりのよさを発揮して見せるとぼけたおかしみ。珠城&美園、新トップコンビのデュエットダンスでは、二人への熱いエールにあふれたカゲソロを披露。大丈夫、月組の未来は明るい!
2019-01-14 23:20 この記事だけ表示
 あけましておめでとうございます。皆様、本年も宜しくお願い申し上げます。あひるの2019年の目標は「ブログをためない」、叶えたい夢は「神戸に長期滞在して街めぐりする」です。
 さて、昨日、雪組『ファントム』の初日前の舞台稽古を見学(1月2日10時、東京宝塚劇場)。『ファントム』前回上演から約6年半。作品に新たな命を吹き込むべく真摯に向き合う雪組生の姿に、自分も、…過去の自分を超えたい、新たな発見を書き記していきたい…との決意を新たに。実際、ブラッシュアップされた演出とメイン・キャストの力演により、また異なる物語が描き出されて。
 思い出したことが。魔物が出やすい演目なのだった――だってそもそも、劇場に棲まう“怪人”“幻想”の物語だからして。でも、今の強力な雪組トップコンビ、望海風斗&真彩希帆なら、多少の魔物が出たところで、大丈夫!
2019-01-03 23:12 この記事だけ表示
 宝塚の舞台において描くべき愛と美をあくまで追求した、心ある人々の踏ん張りによって、ギリギリのところでワーストはなし。それにしても、『蘭陵王』高緯役の瀬戸かずやの演技は、2018年の宝塚歌劇に見事なピリオドを打つものだった。

 今年も、選ぶのに迷うほど充実した作品が多かったけれども、ベストは小池修一郎潤色・演出の月組『エリザベート』に。何度も上演されてきた名作に新たな風を吹き込もうと挑む全員の頑張りにより、作品理解においてこれまでにない境地に至ることができた。月組の『雨に唄えば』(中村一徳演出)、雪組『凱旋門』(柴田侑宏作、謝珠栄演出・振付)についても然り。
 日本人の心性を描いて楽しかったで賞を月組『カンパニー』(石田昌也作・演出)に。そして、汎用性高かったで賞を星組『ANOTHER WORLD』(谷正純作・演出)に(日本舞台芸術界に鬼&地獄ブーム!)。
 ショーは、日本物作品の新たな境地を拓いた宙組『白鷺の城』(大野拓史作・演出)。あひるも台湾に行きたかったで賞に、星組『Killer Rouge/星秀☆煌紅』(齋藤吉正作・演出、日本青年館バージョン)。東西大劇場バージョンを踏まえてのブラッシュアップが光った。そして、この作品の一連の上演を通じて、星組娘役トップ綺咲愛里が大躍進! 客席にさっそうと攻めてくるかっこいい美少女キャラを確立した。“心の名場面”は、彼女が三人組の芯となり、台湾でもヒットしたブラックビスケッツの「Timing」を歌い踊るコケティッシュなシーン。

 今年は、昨年の予想通り、新人賞複数!
 一人目は、雪組トップ娘役、真彩希帆。『ひかりふる路〜革命家、マクシミリアン・ロベスピエール〜』では、フランク・ワイルドホーン作曲の大曲の数々を澄んだ歌声で歌いこなし、主人公ロベスピエールがこの世に残していった良心とも解釈し得るヒロイン、マリー=アンヌに扮して堂々たるトップお披露目。『凱旋門』でも、大ベテラン轟悠を相手に、激動のパリ、男たちの間で刹那の恋に身を焦がさずにはいられない難役ジョアンを演じて、魂をほとばしらせるような演技を見せた。
 彼女は声が美しい。澄んで聖性を感じさせる、その先に、エロスがにじむ。これは微笑ましい点でもあるのだが、『Gato Bonito!!』のタンゴの場面でのデュエットダンスの際など、「頼もー!」と気合が入りすぎて、愛を踊るというより果たし合いのように見えた。娘役はたおやかに〜! 鼻息荒く見えてしまっては、せっかくの芸もGOE(出来栄え点)マイナス。
 さて。最初はここで、雪組トップスター望海風斗への要望を書く予定でしたが、「タカラヅカニュース」を観るだに…、大いに改善されている模様! 1月2日からの東京宝塚劇場公演『ファントム』が楽しみ!

 二人目の新人賞は、宙組トップ娘役、星風まどか。
 プレお披露目公演『WEST SIDE STORY』は、人々の対立の中、あくまで愛を信じて生きるヒロイン、マリアを体当たりで造形、作品の芯を見事に務め上げた。私は、彼女の演技と、「フィギュアスケート世界選手権2018」男子フリーでの友野一希の演技を通じて、この物語のヒロインがなぜ、イエス・キリストの母と同じ名前であるのか、改めて知った思いがする…。少女漫画が原作であるお披露目公演『天(そら)は赤い河のほとり』では、古代オリエントに迷い込んでしまった現代女子高生のユーリ役。主人公に抱きついた際に片足が膝のところでちょんと上がるポーズは胸キュンもの(小柳奈穂子の作・演出がツボを得ている!)。ユーリは人々と共に闘うこととなるが、戦士の姿となっても、例えば、かつての月組娘役・蒼乃夕妃がこのような場合、“男前”となるのに対し、星風は“男前”にはならない。そこに個性がうかがえる。併演の『シトラスの風−Sunrise−』では“明日へのエナジー”の場面にまで駆り出され、軽快なダンスを披露していた。秋の『白鷺の城』『異人たちのルネサンス』でも、作品上与えられた大きな役割を立派に果たしたばかりである。レオナルド・ダ・ヴィンチが主人公の『異人たちのルネサンス』では、舞台ラストで名画「モナ・リザ」が登場する、そのとき、ダ・ヴィンチにインスピレーションを与えたヒロイン・カテリーナを演じていた星風が、それまでいかに「モナ・リザ」に自らのたたずまいを合わせていたか、胸を衝かれるものがあった。
 星風まどかは、必死である。作品上与えられた役割、トップ娘役としての責任を果たすため。一切の余計な自意識が入り込む余地がない、その必死さが、彼女の表情をいつも実に艶っぽいものにしている。学年は若く、童顔だけれども、娘役として落ち着いた発声ができるのも、演じる役柄に幅を与えている。何よりすばらしいのは、この一年、宙組トップスター真風涼帆を相手役として必死に支え続け、その復調を受けて喜びに光り輝いているところである。娘役魂!
 真風涼帆は見事復調、宙組全体も上昇気流にあり、他の四組を追える展開となってきた。二月の博多座公演で上演される『黒い瞳』については、最近、…生きている人間の熱い生き様が本当にヴィヴィッドに描かれた、宝塚の歴史に残る名作なのだ…との思いを新たにする出来事があったばかりである(プガチョフ役の愛月ひかるにとっては、専科入り前、さらなる実力を蓄える大チャンスである)。宙組の未来は明るい。
2018-12-28 17:56 この記事だけ表示
 年少者への性的虐待は、異性間であっても、同性間であっても、そして虐待者がたとえそこに「愛」という言葉を持ち出したとしても、虐待である。『蘭陵王』において、作・演出の木村信司は、この、あまりに重大な問題を、あまりに軽々しく扱っている。はたして宝塚歌劇においてふさわしい題材かという議論の前に、その扱い方が問題である。
 だが、作品の拭いがたい気持ち悪さを中和する痛快な笑いを誘う快演を、瀬戸かずやが見せるのだった。皇太子に生まれながらも戦いは嫌い、美しいものと男性が大好きなこのキャラクターを、瀬戸は大いにデフォルメの効いた演技で見せ、性別やセクシャリティを超えたダメ人間のダメっぷりをピリリと風刺してみせる。戦場で「いたあい」だの「こわあい」だの連発、“ぶりっこ”という言葉すら思わせるキュートな造形。演技上、ここまで崩してしまうことが可能なのも、瀬戸には、厳然と確立された男役芸があるからだ。そして、フィナーレの舞いで見せる、そのシャープな切れ味。瀬戸は、同じKAAT神奈川芸術劇場ホールで上演された『For the people ―リンカーン 自由を求めた男―』のスティーブン・ダグラス役に続く名演である。
 そんな瀬戸の強力アシストも受け、凪七瑠海が主人公として強固に踏ん張る。なるほど、美しさゆえに皆が戦うことをやめてしまったという伝説のある蘭陵王にふさわしい容姿、力強い歌声、そして、これまた強固な男役芸。凪七にとっては『ベルリン、わが愛』のヨーゼフ・ゲッベルス役に続く難役となったが、見事芸で押し切り、その男役芸に限界のないことを証明してみせた。花組生もまとまっており、舞台全体としての出来は悪いものではない。
 作中、蘭陵王は、愛せるか、幸せかと問われ、自問自答の歌を歌う。これに則り、作者に聞きたい。彼は、宝塚歌劇団の演出家として、宝塚をどのように愛し、観客にどのような世界を見せたいと考えているのだろう。そして、宝塚歌劇団の演出家として、どのような瞬間に幸せを感じるのだろう。「愛」の中に年少者への性的虐待を含めることなく、答えを出して欲しいものである。
 楽曲の一部を雅楽師の東儀秀樹が提供、その雅やかな音色が作品世界に大いに貢献している。ドラマシティ公演の初日には生でお祓いの演奏もされたとのこと。筆者にとっては成蹊学園帰国子女学級の先輩にあたり、同じ先生に学んだ経験もあり、かつて学園関連の記事で取材させていただいたこともある。彼と宝塚との初コラボレーションが実現したことは、作者の功績として挙げておくべきだろう。先輩、これに懲りず、今後もぜひ宝塚の舞台に関わり続けて行ってください。
2018-12-28 17:54 この記事だけ表示
 宝塚歌劇団、舞浜アンフィシアターにて初公演! それが花組『Delight Holiday』(11月30日15時の部)。舞浜。東京ディズニーランドの地。イクスピアリを奥へ奥へと進んでいくと、そこが舞浜アンフィシアター。一帯はすっかりクリスマス・ムード、…年内に日帰り出張二回(ということは当然その分の原稿)&その他いろいろを控え、内心ちょっとテンパってきたあひるもほっこり。そして、非常に楽しいステージ! 明日海りお率いる花組生がハイテンションで一気に駆け抜ける休憩なし110分。平成の30年をそれぞれの年のヒット曲で振り返るコーナーあり、明日海の過去主演作からのナンバーでつづるコーナーあり、ディズニー・ナンバーあり、クリスマス・ソングありと、実に盛りだくさん。映像使いも楽しく、廻るセリや巨大なミラーボールといった劇場機構もフルに活かした稲葉大地の演出◎。
 明日海はここへ来て男役ぶりがさらに上がり、歌にもひときわ力強さが感じられて。そして、相手役の仙名彩世。…正直、「なんで来年四月で退団しちゃうの〜」と思っていた。でも。解き放たれたように『Let It Go〜ありのままで〜』を歌うその姿に、…よくわかった! 張り切って旅立って行け〜〜〜!!! という気持ちに。彼女が歌う、安室奈美恵の「Hero」も心に沁み…。ダルマ衣装の上に半纏を羽織り、おかんぶりを発揮するコント? 場面では、それははっちゃけた新たな一面も見られて。そして、明日海とのデュエット・ダンスでは、まるで粉雪のようにふわふわくるくる舞っていた! さすが、“ゆき”(彼女の愛称)。エネルギッシュなステージにもらったパワーで、あひるも明日の出張、頑張ってきます!
2018-11-30 20:56 この記事だけ表示
 ――狂おしい夢を見た、と陰陽師は語り出す。彼と妖狐との、千年にもわたる宿世を。二人は転生し、出逢いを繰り返す。――あるときは、安部泰成と玉藻前として――安部泰成の祖先、安倍晴明の母は、“葛の葉伝説”の伝えるところによると、狐である。――あるときは、吉備真備と妲己として。――栗林義長としての生では、めぐり逢えぬ運命。――そして今生では、陰陽師・幸徳井友景と、再び玉藻前として。その宿世は、彼にも流れる魔性の血ゆえか――。姫山の白鷺城。今生で因果を終わらせるため、玉藻前の亡骸の前で友景は自刃する。そこへ葛の葉が、姫山のかつての主・富姫として現れ、祈りを捧げて――。
 稲荷神社の祭礼の夜。狐面をかけて踊るうちに、出逢う二人。宿世から逃れた二人。
 ――あの愛を、結界から持ち出すべきではなかったのか。西の塚に埋もれし宝を持ち出すべきでは――? ――真の愛語られる場所こそ美の殿堂なり――。けれども。私は確かに声を聞いた。「…今生で、今ひとたび、めぐり逢う…」との――。そして私は知っている。その転生にはしばらくかかる。だから、待っている。今はこの世にいない人、かつては愛と優しさに満ちていた人、その人がこの世に再び生まれ出づる日を。だから今は、「ダスビダーニャ」――また心通う日まで、さよなら。

注)「ダスビダーニャ」については、<愛いっとき、そして「ダスビダーニャ」〜宝塚雪組「ロシアン・ブルー」http://daisy.stablo.jp/article/448444488.html>参照のこと。
2018-11-28 21:26 この記事だけ表示
 本日の初日前の舞台稽古を見学(10時、東京宝塚劇場)。まずは、日本物レヴュー『白鷺の城』作・演出の大野拓史&宙組トップスター真風涼帆の復調が喜ばしい限り。陰陽師・安倍泰成(安倍晴明の子孫)と妖狐・玉藻前が、千年に渡って互いに転生を繰り返して対決を続け、桜咲く白鷺の城(姫路城)で遂に決着をつけることとなる――。眼前でめくるめくスペクタクルが展開されている、と同時に、脳内では羽生結弦の「SEIMEI」と「春よ、来い」と四代目市川猿之助の『義経千本桜』と『元禄港歌』(で糸栄役として語った『葛の葉』)が一気に上演されているような、四回転ジャンプと宙乗りが一度に繰り広げられているような、そんな大昂揚の舞台。大野作品では過去に『花のいそぎ』(2004)でも小野篁のマジカルな魅力を取り上げていたのを思い出し&この夏訪れたのですが、『元禄港歌』の舞台となった室津は白鷺の城からもそう遠からず。『異人たちのルネサンス』は、レオナルド・ダ・ヴィンチの名画「モナ・リザ」誕生秘話異聞。作・演出の田渕大輔の芸術論、ミューズ論で、こちらも自由を象徴する白い鳥がモチーフ。レヴュー、芝居とも、トップ娘役星風まどかの大奮闘が光る。童顔なのに妖艶な美しさ、そしてデュエットダンスではにっこりキュートなスマイル! ちなみに本日あひるはイタリアの「モナ・リザ」というブランドの白鳥ワンピースを着て行っていたのでした(後でブランド名を思い出して自分でもびっくり)。公演のますますの進化が楽しみ。
2018-11-23 22:30 この記事だけ表示
 …エーテルの如くただよう、珠城りょうの“トート=死”。その姿に、改めて思った。
 『エリザベート』の結末。“死”と、人が、一つになるとは――?
 単なる死ではない。“死”という不可視の、でも絶対的な存在と、人とが一つにならなくてはいけない。さて、どうやって?
 トートは肉体を持たない。だから、彼が何か事を起こすには、彼の意図を理解し、それを実行してくれる人間を探さねばならない。エリザベートと、一つになる。エリザベートを、殺す。この場合、イタリア人テロリスト、ルイジ・ルキーニが彼の“実行犯”となったわけである。凶器はナイフ。ここで、ナイフを“ファルス(男性器)”のメタファーととらえたならば、突き刺す行為は“挿入”である。ここに、肉体を持たないトートと、エリザベートの結合は完成する。
 死はそもそもエクスタシーのメタファーでもある。エクスタシー。――それは、芸術の場において、しばしば経験され得るものではないか。演技や音楽の名演に、観衆、聴衆は、平気で心を一つにしてしまう。演技者、演奏者も然り。…自分のタクトのもと流れる音楽と一つになっていたんだろうな…と思いたくなるような昂揚した表情で、終演後、舞台に現れるマエストロもいる。
 となると、トート=死は、美の表象とも考え得るのだった。いつかたどり着くところ。死の、――美の、彼岸。
 無論、東宝公演でも、井上芳雄のように、男性性/女性性を超えた、優れたトートの演技を見せる役者もいる。けれども、宝塚歌劇の場合、そもそもが女性である男役がトートを演じる時点で、作品に仕込まれたその仕掛けがデフォルトで発動している。そのことに、今回の月組公演で改めて気づかされたのだった。
2018-11-18 01:37 この記事だけ表示
 …今、とても不思議な気持ちでこの文章を書いている。
 愛希れいかが2012年に月組トップ娘役になったとき、私は彼女のことを全然認めていなかった。その3月、前トップ娘役蒼乃夕妃の退団記念のミュージックサロン(ディナーショー)『THE VERY BEST OF ME』を、宝塚ホテルまで観に行った。そこに愛希も出ていたけれども、…全然娘役の動きができていない…と思って、視界に入れないようにしていた。ミュージカル『ロミオとジュリエット』でトップお披露目(しかもロミオが役替わりという重圧)。…全然ジュリエットじゃない…と思った――彼女の名誉のために言えば、今年お亡くなりになった評論家の小藤田千栄子さんは、彼女は自分のイメージするジュリエットにとても合うとおっしゃっていた。
 思えば、そのころ、「どうしてそんなに愛希れいかをかばうの!」と、何度夫婦喧嘩したことだろう(変な夫婦ですよね…)。あれもできない、これもできない。『エリザベート』でいえば、「皇后の務め」ならぬ「トップ娘役の務め」である。憤っているあひるはゾフィーさながらの怖さだったであろう…。そんなあひるに、夫はいつも、「でも、彼女には可能性を感じるから」と言うのだった。夫の方が正解である。愛希れいかは、宝塚史に残る名娘役として退団していく。
 …今でも不思議なのである。2013年の宝塚大劇場のお正月公演『ベルサイユのばら』。前年の『ロミオとジュリエット』とは打って変わって、愛希は可憐なロザリーとして現れた! ロザリーは、宝塚の娘役ならば絶対必要なスキルを身につけていなければ演じられない役である。けなげな気持ちを銀橋で歌う姿が今でも心に焼きついている。…あの間に、いったい何があったのだろう。娘役超速習スペシャル猛特訓? やり遂げた本人もすごいけれども、施した方もすごい。
 そして彼女は、才能を開花させていった。
 まずはショースターとして。そして、芝居作品で。2015年の『1789−バスティーユの恋人たち−』で演じたマリー・アントワネット。第二幕、王妃として、母としての立場を悟っていって後の演技が非常によかった。年若い人だけれども、もし近くにいたら、大人の女同士、友達としてつきあっていける、そう感じさせる深みがあった。実際、彼女は初日前囲み会見でも機転が利いていて、フォローして答弁をまとめるのが上手かったので、困ると、「では、愛希さんは?」「愛希さんはいかがですか」と振りがちだったかつての日々。2017年の『グランドホテル』ではエリザヴェッタ・グルーシンスカヤ。特別監修を務めたブロードウェイの大スター、トミー・チューンが、「彼女をブロードウェイに連れて帰りたい」と発言した公演である。このとき、自分の実年齢よりかなり上の役を演じるにあたって、「グルーシンスカヤが人生において嗅いできた香りを考えて役作りした」と言っていて、…この人、変かも…と思った。無論、「変」はほめ言葉である。そういう役作りをする人を初めて知った。そして、小池修一郎のスマッシュヒット、『All for One〜ダルタニアンと太陽王〜』では、女を男と偽り、フランス王を務めるルイ14世役。女性の姿に戻っているとき、…“若い娘”ってこういう感じよね…と考えながら演じているのを観て、それはびっくりした。もちろん、女性がすべての役を演じる宝塚だから、生のままの若い娘では舞台に乗れない。娘役としての技量が必要である。でも、貴女そもそも若い娘だから!!! なぜそこを考えるの〜〜〜。…ますますもって、変。
 思えば。彼女は6年の長きにわたってトップ娘役の重責を担ってきた。そして、その務めを立派に果たしてきた。だから、…人として立派になりすぎて、若い娘感を失ってしまったのかな…と、ちょっと心配に。
「♪オリンピックの顔と顔〜」、『カンパニー』で歌った「東京五輪音頭」は、それにしてもみなぎる昭和感が素晴らしかったな…。平成生まれなのに、なにゆえ。やっぱり、変である。それ以来、平成風に、今っぽく歌われているのを聴くと、何とも物足りないあひる。…トップ娘役が歌った名唱として「東京五輪音頭」をあげるあひるも、負けず劣らず変なのであるが。

 そして彼女は、娘役としては17年ぶりに、宝塚バウホールで主演を務めた。
『愛聖女(サントダムール)−Sainte♡d’Amour−』。タイトルの「♡」からしてすでに、齋藤吉正感たっぷりだ! 聖処女ジャンヌ・ダルクが現代にタイムスリップして起こる大騒動を描くこのコメディ。ジャンヌは、「スタバ」ではなく「スマダ」、あひるマークが気になる「スマイル・ダック・カンパニー」でバイトして、自ら狩ったウサギなどを調理して提供する始末。しかし、ジャンヌは、自分の代わりに過去へと行ってしまっている女性ドクターを救うため、火あぶりになる己の運命を全うせんと、帰ってゆく。その覚悟。ショー作品でも、「ここで娘役を使ってくれるのがうれしい!」という起用をよくよく見せる齋藤が、娘役がヒロインという異例の作品において、ジャンヌの生き方に憧れる現代っ娘等、娘役を多分に活かした作品作りを見せた。このとき、飲んだくれの女性ドクター役で、娘役としてかなりはっちゃけた演技を見せたのが、白雪さち花。冒頭であげた『THE VERY BEST OF ME』でも、蒼乃と共にかっこよく踊っていた。
 …私は、あのとき視界に入れようとはしなかった彼女の退団記念公演を観に、3年ぶりに宝塚までやって来たんだな…。
 感慨深かった。宝塚月組娘役・愛希れいかの歩みは、私に本当に大切なことを教えてくれた。なぜ、私は、あのとき、あんなにも意固地だったのだろう。人には限りない可能性がある。どうしてそのことをまずは見出せなかったのだろう。
 …私は、娘役が主役を務める公演をずっと観たいと願ってきた。その夢を、愛希れいかが叶えてくれた。“ゾフィー”と“エリザベート”のような出逢い方をした人が。

 最後の公演、『エリザベート』。
 …私は、何だか安心したのである。ちゃんと若い! と。
 無論、技術的には申し分ない。高水準である。例えば、「♪あなたには 頼らない〜」を、最後まで地声で力強く歌いきる歌唱力。エリザベートが真のタイトルロールである東宝公演でも、男性相手にどんな舞台を務めるか、それは観てみたいものがある。
 でも。これまで驚異的な想像力で埋めてきたけれども、表現者にはやはり、人生経験も必要なのである。それに、今全部できてしまったら、後の人生の楽しみが何にもなくなってしまうではないですか。
 これからの人生、多くの人と出会ってください。いろいろな経験をして、いろいろな物を見て、その都度、心を動かして…。それは、貴女が今後、表現者として生きようと、生きまいと、貴女の人生を豊かなものにしてくれます。それが、貴女だけの心の財産です。その心の財産が、表現に生きてくる。技術を裏打ちするものとなる。いろいろな経験を積んで…、初日前囲み会見で顔を合わせていた評論家のことは、忘れるくらいでいい。でも、貴女がまた舞台に立って、「…あの人だったら、どう言うかな?…」と思う日が来るかもしれない。そのとき、私たちはまた逢いましょう!
2018-11-18 01:15 この記事だけ表示
 思えば、娘役・憧花ゆりのは昔から颯爽としていた。若手娘役時代、同期の城咲あい(Kバレエカンパニー伊坂文月夫人!)と共に、溌溂と踊っていた姿を今も思い出す。颯爽とか、溌溂とか、かっこいいとか、男前とか、月組娘役にはそういう言葉がしっくりくるのである。男役陣が多少不甲斐なければ、娘役だけでも前線に攻め上がってくる。そんな娘役の攻めの姿勢は雪組にも大いに感じられるものだけれども、“武器”が、拠り所が何だか違う。組文化の違い、そのおもしろさ。月組は、トップ男役が多少危ういとき、トップ娘役が代わりにエースアタッカーを務めている、務めざるを得ないケースが多いような。もちろん、それも、宝塚における男役と娘役との関係性の中で、「エースアタッカーはこの人です」と隣をあくまで立てながら、代わりに強打を相手コートにビシバシ打ち込んでゆく感じ。
 そんな月組で、憧花は2013年から副組長を、2016年からは組長を務めてきた。五組一、学年の若い組長である。
 最後の作品『エリザベート』で演じるは、姑ゾフィー。「皇后の務め」は、ゾフィーがエリザベートをイビる怖い怖いシーンとして知られ、これまで多くの役者が名演を見せてきた。だが。憧花の演技は破天荒だった。田舎者だの寝坊だの歯が黄ばんでいるだの古いしきたりを守らなくてはいけないだの、さんざんエリザベートに小言を言う、そのすべてが、周りの女官共々「ごもっとも」と思わず唱和してしまいたくなるほど、ごもっともすぎる! あまりにごもっともすぎて、エリザベートがその直後に名曲「私だけに」を歌いにくそうになるほど。――やりすぎとは私は決して思わない。ここまで“ごもっとも”なゾフィーが出たからには、今後のエリザベート役者には、その“ごもっとも”を超えてなお「私だけに」を成立させるだけの、人間としての並外れた偏屈パワーが求められる。
 …そんな憧花ゾフィーを観ていて、私は、彼女の前に副組長を務めていた花瀬みずかのことを思い出さずにはいられなかった。男役から転向後、娘役としてのキャリアがまだ浅い時代に、愛希れいかはトップ娘役の座に就いた。そのとき、月組娘役陣を率いていた人のことを。花瀬が、今回の『エリザベート』を観て、愛希エリザベートと憧花ゾフィーの件のやりとりに深く納得したのならば、三人の娘役たちのそれぞれの奮闘はすべて報われるものとなったのだと私は思う。そんな、美の結晶のようなシーンだった。
 前トップ娘役、蒼乃夕妃が退団するとき、憧花が贈った言葉が、今でも心に残っている。まりも(蒼乃)と芝居をすると、スカッとするのよ、と――。そのスカッと感は、憧花の演技にも感じられるものだった。蒼乃と親友役を演じた『THE SCARLET PIMPERNEL』。ぼそっとつぶやく一言が強烈な、『カンパニー』のシングルマザーのバレエ教師。『THE LAST PARTY〜S. Fitzgerald’s last day〜フィッツジェラルド最後の一日』のシーラ・グレアム。フィッツジェラルドの晩年の愛人であるシーラを演じて、実にいい女だった! きりっとスーツを着こなして、不遇の作家を愛で包む、粋な女。得難い人。
 いつぞやの新年互例会で、彼女と話をする機会があって、彼女は、「一人くらい毛色の変わった娘役がいてもいいかと思って」と、自分について語っていた。もちろん、毛色を変えるには、まず本道を知らねばならないわけであるが。そして彼女はなぜかしきりと、「前にもお話ししましたっけ」と言うのだった。実際に話すのはそれが初めてだったけれども、思っていた。――−「心の中では、何度もお話ししていた気がします」と。そして、思い出していた。その数年前、宝塚大劇場付近の道を歩いていて、反対側の道の向こうから彼女がやって来て――。よほど手を振ろうかと思った! でも、取材で顔を合わせたこともなく…。
 ――なぜ、今、退団?
 退団が読める人と読めない人がいて、彼女については読めなかったなと…。次のトップもその次のトップも、まだまだ盛り立てていきそうな、パワフルなオーラがあったから。でも、きっとそこには“ごもっとも”な理由があるのだろうと思うから、幸せだけを祈っている。今度街で出逢ったら、絶対手を振る! 話しに行く。そのときまた、いろんな苦労話を、あなたらしくぼそっと強烈に、粋に話してください。忘れ難い、いい女!
2018-11-18 01:12 この記事だけ表示