藤本真由
(舞台評論家・ふじもとまゆ)
1972年生まれ。
東京大学法学部卒業後、新潮社に入社。写真週刊誌「FOCUS」の記者として、主に演劇・芸能分野の取材に携わる。
2001年退社し、フリーに。演劇を中心に国内はもとより海外の公演もインタビュー・取材を手がける。
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bluemoonblue@jcom.home.ne.jp まで。
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宝塚
1976年にロンドンで初演され、宝塚では1981年の初演以来再演を重ねてきた作品を、谷貴矢の新潤色・演出で27年ぶり4度目の上演。タイトルロールのジェームズ・ディーンを演じる極美真は星組から花組に組替えしたばかりでこれが初東上公演。主演映画『エデンの東』『理由なき反抗』『ジャイアンツ』の撮影風景(つまりは名場面の再現)を絡めつつ、ディーンの短い人生、その生き様を通して青春のきらめきを描く。
一幕ラストで、生きていく寂しさを歌い上げる極美のディーン――同じ演じる人間として、ディーンの哀しみや孤独に寄り添おうとする、その誠実な姿に心打たれた。映画で役柄を演じるうちに、現実と虚構との境をときに忘れてしまうかのようなディーン。極美はこれまで一心に体当たり的なパフォーマンスのインパクトが強かったけれども、案外憑依系? と思う瞬間も。ディーンの前傾姿勢もよく再現し、一世を風靡したそのファッションも着こなし(女性が演じる男役としては難易度の高いものもあると思う)、社会の常識にとらわれない言動で周囲をときに困惑させつつ、よき役者になりたいという願望の追求に貪欲なところを描き出していく。観終わったとき、ジェームズ・ディーンの物語を観たと同時に、極美慎が芯を務めるショー作品を観ていたようにも感じるのが不思議である。
『エデンの東』の監督エリア・カザン(紫門ゆりや)、『理由なき反抗』の監督ニコラス・レイ(一之瀬航季)、『ジャイアンツ』の監督ジョージ・スティーブンス(涼葉まれ)、それぞれに個性も手法も異なる監督とディーンとのやりとりも興味深い作品である。紫門のカザンは、極美ディーンからいい演技を引き出そうと対峙する様にどこかメフィストフェレス的な味わいを感じさせ、……二組に分かれたもう一方の『Goethe(ゲーテ)!』ではトップ娘役星空美咲が芸の鬼、こちらでは副組長が芸の悪魔と、花組、何だかすごいことになっているな……と。どこか生き急いでいるようなディーンの前に現れる「謎の少年」役の彩葉ゆめも、セリフのほとんどない役どころで確かな存在感を示し、ディーンの破滅願望を表すような場面では、違う世界にふっと引きずり込んでいくような怖さがあった。彩葉は、この前の東京宝塚劇場公演のレビュー『愛, Love Revue!』のラインダンスで、愛くるしい表情作りといいしぐさといい、入団2年目とは思えない娘役芸の高さで目を引く存在だったが、今回大いに芝居心を感じた。全体的に極美の組替えがよい刺激になっていと感じられた舞台だった。
24歳で死したジェームズ・ディーン。この作品を観ていると、彼のどこか野放図な生き方、その生き方が投影された演技が当時の若者の心をとらえたこと、彼の遺した作品を通じてその当時のアメリカ社会を知ることができるのだと、改めて気づく。
そして、自分自身の青春時代も思い出す。“ジェームズ・ディーンの再来”とも言われたリヴァー・フェニックスが好きだった。その初主演作が『ジミー さよならのキスもしてくれない』という青春映画で、……うーん、『スタンド・バイ・ミー』とか『モスキート・コースト』とかすごくよかったのに、これは何だかよくわからん作品だなあ……と思ったのだけれども、リヴァー・フェニックスがジェームズ・ディーンよりさらに若い23歳で死んでしまったとき、……人生をあっという間に駆け抜けてしまった人に何だか似合う、生き急いでいるような映画だったな……と妙な納得をした――「ジミー」「ジミー」と呼ばれるディーンが生き急ぐかのようなこの舞台を観ていて思い出した。それと、リヴァー・フェニックスと仲がよかったキアヌ・リーヴスは『マイ・プライベート・アイダホ』(シェイクスピアの『ヘンリー四世 第1部』『ヘンリー四世 第2部』『ヘンリー五世』が原作と知って当時びっくりした。キアヌ・リーヴスが「ハル王子」の役どころ)等で共演もしているけれども、キアヌ・リーヴスはポーラ・アブドゥルの「Rush Rush」のプロモーション・ビデオでは『理由なき反抗』のジェームズ・ディーンを再現しているのである――当時観ても今観ても、このビデオでのキアヌ・リーヴスにはこの世のものではないような美しさがある。それから時が流れて、“ジェームズ・ディーンの再来”というキャッチフレーズが今の時代も有効なのかわからないけれども、80年代、90年代にはそのようにしてジェームズ・ディーンの“残り香”がただよっていたこと(そう言えばボーイッシュな大沢逸美が歌う「ジェームズ・ディーンみたいな女の子」という曲もありました)、そして、人々が歳を重ねていく中、ジェームズ・ディーンもリヴァー・フェニックスも永遠に若い姿でそれぞれの時代を鮮烈に象徴していることを思って、――何だか泣いてしまった。
一幕ラストで、生きていく寂しさを歌い上げる極美のディーン――同じ演じる人間として、ディーンの哀しみや孤独に寄り添おうとする、その誠実な姿に心打たれた。映画で役柄を演じるうちに、現実と虚構との境をときに忘れてしまうかのようなディーン。極美はこれまで一心に体当たり的なパフォーマンスのインパクトが強かったけれども、案外憑依系? と思う瞬間も。ディーンの前傾姿勢もよく再現し、一世を風靡したそのファッションも着こなし(女性が演じる男役としては難易度の高いものもあると思う)、社会の常識にとらわれない言動で周囲をときに困惑させつつ、よき役者になりたいという願望の追求に貪欲なところを描き出していく。観終わったとき、ジェームズ・ディーンの物語を観たと同時に、極美慎が芯を務めるショー作品を観ていたようにも感じるのが不思議である。
『エデンの東』の監督エリア・カザン(紫門ゆりや)、『理由なき反抗』の監督ニコラス・レイ(一之瀬航季)、『ジャイアンツ』の監督ジョージ・スティーブンス(涼葉まれ)、それぞれに個性も手法も異なる監督とディーンとのやりとりも興味深い作品である。紫門のカザンは、極美ディーンからいい演技を引き出そうと対峙する様にどこかメフィストフェレス的な味わいを感じさせ、……二組に分かれたもう一方の『Goethe(ゲーテ)!』ではトップ娘役星空美咲が芸の鬼、こちらでは副組長が芸の悪魔と、花組、何だかすごいことになっているな……と。どこか生き急いでいるようなディーンの前に現れる「謎の少年」役の彩葉ゆめも、セリフのほとんどない役どころで確かな存在感を示し、ディーンの破滅願望を表すような場面では、違う世界にふっと引きずり込んでいくような怖さがあった。彩葉は、この前の東京宝塚劇場公演のレビュー『愛, Love Revue!』のラインダンスで、愛くるしい表情作りといいしぐさといい、入団2年目とは思えない娘役芸の高さで目を引く存在だったが、今回大いに芝居心を感じた。全体的に極美の組替えがよい刺激になっていと感じられた舞台だった。
24歳で死したジェームズ・ディーン。この作品を観ていると、彼のどこか野放図な生き方、その生き方が投影された演技が当時の若者の心をとらえたこと、彼の遺した作品を通じてその当時のアメリカ社会を知ることができるのだと、改めて気づく。
そして、自分自身の青春時代も思い出す。“ジェームズ・ディーンの再来”とも言われたリヴァー・フェニックスが好きだった。その初主演作が『ジミー さよならのキスもしてくれない』という青春映画で、……うーん、『スタンド・バイ・ミー』とか『モスキート・コースト』とかすごくよかったのに、これは何だかよくわからん作品だなあ……と思ったのだけれども、リヴァー・フェニックスがジェームズ・ディーンよりさらに若い23歳で死んでしまったとき、……人生をあっという間に駆け抜けてしまった人に何だか似合う、生き急いでいるような映画だったな……と妙な納得をした――「ジミー」「ジミー」と呼ばれるディーンが生き急ぐかのようなこの舞台を観ていて思い出した。それと、リヴァー・フェニックスと仲がよかったキアヌ・リーヴスは『マイ・プライベート・アイダホ』(シェイクスピアの『ヘンリー四世 第1部』『ヘンリー四世 第2部』『ヘンリー五世』が原作と知って当時びっくりした。キアヌ・リーヴスが「ハル王子」の役どころ)等で共演もしているけれども、キアヌ・リーヴスはポーラ・アブドゥルの「Rush Rush」のプロモーション・ビデオでは『理由なき反抗』のジェームズ・ディーンを再現しているのである――当時観ても今観ても、このビデオでのキアヌ・リーヴスにはこの世のものではないような美しさがある。それから時が流れて、“ジェームズ・ディーンの再来”というキャッチフレーズが今の時代も有効なのかわからないけれども、80年代、90年代にはそのようにしてジェームズ・ディーンの“残り香”がただよっていたこと(そう言えばボーイッシュな大沢逸美が歌う「ジェームズ・ディーンみたいな女の子」という曲もありました)、そして、人々が歳を重ねていく中、ジェームズ・ディーンもリヴァー・フェニックスも永遠に若い姿でそれぞれの時代を鮮烈に象徴していることを思って、――何だか泣いてしまった。
宙組新トップコンビ桜木みなと&春乃さくらのお披露目公演。『PRINCE OF LEGEND』(原作・著作・構想/HI-AX、脚本・演出/野口幸作)はドラマや映画で人気を博したシリーズの宝塚版。とある高校の「伝説の王子選手権」をめぐるプリンスたちのバトルとそれを応援するプリンセスたちを描いて、演出家の「宝塚には! 宙組には! こんなに素敵なプリンス(=男役)&プリンセス(=娘役)たちがいます!!!」という心の叫びが炸裂するにぎやかな舞台。「PRINCE OF LEGEND−トキメキが大渋滞−」(作詞/野口幸作、作曲/青木朝子)もポップに弾んで楽しい表題曲である。「伝説の王子選手権」は3年に一度しか開催されないけれども、考えてみれば、宝塚歌劇を観る観客の心の中では常にプリンス&プリンセス選手権が開催されているような。そう思いながら「伝説の王子選手権」の最終バトル「王子ミュージカル対決」で繰り広げられるさまざまな宝塚作品のオマージュを観ると味わい深い。
桜木演じる主人公朱雀奏が「壁ドン対決」の練習をしているあたりでG.I.オレンジの「サイキック・マジック」が流れて、なぜこのマニアックな曲が? と思ったのだけれども(G.I.オレンジは日本でのみ流行った80年代のイギリスのアイドル・バンド。再結成して2015年に久方ぶりに来日、あひるの地元高円寺で一夜限りのライブが行なわれたので歩いて聴きに行った話は<G.I.オレンジin高円寺>http://daisy.stablo.jp/article/448445008.html?1764597419でお読みください)、『PRINCE OF LEGEND』ドラマ版&映画版の挿入歌として朱雀奏役の片寄涼太がカバーしていたことを今回初めて知りました!
『BAYSIDE STAR』(作・演出/齋藤吉正)は世界の港町を舞台に繰り広げられるショー(演出家と新トップスターは港町横浜出身)。表題曲「BAYSIDE STAR』(作詞/齋藤吉正、作曲/多田里紗)の「♪BAY! BAY! BAY! BAYSIDE STAR」というくだりをつい「♪BAY! BAY! BAY! BAY! BAYSTAR」と歌ってしまい「横浜DeNAベイスターズ」を思い浮かべがちなあひる(確信犯? 演出家の作品『JAGUAR BEAT−ジャガービート−』のクライマックスで流れたのはフジテレビ系のプロ野球中継のテーマ曲「Jaguar」だった)。横浜から出発して世界の港町をめぐり、神戸、そして宝塚へと至るという筋立てで、南アフリカ・ケープタウンの場面ではブレイキン、アルゼンチンのブエノスアイレスの場面ではタンゴと、音楽的にもダンス的にもバラエティ豊か。サンフランシスコのシーンでは、ドジャース「17」やジャイアンツのユニフォームに身を包んだ野球ファンたちが「Take me out to the ballgame」を歌い踊る場面も(大リーグ中継でこの曲が流れると、自分の中の9歳くらいの野球好き少女を召喚して歌います)。「威風堂々」に乗っての黒燕尾服のダンス・シーン、見応えあり。
新トップスター桜木みなとに、何だかもうずっと前からトップを張っているような雰囲気あり。一つ前の東京宝塚劇場公演『宝塚110年の恋のうた』で桜木は「俳優(わざおぎ)の八千代」を演じ、宝塚歌劇110年の歴史へと観る者をいざなった。宝塚歌劇の至宝と謳われた大スター春日野八千代にちなんだ役名だけれども、春日野は「白薔薇のプリンス」とも呼ばれた人、まさに“PRINCE OF LEGEND”。桜木はさまざまなスターの美点を自分の個性とブレンドさせた男役像が非常に魅力的なのだが、前作でレジェンド中のレジェンドの魅力も吸収したのかも。そして桜木は「組子も観客も一人残らず笑顔に!!!」と言わんばかりの満面の笑顔で舞台を務めるプロフェッショナリズムの持ち主である。客席でちょっとばかりブルーな顔をしていようものなら笑顔ビーム攻撃でたちまち笑顔になってしまうような。そんな桜木相手に春乃がのびのびとした舞台を展開、宙組生たちの前へ! 前へ! というエネルギーが両作品ともすごい。桜木の同期、宙組新加入の水美舞斗&愛すみれもそれぞれの個性で援護射撃〜。
桜木演じる主人公朱雀奏が「壁ドン対決」の練習をしているあたりでG.I.オレンジの「サイキック・マジック」が流れて、なぜこのマニアックな曲が? と思ったのだけれども(G.I.オレンジは日本でのみ流行った80年代のイギリスのアイドル・バンド。再結成して2015年に久方ぶりに来日、あひるの地元高円寺で一夜限りのライブが行なわれたので歩いて聴きに行った話は<G.I.オレンジin高円寺>http://daisy.stablo.jp/article/448445008.html?1764597419でお読みください)、『PRINCE OF LEGEND』ドラマ版&映画版の挿入歌として朱雀奏役の片寄涼太がカバーしていたことを今回初めて知りました!
『BAYSIDE STAR』(作・演出/齋藤吉正)は世界の港町を舞台に繰り広げられるショー(演出家と新トップスターは港町横浜出身)。表題曲「BAYSIDE STAR』(作詞/齋藤吉正、作曲/多田里紗)の「♪BAY! BAY! BAY! BAYSIDE STAR」というくだりをつい「♪BAY! BAY! BAY! BAY! BAYSTAR」と歌ってしまい「横浜DeNAベイスターズ」を思い浮かべがちなあひる(確信犯? 演出家の作品『JAGUAR BEAT−ジャガービート−』のクライマックスで流れたのはフジテレビ系のプロ野球中継のテーマ曲「Jaguar」だった)。横浜から出発して世界の港町をめぐり、神戸、そして宝塚へと至るという筋立てで、南アフリカ・ケープタウンの場面ではブレイキン、アルゼンチンのブエノスアイレスの場面ではタンゴと、音楽的にもダンス的にもバラエティ豊か。サンフランシスコのシーンでは、ドジャース「17」やジャイアンツのユニフォームに身を包んだ野球ファンたちが「Take me out to the ballgame」を歌い踊る場面も(大リーグ中継でこの曲が流れると、自分の中の9歳くらいの野球好き少女を召喚して歌います)。「威風堂々」に乗っての黒燕尾服のダンス・シーン、見応えあり。
新トップスター桜木みなとに、何だかもうずっと前からトップを張っているような雰囲気あり。一つ前の東京宝塚劇場公演『宝塚110年の恋のうた』で桜木は「俳優(わざおぎ)の八千代」を演じ、宝塚歌劇110年の歴史へと観る者をいざなった。宝塚歌劇の至宝と謳われた大スター春日野八千代にちなんだ役名だけれども、春日野は「白薔薇のプリンス」とも呼ばれた人、まさに“PRINCE OF LEGEND”。桜木はさまざまなスターの美点を自分の個性とブレンドさせた男役像が非常に魅力的なのだが、前作でレジェンド中のレジェンドの魅力も吸収したのかも。そして桜木は「組子も観客も一人残らず笑顔に!!!」と言わんばかりの満面の笑顔で舞台を務めるプロフェッショナリズムの持ち主である。客席でちょっとばかりブルーな顔をしていようものなら笑顔ビーム攻撃でたちまち笑顔になってしまうような。そんな桜木相手に春乃がのびのびとした舞台を展開、宙組生たちの前へ! 前へ! というエネルギーが両作品ともすごい。桜木の同期、宙組新加入の水美舞斗&愛すみれもそれぞれの個性で援護射撃〜。
日本でも『ゲーテの恋〜君に捧ぐ「若きウェルテルの悩み」〜』のタイトルで公開されたドイツ映画をもとに作られた2021年初演のドイツ・ミュージカル(音楽/マルティン・リングナウ、歌詞/フランク・ラモン、脚本/ギル・メーメルト、編曲/セバスチャン・ド・ドメニコ)の日本初演(日本語脚本・訳詞・演出/植田景子)。若き日のヨハン・ヴォルフガング・ゲーテが恋に悩み、『若きウェルテルの悩み』を生み出すまでを、フィクションを交えて描く青春物語。
青春の疾走感、焦燥、ときめきに満ちたポップな音楽がいい。表題曲もサビをすぐさま覚えて口ずさめるほどキャッチー――作中何度か流れるが、そのタイトルが、主人公がまだ何者でもないオープニングでは「ゲーテ?」、ラストでは「ゲーテ!」となっているのが心憎い。そして、花組トップコンビ永久輝せあ&星空美咲にぴったりの作品である。永久輝が演じるのはタイトルロール、星空が演じるのは彼の恋のお相手シャルロッテ・ブッフことロッテ。恋の胸キュンを描き出すことに秀でたトップコンビである。この前の東京宝塚劇場公演『悪魔城ドラキュラ〜月下の覚醒〜』でも、ヒロイン星空が永久輝演じる主人公のマントにバックハグの体勢で自ら包み込まれにいくという胸キュン・シーンがあった。今回の作品でも、芸術の世界に生きたい思いと法律家として生きてほしい父の願いの間で葛藤する青年と、大勢の兄弟を亡き母の代わりになって育てる優しい少女とが、芸術を通して心を通い合わせていく様をキュートに描き出していく。行動する優男、その若さゆえの焦り。芸術に心ひかれて目覚めていく少女の純真さ。二人の出逢いの場面では、音楽と相俟って現出される青春のきらめきに落涙。
しかしロッテは家族の生活を支えるため愛していない男と婚約、ヨハンはその婚約者と決闘することになり、牢獄に入る。そこで執筆した『若きウェルテルの悩み』をロッテに送るヨハン。原稿を読んだロッテはヨハンの独房を訪れ、あなたは田舎で家族を養うために働くような男ではない、あなたではなく婚約者を愛している、芸術に生きよと突き放す。愛ゆえの“愛想尽かし”、女のやせ我慢。このナンバー「別れ」で、星空ロッテが激烈な歌唱を聴かせる――このとき、ヨハンのミューズであるロッテは、彼を生かし、その芸を伸ばすための芸の鬼ともなる。しかも彼女は出版社を訪れて作品の出版を懇願し、ヨハンの知らないところで『若きウェルテルの悩み』は大ベストセラーになるという筋立て。永久輝ヨハンも、星空ロッテの言葉に一度は絶望するも踏み止まって生き続けようとする姿に、運命に立ち向かう人間の芯の強さを感じさせた。
『若きウェルテルの悩み』といえば、発表当時、若者たちの自殺ブームを巻き起こした作品として知られるが、近松門左衛門も心中物を次々と発表して心中ブームを巻き起こし、江戸幕府が心中物の上演を禁止したこと、『若きウェルテルの悩み』はゲーテの友人の自殺が題材だが、近松も実際に起きた心中事件を多く題材にしていることを思った。ちなみに、植田景子には近松作品をベースにした『近松・恋の道行』という作品を手がけた経験がある。また、ヨハンがゲーテという姓の綴りを繰り返す様子に、「ギョエテとは俺のことかとゲーテ言い」という川柳を思い出した――海外の名前を日本語でカタカナ表記する難しさを詠んだものなのだけれども、「ゲーテ」の綴りも難しい?
花組生たちがエネルギーいっぱいの演技を見せ、専科の高翔みずきがゲーテの父ヨハン・カスパー・ゲーテ役で出演、息子が成功したと知ったときの手のひら返しぶりがおかしい。ロッテの父ハインリッヒ・アダム・ブッフ役の峰果とわは、家族の幸せを選択することが娘にとって当然の幸せだという彼の信念を歌唱にさらに強くこめられるようになると、ゲーテとロッテの恋が直面している困難の大きさが表現されるようになると思う。ゲーテの友人で人妻との恋に悩むヴィルヘルム・イェルザレム役の聖乃あすかがトンネルを抜けた先に見せる新境地に期待。男役の美空真瑠がヴィルヘルムとの恋に悩む人妻マルガレーテ・ロートショプフ役で力強い歌唱を聴かせる。
青春の疾走感、焦燥、ときめきに満ちたポップな音楽がいい。表題曲もサビをすぐさま覚えて口ずさめるほどキャッチー――作中何度か流れるが、そのタイトルが、主人公がまだ何者でもないオープニングでは「ゲーテ?」、ラストでは「ゲーテ!」となっているのが心憎い。そして、花組トップコンビ永久輝せあ&星空美咲にぴったりの作品である。永久輝が演じるのはタイトルロール、星空が演じるのは彼の恋のお相手シャルロッテ・ブッフことロッテ。恋の胸キュンを描き出すことに秀でたトップコンビである。この前の東京宝塚劇場公演『悪魔城ドラキュラ〜月下の覚醒〜』でも、ヒロイン星空が永久輝演じる主人公のマントにバックハグの体勢で自ら包み込まれにいくという胸キュン・シーンがあった。今回の作品でも、芸術の世界に生きたい思いと法律家として生きてほしい父の願いの間で葛藤する青年と、大勢の兄弟を亡き母の代わりになって育てる優しい少女とが、芸術を通して心を通い合わせていく様をキュートに描き出していく。行動する優男、その若さゆえの焦り。芸術に心ひかれて目覚めていく少女の純真さ。二人の出逢いの場面では、音楽と相俟って現出される青春のきらめきに落涙。
しかしロッテは家族の生活を支えるため愛していない男と婚約、ヨハンはその婚約者と決闘することになり、牢獄に入る。そこで執筆した『若きウェルテルの悩み』をロッテに送るヨハン。原稿を読んだロッテはヨハンの独房を訪れ、あなたは田舎で家族を養うために働くような男ではない、あなたではなく婚約者を愛している、芸術に生きよと突き放す。愛ゆえの“愛想尽かし”、女のやせ我慢。このナンバー「別れ」で、星空ロッテが激烈な歌唱を聴かせる――このとき、ヨハンのミューズであるロッテは、彼を生かし、その芸を伸ばすための芸の鬼ともなる。しかも彼女は出版社を訪れて作品の出版を懇願し、ヨハンの知らないところで『若きウェルテルの悩み』は大ベストセラーになるという筋立て。永久輝ヨハンも、星空ロッテの言葉に一度は絶望するも踏み止まって生き続けようとする姿に、運命に立ち向かう人間の芯の強さを感じさせた。
『若きウェルテルの悩み』といえば、発表当時、若者たちの自殺ブームを巻き起こした作品として知られるが、近松門左衛門も心中物を次々と発表して心中ブームを巻き起こし、江戸幕府が心中物の上演を禁止したこと、『若きウェルテルの悩み』はゲーテの友人の自殺が題材だが、近松も実際に起きた心中事件を多く題材にしていることを思った。ちなみに、植田景子には近松作品をベースにした『近松・恋の道行』という作品を手がけた経験がある。また、ヨハンがゲーテという姓の綴りを繰り返す様子に、「ギョエテとは俺のことかとゲーテ言い」という川柳を思い出した――海外の名前を日本語でカタカナ表記する難しさを詠んだものなのだけれども、「ゲーテ」の綴りも難しい?
花組生たちがエネルギーいっぱいの演技を見せ、専科の高翔みずきがゲーテの父ヨハン・カスパー・ゲーテ役で出演、息子が成功したと知ったときの手のひら返しぶりがおかしい。ロッテの父ハインリッヒ・アダム・ブッフ役の峰果とわは、家族の幸せを選択することが娘にとって当然の幸せだという彼の信念を歌唱にさらに強くこめられるようになると、ゲーテとロッテの恋が直面している困難の大きさが表現されるようになると思う。ゲーテの友人で人妻との恋に悩むヴィルヘルム・イェルザレム役の聖乃あすかがトンネルを抜けた先に見せる新境地に期待。男役の美空真瑠がヴィルヘルムとの恋に悩む人妻マルガレーテ・ロートショプフ役で力強い歌唱を聴かせる。
よき千秋楽でした! 宝塚の『GUYS AND DOLLS』、財産としてこれからも上演し続けていってほしいです。
名作&月組の魅力、堪能して爆笑中(ときに涙も)!
原作/デイモン・ラニヨン、作曲・作詞/フランク・レッサー、脚本/ジョー・スワーリング&エイブ・バロウズ、脚色・演出・訳詞/稲葉太地。1984年に宝塚初演され、再演と再々演もされた人気演目を、新たな上演台本、訳詞、演出で上演。以前のバージョンにも非常に愛着があるものの、今回の舞台は2025年版としてよい仕上がりになっていると感じた。というのも、最終的にスカイとサラ、ネイサンとアデレイドの二組のカップルが到達することとなる「結婚」の扱い方について、変化が感じられたからである。この作品においては、スカイとネイサンが関わるところのギャンブルをサラとアデレイドが忌み嫌っているということが大きな問題になっている。それが終盤、サラとアデレイドはデュエット曲「Marry the Man Today」において、結婚だってギャンブルみたいなものという結論に至って、そこが笑えるわけである。この結論がよりはっきりと示されるようになって、軽やかさが増した。結婚がギャンブルなら、結婚しないのもギャンブルであり、そして、大なり小なり、日常生活において人が下す判断はギャンブルみたいなものであったりする。私自身、人生においてさまざまな決断、つまりはギャンブルを重ねてきて、今ここにいるんだなとしみじみ感じられる、そんな作品に仕上がっていた。鳳月杏演じるギャンブラーのスカイ・マスターソンと天紫珠李演じる救世軍の軍曹サラ・ブラウンの関係も、思いもつかないような恋に落ちてしまった者同士、互いにそれまで生きてきた人生を賭けて相対している感があった。鳳月スカイが歌う「Luck Be A Lady」にはサラをはっきり思い浮かべてのその覚悟が感じられた。天紫サラは、「Marry the Man Today」の前のアデレイドとのやりとりで、以前スカイに文言の引用間違いを指摘された預言者イザヤについて口にするとき、……神の教えを私自身実践できていなかった……との悔恨の念をにじませたことに、はっと胸を衝かれた。
ラストからロケットへの演出もしゃれていた。表題曲「Guys and Dolls」のリプライズを皆で歌い踊る。男たちがさまざまな努力、苦労をするのは「♪全て女の子のため」と。でも、ここは宝塚歌劇団、舞台上にいる老若男女を演じているのは全て女の子なのである。そして、そんな舞台を実現するために働いている男たちも(舞台上ではないところに)いる。そこへ、ラジオシティミュージックホールから“ロケッツ”が出てきて、ラインダンスを踊る。“ロケッツ”といえばラジオシティミュージックホールの名物ダンスカンパニーだが、ラインダンスは宝塚の華、そしてかつて宝塚歌劇団がラジオシティミュージックホールでニューヨーク公演を行なったことを思い出したりもする。この一連の流れに、何だかちゃめっ気たっぷりのウィンクに被弾したような思いに。
鳳月は、スーツ姿もピシッと美しく、ギャンブラー、スカイ・マスターソンのかっこよさと、神の教えに実は心ひかれている素直な心とを矛盾なく共存させる役作り。天紫は、堅物サラ・ブラウンの内なるはっちゃけ部分を演じて人間味を感じさせた。クラップゲームの主催者ネイサン・デトロイトに扮した風間柚乃は、映画版のフランク・シナトラをよく研究したのではないかと思わせる、古き良き時代の男のダンディぶりを発揮。コメディ演技もアピール抜群で、今年レヴュー『PHOENIX RISING−IN THE MOONLIGHT−』で演じたボリウッドのスター、オダチン・カーン役の経験が生きた感あり。ネイサンの仲間ナイスリー・ナイスリー・ジョンソンを演じた礼華はる、やはり仲間のベニー・サウスストリートを演じた夢奈瑠音との掛け合いも弾み、三人が芯となって歌い踊る「The Oldest Established」はとても楽しい場面だった。礼華は毎公演着実に存在感を増しているのが頼もしく、中心となって歌う「Sit Down, You’re Rocking The Boat」でも魅力を発揮した。サラの後見人アーヴァイド・アバナシーを演じた悠真倫(専科)が見せる温かさ。救世軍のカートライト将軍役梨花ますみの演技は、実は英語で演じているのがその場で自動的に日本語に翻訳されて伝わってきているのでは……と思わせるような迫力があった。
ネイサンのフィアンセでCLUB HOT BOXの踊り子ミス・アデレイドは彩みちると彩海せらのダブルキャストで、私が本番の舞台を観劇した日は彩みちるが登場。これが退団の舞台となるが、14年間婚約しっぱなしという女性のちょっと(相当?)とぼけた部分と芯の強さを、今を生きる娘役としてチャーミングに演じた。彼女の当たり役といえば思い出すのは、雪組時代の『るろうに剣心』明神弥彦役と『CITY HUNTER』の野上冴子役。おもしろさをいっぱい抱えた人だと思うので、退団後舞台に立つようならそのおもしろさをよき形で存分に発揮していってほしいと思う。月組副組長の白雪さち花も今回の公演をもって退団である。4代前の月組トップ娘役蒼乃夕妃のミュージック・サロン『VERY BEST OF ME』(2012)の出演者が、蒼乃、宇月颯、白雪さち花、珠城りょう、愛希れいかという今から思えばすごいメンバーで、蒼乃も白雪も娘役としてかっこよく踊っていたのが忘れられない。そして、ヘアアレンジのセンスも抜群だった。今回の作品で演じたのはCLUB HOT BOXの踊り子ミミ。ミュージカル『アニー』のアニーを思わせるような目を引く赤毛の髪型で登場し、さっそうとした踊りで魅せる場面もあった。
13時半からの千秋楽ライブ配信、夫と観ます!
ラストからロケットへの演出もしゃれていた。表題曲「Guys and Dolls」のリプライズを皆で歌い踊る。男たちがさまざまな努力、苦労をするのは「♪全て女の子のため」と。でも、ここは宝塚歌劇団、舞台上にいる老若男女を演じているのは全て女の子なのである。そして、そんな舞台を実現するために働いている男たちも(舞台上ではないところに)いる。そこへ、ラジオシティミュージックホールから“ロケッツ”が出てきて、ラインダンスを踊る。“ロケッツ”といえばラジオシティミュージックホールの名物ダンスカンパニーだが、ラインダンスは宝塚の華、そしてかつて宝塚歌劇団がラジオシティミュージックホールでニューヨーク公演を行なったことを思い出したりもする。この一連の流れに、何だかちゃめっ気たっぷりのウィンクに被弾したような思いに。
鳳月は、スーツ姿もピシッと美しく、ギャンブラー、スカイ・マスターソンのかっこよさと、神の教えに実は心ひかれている素直な心とを矛盾なく共存させる役作り。天紫は、堅物サラ・ブラウンの内なるはっちゃけ部分を演じて人間味を感じさせた。クラップゲームの主催者ネイサン・デトロイトに扮した風間柚乃は、映画版のフランク・シナトラをよく研究したのではないかと思わせる、古き良き時代の男のダンディぶりを発揮。コメディ演技もアピール抜群で、今年レヴュー『PHOENIX RISING−IN THE MOONLIGHT−』で演じたボリウッドのスター、オダチン・カーン役の経験が生きた感あり。ネイサンの仲間ナイスリー・ナイスリー・ジョンソンを演じた礼華はる、やはり仲間のベニー・サウスストリートを演じた夢奈瑠音との掛け合いも弾み、三人が芯となって歌い踊る「The Oldest Established」はとても楽しい場面だった。礼華は毎公演着実に存在感を増しているのが頼もしく、中心となって歌う「Sit Down, You’re Rocking The Boat」でも魅力を発揮した。サラの後見人アーヴァイド・アバナシーを演じた悠真倫(専科)が見せる温かさ。救世軍のカートライト将軍役梨花ますみの演技は、実は英語で演じているのがその場で自動的に日本語に翻訳されて伝わってきているのでは……と思わせるような迫力があった。
ネイサンのフィアンセでCLUB HOT BOXの踊り子ミス・アデレイドは彩みちると彩海せらのダブルキャストで、私が本番の舞台を観劇した日は彩みちるが登場。これが退団の舞台となるが、14年間婚約しっぱなしという女性のちょっと(相当?)とぼけた部分と芯の強さを、今を生きる娘役としてチャーミングに演じた。彼女の当たり役といえば思い出すのは、雪組時代の『るろうに剣心』明神弥彦役と『CITY HUNTER』の野上冴子役。おもしろさをいっぱい抱えた人だと思うので、退団後舞台に立つようならそのおもしろさをよき形で存分に発揮していってほしいと思う。月組副組長の白雪さち花も今回の公演をもって退団である。4代前の月組トップ娘役蒼乃夕妃のミュージック・サロン『VERY BEST OF ME』(2012)の出演者が、蒼乃、宇月颯、白雪さち花、珠城りょう、愛希れいかという今から思えばすごいメンバーで、蒼乃も白雪も娘役としてかっこよく踊っていたのが忘れられない。そして、ヘアアレンジのセンスも抜群だった。今回の作品で演じたのはCLUB HOT BOXの踊り子ミミ。ミュージカル『アニー』のアニーを思わせるような目を引く赤毛の髪型で登場し、さっそうとした踊りで魅せる場面もあった。
13時半からの千秋楽ライブ配信、夫と観ます!
原作は赤石路代の漫画作品『アレクサンダー大王−天上の王国−』、脚本・演出は田渕大輔。主人公であるマケドニア王国のアレクサンダー王子を演じる天飛華音にとってはこれが初東上公演。今回の作品ではアレクサンダーが陰謀渦巻く宮廷において王となるまでを描いている。これから王としての物語が始まるというところで終わっており、陰謀含みのホームドラマ風でもあるが、逆に、シリーズ展開もあり得るような。天飛をはじめ、若手のさわやかな活躍が楽しい作品である。アレクサンダーが太陽、光なら、彼に影として従う盟友ヘファスティオン(稀惺かずと)は、人の心を読み、人の死の影が見えるという不思議な力をもつ。アレクサンダーが出逢い、心ひかれるのが、女性ながらロードスの傭兵として戦うサーヌ(瑠璃花夏)で、彼女との出逢いがアレクサンダーに大きな影響を与えていく。アレクサンダーとヘファスティオンの関係は『ベルサイユのばら』におけるオスカルとアンドレの関係を連想させ、サーヌの姿はオスカルを連想させる。天飛が甘いムードの王子を演じれば、瑠璃は、落ち着いた声音を響かせ、宝塚の男役とは異なるところで男装の麗人をかっこいい女性として成立させていた。マケドニアの将軍アッタロス役の美稀千種は『王様と私』のユル・ブリンナーを思い出すようなスキンヘッドで悪を演じ、アレクサンダーの父であるマケドニア王フィリッポス役のひろ香祐は治世者として息子に嫉妬を抱く王の人間的弱さを見せた。ストーリー仕立てのフィナーレでは男役娘役共気合十分のダンスが展開され、ひろ香が燃える竜のような熱い舞を披露。腕の動きがきれいな天飛と所作のきれいな瑠璃のデュエットダンスもきびきびとした魅力があった。
最近、『LAの人気精神科医が教える 共感力が高すぎて疲れてしまうがなくなる本』を非常に興味深く読んだ。“エンパス(共感力=エンパシーが極端に強い人)”についての本で、著者は自身エンパスであるジュディス・オルロフ。5人に1人がエンパスであること、例えば「直感エンパス」には「テレパシー・エンパス」「予知エンパス」「夢エンパス」など7つのタイプがあること、エンパスの力の活かし方、向き合い方等が書かれている。この作品で言えば、ヘファスティオンとアレクサンダーの母のマケドニア王妃オリュンピアス(澪乃桜季)は「テレパシー・エンパス」と「予知エンパス」に当てはまりそうだし、予知夢を見るアレクサンダーも「夢エンパス」と言えそうである。稀惺がまっすぐな演技で造形したヘファスティオンが自身のもつ不思議な力に悩む姿に、……この本を勧めたい……と思っていた。
最近、『LAの人気精神科医が教える 共感力が高すぎて疲れてしまうがなくなる本』を非常に興味深く読んだ。“エンパス(共感力=エンパシーが極端に強い人)”についての本で、著者は自身エンパスであるジュディス・オルロフ。5人に1人がエンパスであること、例えば「直感エンパス」には「テレパシー・エンパス」「予知エンパス」「夢エンパス」など7つのタイプがあること、エンパスの力の活かし方、向き合い方等が書かれている。この作品で言えば、ヘファスティオンとアレクサンダーの母のマケドニア王妃オリュンピアス(澪乃桜季)は「テレパシー・エンパス」と「予知エンパス」に当てはまりそうだし、予知夢を見るアレクサンダーも「夢エンパス」と言えそうである。稀惺がまっすぐな演技で造形したヘファスティオンが自身のもつ不思議な力に悩む姿に、……この本を勧めたい……と思っていた。
星組新トップコンビ暁千星&詩ちづる、プレお披露目公演で好発進! 『ダンサ セレナータ』では、暁がときに少々身勝手なまでに芸に生きるクラブのトップダンサー、イサアクを、身勝手な男だからこその魅力をもって演じれば、詩はそんなイサアクに影響を与えるダンスパートナーのモニカを、大地にしっかと足のついた女性として造形。『Tiara Azul−Destino−II』は、暁のダンス力がスパークし、踊りの力で攻めて闘いまくる戦隊ものショーのような趣に。芝居もレヴューも踊りまくりのこの公演、最終地まで各地のおいしいものをパワーに変えてガンバ! (愛知県芸術劇場大ホールで観劇したあひるはひつまぶしとコンパルのエビフライサンドを食べました)
新演出版(脚色・演出・訳詞=稲葉太地)大成功! ラストからロケットへの入りも含めて宝塚歌劇論になっているのが非常におしゃれ。今宵はこれにて〜。
芝居もレビューも花組トップコンビ永久輝せあ&星空美咲のますます深まるパートナーシップを堪能。『悪魔城ドラキュラ〜月下の覚醒〜』で、永久輝演じる主人公アルカードはあまり感情を表に出さないのだが、星空演じるヴァンパイアハンターのマリア・ラーネッドの言動によって心がぐっと動いたのを感じるとき、掛け合いの妙に唸った。『愛, Love Revue!』のデュエットダンスでも、永久輝の動きを受けて星空が動く、その阿吽の呼吸に魅せられた。
永遠の命をもつドラキュラが、限りある命の人間を理解しようとする。それは、人間とは、命とはという根源的な問いに向き合うための一つの方法論である。人間ならざるものを演じる永久輝の姿に、命の輝きを照らし出していくような魅力を感じた。その父ドラキュラ・ヴラド・ツェペシュを颯爽と快演したのが、専科の輝月ゆうま。彼が息子アルカードの手によって滅ぼされることを自ら望むとき、『ファントム』で息子ファントムから殺してくれと懇願されるジェラルド・キャリエールの姿が浮かび、名曲「You are My Own」が流れてくるような思いがした。個性的なヴィジュアルのキャラクターが多数登場したが、ドラキュラの腹心デス役の紫門ゆりやの死神メイクは、『ドン・ジュアン』(2016)で香綾しずるが演じた騎士団長の亡霊のメイクと双璧を成す強烈ヴィジュアル。
『愛, Love Revue!』で強烈に印象に残ったのが<第16場 Bad Power>である。Alephの1989年の曲「Bad Power」に乗って、永久輝率いるスーツ姿の花組男役たちが踊りまくる。何だか泳いでいるみたいな振りがあって、どこか日本のお祭りをも想起させる雰囲気で、でもそれをスーツ姿でずらっと並んだ男役たちが気合を入れて踊っていて、しかもリフレインと共に踊りが次第に激しくなっていく。かっこいいんだか何だかもはやよくわからない、でも、妙にツボにハマって自分も心の中で「ハッ!」と掛け声をかけ始め、家に帰ったら早速真似して踊ってみたくなる、そんな中毒性のある場面。そんな場面を見事成立させているからか、花組男役たちのパワーが以前より前面に押し出されてくるように。恐るべし「Bad Power」。
重厚さと軽やかさとを併せ持つ演技で花組の舞台をおもしろくしてきた羽立光来が、本日の千秋楽をもって宝塚の舞台を去る。『悪魔城ドラキュラ〜月下の覚醒〜』で演じたのはフランス革命の指導者・政治家マクシミリアン・ロベスピエール。ドラキュラの手下たちと結び、操られて急に人格が変わったり、はたまた民衆に怒りをぶつけられておろおろしたり。宝塚において描かれてきたロベスピエール像を短い場面で駆け抜けていくような役どころを、長身の体躯と歌唱力をもって堂々と演じ、原作ゲームと宝塚歌劇の世界の橋渡しをする上で重要な役割を果たしていた。
永遠の命をもつドラキュラが、限りある命の人間を理解しようとする。それは、人間とは、命とはという根源的な問いに向き合うための一つの方法論である。人間ならざるものを演じる永久輝の姿に、命の輝きを照らし出していくような魅力を感じた。その父ドラキュラ・ヴラド・ツェペシュを颯爽と快演したのが、専科の輝月ゆうま。彼が息子アルカードの手によって滅ぼされることを自ら望むとき、『ファントム』で息子ファントムから殺してくれと懇願されるジェラルド・キャリエールの姿が浮かび、名曲「You are My Own」が流れてくるような思いがした。個性的なヴィジュアルのキャラクターが多数登場したが、ドラキュラの腹心デス役の紫門ゆりやの死神メイクは、『ドン・ジュアン』(2016)で香綾しずるが演じた騎士団長の亡霊のメイクと双璧を成す強烈ヴィジュアル。
『愛, Love Revue!』で強烈に印象に残ったのが<第16場 Bad Power>である。Alephの1989年の曲「Bad Power」に乗って、永久輝率いるスーツ姿の花組男役たちが踊りまくる。何だか泳いでいるみたいな振りがあって、どこか日本のお祭りをも想起させる雰囲気で、でもそれをスーツ姿でずらっと並んだ男役たちが気合を入れて踊っていて、しかもリフレインと共に踊りが次第に激しくなっていく。かっこいいんだか何だかもはやよくわからない、でも、妙にツボにハマって自分も心の中で「ハッ!」と掛け声をかけ始め、家に帰ったら早速真似して踊ってみたくなる、そんな中毒性のある場面。そんな場面を見事成立させているからか、花組男役たちのパワーが以前より前面に押し出されてくるように。恐るべし「Bad Power」。
重厚さと軽やかさとを併せ持つ演技で花組の舞台をおもしろくしてきた羽立光来が、本日の千秋楽をもって宝塚の舞台を去る。『悪魔城ドラキュラ〜月下の覚醒〜』で演じたのはフランス革命の指導者・政治家マクシミリアン・ロベスピエール。ドラキュラの手下たちと結び、操られて急に人格が変わったり、はたまた民衆に怒りをぶつけられておろおろしたり。宝塚において描かれてきたロベスピエール像を短い場面で駆け抜けていくような役どころを、長身の体躯と歌唱力をもって堂々と演じ、原作ゲームと宝塚歌劇の世界の橋渡しをする上で重要な役割を果たしていた。


