『桜嵐記』の作・演出は上田久美子。雪組公演『f f f−フォルティッシッシモ−〜歓喜に歌え!〜』に続き、トップスター退団公演での登板である。
 ――和装束の老年の男(光月るう)が語り始める。二人の天皇が並び立った南北朝時代へと我々をいざなう。男は老年の女(夏月都)を訪ねる。昔語りのため。
 物語の主人公は楠木正行(珠城りょう)。楠木正成(輝月ゆうま)の遺児として、弟の正時(鳳月杏)、正儀(月城かなと)と共に、後村上天皇(暁千星)の南朝のため戦う。あるとき彼は山中で弁内侍(美園さくら)に出逢う。日野俊基の娘である彼女は、家族を皆殺しにされた復讐として、色と欲に溺れる高師直(紫門ゆりや)を殺すため、偽の手紙と知りつつおびき出されていくところだった。己が何のために戦うかを知るために戦ってきた正行。復讐だけに生きてきた弁内侍。その出逢いは、二人の生き方に大きな影響を与えていく。
 正行は獅子奮迅の戦いを見せる。だが、公家たちからは「武士とは見返りを求めず忠勤に励むもの」とされ、感謝の言葉もない――公家勢に敢えて娘役を多く起用し、男性としては甲高く聞こえる声を響かせることで、演出家は、武士と公家との違いを対照的に描くことに成功している。後村上天皇は、南朝の行く手に先のないことを知りつつも、亡き父、後醍醐天皇(一樹千尋)の呪縛から解けぬまま、戦をやめられない。
 楠木三兄弟のもとに、師直と足利尊氏(風間柚乃)が姿を現し、北朝へ寝返れと勧めてくる。「所詮この世は欲よ。名声、女、欲しい物を取れ!」と嘯く師直。だが正行は、自分は「日の本の大きな流れ」のために戦うと、これを退ける。人は何のために生き、戦うのか。ここに、作者の設定する対立軸は明確である。

 宝塚大劇場公演千秋楽のライブ配信を観て、私が暁千星を切り込み隊長に“任命”したのは訳がある。それは、最近の彼女の舞台が、男役を追求し、その道を極めんと歩いて行く中での、実に純粋な歓びにあふれているからである。「今回、この役を演じるにあたって、自分としてはこのあたりを勉強、強化することが必要だと思って取り組んで来ました!」というまっすぐな姿勢がうかがえる。そう来たら、観ているこちらも、「その着眼点、いいね!」とか、「そこはまだまだ行けるんじゃないかな」とか、うれしくなって呼応しようというものである。そのやりとりが、私にとっては純粋に楽しい。楽しいから、男役を追求する。楽しいから、その姿に見入り、書く。その楽しさ、歓びこそが、舞台評論家としての私の歩みの基となっている。そして、それは何も、暁一人に留まらない。多くのタカラジェンヌが、男役、娘役としての純粋な歓びを追求し、その姿を観ることで、観客は歓びを得てきた。宝塚歌劇団の歴史、その大きな流れとは、多くのタカラジェンヌたち、それを見守る者たちの純粋な歓び、そしてもちろん、その舞台を創る者たちの純粋な歓びによって支えられてきたものであると私は思う。

 しかしながら。タカラジェンヌの時は有限である――退団しないという決断をしない限りは。
 後村上天皇は弁内侍を正行に与えようとする。だが、正行は、長くは生きないであろう自分は、はかない契りを交わす気はないと、これを断る。「私にはあなたにやれる時がない」とも。出陣前、桜の花の下で、二人は舞う。復讐心で生きてきた弁内侍は、かつて桜の花の美しさすら厭うてきた。その彼女は、恋を知って世の美しさを知り、愛する者と共に、美しい吉野の桜の下で舞う。
 ――四條畷の合戦。死に際して、正行は、桜の樹の下で一人、花を見上げる。共にいようとする正儀に、「邪魔やぞ」「この命の限り、南朝のため生きた今、残りの命、一人の女だけにやりたいんや」と言う正行。
 ここに、昔語りしていた男と女とは、四十年の時を経て再会した正儀と弁内侍であることが明かされる。兄の最期をいかに見つめたか、自らもどこか想いを寄せてきた女に語る、男。
 ――私も、語ろう。数多の弁内侍たちの一人として、正儀たちと。命限りある者が、いかにその花を美しく咲かせてきたか。昔語りと厭われても、構わない。無数の花が咲き誇って、大きな流れを支えてきた。そのことを、語り続けよう。この命のある限り。
 『桜嵐記』という美しい作品をこの世に生み出した座付き作家との間にも、純粋な歓びのやりとりがある。私にとってはそれが、舞台を創る者と舞台を観る者との間に成立する、実に健全な人間関係であろうと思える。

 物語は、桜の下での出陣式とへと時を戻す。りりしい姿で銀橋を渡り、人々に別れを告げる正行。泣き伏す弁内侍。
 退団公演の傑作である。
2021-08-15 01:21 この記事だけ表示
 二作品とも見応えあり! 観ている間、今のこの現実を本当に忘れて楽しんでいて、終演後、…夢から覚めたようで、何だかしょんぼりしてしまったほど。『シャーロック・ホームズ−The Game Is Afoot!−』では心ロンドンに飛び、宝塚の伝統を踏まえた上での現代アレンジが光るレヴュー『Délicieux!−甘美なる巴里−』(作・演出:野口幸作)では心パリに遊び…。心自由に羽ばたける時間の貴重さ、美しさ。
 『シャーロック・ホームズ』では、シリーズの人気キャラクターたちが宙組の強力布陣にぴったりはまっていて、それぞれが役どころを大いにENJOYしているのが◎。パリのスウィーツをテーマにしたレヴューは楽しいシーンの連続で、かわいくておいしそうな衣装がいっぱい。「ラデュレ」のルームウェア・ラインを愛用中のあひる(今日も着用)、こんな洋服&お菓子、欲しい! と、引き込まれて画面の前で盛大に拍手&手拍子。
 そして、黒燕尾服のシーン。…「パリの散歩道」がどこかで流れるらしいということは知っていた。しかし、ここで来るとは! 宝塚の男役のかっこよさ、炸裂! そう言えば、宙組公演では、先の『Hotel Svizra House ホテル スヴィッツラ ハウス』でも、絶妙なところでショパンの「バラード第1番」が流れていたのでした。
 このところ当たり役しかない真風涼帆は、名探偵を演じてはダンディ、パリのパティシエを演じては粋。物を創る人間の思いがつまったパティシエの歌が心にしみる。そして、新トップ娘役潤花と、これほどまでに似合うとは。
 東京宝塚劇場でも、ロンドン&パリに心羽ばたけますように!
2021-08-02 23:49 この記事だけ表示
 生田大和のスマッシュ・ヒットで、真風涼帆&潤花の新宙組トップ・コンビ、堂々たるお披露目! 二人の相性の良さにしびれる。宙組生の個性も生きて、ロンドン・ベーカー街のシャーロック・ホームズ・ホテルに泊まったことのあるあひる、大満足!
2021-08-02 14:45 この記事だけ表示
 宙組宝塚大劇場公演『シャーロック・ホームズ−The Game Is Afoot!−』『Délicieux!−甘美なる巴里−』千秋楽ライブ配信観ます。
2021-08-02 00:27 この記事だけ表示
 轟悠の、宝塚の男役としての最後の舞台作品。作・演出を手がけるは植田紳爾。今年、二月大歌舞伎『泥棒と若殿』(歌舞伎座)を観た際、…こういう作品を宝塚でも観たい! 娘役が演じる役が一つもないのは困るけど! と思ったのだが、その願いが叶った。それも、ヒロインが最高の女のやせ我慢を見せるという形で。別れに際して姿を見せないヒロインお鈴の、その澄んだ声だけが遠くから聞こえてくるラストの痛切な美しさ。轟悠の最後の相手役、大切な作品のヒロインを、音波みのりが見事務める。観客の轟への惜別の念を代弁するかのようなセリフを、深い愛をもって語る汝鳥伶の至芸。
 ――今日が、男役・轟悠を生で観る最後の機会だった。

(7月28日11時の部、東京芸術劇場プレイハウス)
2021-07-28 23:44 この記事だけ表示
 というわけで、月組東京宝塚劇場公演『桜嵐記』『Dream Chaser』13時半の部、桜の花柄のカーディガンで観てきました。珠城りょう&月組生大奮闘のおかげで、『桜嵐記』がわかった。――限りある命を燃やし尽くす者と、それを見守る者との間の“恋”を描く物語。その物語の語り手が作中“語り手”として登場しているのがツボ。作・演出の上田久美子が、今の月組、とりわけ珠城りょうに与えたセリフ――男役・珠城りょうの身体をもってこの世に送り出したいと願った言葉――を文字でもじっくり味わいたくて、戯曲掲載の「ル・サンク」を購入した次第。『Dream Chaser』の黒燕尾服の場面は、私が大好きな月組感に満ちあふれていて――。宝塚、好きだ〜! と心の中で咆哮。大盛り上がりの拍手&手拍子の嵐で終演した瞬間盛大に脱力しましたが、帰宅して無事公演レビュー原稿を書き上げることができました。掲載についてはまた後日〜。舞台人は、稽古場で苦労した分、舞台上で幸せになって欲しい! この勢いで8月15日の千秋楽までみんなENJOY!!!
2021-07-14 23:59 この記事だけ表示
 『桜嵐記』深く理解! 速攻「ル・サンク」買いました。ショーもGO!
2021-07-14 15:23 この記事だけ表示
 やり切った感のある良き千秋楽でした! これからの花組も楽しみ!
2021-07-04 23:08 この記事だけ表示
 作品のねじ伏せ方が一段とパワーアップ!!!
2021-07-04 15:13 この記事だけ表示
 『アウグストゥス−尊厳ある者−』『Cool Beast!!』の宝塚大劇場公演の千秋楽(無観客ライブ配信)のカーテンコールで、柚香光が、瀬戸かずやの男役としての美質をあれこれ挙げていたのが微笑ましかったのだけれども、生まれ変わったら宝塚の男役になりたいあひるからもぜひ一つ付け加えたい。頬の削げ具合! これぞ男役! と、いつも見惚れる。『Mr. Swing!』(2013)で“女装”したとき、すでに、男役が女のいでたちで現れたときならではのクセのある魅力を発揮していたことを思い出す。
 男役としての美質に大いに恵まれていたけれども、決して器用な人ではなかった。器用にこなそうとすることなく、愚直なまでに舞台に向き合う姿にいつも打たれた。いつ観ても、男役としての道を歩んでいこうというその姿勢に揺るぎはなかった。――自分で男役をやると決めて、宝塚に入った人にとっては、それが基本だと思う。でも、ときにそれは難しいことでもあるようだなと、長年舞台を観ていて思う。思うからこそ、男役・瀬戸かずやの歩んできた道がまぶしく見える。
 舞台上で見せる姿はきりっとシャキッとシャープで、根の部分はとても優しい人で、だからこそ、他者からの優しさを胸いっぱいに受け取って、自分の優しさでもってさらにふくらませて投げ返すことのできる人だった。
 …ホントに花組からいなくなっちゃうの?
 2011年3月に開催された真飛聖ディナーショー『For YOU』には、真飛聖の他、真野すがた、朝夏まなと、望海風斗、瀬戸かずやが出演していて、真野は真飛と共に退団、朝夏は翌年宙組に、望海は2014年に雪組へと組替えになった。真飛を継ぐトップスターとしては花組出身の蘭寿とむが宙組から組替えとなり、次いで明日海りおが月組から組替えとなった。激動の時代の中で、瀬戸かずやは花組の男役芸を守り続けた。スーツの着こなしが粋だった――横浜アリーナで上演された『恋スルARENA』(2019)での某刑事ものパロディで演じた刑事“アキラ”、パリッとしていた! 黒燕尾服でのダンス・シーンでも、花組スタンダードここにありという感じ。『ME AND MY GIRL』(2016)のジョン・トレメイン卿、『ポーの一族』(2018)のフランク・ポーツネル男爵、ダンディな役どころもしっくり来た。『For the people−リンカーン 自由を求めた男−』(2016)では奴隷制賛成論者スティーブン・ダグラスを演じて劇場中を敵に回すかのような場面で見事踏ん張り、『蘭陵王−美しすぎる武将−』(2018)では作品をスーパーセーブする演技を見せと、“KAAT(神奈川芸術劇場)の雄”の異名を捧げたくなる名アシストぶり。『マスカレード・ホテル』(2020)ではホテルマンに扮する刑事、『NICE WORK IF YOU CAN GET IT』(2021)では執事に化ける酒の密売人と、作中の衣装チェンジもあざやかな役どころで魅せた。
 そして、『はいからさんが通る』(2020)の青江冬星。ヒロイン花村紅緒に心を寄せ続け、最終的にはあっぱれな男のやせ我慢を見せる。柚香光扮する伊集院忍と銀橋で殴り合うシーンは心の名場面である。
 退団作となった『アウグストゥス−尊厳ある者−』では、婚約者がいながらエジプト女王クレオパトラに懸想し、暗殺されたカエサルの後釜を狙う野心家マルクス・アントニウス役。ダーティな役どころではあるのだが、瀬戸はけっして悪役としては演じない。あくまで人として真摯に向き合って演じる。古代絵巻物の中のその立ち姿。花組の熱いショーの系譜にある『Cool Beast!!』でも、野性味あふれる男役姿で大いに魅了する。柚香と瀬戸の活躍あってこそ、花組パワーが炸裂する。
 2011年3月11日のことを今なら書けるかもしれないと思った、その気持ちが確信に変わったのも、『アウグストゥス−尊厳ある者−』『Cool Beast!!』の宝塚大劇場公演の千秋楽の無観客ライブ配信と、瀬戸かずやスペシャルライブ『Gracias!!』のライブ配信を観たからなのだろうと思う。瀬戸かずやは、宝塚大劇場千秋楽で、「どうかこの先、宝塚の生徒が二度とこのような景色(無観客の劇場)を見ることのない、そんな世界になることを強く願っております」との言葉を残した。――あの日、真飛聖ディナーショー『For YOU』は終わらなかった。けれども、真飛聖のタカラジェンヌとしての姿勢は確かに受け継がれていた。だから、私は十年経った今、そのことを書き記したいと思った。そして、瀬戸かずやのタカラジェンヌとしての姿勢、男役芸が受け継がれていくことを、これからの大きな楽しみにしたいと思う。
 あの日終わらなかった、終われなかったディナーショーに、瀬戸かずやが見事な幕を引いてくれようとしている、私の中ではそんな気持ちでいっぱいである。
 幸せな一日を! ライブ配信で観ています!
2021-07-04 00:18 この記事だけ表示