…正直、もっと宝塚での舞台を観たかったなという気持ちと。外に出た方がさらに伸び伸び活躍できるかもしれないな…という気持ちと。美園さくら退団にあたっての今の心境は、アンビバレントである。
 3月に配信された美園さくらミュージック・サロン『FROM SAKURA』。構成・演出の齋藤吉正の猛アシストもあり、美園さくらはハイテンションに全開だった。彼女は、その存在に、いい意味での毒っぽさが感じられるところが個性であり、魅力である。その毒っぽさが婀娜っぽさにもつながる。そして、とんでもないパワーの持ち主である。『エリザベート』の「私だけに」を歌ったけれども、日本人ではあまり観たことのない、実にストロングなシシィ。相当強いトートとゾフィーでないと、対峙できまい。このミュージック・サロンには暁千星も出演、「私が踊る時」ではトートを歌っていたが、美園のやりたいようにやらせる男役としての包容力が光った。美園のフルパワーをどこまでも受け止めることに徹して、男役芸が伸びたとも言える。
 そのとき、美園さくらのパワーに、社会を変革しそうな、新しい未来を切り拓きそうな勢いを感じたのである。そのパワーで、頭の古い世代をねじ伏せて欲しい。…今の女性ってこんなことを考えてるんだ…と、衝撃を与えて欲しい。そんな新たな夢が生まれた。ただ。
 のっけから全開で来たら、衝撃受け止める前に、普通はビビっちゃうって! 相手との呼吸を忘れずに。まずは若干油断? させてから、徐々にパワーを上げて行った方が、毒っぽさ、婀娜っぽさもますます有効に発揮できるのではないか…などと、老婆心を発揮してみたりして。
 息の長い女優になれる人だと思う。宝塚を卒業しても、修行は続く。これからのいい女修行も観られることを願って。
 美園さくららしく、元気に卒業していって!
2021-08-15 01:26 この記事だけ表示
 配役を知らずに宝塚大劇場公演千秋楽『桜嵐記』のライブ配信を観ていて、一瞬、…演じているのは誰だろう…と思い、わかって驚いた。それくらい新境地を拓いたのが、高師直役の紫門ゆりや、そして後村上天皇役の暁千星である。この美しい作品における対立軸の一端として設定された高師直を演じる紫門は、目の吊り上がり様と言い、人の良さが薫るいつもの人相まで変わったかのようなヒールぶり。好色さをストレートに発する「裸身をさらしてみよ」のセリフは、何度聞いても心にズドン。その師直の手先となる公家の仲子に扮する白雪さち花の演技がまた、人のいやらしさを凝縮したかのようで…。白雪は3月のバウホール公演『幽霊刑事〜サヨナラする、その前に〜』では、酒で喉を焼いたようなおっさんの如き声でおばちゃんスリを快演、娘役のみならず男役も追求するかの勢い。
 後村上天皇役の暁千星には、…こういうしっとりした演技もできるようになったんだな…と。自らの選択を誤りと半ば知りつつも、亡き父、後醍醐天皇の言葉に縛られ続ける、そのせつなさ。彼の肩にもまた、桜の花がはかなく降りかかるかのよう。後醍醐天皇の亡霊に扮した一樹千尋のありようはもう、かつてこの世にあった人間を演じるというより、その人間が遺した呪縛、怨念そのものと化しているかのような凄まじさ。自分のために戦って死んだ者たちを次々と呼び、その者たちがまた倒れ死んでいく様に、慄然。
 月組トップスター珠城りょうが演じる主人公楠木正行が楠の若木を感じさせるならば、その父楠木正成を演じる輝月ゆうまには大樹の悠然さがある。三兄弟に大きな影響を与え、近隣に生きる人々に今も慕われ続ける正成。後醍醐天皇の亡霊が後世の人々の人生を縛るものならば、作中、人々の記憶の中に登場する正成は、後の世の人々が生きる上で良きよすがとなっている存在である。正行の討ち死にシーンで、花道に立ち、「楠木音頭」を一人アカペラで歌い出す。正成のその歌声が、正行の生き様、死に様を肯定し、包み込んでいく。
 正行の弟正儀を演じた月城かなとは、コミックリリーフ的意味合いをももつ役どころを演じて安定した舞台を披露。かっこよさとおかしさと、そして凄絶なせつなさとがないまぜになった、正行のもう一人の弟正時に扮した鳳月杏には、宝塚中を見渡してもこの人にしか出せない味わいの深さがしみじみ光る。
 南北朝の争いを、民衆の代表の一人として見守るジンベエ役の千海華蘭の軽妙さ。そして、光月るうと夏月都、月組組長&副組長が追憶の情をこめてしっとり演じる、老いた正儀と弁内侍。芝居の月組、ここにあり。

 『Dream Chaser』は月組らしいエネルギーがほとばしるショー。こちらの作品でも、暁の男役の美学を追求する姿勢が光る。スパニッシュの場面では、鳳月と火花を散らし、美園さくらをめぐって踊り、争う。男役としての見せ方に秀でた鳳月に対し、立ち向かっていく様に見応えあり。ミロンガの場面でもスーツ姿で魅せる。キュートなベイビーフェイスの持ち主が、濃厚な色気も手に入れたら鬼に金棒。
 次期トップスター月城かなとが若手6人を引き連れ、K-POP「I’ll be back」を歌い踊るシーンでは、それぞれが個性を発揮しようとしている様が感じられ、これからの月組男役陣の展開が非常に楽しみに。月城は次期トップ娘役海乃美月とすでに2作品で組んでいて、安定した舞台が期待できる。欲を言えば、二人とも、自分の芸を信じてもっともっとはじけて良し。

 組のバロメーター的存在として、月組の舞台をほっこり盛り上げてきた紫門ゆりや。大きな体躯で女役までキュートにこなしてきた輝月ゆうま。二人は今回の公演を最後に専科へと異動になる。芝居の月組のスピリットをぜひ広く伝えていって欲しい。
 『桜嵐記』で楠木家のゴッドマザー、正成の妻久子を演じた香咲蘭。後村上天皇の生母阿野廉子を演じた楓ゆき。この公演をもって宝塚を去り行く二人がそれぞれ発揮した気丈さに、月組娘役の心意気を見た。
2021-08-15 01:22 この記事だけ表示
 『桜嵐記』の作・演出は上田久美子。雪組公演『f f f−フォルティッシッシモ−〜歓喜に歌え!〜』に続き、トップスター退団公演での登板である。
 ――和装束の老年の男(光月るう)が語り始める。二人の天皇が並び立った南北朝時代へと我々をいざなう。男は老年の女(夏月都)を訪ねる。昔語りのため。
 物語の主人公は楠木正行(珠城りょう)。楠木正成(輝月ゆうま)の遺児として、弟の正時(鳳月杏)、正儀(月城かなと)と共に、後村上天皇(暁千星)の南朝のため戦う。あるとき彼は山中で弁内侍(美園さくら)に出逢う。日野俊基の娘である彼女は、家族を皆殺しにされた復讐として、色と欲に溺れる高師直(紫門ゆりや)を殺すため、偽の手紙と知りつつおびき出されていくところだった。己が何のために戦うかを知るために戦ってきた正行。復讐だけに生きてきた弁内侍。その出逢いは、二人の生き方に大きな影響を与えていく。
 正行は獅子奮迅の戦いを見せる。だが、公家たちからは「武士とは見返りを求めず忠勤に励むもの」とされ、感謝の言葉もない――公家勢に敢えて娘役を多く起用し、男性としては甲高く聞こえる声を響かせることで、演出家は、武士と公家との違いを対照的に描くことに成功している。後村上天皇は、南朝の行く手に先のないことを知りつつも、亡き父、後醍醐天皇(一樹千尋)の呪縛から解けぬまま、戦をやめられない。
 楠木三兄弟のもとに、師直と足利尊氏(風間柚乃)が姿を現し、北朝へ寝返れと勧めてくる。「所詮この世は欲よ。名声、女、欲しい物を取れ!」と嘯く師直。だが正行は、自分は「日の本の大きな流れ」のために戦うと、これを退ける。人は何のために生き、戦うのか。ここに、作者の設定する対立軸は明確である。

 宝塚大劇場公演千秋楽のライブ配信を観て、私が暁千星を切り込み隊長に“任命”したのは訳がある。それは、最近の彼女の舞台が、男役を追求し、その道を極めんと歩いて行く中での、実に純粋な歓びにあふれているからである。「今回、この役を演じるにあたって、自分としてはこのあたりを勉強、強化することが必要だと思って取り組んで来ました!」というまっすぐな姿勢がうかがえる。そう来たら、観ているこちらも、「その着眼点、いいね!」とか、「そこはまだまだ行けるんじゃないかな」とか、うれしくなって呼応しようというものである。そのやりとりが、私にとっては純粋に楽しい。楽しいから、男役を追求する。楽しいから、その姿に見入り、書く。その楽しさ、歓びこそが、舞台評論家としての私の歩みの基となっている。そして、それは何も、暁一人に留まらない。多くのタカラジェンヌが、男役、娘役としての純粋な歓びを追求し、その姿を観ることで、観客は歓びを得てきた。宝塚歌劇団の歴史、その大きな流れとは、多くのタカラジェンヌたち、それを見守る者たちの純粋な歓び、そしてもちろん、その舞台を創る者たちの純粋な歓びによって支えられてきたものであると私は思う。

 しかしながら。タカラジェンヌの時は有限である――退団しないという決断をしない限りは。
 後村上天皇は弁内侍を正行に与えようとする。だが、正行は、長くは生きないであろう自分は、はかない契りを交わす気はないと、これを断る。「私にはあなたにやれる時がない」とも。出陣前、桜の花の下で、二人は舞う。復讐心で生きてきた弁内侍は、かつて桜の花の美しさすら厭うてきた。その彼女は、恋を知って世の美しさを知り、愛する者と共に、美しい吉野の桜の下で舞う。
 ――四條畷の合戦。死に際して、正行は、桜の樹の下で一人、花を見上げる。共にいようとする正儀に、「邪魔やぞ」「この命の限り、南朝のため生きた今、残りの命、一人の女だけにやりたいんや」と言う正行。
 ここに、昔語りしていた男と女とは、四十年の時を経て再会した正儀と弁内侍であることが明かされる。兄の最期をいかに見つめたか、自らもどこか想いを寄せてきた女に語る、男。
 ――私も、語ろう。数多の弁内侍たちの一人として、正儀たちと。命限りある者が、いかにその花を美しく咲かせてきたか。昔語りと厭われても、構わない。無数の花が咲き誇って、大きな流れを支えてきた。そのことを、語り続けよう。この命のある限り。
 『桜嵐記』という美しい作品をこの世に生み出した座付き作家との間にも、純粋な歓びのやりとりがある。私にとってはそれが、舞台を創る者と舞台を観る者との間に成立する、実に健全な人間関係であろうと思える。

 物語は、桜の下での出陣式とへと時を戻す。りりしい姿で銀橋を渡り、人々に別れを告げる正行。泣き伏す弁内侍。
 退団公演の傑作である。
2021-08-15 01:21 この記事だけ表示
 二作品とも見応えあり! 観ている間、今のこの現実を本当に忘れて楽しんでいて、終演後、…夢から覚めたようで、何だかしょんぼりしてしまったほど。『シャーロック・ホームズ−The Game Is Afoot!−』では心ロンドンに飛び、宝塚の伝統を踏まえた上での現代アレンジが光るレヴュー『Délicieux!−甘美なる巴里−』(作・演出:野口幸作)では心パリに遊び…。心自由に羽ばたける時間の貴重さ、美しさ。
 『シャーロック・ホームズ』では、シリーズの人気キャラクターたちが宙組の強力布陣にぴったりはまっていて、それぞれが役どころを大いにENJOYしているのが◎。パリのスウィーツをテーマにしたレヴューは楽しいシーンの連続で、かわいくておいしそうな衣装がいっぱい。「ラデュレ」のルームウェア・ラインを愛用中のあひる(今日も着用)、こんな洋服&お菓子、欲しい! と、引き込まれて画面の前で盛大に拍手&手拍子。
 そして、黒燕尾服のシーン。…「パリの散歩道」がどこかで流れるらしいということは知っていた。しかし、ここで来るとは! 宝塚の男役のかっこよさ、炸裂! そう言えば、宙組公演では、先の『Hotel Svizra House ホテル スヴィッツラ ハウス』でも、絶妙なところでショパンの「バラード第1番」が流れていたのでした。
 このところ当たり役しかない真風涼帆は、名探偵を演じてはダンディ、パリのパティシエを演じては粋。物を創る人間の思いがつまったパティシエの歌が心にしみる。そして、新トップ娘役潤花と、これほどまでに似合うとは。
 東京宝塚劇場でも、ロンドン&パリに心羽ばたけますように!
2021-08-02 23:49 この記事だけ表示
 生田大和のスマッシュ・ヒットで、真風涼帆&潤花の新宙組トップ・コンビ、堂々たるお披露目! 二人の相性の良さにしびれる。宙組生の個性も生きて、ロンドン・ベーカー街のシャーロック・ホームズ・ホテルに泊まったことのあるあひる、大満足!
2021-08-02 14:45 この記事だけ表示
 宙組宝塚大劇場公演『シャーロック・ホームズ−The Game Is Afoot!−』『Délicieux!−甘美なる巴里−』千秋楽ライブ配信観ます。
2021-08-02 00:27 この記事だけ表示
 轟悠の、宝塚の男役としての最後の舞台作品。作・演出を手がけるは植田紳爾。今年、二月大歌舞伎『泥棒と若殿』(歌舞伎座)を観た際、…こういう作品を宝塚でも観たい! 娘役が演じる役が一つもないのは困るけど! と思ったのだが、その願いが叶った。それも、ヒロインが最高の女のやせ我慢を見せるという形で。別れに際して姿を見せないヒロインお鈴の、その澄んだ声だけが遠くから聞こえてくるラストの痛切な美しさ。轟悠の最後の相手役、大切な作品のヒロインを、音波みのりが見事務める。観客の轟への惜別の念を代弁するかのようなセリフを、深い愛をもって語る汝鳥伶の至芸。
 ――今日が、男役・轟悠を生で観る最後の機会だった。

(7月28日11時の部、東京芸術劇場プレイハウス)
2021-07-28 23:44 この記事だけ表示
 というわけで、月組東京宝塚劇場公演『桜嵐記』『Dream Chaser』13時半の部、桜の花柄のカーディガンで観てきました。珠城りょう&月組生大奮闘のおかげで、『桜嵐記』がわかった。――限りある命を燃やし尽くす者と、それを見守る者との間の“恋”を描く物語。その物語の語り手が作中“語り手”として登場しているのがツボ。作・演出の上田久美子が、今の月組、とりわけ珠城りょうに与えたセリフ――男役・珠城りょうの身体をもってこの世に送り出したいと願った言葉――を文字でもじっくり味わいたくて、戯曲掲載の「ル・サンク」を購入した次第。『Dream Chaser』の黒燕尾服の場面は、私が大好きな月組感に満ちあふれていて――。宝塚、好きだ〜! と心の中で咆哮。大盛り上がりの拍手&手拍子の嵐で終演した瞬間盛大に脱力しましたが、帰宅して無事公演レビュー原稿を書き上げることができました。掲載についてはまた後日〜。舞台人は、稽古場で苦労した分、舞台上で幸せになって欲しい! この勢いで8月15日の千秋楽までみんなENJOY!!!
2021-07-14 23:59 この記事だけ表示
 『桜嵐記』深く理解! 速攻「ル・サンク」買いました。ショーもGO!
2021-07-14 15:23 この記事だけ表示
 やり切った感のある良き千秋楽でした! これからの花組も楽しみ!
2021-07-04 23:08 この記事だけ表示