藤本真由
(舞台評論家・ふじもとまゆ)
1972年生まれ。
東京大学法学部卒業後、新潮社に入社。写真週刊誌「FOCUS」の記者として、主に演劇・芸能分野の取材に携わる。
2001年退社し、フリーに。演劇を中心に国内はもとより海外の公演もインタビュー・取材を手がける。
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宝塚
いたずらが過ぎ、嘘をつく能力を奪われて天界から人間界へと落とされた悪ガキ天使アザゼル(永久輝せあ)が、トレジャーハンターのエンジェルシーフ、その実は……のエレナ(星空美咲)と出逢い、人間について学んでいく『エンジェリックライ』(作・演出=谷貴矢)。舞台や映像作品を観ていてときどき、……こんな演技や表情ができるということは、この人は、人の世の醜さを一つ知ってしまったということなのだな……と胸を衝かれるときがある。そんなときの心の痛み、この世界から一つ無垢が失われたことへの哀しみを思い出す瞬間が、“ファンタジー・ホラロマン”なる角書を掲げるこの作品にはあった。と言いながらも楽しい作品、ラストも、……え、これってアザゼルとエレナは別れるしかないじゃない? うわあ、そんなさみしい作品、トップコンビお披露目公演じゃなくて退団公演とかの方が合ってるんじゃ〜と思っていたら、……見事に騙されました(笑)。悪魔フラウロス(聖乃あすか)をエンジェルシーフということにして突き出しちゃうというくだりは、『THE SCARLET PIMPERNEL』でショーヴランをスカーレット・ピンパーネルということにして突き出しちゃうオチのオマージュかと。他にも、『BADDY』や小池修一郎オリジナル作品を思わせるテイストあり。天界の最高権威である天帝役の紫門ゆりやが、すべて見抜いているような大いにとぼけた味を発揮して魅了する。
『Jubilee』(作・演出=稲葉太地)は、トップお披露目の祝祭ムードあり、退団者への餞のシーンありと、すっきりまとまっている作品。もっと組全体のパワー、一人一人の個性を感じたかった。全員がもっとフルパワーで行っても、新トップコンビ永久輝せあ&星空美咲なら大丈夫!
専科の凪七瑠海と綺城ひか理が本日の千秋楽をもって宝塚を去る。凪七が演じるのは、悪魔にそそのかされるも最終的には改心する大宝石商フェデリコ役。若き日のロマンスの場面も含め、最後の作品で男役としての見せ場が多く与えられていた。凪七は89期の首席入団で、初舞台の『シニョール ドン・ファン』(2003)のロケットでは一人弓矢を射る振りが与えられていたのだが、『Jubilee』でそれと同じ振りがあって、22年前を懐かしく思い出した。『エリザベート』(2009)のタイトルロールをはじめ、ショー作品でもたびたび女役を務めてきていて、……もし娘役に転向していたら……と思わないでもなかったけれども、男役を貫き通した宝塚人生だった。
『エンジェリックライ』の綺城ひか理は、長身に金髪の麗しの大天使ラファエル役。“同期”の永久輝アザゼル(永久輝と綺城は実際に入団同期)と反発しながらも騒動を解決に導く役どころで、大らかな魅力を発揮していた。
『Jubilee』(作・演出=稲葉太地)は、トップお披露目の祝祭ムードあり、退団者への餞のシーンありと、すっきりまとまっている作品。もっと組全体のパワー、一人一人の個性を感じたかった。全員がもっとフルパワーで行っても、新トップコンビ永久輝せあ&星空美咲なら大丈夫!
専科の凪七瑠海と綺城ひか理が本日の千秋楽をもって宝塚を去る。凪七が演じるのは、悪魔にそそのかされるも最終的には改心する大宝石商フェデリコ役。若き日のロマンスの場面も含め、最後の作品で男役としての見せ場が多く与えられていた。凪七は89期の首席入団で、初舞台の『シニョール ドン・ファン』(2003)のロケットでは一人弓矢を射る振りが与えられていたのだが、『Jubilee』でそれと同じ振りがあって、22年前を懐かしく思い出した。『エリザベート』(2009)のタイトルロールをはじめ、ショー作品でもたびたび女役を務めてきていて、……もし娘役に転向していたら……と思わないでもなかったけれども、男役を貫き通した宝塚人生だった。
『エンジェリックライ』の綺城ひか理は、長身に金髪の麗しの大天使ラファエル役。“同期”の永久輝アザゼル(永久輝と綺城は実際に入団同期)と反発しながらも騒動を解決に導く役どころで、大らかな魅力を発揮していた。
総合演出・ステージ制作=大田高彰(インターグルーヴプロダクションズ)、構成・演出=竹田悠一郎。8月に宝塚退団を控えた星組トップスター礼真琴による日本武道館でのコンサート。男役としては高い音域も軽々歌いこなす礼の歌唱力を改めて体感する110分。トロッコに乗って会場を移動しつつ歌いながらサインボールを投げまくるという盛りだくさんな場面も。映像やレーザービーム照明、観客が身に着けた連動型ブレスレットライト等が一体となったド派手な演出あり。宝塚の歌のコーナーでは、礼が演じてきた役柄を思わせる扮装をした他の出演者と一緒にその役柄の歌を歌うという趣向。そこから、演じた中で悪役をはじめダークな感じの役どころの歌が連なったコーナーへと続き、武道館で歌われる『THE SCARLET PIMPERNEL』の「マダム・ギロチン」の迫力にドキッ(怖い)。『エリザベート』の「最後のダンス」や『THE SCARLET PIMPERNEL』の「栄光の日々」といった名曲を日本武道館という大空間で聴けたのも得難い経験。礼が同期のひろ香祐と紫りらと3人で歌ったDREAMS COME TRUEの「何度でも」が心に沁み。暁千星はUruの「あなたがいることで」ソロ・パートで感涙ものの歌唱を聴かせた。小桜ほのかがキューティーな魅力を発揮。武道館内は少々寒かったけれど、ステージはホット。大学の入学式、ジョージ・マイケルの来日コンサートに加え、武道館での楽しい思い出が増え。
(1月18日17時、日本武道館)
(1月18日17時、日本武道館)
これが東上公演初主演となった縣千のセンター力、同じ劇場での『海辺のストルーエンセ』(2023)の不倫する王妃役でも確かな力を示した音彩唯のヒロイン力を楽しむ。フィナーレの二人のデュエットダンス、踊りがキレキレだった。薄井香菜の衣装が魅力的。
(1月9日15時の部、KAAT神奈川芸術劇場)
(1月9日15時の部、KAAT神奈川芸術劇場)
星組『RRR × TAKA"R"AZUKA 〜√Bheem〜』(Based on SS Rajamouli’s ‘RRR’、脚本・演出:谷貴矢)&『VIOLETOPIA』(作・演出:指田珠子)の2本立てが芝居&ショー・ジャンルのそれぞれベスト。『RRR』で思いっきり“ナートゥダンス”を踊った後、『VIOLETOPIA』では客席降りで駆けめぐるのがすごい。そのどちらも、演者と客席とが一体となる素晴らしい場面だった。今年の東京宝塚劇場公演は良作揃いでした。本公演(本拠地である宝塚大劇場&東京宝塚劇場での公演)以外での劇場公演のベストは、雪組『愛の不時着』(東京建物Brillia HALL、原作tvNドラマ「愛の不時着」パク・ジウン執筆、潤色・演出:中村一徳)。以前も記したけれども、トップ娘役就任作『Le Grand Escalier−ル・グラン・エスカリエ−』でショースターぶりを発揮した宙組の春乃さくらに躍進賞。
作・演出:生駒怜子。この作品であえて描かなかった“毒”を昇華させてショー作品を作ってみたらおもしろくなりそうな。これが東上公演初主演となった聖乃あすかのほんわかほっこりサイドに焦点が当たられた作品だが、ほんわかほっこりと見せて男らしさが出てくるところもまた彼女の魅力なので、正塚晴彦作品あたり似合いそう。
(7月23日15時の部、日本青年館ホール)
(7月23日15時の部、日本青年館ホール)
花組新トップコンビ永久輝せあ&星空美咲のお披露目公演。“ファンタジー・ホラロマン”の角書のついた『エンジェリックライ』(作・演出:谷貴矢)は、宝塚のさまざまな過去作品(盗難騒動のオチのつけ方はあの海外ミュージカルの!)プラス“葛の葉子別れ”のエッセンスも入り、「♪ほら! ほら!」(「法螺」にも呼びかけにも聞こえる)と繰り返される主題歌「ホラロマン」も楽しい(作詞:谷貴矢、作曲:太田健)。軽妙なコミカル作品の奥にある作者の運命観が興味深く。嘘をつく能力を奪われて天界から人間界へと降りてきた天使役の永久輝と秘宝“ソロモンの指輪”を狙うトレジャーハンター役の星空、二人の芝居にぐいと引き込まれる瞬間あり。考えてみれば今、そう遠くない新橋演舞場では、「ライ」という名の主人公が登場する歌舞伎NEXT『朧の森に棲む鬼』を上演中なんだな……と。『Jubilee』(作・演出=稲葉太地)は、主題歌以外はクラシック楽曲のアレンジで構成され、新トップコンビのお披露目を寿ぐと共に、退団する凪七瑠海(専科)と綺城ひか理の餞の場面も盛り込まれたレヴュー作品。とびきりキュートな新トップコンビの誕生である。二人もみんなも、もっともっと思いっきりENJOYして個性いっぱいにはじけてよし!
大ヒット韓国ドラマ『愛の不時着』を原作としたミュージカルの宝塚版(執筆:パク・ジウン、潤色・演出:中村一徳)で、雪組新トップスター朝美絢のプレお披露目公演。7月に来日公演を観たとき、新トップコンビ朝美絢&夢白あやにぴったりの宝塚向きの演目だなと感じたが、期待をさらに超える舞台となった。宝塚版は、朝美演じるリ・ジョンヒョクと夢白演じるユン・セリ、国境を超えて恋に落ちる二人の姿によりスポットライトが当てられている印象。朝美は、心にさまざまなものを抱え、不器用ながらも、迷い込んできたヒロインに優しさと愛を懸命に注ぐ主人公を好演、黒髪に軍服という姿で佇んでいるだけで絵になる。ドラマの何がそんなに人々の心を引き付けたのか、そのときめきポイントを丁寧に細かく分析し、やはり人々の心をときめかせることが重要である宝塚の男役の技法をもって自らの身体に落とし込み表現していく、そんな役作りの掘り下げが全編に渡って光る。夢白も、高飛車なお嬢様が恋、そして北朝鮮の人々との出逢いを通じて素敵な女性へと成長していく姿を、高い身体能力も発揮して体現――非武装地帯を駆け抜けていくときのカモシカのような跳躍、コメディ演技で生きる四肢を大きく使っての表現、北朝鮮の人々と踊るシーンでのセンターでの軽やかなダンスなどが印象的。セリの見合い相手で詐欺を働いたク・スンジュン役の瀬央ゆりあ(専科)は久々の宝塚の芝居作品出演となったが、外部出演を経て男役にさらに一本芯が通ったようで、男のやせ我慢を演じる姿が魅力的。その恋の相手ソ・ダン役の華純沙那は、素直になれない女性の心情を歌声に乗せて表現。人民班長ナ・ウォルスク役の杏野このみ、社宅村のリーダー的存在であるマ・ヨンエ役の愛すみれが中心となっての社宅村の人々も大いに笑いを誘う。なかでも杏野の演技からは、二つに引き裂かれた国の人々に寄せる心情が感じられた。全体的に、この大ヒットドラマの世界をきちんと再現したいという演者たちの情熱がよく伝わってくる舞台。フィナーレの、韓国の民族衣装にインスピレーションを受けたコスチューム(衣装:加藤真美)でのダンスでは、娘役たちが華麗に裾をさばいて舞う姿も。そこから舞台衣装に戻ってのパレードでは、韓国と北朝鮮にあってもう二度と会えないはずの人々が再会するシーンもあったりして、ホロっと来てしまった。12月28日にはライブ配信あり。
(12月3日13時の部、東京建物Brillia HALL)
(12月3日13時の部、東京建物Brillia HALL)
ますますパワーアップした舞台をENJOYしました〜。いっぱい笑って最後はホロッ。
2019年に公開された映画『記憶にございません!』(脚本・監督:三谷幸喜)を原作に、石田昌也が潤色・上演台本・演出を担当した『記憶にございません!−トップ・シークレット−』。三谷幸喜はニール・サイモン作品をたびたび演出しているが、石田昌也も『おかしな二人』『第二章』を手がけた経験がある。三谷自身はこの映画について「決して政治風刺がテーマではありません」と公演プログラムで述べているが、この5年間の社会情勢の変化も受けてか、宝塚版、政治風刺マシマシ気味である。第一場、街路に集った群衆が政府への愚痴を口々に歌い(「♪小さな夢は 小さな夢は ポイント貯めるだけ〜」に爆笑。貯めてます)、声を重ねて「♪こんな国に 誰がした」とリフレイン、登場した主人公の総理大臣黒田啓介(礼真琴)を「アンタだ!」と一斉に指差すと、「え、俺?」と啓介。そこに、組閣時の記念写真の撮影場所風に赤絨毯が敷かれた大階段を政治家とその取り巻きたちが降りてきて、啓介と共にキラーチューン「献金マンボ」を華麗に披露。「♪猿は木から落ちても猿だけど 政治家は 選挙に落ちたら ただのひと」と歌う啓介の目つきがめっちゃ悪い。そして、総理秘書官なのになぜか一緒に赤絨毯の大階段を降りてきて無表情メガネ姿でキレッキレにコミカルな踊りを見せる井坂(暁千星)。この前の公演『ベルサイユのばら−フェルゼン編−』ではマリー・アントワネットが昇っていく処刑台に見立てられていた大階段、さまざまなものに見立てられるものである。そして、啓介が妻聡子(舞空瞳)と不倫していた井坂を許す場面は、その『ベルサイユのばら』においてルイ16世が妻マリー・アントワネットと不倫していたフェルゼンを許している様を思わせる。全編を通して、演出家の現状認識の鋭さと、それでも明るい未来を見据えようとする姿勢を感じた。
映画版では三谷作品におなじみのオールスター・キャストのコメディ演技が見ものだったが、宝塚版でも星組の個性の強い面々が大暴れ。啓介とその妻聡子と共に、オリジナルの回想場面で学生服、そして髪フサフサの姿を披露した“小野田っち”こと小野田治(ひろ香祐)。官房長官鶴丸大悟役の輝月ゆうま(専科)は、映画版とは異なるエンディングのキーとなる役どころを、キュートな愛嬌と共に怪演。啓介に石を投げた大工の南条実役の輝咲玲央が自身の職人気質を時代遅れだと自嘲するとき、物作りに賭けてきた人間の矜持がにじむ。啓介と野党困民党党首の山西あかね(小桜ほのか)、聡子と井坂、二つの不倫カップルの恋模様が舞台を区切って同時展開されるシーンのナンバーはその名も「W不倫」、「♪アナタとワタシが 連立 合併」の歌詞が妙に残るが、小桜も、映画版からさらに味付けされた役どころでいい女ぶりをアピールした。極美慎も、金で動くフリー・ライター古郡祐役を憎めない甘い魅力で造形。
アルゼンチンのグアレグアイチュで開かれるカルナバルがテーマとなった『Tiara Azul−Destino−』は、竹田悠一郎の大劇場演出家デビュー作。宝塚のラテン・レビューの系譜も踏まえた作りで、イギリスのニック・ウィンストンが振付を担当した場面も作品を華やかに盛り上げる。『記憶にございません!』がかなり攻めていただけに、さわやかな後味◎。暁千星が、恋に破れた心情を表現する場面で、今この一瞬に至るまでの生を燃焼しつくすような踊り――最終的に表れるのは生の歓びとしか言いようのないものなのだが――を見せた(振付:西川卓)。極美慎の銀橋ソロ歌唱ににじむ決意。
普段、トップスターやトップ娘役が退団を発表すると、その会見をすぐさまチェックするのだけれども、舞空瞳については、……できなかった。ガビーンと来てしまって。何も彼女が宝塚でやり残したことがあると思っているわけでもないし、退団後の活躍を観るのも楽しみだし、いったいどうしてなんだろう……と思っていたのだけれども、今回の舞台を観て腑に落ちた。それくらい、礼真琴、舞空瞳、暁千星の星組トリデンテ(全員、首席入団)は観ていて爽快だったのである。今回の二本立てにおいては、礼&舞空のトップコンビのパートナーシップがよりクローズアップされ、二人が演出家たちの思いに応える舞台を見せた。『記憶にございません!』の終盤、宝塚オリジナルの場面で、啓介が記憶を失っていたことを初めて知った聡子は、「なにもかも忘れちゃったの?」とジェスチャーと共に矢継ぎ早に質問を繰り出す。ここで出てくる問いはすべて、二人がトップコンビとして共に創り上げてきた数々の舞台についてのものなのである。とぼけていた啓介が最後に「記憶に…ございます!」と言い、涙目になっていた聡子が笑顔を浮かべるとき、二人が創り上げてきた舞台を見守ってきた観客の記憶もまた幸せなものとして肯定される。
そして、『Tiara Azul−Destino−』での二度のデュエットダンス。礼と舞空は、まずは裸足で、舞台上を自由に伸び伸びと舞う(振付:西川卓)。二人がトップコンビとして至った境地である。大階段でのデュエットダンス(振付:若央りさ)の最後では、銀橋上、礼が舞空の頭にティアラを載せる。舞空瞳は、クイーンだってできる人なのである。でも、宝塚のトップ娘役としては、プリンセスだと思うんだよね! なる美学を全うするかのように、プリンセスとして戴冠して退団していく――それも礼の手によって――というところが、何だかとても、らしい。今回の公演でも味わえたけれども、ファンキーな魅力は今後ますます発揮され得るものだと思う。ファンキー・プリンセス舞空瞳、どこまでも高く羽ばたいてゆけ。
紅咲梨乃は、5月の舞空瞳ミュージック・サロン『Dream in a Dream〜永遠の夢の中に〜』での『THE SCARLET PIMPERNEL』「あなたを見つめると」の歌唱が印象に残っている。『記憶にございません!』では熊本のご当地アイドル「田原坂46」のメンバーとして人々に投票を促す歌唱を披露。水乃ゆりはニュースキャスター近藤ボニータ役で黒田内閣批判コメントの数々をスパイシーに繰り出した。
千秋楽ライブ配信、観ます。
映画版では三谷作品におなじみのオールスター・キャストのコメディ演技が見ものだったが、宝塚版でも星組の個性の強い面々が大暴れ。啓介とその妻聡子と共に、オリジナルの回想場面で学生服、そして髪フサフサの姿を披露した“小野田っち”こと小野田治(ひろ香祐)。官房長官鶴丸大悟役の輝月ゆうま(専科)は、映画版とは異なるエンディングのキーとなる役どころを、キュートな愛嬌と共に怪演。啓介に石を投げた大工の南条実役の輝咲玲央が自身の職人気質を時代遅れだと自嘲するとき、物作りに賭けてきた人間の矜持がにじむ。啓介と野党困民党党首の山西あかね(小桜ほのか)、聡子と井坂、二つの不倫カップルの恋模様が舞台を区切って同時展開されるシーンのナンバーはその名も「W不倫」、「♪アナタとワタシが 連立 合併」の歌詞が妙に残るが、小桜も、映画版からさらに味付けされた役どころでいい女ぶりをアピールした。極美慎も、金で動くフリー・ライター古郡祐役を憎めない甘い魅力で造形。
アルゼンチンのグアレグアイチュで開かれるカルナバルがテーマとなった『Tiara Azul−Destino−』は、竹田悠一郎の大劇場演出家デビュー作。宝塚のラテン・レビューの系譜も踏まえた作りで、イギリスのニック・ウィンストンが振付を担当した場面も作品を華やかに盛り上げる。『記憶にございません!』がかなり攻めていただけに、さわやかな後味◎。暁千星が、恋に破れた心情を表現する場面で、今この一瞬に至るまでの生を燃焼しつくすような踊り――最終的に表れるのは生の歓びとしか言いようのないものなのだが――を見せた(振付:西川卓)。極美慎の銀橋ソロ歌唱ににじむ決意。
普段、トップスターやトップ娘役が退団を発表すると、その会見をすぐさまチェックするのだけれども、舞空瞳については、……できなかった。ガビーンと来てしまって。何も彼女が宝塚でやり残したことがあると思っているわけでもないし、退団後の活躍を観るのも楽しみだし、いったいどうしてなんだろう……と思っていたのだけれども、今回の舞台を観て腑に落ちた。それくらい、礼真琴、舞空瞳、暁千星の星組トリデンテ(全員、首席入団)は観ていて爽快だったのである。今回の二本立てにおいては、礼&舞空のトップコンビのパートナーシップがよりクローズアップされ、二人が演出家たちの思いに応える舞台を見せた。『記憶にございません!』の終盤、宝塚オリジナルの場面で、啓介が記憶を失っていたことを初めて知った聡子は、「なにもかも忘れちゃったの?」とジェスチャーと共に矢継ぎ早に質問を繰り出す。ここで出てくる問いはすべて、二人がトップコンビとして共に創り上げてきた数々の舞台についてのものなのである。とぼけていた啓介が最後に「記憶に…ございます!」と言い、涙目になっていた聡子が笑顔を浮かべるとき、二人が創り上げてきた舞台を見守ってきた観客の記憶もまた幸せなものとして肯定される。
そして、『Tiara Azul−Destino−』での二度のデュエットダンス。礼と舞空は、まずは裸足で、舞台上を自由に伸び伸びと舞う(振付:西川卓)。二人がトップコンビとして至った境地である。大階段でのデュエットダンス(振付:若央りさ)の最後では、銀橋上、礼が舞空の頭にティアラを載せる。舞空瞳は、クイーンだってできる人なのである。でも、宝塚のトップ娘役としては、プリンセスだと思うんだよね! なる美学を全うするかのように、プリンセスとして戴冠して退団していく――それも礼の手によって――というところが、何だかとても、らしい。今回の公演でも味わえたけれども、ファンキーな魅力は今後ますます発揮され得るものだと思う。ファンキー・プリンセス舞空瞳、どこまでも高く羽ばたいてゆけ。
紅咲梨乃は、5月の舞空瞳ミュージック・サロン『Dream in a Dream〜永遠の夢の中に〜』での『THE SCARLET PIMPERNEL』「あなたを見つめると」の歌唱が印象に残っている。『記憶にございません!』では熊本のご当地アイドル「田原坂46」のメンバーとして人々に投票を促す歌唱を披露。水乃ゆりはニュースキャスター近藤ボニータ役で黒田内閣批判コメントの数々をスパイシーに繰り出した。
千秋楽ライブ配信、観ます。
『記憶にございません!−トップ・シークレット−』は三谷幸喜が脚本と監督を手がけた映画『記憶にございません!』が原作(潤色・上演台本・演出:石田昌也)。多少気分が落ち込んでいても思わず笑わずにはいられない作品――宝塚の舞台の大階段を、新内閣発足の際に並んで写真撮影する首相官邸の階段に見立て、そこを黒田啓介内閣総理大臣(礼真琴)をはじめとする大臣たちが降りてきて「ウ!」「ハ!」と合いの手を入れながら踊る「献金マンボ」(作詞:石田昌也、作曲・編曲:手島恭子)のナンバーが非常にツボである――。そして風刺も効いており。衆院選投票日を27日に控え、「♪選挙に行こう」の歌詞もタイムリー。『Tiara Azul−Destino−』は熱く、そして朝焼けのようにさわやかなレビューで、取り合わせのよい二本立て。今作で星組トップ娘役舞空瞳が退団、そして次回作で星組トップスター礼真琴が退団と、このトップコンビでの最後の公演、二本ともよきコンビぶりが存分に味わえる作品となっているのが◎。